スポンサーサイト 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
web拍手 by FC2

--/--/-- --. --:-- [edit]

category: スポンサー広告

cm --  tb --  

第六話 1 雲間 

雨の中を、ユニは夢中で走った。右手には、ジェシンからもらった弓懸がある。その感触を確かめるように、ぎゅっと握り締めた。そうすると、不思議と力が湧いてくるような気がした。

息を切らして、薬房に飛び込む。
薬を調合していたのか、チョン博士が天秤量りを手にしたまま、驚いた顔でユニを見た。
目を合わせるなり、ユニは言った。

「私は、出ていけません。いえ、出て行きません」
「何だと?」
「私を成均館から追い出すことは、先生には絶対にできません」

張り詰めた声で、ユニは続ける。

「キム・ユンシクの名は借り物でも、陛下が認められた答案は、私が書いたものです。それに、居館修学を私に命じられたのは、陛下です。なのになぜ、私だけに罪を問うのですか」

チョン博士の眉尻がぴくりと上がった。

「陛下に責任転嫁するつもりか?」
「私はただ、何の罪があるのかを伺いたいのです。学問は、民のためのものでしょう?では女は、民ではないとおっしゃるのですか」
「学ぶだけなら、家で本を読めば済む。成均館は、将来の国の官僚を養成する機関だ。女がいるべき場所ではない」

堪えていた涙が、溢れた。

「男女の別が……あるからですか」
「そうだ」

ユニは俯き、唇を噛んだ。

“女だから”

いつだって、そうだ。何かしようと思っても、いつもその言葉がユニの前に立ち塞がる。
それは、いくら叫んでも叩いても、びくともしない強靭な壁だ。
いつからそこにあったのか、誰がそんなものを作ったのか、知る者はいない。これまでユニ自身も、そんな壁が存在することに何の疑問も持たなかった。

だが彼女は、その壁の隙間から、見てしまったのだ。外の世界を。
女という生き物が、城砦に囲まれた狭い場所に閉じ込められているという事実を、知ってしまった。

着ている服や、話し方を変えただけで、外に出ていくことができた。そこは決して、危険な暗闇でも、息が出来ない場所でもなかった。ほんの少しの勇気と、強い心があれば、ちゃんと歩いて行ける大地が、そこにはあった。

そして初めて、疑問を感じた。なぜ、こんな壁がここにあるのだろう。なぜ、女だけが、ここに押し込められて生きていかなければならないのだろう。

「───では、違わなければ?女の私が、他の学生と違わなかったら、どうなるのですか」
「何だと?」

顔を上げ、チョン博士の目を真っ直ぐに見る。何か熱いものが、ユニの胸でふつふつと音をたてていた。

「学問とは、自ら問うことだと───世間の道理に問いかけることだと先生はおっしゃってました」
「何が言いたいのだ」

ユニは床に膝をつき、頭を垂れた。

「機会を………私に、もう一度機会をください」

チョン博士の靴を見詰めながら、彼女は思い出していた。成均館に入学して、初めての授業。
割れた壷の破片を手に、師は言った。

『諸君が先程見たものは、もう存在しない。だが、自ら問う者は、自ら答えを得る』

そしてあれは、今日よりも酷い雨の晩だった。やはり今日みたいにずぶ濡れで、けれどやはり真摯な瞳で、科挙を受けろと言ったソンジュン。

そして───何かに負けそうなとき、心が折れてしまいそうなとき、なぜだかいつもそこにいたジェシン。もう傷めないだろ、と指に嵌めてくれた弓懸。そのなめらかな木肌の感触。

「生まれて、初めてだったんです。学問とは何か、初めて疑問を持ちました。初めて、私の才能を認めてくれる人に出会い、初めて、味方になってくれる人にも出会いました。
お願いです。どうか、こんな私にも機会をください。世間に問いを投げかけ、新たな世を夢見る機会を与えてください」

訴えるユニの頬に、もう涙はなかった。ただ熱い塊が、彼女の胸を焼きそうなほどに覆い尽くしていた。
言い訳や、弁解なんかではない。そんなもので、こんなに胸が熱くなるはずはない。

私は、自ら望んでここにいる。
成り行きでも、誰かのせいでも、王命だからでもない。
私は、ここにいたい。ここでもっと、学びたい。彼らと一緒に。

沈黙が流れた。薬房の屋根を叩く雨音だけが、しんとした室内に響く。
どれくらいそうしていたのだろう。やがてチョン博士が、口を開いた。

「いいだろう」

ほとんど反射的に、ユニは顔を上げた。

「お前が女であることは、伏せておく。だがお前の命を救うためではない。この成均館の名誉を守るため───そして、王命を汚さぬためだ。だからと言って、お前をここに置くつもりはない。
男と女が、同じだと言ったな?」
「はい」

ユニが頷くと、にわかに語気を強めて博士は言った。

「女の身体で、男と競えると思うのか?まともに弓も握れぬ女の身で、男たちと同等に戦い、勝てるとでも?」
「……優勝すれば、機会を下さいますか?」

ユニだって、知りたいのだ。本当に、男と女は違うのか。何をしても、絶対に男には勝てないのか。
それが納得できなければ、大人しく城砦の中に戻ることなどできはしない。

「負ければ、即刻退学とし、その傲慢を罰する。更に、弟の名を青衿録から抹消し、国法の重みを示す。王を侮り、道理に背いた罪を死をもって償わせ、世の綱紀を正す。己の傲慢さを悔い、男女有別の教えを知るがいい」

チョン博士は袂から何かを取り出し、ユニに差し出した。ユニが母から貰った、銀粧刀だ。

「ここ成均館では、お前は女ではない。真実を誰にも知られてはならん。それだけが、お前と家族の命を救う道だ。忘れるな」

両手で銀粧刀を受け取り、ユニはそれをしっかりと胸に抱いた。

「───はい。決して、忘れはしません」


薬房を出ると、まるでそれを待っていたかのように、雨が止んだ。
ゆっくりと雲が晴れ、足元に光が差す。

これで、大射礼で何が何でも勝たなければならなくなった。けれど何故か、追い込まれた気はしなかった。
チョン博士に会う前に比べれば、むしろずっと気持ちが軽い。
見上げた空は、眩しかった。


薬房から戻ったその足で、ソンジュンを探した。彼を見つけるのは簡単だ。丕闡堂にいなければ、尊経閣に行けばいい。丁度本を手に外に出てきたところを捕まえ、ユニは言った。

「弓を、教えてよ」

ソンジュンが口を開く前に、続ける。

「大射礼で、優勝したいんだ」

戸惑ったような瞳が、ユニを見下ろした。

「何か───あったのか?」

奇跡だよ、とユニは笑った。

「ぼくにも、奇跡が必要になったんだ」






↓楽しんでいただけたらポチっとお願いします
にほんブログ村 小説ブログ 韓ドラ二次小説へ
スポンサーサイト
web拍手 by FC2

2012/01/24 Tue. 15:46 [edit]

category: 第六話

thread: 二次創作:小説 - janre: 小説・文学

cm 2  tb 0 

コメント

Re: がんばれ~!

まさしく奇跡だよねぇ~。
そして二人の出会いもやっぱり奇跡なのだわ~(´∀`*)ポッ

あまる #- | URL
2012/01/25 00:46 | edit

がんばれ~!

奇跡は既に起きているぞぉ~
ここにいるユニこそが奇跡のひとつだ。

にゃん太 #- | URL
2012/01/24 16:51 | edit

コメントの投稿

Secret

トラックバック

トラックバックURL
→http://amaru0112.blog.fc2.com/tb.php/64-6c8435c6
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

2017-08
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。