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第四話 5 帰途 

 一抱えほどもある器に、溢れるほどの酒が注がれた。儒生たちが「イッキ!イッキ!」と盛り上がる中、ぷんと匂い立つその白いマッコリをソンジュンは半ば呆然と見つめている。
 ドヒョンが芝居がかった表情で、言った。

「さあ、ぐっとやってくれ。君を待ち焦がれた我々の思いを酒に込めた」

 皆人が悪いなとは思ったが、これも仲間に溶け込むための、言わば試練だ。ユニはソンジュンの隣で囁いた。

「一杯目は一気飲みが決まりなんだ。ぼくらも全員飲まされた」

 ソンジュンは黙っているが、その顔からは血の気が失せてしまっている。そりゃあそうだろう。この品行方正なお坊ちゃんに、こんな大量の酒が飲めるわけがない。

「嫌なら別に無理しなくても………」

 ユニが酒の入った器に手を掛けた。その手首を、ソンジュンががしっと掴んで阻む。彼は無言のまま、まさに決死の表情で器を持ち上げ、口をつけた。

「お………おおお?」

 ドヒョンが、ソンジュンのごくりごくりと波打つ喉元を、目をぱちぱちさせながら見つめている。ヘウォンとウタクも同様だ。徐々に角度を増す器の底を、二人揃ってぽかんと口を開け、見守るばかりである。

 やがて、ダンッ、と、大きな音をたててソンジュンは巨大な盃を卓子に降ろした。すかさず、ドヒョンが盃をひっくり返し、空になったことを確かめる。

「イ・ソンジュン、可!」

 儒生たちの間から、わっ、と拍手が起こった。

「なんてやつだ、ほんとに全部飲みやがった」

 ヘウォンが呆れたように呟くのを、ユニはどこか愉快な気持ちで聞いた。あれだけの酒を、まるで自分が飲み干したような気分だ。ちらりと笑ってソンジュンを見上げた。彼は反対の方を向いて、小さくげっぷをした。


*   *   *


「お前もまだまだだなぁ、チョソン」

 新しく仕入れた春本をめくりながら、ヨンハが呟くように言った。脇息にもたれかかり、まるで自室のようにくつろいだ様子だが、そこは天下の名妓、チョソンの私室である。
 どれだけ金を積んでも入るのが難しいと言われるその場所に、こうして足を踏み入れることができる男はそうはいない。といっても彼がチョソンの客として、ましてや情夫としてここにいるわけではないのはお互い百も承知だ。

 女林〈ヨリム〉の名に恥じぬ女好きは自他共に認めるところだが、実は彼はああ見えて、周りに相当気を遣っているのではないかとチョソンは思う。

 父親が牡丹閣の運営資金を援助していることもあって、昔からここに出入りしているものだから、チョソンなどは彼を客として扱ったことがない。来れば適当な肴くらいは用意させるが、手厚いもてなしどころか、酒の酌すらしないこともある。だがヨンハはむしろそれが気に入っているようだった。

 自分になびかないとわかっているから、チョソンの前では世辞も言わない、笑わせる必要もない。今のように本(といってもほとんどが猥本だが)をめくりながら手酌で酒を呑み、彼女の伽耶琴の練習に付き合ったりもし、適当に時を過ごして帰っていく。大勢の友人たちを引き連れているときは派手な宴会で大金を落としてくれるが、彼が一人でここへ来るときは大抵そんな風だった。

「男に恥をかかせて、一体何の得がある?妙な意地を張らずに、行ってやれよ」

 障子の向こうを軽く顎でしゃくって、ヨンハは言った。
 今頃離れの客室では、エンエンとソムソムがハ・インスとその取り巻き連中に、チョソンが顔を出さない理由を汗をかきながら言い訳しているに違いない。

 いっそのこと得体の知れない伝染病に犯されて、ふた目と見られぬ顔になったとでも言ってくれればいいのに、とチョソンは思った。そうすれば、あの若様も少しは私から興味を失ってくれるかもしれない。

