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第九話 2 溝 

「結婚?」

ソンジュンにはかつてないことだった。
父の口から出た言葉の意味が咄嗟にはわからず、思わず訊き返してしまうなどということは。

その夜遅く、父の部屋に呼び出されたソンジュンは、白い髭に覆われた父の口元を注意深く見つめ、それが自分の聞き間違いであることを祈った。だが押し黙った父の前ではそれも虚しかった。

「父上、僕はまだ……」
「では、男が今日のような行動をとりながら、責任を取るつもりはないと?」

相手の言葉を待っていたのは、父も同じだったらしい。言下にそう言って、息子を見据える。

「ちょうどいい機会だ。婚礼が終わったら、成均館を出て、大科の準備をしなさい」
「父上!」
「話はそれだけだ」

一切の異論を許さぬ様子で、父は差し挟んだ文机に書を広げた。静かに墨を擦る音が、ソンジュンに退出を促す。
彼は何も言えず、座を立つしかなかった。


*   *   *


土瓶から、細く煙が立ってきた。ユニは炭を扇いでいた手を止め、土瓶の紙蓋をそっと開けた。漢方薬の香りが、白い煙とともに ぷんと立ち昇り、庭先の風に散った。
こうやって実際に煎じてみるとよくわかる。混じりけのない生薬の香りは、今までユンシクに飲ませていたものとは明らかに質の違うものだ。弟の体調も、これで随分良くなるかもしれない。
ユニは傍らに置いてあった薬包の束に視線を投げた。表面に押された成均館の印を見、ふと、これを手渡してくれたときのソンジュンを思い出した。

支給された金子が嬉しくて、姉である自分ですら忘れそうになっていた弟の薬。
ソンジュンはそれを覚えていて、この薬の束を用意させたのだ。
彼が安っぽい同情や優越感のためにしたのではないことくらい、本当はよくわかっていた。
だが彼が示してくれる不器用な友情に、これ以上甘えるわけにはいかなかった。

彼はいずれ官吏となり、国の中枢となるべく、出世街道をひた走るだろう左議政の息子、イ・ソンジュン。
一方自分は、性別を偽り成均館に潜り込んだ、名も無き貧しい南人の娘。
嘘が露見することなく卒業できれば幸運だ。もしバレたら命はない。そんな明日をも知れぬ身で、ソンジュンと同じ立場で友を名乗るなど、身の程知らずもいいところだったのだ。

いい頃合いだったのかもしれない、とユニは思う。
こうして家に帰ってくると、自分のいる世界を思い出せる。現実はこうだったのだと、己の思い違いを正すことができる。
あまりにも違いすぎるのだ。彼と自分は、何もかも。

ソンジュンとは距離を置こう。これ以上近くにいたら、きっと辛くなるだけだから。

団扇を持つ手を、再び忙しく動かし始めたユニは、庭に面した縁側に弟が出てくる気配を感じ、振り向いた。
ユニが肩越しに微笑むと、ユンシクは縁側に腰を下ろし、庭先に屈んでいる姉の顔を覗きこむようにして、言った。

「本当に……大丈夫?何も問題はないの?」

長患いのせいで面やつれしたユンシクからそんな風に心配されると、なんだかおかしな気分だ。だが思い返せば、彼はずっとそうだった気がする。働き詰めの母や姉のことを、床の中からいつも心配そうに見つめていた。

ユニは弟に向かい、精一杯明るく笑って答えた。

「もちろんよ。姉さん、これからもっと頑張るからね。あなたの名に、恥じないように」

キム・ユンシク。その名は、彼女の誓いそのものだった。


*   *   *

短い休暇が終わり、儒生たちが続々と戻ってくると、成均館はあっという間にいつもの活気で溢れた。
昼食前の進士食堂では、儒生たちが集まり、それぞれに持ち込んだ品々や菓子等土産物の類を自慢気に見せ合っている。

