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第四話 3 酒宴 

 自分の心に正直に生きよ。
 正しき道を行け。

 幼い頃から、父にそう教えられてきた。
 これまでその教えに、一片の疑いも抱いたことはない。それは多分これからも同じだ。

 だが何故だろう。
 自分はその教えに従って行動しているだけなのに、周囲からは理解されない。
 いけ好かない奴、人の気持ちがわからない奴。融通の利かない奴。
 人はそんな風に評価し、敬遠する。

 知ったことか、とソンジュンは『論語』の頁を閉じ、席を立った。
 話す価値もない人間に敬遠されたからといって、自分に何の不利益があるというのか。
 そんな奴は、むしろ近づいて来ない方が好都合じゃないか。
 どうして自分から、自分の信念を曲げてまで、そんな奴の機嫌をとらなきゃならない?

 明倫堂を出ると、陽は既に傾きかけていた。日中のうだるような暑さは少しは緩んでいたが、地中から立ち上るこの湿気には辟易させられる。
 ソンジュンは額に浮かぶ汗を軽く拭い、尊経閣に向かう門へと足を速めた。明日の『論語』の講義のため、別の解釈本を確認しておく必要があると思ったからだ。
 チョン博士はなかなか手強い相手だ。迂闊なことを言おうものなら、どんな論理を展開して反撃されるかわからない。
 負けるわけにはいかなかった。特にああいう、金に執着する汚い人間には。

「おい、老論」

 大銀杏の前まで来たところで、いきなり、そんな声がした。
 この呼ばれ方には覚えがあった。思わず足を止めて辺りを見回したが、構内を行き交う儒生たちの中にその姿はない。ふと見上げると、大銀杏の上、二股に分かれた太い幹の中腹から、ムン・ジェシンがこちらを見下ろしていた。
 ジェシンは木の幹に手を掛けると、まるで体重を感じさせない動きで、ソンジュンの目の前に降り立った。
 多少なりとも武道の心得がある者には分かる。彼は、その方面に関してはおそらく達人の域に達している。
 儒生たちが彼を桀騖と呼んで恐れるのは、その目つきや態度だけによるものではないということを、ソンジュンは改めて悟った。

「どっちかにしとけ」

 ジェシンは唐突に、そう言った。

「人間らしくするのか、老論らしくするのか。はっきり決めろ」
「仰る意味が分かりませんが」

 ジェシンは説明するのが面倒だとでも言いたげに息を吐いた。

「新入生はみんな、飲みに行ったんだろ」
「意味もなくつるむのは時間の無駄です」
「じゃあなんでお前は、成均館に来たんだ?」
「当然、学問のために………」

 ジェシンは 学問ねぇ、と言って薄く笑った。

「嘘ばっか言ってっと、癖になるぞ」

 嘘?
 ソンジュンは自らに問うた。成均館に来た本当の理由。
 学問の探求、父の希望、王命、大科の受験資格。比重はともかくとして、どれも本当だ。最後に一つ、何故かキム・ユンシクの顔が浮かんだが、彼はそれ以上深く考えなかった。

「お前んち、金持ちだろ?なら、家庭教師を雇えばいい。頭が良いってんなら、本だけ読んでりゃ十分だ。だがここは違う。成均館ってとこはな、青臭ぇガキどもがつるんで時間を無駄にする場所だ。だがな、意味もなくやってるわけじゃない。お高くとまってる奴なんか、ここにいる必要はねぇ」

 吐き捨てるようにそう言って、ジェシンはソンジュンに背を向けた。立ち去ろうとするその背中に向かい、ソンジュンは言った。

「そう言う先輩も、ここに馴染んでいるとは思えませんが」

 ジェシンはバレたか、と言って小さく笑ったようだった。

「俺は別に、いつここを辞めても構わねぇからな。けど、お前は違うだろ」

 振り返ったジェシンの目が、ソンジュンを捉える。

「大科の受験資格。それに、将来に備えて人脈作りも必要だ。それが、お前がここに来た目的じゃねぇのか?」

 ジェシンは凄むようにソンジュンに近づき、言った。

「なら覚えとけ。結局お前は、お前が毛嫌いしてる老論の息子連中と何も変わらねぇんだよ。だから、二度と俺の前で党派を無くせだの何だの、ふざけたことを抜かすな。さっぱり分からねぇんだよ、俺みたいなバカにはな」

