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第四話 8 昨夜の記憶 

忘れよう。とにかく忘れるんだ。

成均館の構内を歩きながら、ソンジュンは胸の内で呪文のようにそう繰り返していた。
酒の力は恐ろしい。自分が自分でなくなってしまう。
今まで努力して創り上げてきたイ・ソンジュンという人間像を、たった一杯(とは言えない気もするが)で崩壊させてしまうのだから。
とはいえ、彼はスンドルがご丁寧にも報告した巷の評判などを気にしているわけではなかった。
昨晩の一件で、ソンジュンにとって最も痛手だったのは。

「イ・ソンジュン庠儒」

そら来た、とソンジュンは思わずあらぬ方向へ目を泳がせる。明倫堂前の中庭に入ったところで、今の彼が唯一まともに顔を見られない人物───キム・ユンシクが、小柄な身体を反っくり返らせるようにして、彼の前に仁王立ちになっていた。

「あまりの申し訳なさにそらっとぼけるつもりのようだけど」

そんな風に切り出したユンシクは、下から睨めあげるようにしてソンジュンを見た。

「ぼくは、貸し借りをはっきりさせたい性分なんだ。それにこういうのは、礼と法を重んじる君にも似合わないと思う」

確かにそうだ、僕には似合わない。だがこのところ万事がそうだ。このキム・ユンシクという少年に出会ってから、生来のイ・ソンジュンには似合わないことばかりやっている気がする。
自分を取り戻せ、イ・ソンジュン。ここで頭を下げたり、彼にへつらうような真似をしたら、それこそ僕じゃない。

ソンジュンは一つ息を吸い込むと、そのまま黙ってユンシクの脇をすり抜けた。だが彼は尚も食い下がる。

「礼を言うなら言う、謝るなら謝る、ちゃんとはっきり………」

くるりと振り返り、殊更真面目な顔でソンジュンは言った。

「昨夜のことなら」
「覚えてるのか?」
「成均館に入学できたのは僕のお陰だと、君に礼を言われた」

期待に見開かれていた目が、途端に天を仰いだ。

「違うってば!そのことじゃなくて、もっと後!」
「その後は───確か、西斎に移らないでくれと、僕に頼んでたな」

かくん、と小さな顎を落として、ユンシクは穴の開くほどソンジュンの顔を見た。

「安心しろ、キム・ユンシク。君の頼みとあらば仕方ない。西斎に移ると言ったのは撤回しよう」

口を開けたまま、あ、とも、う、とも言えずにいるユンシクの表情に満足して、ソンジュンはまた彼に背を向け、すたすたと歩き出した。背後で、ユンシクが言葉も無く地団駄を踏んでいるのが見えるようだ。
想像したソンジュンはつい、くすっと笑ってしまった。


その日、昌徳宮からの使者が二人、馬を駆って成均館にやってきた。彼らが携えてきた王の勅書は、すぐさま構内の掲示板に貼り出され、儒生らの注目を集めた。

【成均館の学生に告ぐ。来る9月22日、成均館にて、大射礼〈テサレ〉を開催する。優勝者には50点の円点と酒が振舞われる。予選敗退者は科目落第とする。徳を重んじる若い学生たちに、よい機会となることを祈る】

「大射礼か………」

大射礼といえば、第11代国王中宗以来途絶え、先王英祖が200年ぶりに復活させた国家行事だ。本来は王が臣下と共に弓術を競うことで、『君臣に義有り』の教えを諭す儀式である。

“君臣は義を以て合う者なり、合えば即ち就き、合わざれば即ち去る”

臣下は正しき君主に従い、君主といえど正しくなければ去るのみ───。
この場合、“去る”のは臣下だけではない。朝鮮の歴史を紐解けば、君主である王がその座を去る、いや、正しくは追われることも多々あったはずだ。
儀式とはいえ、王にとってはおそらく気の抜けない催事であったろう。それを、公式ではないにしろ、この成均館で行うという。

ソンジュンは、王の真意を測りかねていた。
左議政である父によれば、現王正祖は政治的実権を握る老論を牽制するのにやっきになっているという。王にとっては、自分の思い通りにならない老論の存在は、目の上のタンコブのようなものだ。そこに、君臣の義を改めるような行事をわざわざ催すのは、自ら墓穴を掘るようなものではないのだろうか。
しかも、大射礼は非業の死を遂げた正祖の父、思悼世子が殊の外好み、成均館の学生たちと楽しんでいた行事だった。そのため、思悼世子の死後、先王英祖がその開催を一切禁じたのだ。

それをまた、何故今になって?

