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第七話 9 澱 

酒房の門を出ると、それまで聞こえていたざわめきが途端に小さくなった。すると逆に、惨めな気持ちは大きくなる。門のすぐ脇に、女物の小物を売っている店があった。並べられた鏡に、自分が映っている。
そこにいるのは、男だ。化粧っけのない、着飾ってもいない、どこから見たって男。
ふっ、とユニは自嘲気味に笑った。当たり前だ。自ら選んで、こんな格好をしているのだから。それをどうして今更、惨めに思う必要がある?
成均館に残ると決めた。男として。そのために、弓の練習だって死にもの狂いでやった。
なのにどうして、ソンジュンに女として見てもらえないことを、悲しむ必要がある───?

隣の鏡に、もうひとつ、顔が映り込んだ。怜悧な頬に、涼やかな瞳。たった今、ユニが思い描いた顔だ。鏡の中の彼は、じっと何かを見つめている。振り向くと、ソンジュンの視線とぶつかった。

「どうして出てきたんだ?」

咄嗟には言葉が出てこなくて、ユニは黙っていた。ソンジュンはごく自然に、包帯の巻かれたユニの右手を取った。

「手は、大丈夫か?」

ソンジュンの手のぬくもりが、優しく響く低い声が、今はただ憎らしかった。あんな場面を見た後では。
ユニはソンジュンの手を振り払った。

「関係ないだろ」

口をついて出てきたのは、そんな刺々しい言葉だった。ソンジュンの目が、不意をつかれたように僅かに見開かれる。
店の中から、ソンジュンを呼ぶドヒョンたちの大声が聞こえてきた。

「呼んでる。早く戻れよ」

素っ気なく言って、ユニは踵を返した。
ソンジュンは追ってはこない。自分のこんな態度に呆れたのかもしれない。
数歩も行かないうちに、ぽつぽつと雨まで降り始めた。最悪だ。
通りの両側に立ち並ぶ商店の女将たちが、店先に出していた売り物を慌ててしまい込んでいる。雨足は次第に酷くなり、ユニの笠や道袍をぐっしょりと濡らしたが、成均館へと戻る彼女の足どりは重いままだった。

「心配するフリなんかして。何が佳郎〈カラン〉だよ。人の気も知らないで、ニヤけちゃって」

ありがとうって、みんな君のお陰だって、感謝の言葉を伝えたかったのに、そんな気持ちは何処かへ吹き飛んでしまった。
代わりに、それまで感じたこともなかったモヤモヤとしたものが、時間が経つにつれ、胸の奥の方に澱のように沈み込んでいくのがわかる。
ソンジュンなんて嫌いだ。芙蓉花も。でも、こんな雨の中で一人、いじけている自分自身はもっと嫌いだ。

とそのとき、物陰から「おい」と声を掛けてきた男がいた。ビョンチュンだ。
随分酔っているらしく、目が座っている。こっちへ近づいてくる足元もおぼつかない。

「たいしたもんだ。貧乏人はほんとにしぶといよな。とてもかなわねぇよ」

ろれつの回らない舌でそう言って、ビョンチュンはへらへらと笑った。

「よく我慢できたもんだな。硝子の欠片が指に食い込んだってのに。そうか、そこまでして出世したいか」

無視して先を急ごうとしていたユニの足が、ぴたりと止まる。

「……先輩の仕業ですか」

静かにそう言うと、ビョンチュンは悪びれるどころか、ユニを挑発するように覗き込んだ。

「ああ。やったのは俺だ。それがどうした。文句あるか!」

どん、と肩を突かれ、ユニはぬかるんだ土の上に尻もちをついた。

「この……卑怯者!」

立ち上がりざま、握り締めた拳で思い切りビョンチュンの横っ面を殴りつけた。激しい怒りで、感覚がなくなっていたのかもしれない。鈍い音がしたが、痛みは少しも感じなかった。

「殴ったな?」

ゆらゆらと上体を揺らして、ビョンチュンが笑った。痛みを感じないのは向こうも同じらしかった。ただこちらは、酒のせいだというのは明らかだったが。
ビョンチュンは鼻の下を手で拭うと、途端に表情を変えた。

「……血だ。血が出てる。こいつ!ぶっ殺してやる!」

叫ぶなり、ビョンチュンがユニの肩を掴んだ。

「お前は負けた。ぼくにじゃない。その卑怯な、自分自身に負けたんだ!」
「なんだとぉ……生意気言いやがって!こっちはただでさえ惨めだってのに!」

ビョンチュンの拳が、ユニの頬に飛んだ。一瞬、気が遠くなる。はずみで倒れたユニはすかさず、覆い被さってきたビョンチュンの腹を蹴り飛ばした。ぐえっ、とくぐもった声を上げて、ビョンチュンが転がる。
その上に馬乗りになり、更に二発、三発と殴りつけた。