 はだけた儒生服の裾を翻し、ジェシンは東斎の方へと歩いて行く。そのゆらゆらとした背中を、ソンジュンはただ黙って見送るばかりだった。


*   *   *


「お……会い、したい……ソンジュン……様へ」

 眉間に皺を寄せながら、手紙をしたためているのは兵曹判書の娘、ハ・ヒョウン。慣れないことをやっているせいか、墨を摺り始めたのはもう三刻も前なのに、未だ冒頭の宛名の部分を書いている。

「ああダメ。こんなのありきたりだわ!」

 ヒョウンはくしゃくしゃと紙を丸めると、ぽいと放った。床に無数に転がる紙玉が、また一つ増えた。そのうちこの紙玉で床が見えなくなるんじゃないかと、下女のポドゥルは真剣に心配した。お嬢様は書いて放るだけだが、片付けるのは自分だ。この紙玉の山を集めて竈まで持っていくのに、一体何人の下男を呼びつける必要があるだろうと、彼女はさっきからそればかり考えている。

「お慕い……する……ソンジュン……様へ」

 筆を滑らせるヒョウンの口角が、にんまりと上がっている。今度こそ本文に突入するかと思いきや、

「あーもおっ!これじゃああからさま過ぎるっつーの!」

 ヒョウンは遂に筆を放り出し、ごろんと横になった。どうやら恋文の書き出しだけで、彼女の頭と体力は限界を超えたらしい。おいたわしいお嬢様………。ポドゥルははっとして、声を上げた。

「お嬢様、大変です!目元にシワが!」
「なんですって!」

 ヒョウンは弾かれたように起き上がると、傍らにあった手鏡を掴んで覗き込んだ。

「いやあァァァ!なんてことなの!一気に五歳は老けちゃってるじゃない!ねぇあたし、二十歳過ぎて見える?ねぇ!」

 ポドゥルは黙って、主人から目を逸した。彼女は嘘がつけない性分なのだ。
 ヒョウンが人の顔色やその場の空気に鈍感なのはポドゥルにとって幸いだった。思っていることをそのまま言葉にしない限り、女主人が傷つくことはない。

「ねぇ、ポドゥル」

 ぱちぱちと大きな目を瞬かせて、ヒョウンはポドゥルの顔を覗き込んだ。何かろくでもないことを思いついた時の彼女の癖だ。

 ポドゥルの背に悪寒が走った。


*   *   *

 
 儒巾の縁に細長く千切った紙を挟み、教官の頭巾に見立てて、ドヒョンはしかめつらしく辺りを見渡した。

「さて、この時間は………」
「酒学です、先生」

 すかさず、ウタクが答える。

「うむ。では爆弾酒の作り方を説明しよう」
「もう結構です!」

 ソンジュンの口真似をして、ヘウォンが言った。びしりとドヒョンがその頭をはたく。

「イ・ソンジュン、不可!」

 ぷっ、とユニは吹き出した。ソンジュンには悪いが、真面目腐ったドヒョンの顔が可笑しくてしょうがない。
 
 ユニはドヒョンら三人組に連れられて、泮村のとある酒房に来ていた。そこは、成均館の儒生たちがよく集まる店らしく、壁の格子には彼らが戯れに書いた落書の類が無数に結び付けられていた。

 ワハハハ、と高らかな笑い声を上げて、「つまらなかったかな?」とドヒョンが言う。「はい!とっても!」と異口同音に答えたウタクとヘウォンに、ユニはまた笑った。

「では、お次はこれだ」

 ドヒョンはチョン博士の仕草を真似て(彼はとことん教官のフリをするのが好きらしい)酒瓶に耳の後ろから取り出した“何か”を投げ入れる。

「見よ!爆弾酒の達人、アン・ドヒョンの必殺技!これぞ、珍島〈チンド〉の紅酒だ!」

 積み重ねたマッコリの盃に、鮮やかな紅色の酒がゆっくりと注がれてゆく。流れ落ちる先から、綺麗な薄桃色に染まってゆく白濁酒を見ながら、ユニはぱちぱちと手を叩いた。この雰囲気がそうさせるのか、まだ酒も入っていないのに、もう酔っぱらっているような気分だ。