「相手は成均館の掌議で、兵曹判書の息子だぞ。そんなやつが、新榜礼の後すぐに会いに来たんだ。気持ちは分るだろ?」

 鏡の前で眉墨を引きながら、ヨンハの言葉を聞くともなしに聞いていたチョソンは、ふと振り返り、「ヨンハ様こそ、まだまだですね」と穏やかにやり返した。

「あなた様は私の気持ちを、よくご存知のはずでは?」

 ヨンハは本から顔を上げると、ふるふると首を振った。チョソンは飾り髪に挿した蝶の簪を直しながら、薄く微笑んだ。

「男が金や権力で買えるのは、女の一夜だけ。女心を掴む男は、たった一度の出会いでも、一生忘れられぬ余韻を残すもの………。私たち妓生にも、守りたい信義がございます」

 束の間、考えを巡らすように空〈くう〉を見つめたヨンハは、すぐにはっとして身を乗り出した。

「それはもしや、テムル………あ、いや、キム・ユンシクのことを言ってるのか?」

 言わぬは言うに勝るという。チョソンは敢えてヨンハの問いには答えず、ただ艶然と微笑み返した。

「今夜はもうお引取りください。お送りいたします」


 我ながら不思議だと思う。たった一度会ったきりの彼に、どうしてこうも強烈に惹きつけられてしまうのか。
 顔が綺麗だったから?兵判の手にかかる寸前だったのを、助けてもらったから?
 どちらも違う気がする。

 男たちの悪ふざけのために、女を辱めることはできないと言った。チョソンの下着を、恥ずべきものではないと言って、あの素晴らしい絵をさらりと描いた。
 彼の前にいた自分は、卑しい妓生でも、男の下僕である女でもなく、チョソンという一人の人間だった。それを発見したことは、チョソン自身にとっても、大きな驚きだった。

 表面的な美しさを褒めることはあっても、あんな風に、人としてチョソンに敬意を払ってくれた男が、これまで一人でもいただろうか?

 いったい彼は、どういう人なのだろう。
 彼のような人間がこの世にいることは、まるで奇跡だ。
 たとえ貧しくとも(彼の身なりは、決して贅沢なお坊ちゃんのものではなかった)れっきとした両班の家に生まれた人間が、たかが女、たかが妓生を自分と同等、いやそれ以上の存在のように扱うだなんて、そんな夢物語みたいなことを誰が信じる───?

 ヨンハを促し、回廊に出たチョソンは、胸の奥が急速に冷えていくのを感じた。
 鷹のような鋭い視線が、真っ直ぐに自分に突き刺さっている。
 この人と会うと、いつもこうだ。自分が何かの獲物にでもなったような、そんな気分になる。

 チョソンは形ばかりの笑みを口元に浮かべて、インスに軽く会釈した。すれ違いざま、ぐいと顎を掴まれた。

「いつまで私を拒んでいられるか見物だな。妓生の信義とやらと、私の力、どちらが強いか………面白い勝負になりそうだ」

 力、勝負。この人はやっぱりこうなのか。
 チョソンは哀れみのこもった目でインスを見上げた。かつては自分も、そうだった。
 力さえあれば。誰にも負けることのない力があれば。恐らくは父も、家族も失うことはなかった。ここでこうしてもいなかった。
 けれど、その力を望んだばかりに、自分自身をのっぴきならないところまで堕としてしまった。こんなはずではなかったと後悔しても、もう何もかもが遅すぎる。

 去っていくインスの後ろ姿を見つめながら、チョソンは心の中で呟いた。
 若様、早く貴方も気づいてください。貴方の力が、貴方自身を食い潰す前に、早く───。


*   *   *


「宮殿にぃ~上がったらぁ~牡丹閣を~買い取ってぇ~浴びるほどぉ~酒を呑みぃ~」

 成均館への帰り道。ドヒョンら3人組は道端で肩を組み、上機嫌でくるくる回っている。歌を歌っているようだが、歌詞も調子も適当なせいで、ただ怒鳴っているだけにしか聞こえない。

 くすくす笑いながら彼らの後ろを歩いていたユニの足が、ふいにもつれた。転びそうになった身体を、咄嗟にソンジュンが抱きとめる。
 どうも、と少しふらつく足でまた歩き始めたユニに向かい、ソンジュンが言った。