「よせ!もうやめろって!」

いきなり、横から突き飛ばされた。二人の間に割って入ったのはコボンだった。

「また鼻血が……あの野郎っ!」
「もうやめろよ!じき点呼だぞ!反省室に入りたいのか?」
「鼻血が、鼻血が出たんだぞ!両方から!」

降りしきる雨と鼻血で顔がぐちゃぐちゃになっているので涙も何もわからないが、ビョンチュンは明らかに泣いていた。

「離せコボン!俺は悔しいんだ、滅茶苦茶悔しいんだよ!油断してたら殴られたんだ、あいつが……あいつのせいで!」
「いいかげんにしろよ!」

ユニは叫んだ。見るに耐えなかった。折角男に生まれていながら、こんな有様とは。情けなくて、こっちが泣けてくる。

「そんな、しみったれた生き方するな!男だろ?もっとカッコ良く生きたらどうなんだ!」

ひい、とコボンまでもが子供みたいに泣き出した。ユニは雨に打たれながら、深い溜息をついた。
殴られた頬と、殴った右手が、今頃になってズキズキと痛みだした。


*   *   *

雨は、ユニが東斎に着く頃には止んでいた。井戸端で泥だらけの顔を洗い、ついでに道袍にこびりついた泥も着たまま擦り落とす。いっそ全部脱いで身体を洗い、服も洗濯したかったが、そろそろ点呼の時間だ。外に出ていた儒生たちもちらほらと戻り始めている。流石にそれは憚られた。

どうしてこうなってしまうのだろう。本当なら、今夜は最高の気分で眠れるはずだった。大射礼での勝利を皆で喜び合って、美味しいお酒を呑んで。なのに今自分は一人で井戸端の暗がりにいて、泥まみれの服と格闘している。

ユニの脳裏にまた、酒房で見たソンジュンと芙蓉花の姿が浮かんだ。どうしようもなく悲しくて、泣きたくなった。
すると、傍らに置いていた桶の中に、ざーっ、と水が注ぎ込まれた。

「これで足りる?」

そう言ってユニを覗き込んだのは、ヨンハだった。

「……先輩」
「ひどいザマだな。泥だらけじゃないか。一体何やったんだ?」

殴り合いの喧嘩です、とも言えず、ユニは曖昧に笑った。

「しょうがないな。ほら、脱げ」
「えっ……?」
「背中を流してやるよ。さあ」

ヨンハの手がユニの胸元に伸びる。ぎょっとして、両手で襟元を掻き合わせた。

「けけけ、結構です!」
「男同士じゃないか。恥ずかしがることないだろう?ほら、水をたっぷりかけてやるから。さっぱりするぞ」

冗談じゃない。ユニは身を引き、必死で抵抗した。

「だっ、ダメですっ!」

ヨンハは にっ、と笑うと、ユニの耳元にぐっと顔を近づけた。

「……なんで?」
「いや、その……それは」
「話してみなって。遠慮しないで。ん?」

至近距離で囁くヨンハの声は、甘い上に酷く危険だ。気を抜くと、うっかり何もかも白状してしまいそうになる。
男慣れしているはずの数多の妓生たちが、彼の魔手に囚われる理由を垣間見た気がするユニだった。

「き、傷跡!傷跡が、あって。すごく、大きな」
「傷跡?」

咄嗟に思いついたのだが、とりあえず今はそれで胡麻化すしかない。

「そんなの気にしないよ」
「いえっ、ぼくが、気にするんです!人に見られるのは、嫌なので」

ふーん、とヨンハは鼻を鳴らした。

「そっか。なら、仕方ないな」

ようやく離れて立ち上がったヨンハに、ユニはほっと胸を撫で下ろす。
井戸の縁をとんとん、と指で軽く叩きながら、彼は言った。

「じゃあ……気の毒なお前のために、秘密の場所を教えてあげるよ。そこなら、その傷跡を誰にも見られずに済む」
「秘密の場所?」

訊き返すと、ヨンハの口元がいかにも楽しそうに にんまりと上がった。


*   *   *

ユニは、火のついた蝋燭をそっと目の高さまで上げてみた。その動きにつられ、棚に下がった幾筋もの蜘蛛の巣がゆらりと揺れる。
秘密の場所、というのはどうやら嘘ではないようだった。もう随分長いこと手入れもされず、放置されて埃を被った祭器や、いつの、誰のものとも知れぬ古い位牌が棚の上に所狭しと並んでいる。