考え込んでいたソンジュンはふと、少し離れたところで大射礼開催の勅書を呆然と眺めるユンシクの姿に気づいた。
あの様子からすると、もしや。
なんとなく嫌ぁな予感がして、ソンジュンはその場を離れたのだった。


彼の予感は正しかった。午後の講義の後、丕闡堂前庭に設けられた弓場に行ってみたソンジュンは、そこでおぼつかない手つきで弓の練習をしているユンシクを見つけたのだ。
いやあれは、弓の練習とはいえない。そもそも弓をきちんと握れてさえいないし、的に対しての立ち方もなってない。

両班の子息ともあろう者が、六芸の一つである弓術も身につけていないとは。
ソンジュンは呆れたが、すぐに、父親を早くに失くしたという彼の境遇を思い出した。
食べていくのがやっとという生活では、当然、呑気に弓や馬術の練習などできなかっただろう。彼には、手をとって教えてくれる父親さえいないのだ。

ソンジュンは自分を恥じた。恵まれた人間は、それが当たり前になってしまって、自分が恵まれていることに気づかない。それでは、あの新榜礼の日、ユンシクの草餅を豚の餌だと言ったビョンチュンと同じになってしまう。
だがソンジュンはユンシクといるとどういうわけか、彼が南人だとか、貧しい家庭に育ったとかそういうことを、つい忘れてしまうのだ。
彼の屈託のない明るさがそうさせるのだろうか。それとも、女性のような見かけのわりに、中身は一本筋が通っているというか、男らしい性格のせいなのか。とにかく。
惹きつけられる。
一言で言うと、そんな感じだ。

難攻不落と噂される名妓チョソンが、あっさり自分の下着を彼に渡したというのも、他の儒生たちは皆驚いていたが、ソンジュンにはわかる。
男も女も関係なく、人を惹きつける何か不思議なものを、彼は持っているのだ。
スンドルに文句を言われながら、彼を探すために筆洞を必死で歩き回った、あの時からそうだった。
理屈ではなかった。

と、立っていたソンジュンの脇を、へろへろと力のない軌道を描いて矢が掠めた。慌てた顔のユンシクが、駆け寄って来る。

「ご、ごめん!怪我しなかった?」

あんなんで怪我なんかするか、とソンジュンは仏頂面でユンシクの手から弓を取り上げた。
彼の手を取り、改めて弓をきちんと握らせる。

「大射礼は清斎の部屋毎の団体戦だ。つまり、一人が予選敗退すれば、同室生全員が落第する。誰かのせいで予選落ちの巻き添えを食うのは御免だ」

腰を引かせ、正しい位置に立たせる。背筋を伸ばして、肩を広げて。
ソンジュンの手が触れる度に、ユンシクの身体はいちいちびくついた。ソンジュンは平静を装ったが、内心は酷く驚いていた。
柔らかいのだ。どこもかしこも。
この間、寝ていた彼を抱き起こしたときもそう思ったが、あれはやはり気のせいではなかったのだ。
弓と弦を握らせるため、重ねた手は小さくすべすべとして、ソンジュンの手のひらより少しだけ温度が低い。
うなじのあたりがざわざわするような、何だか妙な気持ちになって、ソンジュンは彼から手を離した。

「もう一度やってみろ」

構えを教えて射させてみたが、矢は飛ぶことすらできずに彼の目の前でぱたりと落ちた。

「ヘタクソ」
「うっ………」

きまり悪げにうつむいたユンシクに、ソンジュンは言った。

「昨日僕を担いだ力は、一体どこへ行ったんだ?」

ユンシクが、えっ?と顔を上げる。その足元に屈んで、つま先を広げさせた。

「もっと力を抜け。昨夜門を蹴り過ぎて傷めたのか?」
「昨夜のこと、覚えてるの?全部?」

昨夜のことは、ソンジュンにとっては一日も早く忘れたい記憶だ。だが、覚えておきたいこともあった。

彼は立ち上がると、もう一度、ユンシクの手を取って弓を構えさせた。今度は背後から腕を回し、一緒に弦を握る。自然と、二人の身体が密着した。ソンジュンの鼻先に、ふわりと甘い香りが漂った。
一体何の匂いだろうと彼は不思議に思ったが、不快な匂いではなかったので、というか、むしろもっと嗅いでいたいような、そんな香りだったので、彼は無意識のうちにユンシクのこめかみに自分の頬を寄せ、的に目を凝らした。

「───僕にとっても、初めての経験だった」

力を入れ、弦を引き絞る。ソンジュンの手にすっぽりと包まれたユンシクの手が、微かに震えるのがわかった。

「同じ門下生ならまだしも、それ以外で味方ができたのは」

ユンシクが、首だけこちらに向けてソンジュンを見上げる。黒い、澄んだ瞳が間近で彼をじっと見詰めた。その視線に吸い寄せられるように、ソンジュンも彼の瞳から目が離せなかった。

「………キム・ユンシク、君が初めてだ」





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2011/12/13 Tue. 23:52 [edit]

category: 第四話

thread: 二次創作:小説 - janre: 小説・文学

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コメント

分かります!