「うちの親が、帰り間際にこれを握らせてさ。よく見もしないで持ってきたら、参ったよ。宝石が嵌め込まれてる」

大量の菓子を床に広げた後、ヘウォンがそう言って懐からおもむろに取り出したのは小さな水差しだった。
おお、とドヒョンが声を上げる。

「これはまさしく、贅沢品だからと陛下が売買を禁じた、青花白磁!」

ウタクがきらきら光る眼鏡紐をいじりながら、言った。

「子、曰く『貧にして楽しむ』。たとえ貧しくとも、楽しむことを知れってことだな」
「ほほぉ、お前の眼鏡紐、その輝きは煙水晶だな?」

ドヒョンは彼の自慢の品を指摘してやることも忘れない。

「母上が、この高価な眼鏡を失くしやしないかと心配なさるもので。ま、ちょっとつけてみたんだ」

ウタクはそう言うが、実際、眼鏡よりそれを吊るす紐の方が高価なのは誰が見ても明らかだ。

「ところでヨンハ、お前は何を持ってきたんだ?」

傍らで、彼等の話を聞くともなしに聞いていたヨンハに、ドヒョンが菓子を頬張りながら声をかけた。
実はさっきから、彼の手にしている包みが気になって仕方なかったらしい。

「私のは、単なるおもちゃだよ。以前注文していたのが、やっと届いたもんだから」
「おもちゃ?」
「ああ。去年の夏に、パク・チウォン先生と清の燕京に行った時に、紫禁城を見たんだ。で、それを職人に作らせたんだが……とにかく時間がかかってね」

と言いつつ、彼が解いた包みから取り出したのは、ほんの、手のひらに乗るほどの小さな模型だ。だがそれは、金細工で細部まで精巧に作りこまれ、再現されており、寸法こそ違うものの、本物にも劣らぬ豪奢さだった。

流石は都一の大商人の息子といったところか。ヨンハの持ち込む物は他の儒生たちのそれとは格が違う。
彼の紫禁城を最後に、進士食堂の土産自慢はぴたりと収まった。

「おい、お前ら」

とそこへ、足音高く入ってきたのはジェシンである。

「テムルを知らないか」

一同が首を振ると、ジェシンは苛立ちを逃すように小さく息を吐き出して、食堂を出ていった。
ヨンハは眉を上げてそれを見送ると、手にした紫禁城をまた惚れ惚れと眺めた。

「そういえばまだあのおチビちゃんに会ってないなぁ。早くこいつを見せたいのに」


*   *   *


その日、成均館に戻るなりキム・ユンシクを捜していたのは、ジェシンだけではなかった。
ソンジュンも早々に自宅を出て東斎に帰ってきたのだが一足遅く、中二房にユンシクの荷物はあるのに彼の姿がない。ジェシンのように誰彼となく捕まえて尋ねたりこそしなかったが、彼の焦りは募るばかりだった。

そのユンシクをようやく見つけたのは、尊経閣を出て、明倫堂を過ぎたあたりの中庭だった。こちらへ向かって歩いてくる、華奢な儒生服。腕には、数本の巻紙と筆入れを抱えている。彼はソンジュンと目が合うと、そのまま黙って通り過ぎようとした。
ソンジュンはすれ違いざま、彼の腕を掴んだ。

「話がある。───君に、訊きたいことも」

ユンシクは、強張らせていた表情を ぱっとほころばせ、ソンジュンを見上げた。

「この前は、少し言い過ぎた。ぼくは平気だから、気にするなよ。金は、少しずつだけど、必ず返す」
「そんな話がしたいんじゃない」

ああ、と彼はソンジュンを遮り、もう一度笑った。

「うっかりしてた。言い忘れるところだったよ。……今まで、どうもありがとう」

そう言って頭を下げるユンシクに、ソンジュンは やめてくれ、と心の中で呟いた。

礼を言われただけだというのに、まるで別れを告げる言葉のように彼には聞こえた。
別に男同士だし、恋人でもあるまいし別れも何もない。だがソンジュンはそのとき、ユンシクとの間にできてしまった大きな隔たりを、彼の態度と言葉の中に、はっきりと感じたのだった。





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2012/06/21 Thu. 09:54 [edit]

category: 第九話

thread: 二次創作:小説 - janre: 小説・文学

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コメント

Re: グッスン(T_T)

このへんはユニが辛いとこですよね~。ソンジュンはまだまだ序の口ですが(笑)
ソンジュンもファイティンだ~(^^)

あまる #- | URL
2012/06/21 21:56 | edit

グッスン(T_T)

ハンケチ持参で読みますた~(@_@)

辛いわ~(*_*;

ファイテン!ユニ~✿

みずたま #- | URL
2012/06/21 10:12 | edit

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