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第八話 11 芙蓉花 

人々でごった返す雲従街の通りを、ユニは足早に歩いて行く。
胸にはただ、ソンジュンに対する腹立たしさとやり切れなさが渦巻いていた。

どうして、こんなことをするのがよりによって彼なんだろう。
他人にどう思われようが、別に構いやしない。でも彼にだけは、惨めに見られたくないのに。かわいそうな子だと、思われたくなんかないのに。
自分が恥ずかしくて、体中を搔き毟りたいような衝動を、彼女はただ、前だけを見つめてひたすら歩き続けることに変えて堪えた。

だからユニは、気付くことができなかった。
通り沿いの店で、ヨンハやエンエンらと反物を眺めていたチョソンが、ぱっと顔を輝かせて自分に声を掛けようとしていたことに。
そして、素通りされてしまった彼女が、落胆のあまりその場に凍りついたように動けなくなっていたことにも。

「姐さん、どうかしたの?」

雑踏の中に消えていく細身の背中を見つめながら、じっとそこに佇んでいるチョソンに、ソムソムが声を掛ける。
「幽霊でも見たんですか?」と笑うエンエンの肩を、ヨンハが こらっ、と叩いた。

「昼間っから幽霊の話なんてするんじゃないの!」
「ええ~?」
「───もう帰るわ」

ぽつりと、チョソンが言った。

「え?服の仕立てに行くんじゃないんですか?」

訊ねるソムソムに、チョソンは小さく微笑んだ。だがその微笑には、深い悲しみが滲んでいた。

「どれだけ気飾っても、振り向いて貰えなかったら……もう、服のせいにできなくなるもの」


*   *   *


自室に戻ったソンジュンは、休み明けに行われる旬頭殿講の準備をしようと『書経』を開いた。だが、彼の目がそこにある文字を追うことはなかった。
成均館から帰ってきて以来、ソンジュンが一人になって考えることといえば、ユンシクのことばかりだった。
あのときインスの放った言葉が、頭から離れない。

『同じことをしているのに、何故お前は良くて、私は駄目なんだ?』

同じではない。インスがユンシクにしたことと、自分のしたことが、同じであるわけがない。
だが、それはあくまでソンジュンの中でだけのことであって、結果としては───つまり、ユンシクにとっては、結局同じことなのではないだろうか?

施しなどでは、絶対にない。だが、善意とも違う。ユンシクに対して多少の後ろめたさがあるのは、それが、彼のためを思ってしたことではないからだ。
あれは、いや、あれだけに限らず、ソンジュンが今まで彼にしてきたことは皆、自分自身のためだった。
ソンジュン自身が、ユンシクの友となりたくて、彼にとって、必要な人間になりたくて。

だが自分がどういう気持ちでしたことであっても、それが、彼の自尊心を傷つけていたとしたら。

薬包の束を渡したときのユンシクを、彼は何度も思い返した。あのときのユンシクは、どんな顔をしていただろう。彼が素直に受け取ったことにただ安堵して、そこにあったはずの彼の本当の気持ちを、見落としてはいなかっただろうか。

目を合わそうともせず、去っていったユンシクの後ろ姿。それを思うにつけ、自分が、彼の心から締め出されてしまった気がして、たまらなかった。
休暇中であることがもどかしい。早く成均館に戻って、彼と話したい。そうすれば、きっと───。

「……ちゃん、坊ちゃん!」

本の頁に指を掛けたまま、ぼんやりと空〈くう〉を見つめていたソンジュンの耳に、スンドルの声が響いた。

「お客様が見えてますよ」

客?
ソンジュンは眉間に皺を寄せた。わざわざ休みの日に訪ねてくるとは、いったい誰だろう。

部屋を出ると、母屋の方から男たちの笑い合う声が低く聞こえてきた。陽はまだ落ちておらず、外は明るかったが、父の誕生日の宴はもう始まっているらしかった。あの様子では、かなりの人数が集まっているようだ。後で自分も、挨拶に行かなければならないだろう。

靴を履き、庭先に目をやったソンジュンはそこに、浅葱色の道袍を着た、線の細い後ろ姿を見た。
思いがけぬ訪問に、彼は相好を崩した。

「どうした?何か用でもあったのか?」

肩に手を掛け、振り向かせた。

「ソンジュン様!」

こちらを向いて微笑んだ顔は、だが期待していた人のものではなかった。ソンジュンの顔から、一瞬にして笑みが消え、そのまま固く強張る。

「これは……驚きました。そんな姿で」

ソンジュンは本当に驚いていた。芙蓉花───ヒョウンの後ろ姿が、あまりにもユンシクと似ていたからだ。
華奢な身体つきをしているといっても、本来は男だ。男装した女人とは明らかに違うはずなのに、それを間違えるなんて、いくらなんでもどうかしている。

「これでも、両班の娘ですから」

ソンジュンの困惑を他所に、ヒョウンは恥じらうように頬を染めて、言った。

「人目もありますし……ここは、成均館よりも入りづらいんです」

ふふっ、と笑って肩を竦める。彼女から視線を外したソンジュンが、小さく溜息をつくのにも気づかぬ様子で、ヒョウンは被っていた笠や、道袍を脱ぎ、手早く畳んだ。麻の道袍の下からは、目にも鮮やかな真紅のチマが現れた。