そうそう、原作の方は女性には珍しく長身で、となってましたね。
私も、成均館版ベルばらなイメージで読んでました(^^)
でも意外と、原作の方が女性らしい控えめな内面を感じました。
あまるさんの言うとおり、気の強さはドラマのユニちゃんの方が勝ってますね♪

びわ #p6hXJKzs | URL
2013/07/13 16:26 | edit

Re: びわさま

>ソンジュン、ユニたんに触りたくてたまらんのね( ̄∇ ̄)

触って触って~(*>ω<*)
弓の手取り足取りシーンはもー大好物です。ワタシもたまらん。

ユニは、ちっちゃくて可愛い、でも男気溢れる(笑)ミニョンちんが演じることで、原作とは違うドラマ独自のカラーを決定づけてるんじゃーないかと。
原作のユニはすらっと背が高くて、もっと色気があるというか、タカラヅカの男役的なイメージが個人的にはあったりするので、原作の完璧なソンジュンの横に並ぶのは自然でも、ドラマのちょっとダメなとこのあるソンジュンには張り合いすぎてうまくいかないんじゃねーかって気がする(^^ゞ

あまる #- | URL
2013/07/13 01:36 | edit

触りたいのね〜♪

成就してからもですが、ソンジュン、ユニたんに触りたくてたまらんのね( ̄∇ ̄)
まだこの時は弓という大義名分もあるし、
自分が惹かれる理由も本人よく分かってないけど。
青春だわ〜(*^^*)ポッ

ミニョンちゃん、ホントにユニがはまり役でしたね〜
目の演技も素晴らしかったし、
この、黒目がちでまん丸なお目々や、中性的な顔立ち、トーンの低い声が、
女子禁制の成均館の中で可笑しな浮き方をしていないのがすごいなあと。
あの目で見つめられたら、ソンジュンじゃなくても落ちちゃうなぁ(^-^*)

びわ #p6hXJKzs | URL
2013/07/12 23:03 | edit

Re: ちびたさま

> 部屋を移りたくなかったのは君だよ君(爆!)

(゚д゚)(。_。)(゚д゚)(。_。) ウンウン。で、全く自覚がないという……(笑)
しょーがないやつだ。

弓のシーンは、原作でもちょっとカブるとこがありましたよね~。
あそこすごい好きなんですよ。だからこっちでもどーしても入れたくて。
といっても原作の方がユニのこと触りまくってますが(^^ゞ

あまる #- | URL
2012/05/15 01:39 | edit

禁断のBLの始まりだあ(爆!)
でも10代の初恋って意外と同性に対してのものなのかもしれないなー

礼と節を重んじる、つまりは建前を重んじる朝鮮王朝の時代にこれほどストレートな思いをぶつけられればそりゃイ・ソンジュンじゃなくたって、誰だって惚れるわな。
自分のために一生懸命に行動してくれるなんてことは親でもしてくれなかったかもだし、ましてや自分がどうしても一緒に居たかった人なら男女を問わず好きになるだろうて。

それでもまだまだ自分の中の原則を崩せないイ・ソンジュン君子が精一杯あらわした喜びと感謝はほんと萌え死にますわ。
部屋を移りたくなかったのは君だよ君(爆!)

にしても、あの弓を教えるシーンでイ・ソンジュン、あんたそんなエロいこと考えてたんかい・・・
弓を教えるのにかこつけてあちこち触ったらだめだってば。もぅー(笑)

ちびた #- | URL
2012/05/14 18:25 | edit

Re: ま、まさに

ドラマではけっこうさらっと言っちゃってますが、
文字にすると妙に意味深な感じがするのはなんででしょうね~^^;
しかしまだ序盤………まだまだ道のりは長いぞ!頑張れカラン~

あまる #- | URL
2011/12/15 21:35 | edit

ま、まさに

愛の告白?いやいや。文字にしたら間違い無く愛の告白ですね?カラン、青年よ大いに悩んで悶々とするのだ(笑)!

りゅうれん #/ZrAXPAI | URL
2011/12/15 16:19 | edit

Re: BL

ソンジュン崩壊の序曲………ww
BLはちと苦手ですが(笑)ホモなのか?と悩む男子はツボです。
ユニが女とわかったときのヨロコビもこの葛藤あってこそだもんねぇ~(^^)

あまる #- | URL
2011/12/15 01:53 | edit

Re: みずたまさま

どこまでも掘って掘って掘りまくるですヨ!(爆)

ウチの子はダンスィ~ですが、小さい頃の彼の頭はボロゾーキンのにほひがしておりました。特に夏ww
あれはなかなか癖になるニオイでございます。
姪っ子の頭もついついくんかくんかしてしまう不気味な叔母………。
男女差ってふしぎ。


あまる #- | URL
2011/12/15 01:34 | edit

BL

成均館ではご法度のBL?
まじめ人間ソンジュンの葛藤
持て余し気味の心
読心術が使えたら覗いてみたいな

にゃん太 #- | URL
2011/12/14 22:30 | edit

おはよ~

お忙しい中、更新ありがとうございます~(*^_^*)

ドラマって詳細が見えづらいから・・・
だからあまるさんの文章が詳細を語ってくれて、ドラマの場面が見えてくるよ~☆
よく、掘り下げてくれてホントに大感謝です(*^^)v
《ソンジュンの鼻先に、ふわりと甘い香りが漂った。》
ダンスィ~は、匂いが違うのかな?
ベビーちゃんのころは、男児と女児匂いが違うけど?
ウチは娘のみなんで・・・。
ジイサン、ダンナは加齢臭?(*_*)うっうw

みずたま #- | URL
2011/12/14 10:29 | edit

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