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第九話 1 帰宅 

自室に戻ったソンジュンは、文机の前に座ると、片肘をついたままぴくりとも動かなくなった。
机の上にはもう本すら開いていない。目はただ一点を見つめてはいるものの、そこには何も映っていないようである。夕食に何か食べたいものはないかと訊きに来たスンドルは、敷居を跨ごうとした足を中途半端に浮かせていたが、結局、部屋に入ることはできなかった。いつもは無遠慮なスンドルさえも声を掛けるのを躊躇うほど、彼は深い物思いに沈んでいた。

貰冊房で、ファンから仕事の依頼を受けるユニもそれは同様だった。
「これが求婚書で、これが祭祀の祝詞で」と巻紙を次々と卓の上に積み重ねるファンが、時折聞いているのかと問いたげに、ユニの顔を覗きこむ。つい先刻、ここを飛び出していくまではいつもと変わりなかった若様が、今は肩を落とし、ぼんやりとあらぬ方向に視線を投げている。ファンは首を振り、腕に抱えた巻紙をまた一本、積み上げた。

「それからこれは恋文の代筆……おっと、うっかりしてた。これは若様はできないんでしたっけ」

白々しくそう言って巻紙を戻そうとしたファンを遮り、ユニはそれを手に取った。
真っ白な雁皮紙に、花模様の留紐。女が男に宛てて選んだものか。いや、あるいは逆かもしれない。
皮肉なものだとユニは思った。女でもあり、男でもある自分には、どちらであったにせよ書けないことはないだろう。ただ、拒んでいただけだ。男ではなく女としての自分が、誰かの、ソンジュンへの想いを綴ることを。

「金になる仕事なら、何でもやるよ」

虚ろな目をしたまま、そう言ったユニに、ファンは愛想よく笑った。

「もお、なら最初からそう言ってくださいよ。じゃ、あとはこれ。注釈本の筆写ね。それから……」

言いながら、ファンは巻紙の山を高くしていく。
そうだ。何だってやらなきゃ、とユニは必死で気持ちを切り替えようとした。
今まで一つ屋根の下で同じように暮らしていたから、何か勘違いをしていたのかもしれない。
所詮、ソンジュンとは住む世界が違うのだ。
それに、ソンジュンを好きになったからといって、彼の前であくまで男である自分にはどうなるものでもない。
こんな気持ちは早く忘れなければ。そして今までどおり、目の前にある仕事をがむしゃらにこなすのだ。
生きていくために。

水車小屋で女の姿に戻り、両腕にどっさり仕事と荷物を下げたユニが南山村に着いたのは、もう日が落ちてからだった。
たくさんの荷物をここまで持って帰ってくるだけでもへとへとだったが、それ以上にユニの足取りを重くしていたのは、未だ胸にちらつくソンジュンの顔だった。

今にも崩れそうな石積みの塀を過ぎ、自宅の庭に入るとそこには、洗濯物を干している母の後ろ姿があった。
愚痴や弱気を漏らすことの多い母だが、家事に忙しくしている彼女の動作はいつもきびきびとしていて、そんな姿を見るのがユニは好きだった。
いつもの母だ。ユニが、どんな格好をしてどこで何をしていようが、母は変わらずここにいて、普段どおり立ち働いている。干した服の皺を伸ばす母の手を見たとき、それまでユニの中で張り詰めていた何かが、ふいに緩んだ。彼女は荷物を置くと、そっと母の背中を抱き締めた。

一瞬、母は驚いたように動きを止めたが、それがユニだとわかると、静かな声で言った。

「───家にも入らないで、何してるの」

ユニは黙って、母の肩に頬を押し付けた。懐かしい母の匂いを嗅ぐと、喉の奥が詰まって、視界が滲んだ。
前で重ねたユニの手を、母が握り締める。包帯は外していたが、大射礼で負った傷に気づいたのだろう。母の気配がさっと変わるのがわかった。振り向いた母は、眉を潜めて娘の顔を覗き込んだ。

「お前、何かあったの?」

ユニは潤んだ目を細めて、微笑んだ。

「何も。ただ、嬉しいだけ。久しぶりに家に帰れたから、すごく嬉しいの」

母は何も言わず、ユニを抱き寄せた。母の手が、幼い子をあやすように優しくユニの背を叩いてくれる。
堰を切ったように、涙が溢れだした。
ユニはいつの間にか自分より小さくなった母の身体を抱き締めて、思い切り泣いた。


その晩の食卓には、この家では見たこともない程のご馳走が並んだ。薄い粥とキムチしか乗せたことのない卓が、焼き物や煮物で溢れかえっている。
だがそんな食卓を目の前にしても、というより、こんな豪勢な食事が出てきたので尚更だったのかもしれない。
母と弟の顔は晴れなかった。
ユニには、二人の気持ちがわかりすぎるほどわかった。
こんな食べ物や質の良い薬を持ち帰るために、いったいどれだけの苦労をしているのかと。そう問いたげに自分を見る視線が、すべてを語っていたからだ。

ユニは、母とユンシクの椀に肉やナムルを乗せてやりながら、明るく笑った。

「私のこと、すごく可愛がってくれる茶母がいてね。いいって言うのにたくさん包んで持たせてくれたの。さ、早く食べて」

その笑顔を見て、母とユンシクはようやく匙を手に取った。二人の明るい顔が見たくて頑張っているのに、こんな風に心配させては元も子もない。
とても喉を通る心境ではなかったが、ユニも汁椀を取り、口に流し込んだ。