「新榜礼の………君の頼み事について、考えてみた」

 躊躇うような少しの間のあと。

「約束は守るよ。───西斎に移る」
「本気で言ってるの?」

 ソンジュンは前を向いたままだ。その横顔はいつも通りで、酒のせいで冗談を言っているようには見えない。

「さっきは………意外だった」
「何が?」
「声が大きいんだ、君たちは」

ああ、とユニは笑った。

「ぼくが、君の肩を持ったことか。聞いてたんだ」
「論語の成績に、不満があったんじゃないのか?」
「不満とか、そういうのじゃないよ。何が真実なのか知りたかっただけさ。先生の言う、学問とは何か、真理とは何なのか………すごくすごく、知りたかった。それだけ」

 通りに立ち並ぶ民家の屋根の間から、無数の星が瞬いているのが見える。それを見上げながら、独り言のようにユニは続けた。

「初めてだったんだ。生まれて初めてだった。あんな風に授業を受けるのも、先生に教えを乞うのも、誰かと、机を並べるのも。論語があんなに面白いものだってことも、初めて知ったよ。それってさ、よく考えてみれば………みんな君の、お陰だし。だから……」

 振り向いて、ソンジュンを見た。彼はいつの間にか歩くのを止め、ユニを見ていた。

「今日だけはその……礼を言いたいというか……えと……それで、考え直したんだ。西斎には、移らなくていいよ。せっかくの願い事を使うのは、もったいないしさ」

 ハ・インスは確かに怖い。目をつけられたら何をされるかわからないし、自分の正体がバレてしまう危険だってある。けれどきっと、ソンジュンに自分自身を曲げさせる程のことじゃない。
 あんな奴らに怯えて、感謝するべき人間の信念を捨てさせる?そんなことをしたら、ユニもドヒョンやヘウォンたちのことを言えなくなってしまう。

『───それが男ってもんだろ?』

 ユニにとってそれは、魔法の言葉だった。
 男の格好をすると、少しだけ勇気が出るのと同じだ。その言葉はまるで父親のように、自分をいつも正しい方向に導いてきたとユニは信じている。
 実際の男がどういうものかは、女であるユニにはわかるはずもない。だがこうして男の格好をしている以上、自分が男らしくないと思うことはやらないし、できない。
 ソンジュンの言葉を借りるなら、それがユニの原則だった。

 ふと見ると、ソンジュンがまるで今にも泣き出しそうな顔をしていた。彼らしくもなく頬を歪め、必死に歯を食いしばっている。

「あれ、そんなに感動する話だった?」

 少しばかり驚いて、ソンジュンの顔を覗き込んだ。彼は うっ、と唸って、くるりとユニに背を向けた。



「オエェェェェェ!」



 地面に向かって、盛大にゲロを吐いたソンジュンの背中を、ユニが慌てて支える。

「だ、大丈夫?!」

 時折苦しげに咳き込む背中を仕方なくさすってやりながら、ユニは弱りきって呟いた。

「やっぱりこいつ嫌いだ………」









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2011/11/24 Thu. 01:33 [edit]

category: 第四話

thread: 二次創作:小説 - janre: 小説・文学

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コメント

大司成

「会いたい」にも出てるんですね!しかも上司と部下か〜(笑)
成均館ではコミカルな関係でしたけど、ちょっと違うんですね。

「会いたい」は、「太陽を抱く月「の子役2人も出てるので、
ちょっと興味あるんですよね。ヨ・ジングくんの演技に演技に涙々だったので(T-T)

びわ #p6hXJKzs | URL
2013/07/13 16:41 | edit

Re:びわさま

> 最近になって、チョソンをやっていた方は「太陽を抱く月」で
> ヒロインのライバルをやっていたことに気づいてビックリでした。

そぉなんですよ。あちらではかなり可哀想な役でしたけど。
ある意味、彼女も犠牲者ですもんね……。
でもあの、ヨヌの亡霊に怯えるときの鬼気迫る演技は迫力でした。

そういえばユチョのドラマ「会いたい」では、大司成とソンジュンが
悪徳警察署長と部下って関係になってて、ちょっと面白いです(笑)

あまる #- | URL
2013/07/12 01:54 | edit

チョソン

最近になって、チョソンをやっていた方は「太陽を抱く月」で
ヒロインのライバルをやっていたことに気づいてビックリでした。
格好もメイクも違うからというのもありますが、
表情とかの演技がやっぱり違うんですよね〜
彼女も上手い人なのかなーと(^-^)