「さあ、最初の一杯は一気飲みが決まりだ!気張って行け!」

 どん、と盃を目の前に置かれ、ユニは思わず聞き返した。

「一気飲み?ぼくも?」

 ドヒョンは当たり前だとでも言いたげに顎をしゃくった。それを合図に、ウタクが盃に口をつける。意外にも豪快な呑みっぷりで、彼は瞬く間に盃を空にした。

「キム・ウタク、可!」

 よっしゃあ、と儒生たちから歓声が上がる。次はヘウォンだ。待ってましたとばかりに盃を取ったヘウォンは、これまた水でも流し込むかのような勢いで杯を空ける。

「ペ・ヘウォン、可!」

 いいぞぉ!と益々盛り上がる儒生たち。目を丸くして二人の呑みっぷりを見ていたユニに、ドヒョンが重々しく言った。

「キム・ユンシクよ。成均館に伝わる伝説を知っておるか?」
「伝説?」

 そうとも、とドヒョンは天を仰いだ。

「同期の酒席で一気飲みを断った者は、いずれ必ず、成均館を追われるばかりか、青衿録から永遠にその名を抹消されるという、悲しくも恐ろしい伝説だ」

 こうまで言われては飲まないわけにはいかない。ユニは慌てて盃を手に取り、無理やり流し込んだ。

「───ぷはっ!」

 どうにか飲み干し、酒盃が空になった証拠に頭の上でひっくり返す。

「キム・ユンシク、可!」

 儒生たちから拍手喝采を受け、ユニは弾けるように笑った。
 書写を請け負った先で酒を勧められることはよくあったから、このマッコリも初めて飲んだというわけではない。だがそんな場所では遠慮もあって、せいぜい舐める程度にしか飲んだことはなかった。

 これが、仲間と飲む酒というものなのだろうか。口にした酒が美味しいほど、この時間が楽しいほど、ユニは少しだけ心が痛んだ。それはきっと、心の隅にいる弟のせい。

 本物の、キム・ユンシク。

 本当なら今、こんな風にして彼らと大騒ぎしているのは、弟のユンシクだったはずだ。彼が経験するはずだったものを、まるで自分が横取りしているようで、ユニは悲しくなるのだ。

「若様、若様!」

 ユニが勧められるままに犢川産の生ダコを口に押し込んでいたときだ。貰冊房の主人、ファンが、店の戸口から顔を覗かせて、こちらに向かって手招きしている。ユニは驚いて、危うくタコをそのまま丸呑みするところだった。




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2011/11/07 Mon. 23:10 [edit]

category: 第四話

thread: 二次創作:小説 - janre: 小説・文学

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コメント

Re:びわさま

コロはああ見えて結構世話好きなんだと思うデス。
もちろん、どーでもいい人間の世話まではやかないだろうけど、
一旦自分の懐に入っちゃった人間は放っておけない、親分気質(笑)

コメいただくのはワタクシも凄く嬉しいので、
どーかお気になさらず好きなだけ書き散らかしてってください(^^)
ワタシも大概アホなお返事を返すかと思いますが、こちらも
できれば気になさらずスルーしてやってくださいまし~(^^ゞ

あまる #- | URL
2013/07/09 03:59 | edit

お説教(´艸`)プププ

コロ先輩、なんでここで急に説教する気になったのかな〜?
老論は嫌いだけど、上手くなじめない下級生はほっとけない、
そんな性分なのかしら…亡くなったお兄さんの影響とかもあるのかな?

ところで、なんか毎話毎話、コメ残してすみません…(´Д`ι)アセアセ
読んでるとついつい嬉しくなって、ついつい聞いてもらいたくなっちゃって…
お忙しいようでしたら、適当にスルーしてやってください☆
でも、コメのお返事はこれまたとっても嬉しいんですけどね(^_^;)<催促しちゃいかん!ワタシ!