*   *   *

ジェシンは、額に脂汗を浮かせながら、腹の包帯を巻き直していた。
自宅に戻ったのはいつ以来だろう。こうも放蕩をしていると、ここも自分の部屋とはまるで思えない。
必要以上に豪奢な金張りの屏風や、絹の脇息を見るにつけ、何故か街で奴婢の子供に菓子をあげていたユンシクを思い出し、ジェシンは苛立った。さっきから包帯が上手く巻けないのも、きっとそのせいだ。

「くそっ!」

腹立ち紛れに脇息を蹴飛ばし、包帯はきれいに巻くことを諦めた。傷口だけ覆えたらいいとぐるぐる縛っていると、部屋の障子がいきなり開いた。ジェシンの部屋に断りもなく入れるのは、屋敷の主である大司憲、ムン・グンスだけだ。ジェシンが顔をしかめたのはもちろん、傷が痛んだからではない。だが、しかめっ面なら相手も相当なものだった。

「愚か者が。傷口を締め付ければ治るとでも思っているのか?」

ジェシンは服の前を合わせ、立ち上がった。差し挟んだ文机の上に、父は手にしていた盆を置いた。

「使いなさい。大射礼で怪我をしたと医者に言って、処方してもらった」

白い器に入った薬草を ちらと見下ろして、ジェシンはすぐに父から顔を背けた。薬くらい、使用人に持って行かせれば済むものを、わざわざ自らお出ましとは。また例のごとく説教が始まるのかと思うと、うんざりした。

「キム・ユンシクという儒生とは、あまり親しくするな」

父は唐突に、そう切り出した。だがジェシンは驚きはしなかった。父の行動規準に照らし合わせれば、それくらい予想はつく。だが彼は敢えて訊いた。

「何故です?出世に役に立たない、南人だからですか」

ぴくりと目尻を痙攣させて、父は声を荒げた。

「いい加減にしないか!いつまでそうやってひねくれている気だ!」
「貴方こそいつまで、老論の傀儡でいる気ですか!」

口元を震わせ、ジェシンは言った。

「あの日俺は、兄上と共に死にました。父上は兄上の死を黙認して、老論から地位を守り、そして同時に、二人の息子を見捨てたんだ」

やはりこんな屋敷に戻ってくるべきではなかった。足早に立ち去ろうとしたジェシンの背に向かい、父が投げつけるように言った。

「何とでも言うがいい。そうして得た力で、私はお前を守ってみせる」

無言で立ち尽くすジェシンに、父は続ける。

「キム・ユンシクと親しくするのは危険だ。兵曹判書は、彼を紅壁書だと疑っている」

咄嗟に、昼間のことが思い出された。ユンシクの後をつけていた私兵らしき男。兵曹判書の手の者だと言っていたが、探っていたのはそれか。だが、いくらなんでもあのユンシクが紅壁書とは。

「どうしてです?なんであいつが」
「キム・スンホン……お前の兄と共に金縢之詞を運び、犠牲になった男だ。キム・ユンシクは、彼の息子なのだ」

衝撃が、ジェシンから言葉を失わせた。彼は瞬きするのも忘れ、父の顔を見返した。


*   *   *


夕食の後。帰る途中に買い求めた簪を母にあてがってやりながら、ふとユニは尋ねた。

「お母様、お父様のどこが好きだった?」

鏡の中の母の顔は、穏やかに微笑んでいる。

「簪一本買ってくれなかった人のどこが良くて、老論の実家を捨ててまで一緒になったの?」
「何を言ってるの」
「家族を捨ててお父様を選んだこと……後悔したことはなかった?」

俯いた母は、かさついた手の甲の皺を伸ばしながら、「後悔ならしてるわ。毎日ね」と、呟くように言った。

「お前を成均館に送り出したこと、毎日後悔してる。あの時、実家と縁を切ったりしなければ、自分の娘にこんな苦労をかけることはなかった。……後悔ばかりよ」

そう言う母も、ユニには想像もつかない程の苦労をしてきたはずだ。なのに母の口から、父の悪口を聞いたことはなかった。自分を責めることはあっても、姉弟の前で、父を責めたことは一度として無い母だった。

ユニは母の肩にそっと手を置いて、頭をもたせかけた。じんわりとした温もりが、母の背中から伝わってくる。
それが心地良くて、ユニは目を閉じた。





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2012/06/15 Fri. 22:51 [edit]

category: 第九話

thread: 二次創作:小説 - janre: 小説・文学

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コメント

Re: せつないね(T_T)

ワタシはユニのデコが好きです(笑)男装のときはアミアミはちまきで隠れちゃうので
ちょっとザンネン。
でもユチョはハチマキは必需品……(爆)

あまる #- | URL
2012/06/17 07:33 | edit

せつないね(T_T)

皆のココロを思うと切ない場面です~✿

ユニがクラーク・ケントのようにお着替えするところ好きです。
本来の姿になるユニのふっと気が抜けたような柔らかい《えがお》が見れるから・・・。

みずたま #- | URL
2012/06/16 13:46 | edit

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