びわ #p6hXJKzs | URL
2013/07/11 14:40 | edit

Re: ちびたさま

ヨリムは原作でもまだ謎が残されてる人ですもんね~。奥さんのこととか。
彼の場合、多少ミステリアスな部分があった方がそそられるかなぁとも思ったり(笑)

ヨンハとチョソンですか~(笑)この二人だとかーなーりオトナな話になりそうだ~。
つってもエロとかそっち方面じゃなくて、ただ話してるだけなのに気だる~い雰囲気が……(笑)



あまる #- | URL
2012/05/15 00:37 | edit

チョソンさん、妓女になる前は大事に育てられたお嬢様だったのかもしれないけど、あくまで女として扱われただけで人間として同等に扱われた事はなかったんだろうね。

もしかしたらそれはヨリム先輩も一緒??なのか??
この二人のつながりはどういうものなんだろう??
うーん、あまるさんの文章を読んでいると、他のつながりの物語も見てみたいーと思う今日この頃

あ!決してク・ヨンハとチョソンの物語を書いてくれって言ってるわけでは(汗)
(それを依頼と人はいう・・・)

そんなシリアスは話をしている二人とは一味違うイ・ソンジュン君子とユニちゃん。
ま、学生コンパで一人ぐらいこういう奴いるよね(爆)
格好つけて飲めない酒飲んで手間かける奴と、そんな迷惑な奴を一生懸命解放する奴。
いつの時代も、よくある光景ってやつだな。

ちびた #- | URL
2012/05/13 01:28 | edit

Re: にゃん太さま

あ、意外だった?(笑)
そだなぁ~。ドラマではけっこうすンごい顔してインスのこと睨んでるもんねw
これも妄想のなせる技?^^;
でもラストはなんとなくこの二人がくっつくよーなフリもあったし、子供の頃に出会った二人だから、何かしら複雑な感情があってもおかしくないかな~と。
そのあたりもこの妄想ブログで補填できたらいいなぁと考えとります。んなもん誰も読みたがらんかもだけど(笑)

あまる #- | URL
2011/11/26 02:16 | edit

Re: りゅうれんさま

> そう言えば、チョソンて一体どんな家柄だったんでしょうね?

チョソンの設定については、公式ガイドブックを参考にしてます。といってもちょっとしか触れられてないので、依然謎の多い人ではあるんですが^^;
あとは想像で補完するしかないですね~。
にしても、りゅうれんさんの想像、けっこー当たってるかもですヨ(^^)

あまる #- | URL
2011/11/26 01:57 | edit

Re: みずたまさま

このあたりのユチョには俳優としての才能を感じたわ~ww
ゲロってる姿すら愛しい(*^_^*)

あまる #- | URL
2011/11/26 01:31 | edit

チョソンの素性を知りたいね。
知性といい、身のこなしといい、
並みの妓生ではないものね。

意外だったのは、
チョソンがインスのことを心配していたこと。
近しい何かを感じていたのかな?

にゃん太 #- | URL
2011/11/25 15:52 | edit

チョソンの謎

更新、有難う御座います~。
そう言えば、チョソンて一体どんな家柄だったんでしょうね?
子供の頃に兵判の家に連れてこられて、そのまま下女にもならずに妓楼に売られて・・・?
オマケに武術の心得があって。

今回のお話を読んでいると、なんとなくヤンバンだったのかもと思いました。
小論あたりの重鎮だったのに王様の父親が米びつで死んだ時に関わっていて、主は斬首で一家離散・・・そんな風にも思えます。

原作では生粋の妓女でしたが、ドラマではきっと違う設定があったんでしょうねー。

いやいや、想像を掻き立てられました(¨ )(.. )(¨ )(.. )ウンウン!!

りゅうれん #/ZrAXPAI | URL
2011/11/24 21:50 | edit

「イ・ソンジュン、可!」

彼は、まさに、このような人生を歩んできたんだよね~☆
ユニと出会ったことで、だんだん本線から分岐しだして~、ppp
いや~ん、ソンジュン♡♡♡
近所にいないかなぁ~ いたら、大騒ぎか~☆
カラン・・。ウチにもおムコに来て~( ..)φメモメモ

みずたま #- | URL
2011/11/24 14:39 | edit

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