びわ #p6hXJKzs | URL
2013/07/08 22:31 | edit

Re: お嬢様と坊ちゃん

ここでも何度か言ってますが、ヒョウンは好きというか他人に思えず(笑)
このドラマの登場人物の中では、一番リアルな存在感があるんですよね~。
あとおっさん儒生のドヒョンも。(笑)

あまる #- | URL
2012/05/10 21:34 | edit

お嬢様と坊ちゃん

どちらのお付きの下男・下女ともいい味だしてます。
スンドルは素直に『うちの坊ちゃんは顔佳し、頭佳し、性格佳し(ここは??ですが)でおれの自慢のぼっちゃんだー!』とかおもってるだろうけど、ポドゥルは『うちのお嬢様はどーしてこうじゃじゃ馬なんだろうか?育ちの良さでは誰にも負けてないし、ましてやあのハ・インス坊ちゃまの妹ならもっとしとやかに育ってもよさそうなのに、私の何がいけなかったのかしら??』と日々悩んでいる様子が・・・想像できて笑える。

ちょっと微妙ですが、私はこのヒョウンお嬢も好きですよ。
なんていうか、夢見る夢子ちゃん♪可愛いじゃないかあ!
ま、イ・ソンジュン君子と渡り合えるような娘っこではないけど、それはそれでよし。
きっとお嬢を可愛いって言ってくれる男が必ずでてくるからね。

このシーンで一番好きだったのは、もちろんコロ先輩の愛あるお説教ですが、同級生三人組の愛ある飲み会も結構つぼです。

ちびた #- | URL
2012/05/10 20:59 | edit

Re: shinさま

ご訪問とお気遣い、ありがとうございます(^^)
仕事の方はまだバタバタしとりますが、無理はしてないですよ~
疲れたココロとカラダに皆様の天使のよーなコトバが沁み渡りますワ。

成均館は「なんでそこを!」ってカット、ほんと多いですよね(笑)
で、踊らされる消費者σ(゚∀゚ )オレ

更新はマメにとはいきませんが、時間を見つけてちまちまやっていこうと思ってますので、また思い出したときにでも覗いていただけると嬉しいです。(^^)

あまる #- | URL
2011/11/14 01:26 | edit

あまるさん  再開ありがとうございます。

BSで一度見ただけっだので、忘れていた場面もあり、カット部分もあって楽しく読まさせていただきました。

お仕事は片付きましたか?無理されてませんか?

shin #- | URL
2011/11/13 12:27 | edit

もぎゅ、もぎゅ

おいしいお話、ごちそ~サマ☆

短文で才能を見たっ!さすが~、リアル芙蓉花!(^^)!←えっ?
おハダの曲がり角は25才・・・。
おニクの曲がり角は35才・・・。
カルニチンに、ドモ0ルン・・・。
あ~、ヤバいわね~。お互い。φ(..)メモメモ

みずたま #- | URL
2011/11/09 09:43 | edit

Re:にゃん太さま

地上波ではけっこうヒョウンのお笑いシーンがカットされてましたよねぇ~。残念。
結構好きなのになァ。他人とは思えなくて(笑)

あまる #- | URL
2011/11/09 01:12 | edit

みずたまさま

「駄目だ。ちっとも萌えねー」
あまるは疲れてごろんと横になった。
「お母ちゃん!大変だ!ホウレイ線が!」「なにぃぃー!!!」
あまるは鏡を覗き込み「ギョエー!」と叫び声を上げた。そしてシルク姐さんの顔面筋トレを始めたのだった………。

うーん。リアルだ。リアル過ぎる………。

あまる #- | URL
2011/11/09 01:05 | edit

きゃはは

映像が思い浮かぶ~~!
面白かったもんな~、あの場面。
『ザ・お嬢様』って感じがよく出ていた。<何それ?

にゃん太 #- | URL
2011/11/08 13:50 | edit

おはよ~

も~、朝から芙蓉花のキラリン☆作文読めるなんて~、うふっ♡←えっ?
執筆(?)中の芙蓉花とリアルなあまるちゃんが重なって・・・見えた( ..)φメモメモ
宮は続編が出るらしいんだけど、成均館もがんばってほしいなぁ~(-_-)/~~~ピシー!ピシー!

みずたま #- | URL
2011/11/08 10:01 | edit

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