『昔、ここの学生に捨てられた女が、自ら命を断ったと言われてる場所だ。出るって、もっぱらの噂でね』
『出るって……何がですか』
『幽霊だよ。女の幽霊』

つい先刻の、井戸端でのヨンハとの会話を思い出し、ユニはぶるっと身を震わせたが、今の彼女にとって恐ろしいのは、幽霊よりもむしろ生きている人間の方だった。
少なくとも幽霊は、ここでユニの秘密を知ったからといって吹聴して回ったりはしないだろう。
ここに誰も近寄らせないのなら、むしろありがたい存在だ。

ユニは棚の上の祭器を避けて場所を作ると、そこに蝋燭を置いた。用心深くあたりを伺いながら、道袍を脱ぐ。
部屋の中央には、祭事の際、身を清めるためのものだろう、大きな風呂桶が置いてあった。先程張った湯が、ほかほかと湯気をあげている。
その立ち昇る温かさに顔を近づけると、自然と頬が緩んだ。湯浴みなんていつ以来だろう。ユニは手早く上衣を脱ぎ、頭に巻いた網巾を取った。結った髷がぱらりと解けて、艶やかな髪が白い肩で波打った。
尖っていた気持ちが、髪と一緒にほぐれていく。彼女は一二度頭を振ると、きつく縛ったサラシの結び目を解き始めた。



***********************************************
あまるですどうもこんにちわ。

前回のワタクシのぐちぐちしたコメント(^^ゞにご心配&励ましのお言葉、ありがとうございました。
当初は真剣に呪われてると思いましたが(笑)こういうのって重なるもんなんですね、きっと。
家の家電がいくつも同時に壊れるのと同じで。(え?違う?)

体調の方は全く自覚症状ナッシングですので(それが問題かもですが(^^ゞ)本人はいたって元気です。
今日は仕事お休みだけど外も雨っぽいし、ウチでダラダラすることにします~。
でわまた。




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2012/04/11 Wed. 05:33 [edit]

category: 第七話

thread: 二次創作:小説 - janre: 小説・文学

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コメント

Re: 祝!復活

お湯……確かにな~(笑)
だいたい、あんなとこにいきなり風呂桶があるのも妙に違和感だし。
三人が踏み込んだとき、空っぽになってたけど、どーやってお湯抜いたんだろうとか。
ユニってばあんなグラグラしてる棚の上に、よく登れたなとか、いらんこと考えるとキリがない……(笑)

あまる #- | URL
2012/04/13 01:25 | edit

Re: 由美かおる~☆

やっぱ電化製品って一斉に壊れるよね~。なんでだろ。
あと、リモコンの電池切れるのもいつも同じタイミングなんだよなぁ。
テレビとDVDレコーダーと、スカパーのチューナー、全部バラバラに買ったのに。不思議だ……。

> ウォークマンといえば、あの《おサル》を思い出すのは、ワタシだけ?

いやいや、ワタシもです(笑)あのおサルは名演技だったもんね。
しかし時代は変わったわ~。今のウォークマン、めっさちっちゃいし(笑)
カセットテープのやつなんて、思い出したらノスタルジックすぎて泣ける(^^ゞ

ミニョンたんの、エロとは無縁の入浴シーン……ソンスの名場面の一つですにょ。
コロだけじゃなくて、ソンジュンにも拝ませてやりたかったなぁ~(笑)

あまる #- | URL
2012/04/13 01:17 | edit

祝!復活

・・・ま、そんなこともあるさ!?
え?なにがって?
色々さ、色々。ね?


いよいよ入浴シーンだね?
そこでいつも疑問に思うのが、
このお湯はどこから調達?
今のように
スイッチひとつで一杯になるわけではないから、
どうしたのかな~って・・・。
突っ込むな!?

にゃん太 #- | URL
2012/04/11 21:30 | edit

由美かおる~☆

体調回復され、よかったですね~(^^♪
電化製品はなぜか周期で壊れるので大抵電子レンジや冷蔵庫、洗濯機といった大型家電チームと掃除機、コーヒーメーカーなどの小型家電チームがそれぞれ、退職届を出しだすんだっ★
そんなとき、我が家での合言葉☆
《そろそろ、買い換えカナ?》
その一言で、退職を思いとどまる時があるんだよ~
ウォークマンといえば、あの《おサル》を思い出すのは、ワタシだけ?
あのウォークマンがほしくて高校のころバイトしたよ~(T_T)

今回の場面、キラキラ☆音楽が奏でられる、《由美かおる》チックな名場面でござるな。
ユニの純真無垢さが全開~\(^o^)/
純真無垢は、時としてなま殺し的な効果を与えてしまう。
あはは~、ユニって罪な奴”だね。^^;

みずたま #- | URL
2012/04/11 07:04 | edit

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