「ちょうど、お屋敷にお戻りだと聞いて、いてもたってもいられなくて。一目だけでも、お逢いしたかったんです」
「……今後、このようなことは、どうかお控えください」

冷え冷えとした声で、ソンジュンは言った。

「このような行動は、男女有別の教えにも反し、僕に対しても無礼でしょう。用があれば、使用人を通して───」

言い終わらぬうちに、ヒョウンの両手がソンジュンの首をがっちりと掴んだ。一瞬、絞め殺される、と思ったソンジュンは ぎょっとして(正直、それくらいヒョウンの形相には鬼気迫るものがあったのだ)彼女の手首を掴み、引き剥がした。

「何を……」

言いかけたソンジュンは ふと、ヒョウンが右手に紙を握り締めているのに気づき、それを取り上げようとした。だが彼女はぎゅっと握り込んだまま、離そうとしない。「やめて、ダメ!」と抵抗するのに構わず、強く引っ張った。

ビリッと音をたてて千切れたものには、赤い梵字が記されている。どうやら護符か、まじないの類だ。
不愉快極まりない。ソンジュンは表情をますます険しくした。

「ああどうしよう……少しの間でも相手の身に付けろって言われたのに……」

当のヒョウンは、御札が破れたことにかなり動揺しているらしく、おろおろと目を泳がせている。
いい加減うんざりして、彼は言った。

「貴女は、僕の心を得ようとこんなことを?」

ヒョウンは声もなく俯いた。その顔が、耳まで赤く染まっている。

「もしそうなら、やめてください。そんな札で、人の心が動かせるとは思いません。それに僕は、まじないなどという愚かな行為は大嫌いです。そんなものを信じる人間とは、たとえ友人といえど、付き合おうとは思わない」

ヒョウンの、大きく見開いた目にみるみる涙が膨れ上がり、溢れた。だがそれを見ても、ソンジュンの心は冷えきったままだった。
彼はまた、ユンシクを思い出した。芙蓉花の涙には全く心が動かないのに、彼の涙を見たときは、いや、たとえ実際には涙を流していなくとも、彼が心の内で泣いていると感じたときは、どうしてあれほど平静ではいられなくなるのだろう。なぜあれほど、胸が痛むのだろう。

「お帰りください。貴女とはもう、二度と会うことはありません」

一礼し、ソンジュンは踵を返した。その背中を、ヒョウンの震える声が追いかけた。

「じゃあ、どうすればいいんですか?私だって、愚かな自分が、嫌でしょうがないんです。まさか自分が、こんな馬鹿な真似をするなんて、思いもしませんでした。本当はこんなこと、したくなかった。でも、気がついたら、貴方の前で情けない自分を晒してしまうんです」

立ち去ることができなかったのは、ソンジュンにも身に覚えがあるからだ。
頭ではわかっていながら、そのときの衝動に任せて、馬鹿な真似をしてしまう。普段の自分なら絶対にしないようなことでも、ある人が絡むと、我を忘れてしまう。
ここに引き合いに出すのはおかしなことかもしれないが、ソンジュンにとってのある人とは、それはキム・ユンシク以外にはいなかった。

「貴方に出会ってから、毎日幸せでした。貴方を想うだけで、心が踊って、貴方の姿を見たら、胸がときめいて。まるで自分が、物語の中にいるみたいで。でもそのうち、気付いたんです。ソンジュン様は、私と同じ気持ちではないと」

振り返ると、大粒の涙をぽろぽろとこぼしながら、それでも、ソンジュンの目を見て微笑むヒョウンがいた。

「でも、それでもいいんです。貴方が私のことを嫌いでも、私は、貴方が好きだから。大好きだから」

ソンジュンは、ヒョウンに冷たい言葉を投げつけたことを少し後悔した。
人は、そもそも愚かな生き物だ。彼女は、ただ己に忠実で、純粋なだけだ。誰かに嫌われたり、憎まれたりするのではなく、愛される種類の人間だ。
むやみに傷つけていいはずはなかった。

何か言葉をかけてやらなければ、と思い、一歩足を踏み出す。ヒョウンは、はっとして後退った。自分の気持ちを正直に言ってしまったことが、今更ながら恥ずかしくなったのだろう。くるりと背を向けて、足早に歩いて行く。

どうするべきかと少し考えたが、ソンジュンは結局、その後を追った。




*******************************************************************
うう~。八話……長い……(^^ゞ
七話までは9回でうまいこと収まってたのに、ここにきてなにゆえ~?

次回には終われると思います、たぶん。






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2012/06/07 Thu. 14:20 [edit]

category: 第八話

thread: 二次創作:小説 - janre: 小説・文学

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コメント

Re: ちびたさま

> それぞれの思いに少しずつ変化が出てきて、切ないですなあ。

ですね~。ここらへんのユニの心境を思うと、10話でソンジュンが謝ったときの
ユニの涙の理由がよくわかります(T_T)
ほんと、罪な男だわ~(笑)

でもあのシーンはめっちゃ好きだー。

あまる #- | URL
2012/06/24 22:18 | edit

このところ、再度ドラマ・原作の再見、再読してましたわ。
それぞれの思いに少しずつ変化が出てきて、切ないですなあ。
芙蓉花も、チョソンも、コロ先輩、そしてヨリム。
もちろん一番せつないのはユニとソンジュンなんですが。

後ろ姿を見た時のあの嬉しそうな顔とユニじゃなかったと知った時の落胆した顔。
その顔の変化を見たヒョウンもきっと悲しかったろうにねえ。
もちろんユニも女性として辛かったよねえ。
そして、チョソン姐さん・・・(T▽T)ウウウ

がんばれ、娘っこ達!

ちびた #- | URL
2012/06/24 12:25 | edit

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