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第一話 3 二つの花 

「───ほら、来たわよエンエン」

 雑貨屋の店先で、売り物の小物入れを眺めていた妓生が、隣の幾分歳若い妓生を小突いた。二人は、互いに目配せすると、何食わぬ顔でチマの裾を摘み、ぐっと前に引き寄せた。一見、歩き易くするためにそうしているようだが、実は丸い腰の線を殊更に強調するのが目的だ。
 この姿で、身をくねらせて歩く彼女たちの後ろ姿に、目を奪われない男はまずいないと言っていい。
 二人は、たった今貰冊房から出てきた色白の美少年に見せつけるように、腰を左右に揺らしながら、わざとゆっくり歩いていく。
 やがて、年かさの妓生が背中越しにすい、と扇を落とした。すぐ後ろを歩いていた少年が、その扇を拾う。

「あの、ちょっと」

 かかった、とにんまりした彼女は、隣のエンエンにひらひらと手で合図を送る。ぶすっとした彼女から銀の簪をもぎ取ると、すぐに商売用の妖艶な微笑を口元に張り付かせ、振り向いた。

「私をお呼びですか?学士様」
「1両でどうかな」

まっ、と彼女は恥じらうように手で口元を覆う。

「雲雨の情を交わす前に、花代の交渉をなさるおつもり?妓楼、牡丹閣のソムソムと申します。お話の続きは、床の中で……」

 耳元でそう囁くと、少年は戸惑ったように目をぱちぱちさせた。ソムソムのそれ以上の接近を阻むように、ぱっ、と拾った扇を広げる。

「この扇に書いてある詩文は、間違いだらけだ。書き直してあげるよ。1両でどう?」

 あんぐりと口を開けるソムソムの目の前に、エンエンが勝ち誇ったようにずい、と掌を突き出す。
 蝶の形をした銀の簪は、再び元の持ち主の手に戻った。
 少年は扇をぱしんと閉じると、ソムソムに返しながら、明るく言った。

「貰冊房に預けておいて。それじゃ」
「あ、あの……」

 さっさと立ち去った少年の後ろ姿を見送りながら、ソムソムが溜め息をつく。

「やっぱり私たちじゃだめね。チョソン姐さんじゃなくちゃ……」
「───私が、何ですって?」

 ふいに、何処からか声がした。見ると、反物屋の店先に下がった薄布の影から、はっと息を呑むほどの美女が顔を出した。いつも一緒にいて、見慣れているはずの自分たちでさえそうなのだから、初めて彼女を見るときの男たちの衝撃はいかばかりだろうと、ソムソムは思わずにはいられない。

「聞いてくださいチョソン姐さん!失敗続きで全然賭けになりません。あんな、春の日差しのようなお顔をなさってるのに、心は冬の風のように凍てついた御方……」

 チョソンは女笠に下げた薄布を軽く手で持ち上げ、去っていく少年の後ろ姿を目で追った。さして興味もなさそうにくるりときびすを返し、歩き出す。

 市場通りの人混みの中でも、彼女たちはひときわ目立っていた。
 斜に被った女笠と、その下に綺麗に結い上げられた豊かな飾り髪。歩くたびにその腰の動きに合わせ、ひらりひらりと揺れるチマは、薄い布を幾重にも重ねているせいで、花びらのように見える。
 一目で高級品とわかる上衣は繊細な刺繍が施され、チマとの色合わせも完璧だ。細く絞った袖は流行の最先端で、粋以外の何ものでもない。
 中でも、一行の真ん中でせわしないおしゃべりを聞くともなしに聞きながらゆったりと歩いているチョソンの美しさは、一歩も二歩も抜きん出ていた。華やかでありながら、どこか憂いを帯びた神秘的な眼差しに、すれ違う者は皆、男女を問わず目を奪われた。そして彼らは去っていく彼女の後ろ姿を見送りながら、一様にため息にも似た言葉を囁き交わすのだ。

 「おい今の、チョソンだろ?牡丹閣の…」
 「流石は当代一の名妓と謳われるだけはあるな。あの美貌を見たか?震えが走ったよ」

 口々に噂する人々のざわめきは、雑踏にも掻き消されることなく波のように広がり、当のチョソンの耳にも届く。
 だが彼女は慣れたものだ。そんな賞賛の言葉などとうに聞き飽きている。つんと取りすました表情を少しも崩すことなく、王妃のような優雅さで通りを歩いて行く。

「ねぇチョソン姐さん、男たちを夢中にさせる秘訣って何ですか?」

 小柄なエンエンが、すらりと背の高いチョソンにほとんど小走りするようにしてついていきながら訊ねた。
 視線を正面に据えたまま、チョソンは短く答える。

「与えないこと」

 訝しげに首を傾げるエンエンとソムソムに薄く微笑んでから、彼女は続けた。

「男の心が欲しいなら、与えてはだめよ。視線も、心も、助けも───」

 そこで初めて、チョソンはエンエンの目をじっと見つめ、言った。

「絶対に与えないこと」

 反対側を歩くソムソムは、チョソンの言葉に訳知り顔に深く頷いている。
 エンエンは気圧されたように小さな顎を引いたが、まだ腑に落ちない、と言った顔で首を捻った。


* * *
 
 街外れにある、古ぼけた粉挽き小屋。人気のないそこは静まり返っていて、外の水車が回る、ゴトンゴトンという音以外に聞こえてくるものはない。
 そこへ、するりと滑りこんできたのは先程の少年だ。彼は今しがた入ってきた扉に素早くカンヌキを掛けると、隅にある瓶の中を覗き込んだ。瓶には水が張られていて、少年の美しい顔をくっきりと映し出している。
 
彼は砂埃にまみれた頬を軽く手で払うと、積まれた薪の影に隠すようにして突っ込んであった風呂敷包みを引っ張り出した。解いた包みの中から彼が取り出したのは、粗末な薄紅色のチョゴリと、鈍色のチマだ。一見して女性用とわかるその一対を竹竿に無造作に掛けると、彼は笠を脱いだ。
 髷を縛っていた細紐をくるくると解き、額の網巾を外す。はらりと解けた黒髪が一瞬で肩に散らばり、艶やかな光を放った。軽く頭を振り、麻の道袍を脱ぐ。上衣を脱ぎ、単衣の合わせを開いたとき、その下から現れたのは彼───いや、彼女の二つの胸の膨らみを幾重にもきつく締め上げている、白いさらしだった。

 それはここで、もう幾度も繰り返されてきた作業なのだろう。彼女は少しも躊躇うことなく下衣の紐を解き、はらりと床に落とした。細くくびれた腰があらわになる。古びたチマを巻きつけ、チョゴリを羽織り、手早く髪を編んだ。
 彼女はもう一度、水瓶の中を覗き込んだ。秀でた額とあどけない大きな目、意志の強そうな口元は全く変わらないが、来たときとは性別の違う美少女が、そこには映っていた。


* * *


 瓶や食器の割れる派手な音が、小さな庭先に響いた。近所の人々が遠巻きに眺めているのを掻き分け、何事かと駆けつけたユニが見たのは、地面に散らばった米を必死に拾い集めている母の姿だった。

 猛烈な怒りが、ユニの胸にふつふつと湧き上がった。地べたにはいつくばり、痩せこけた背中を丸めて、僅かな米を掻き集めている母にも腹が立ったし、鍋から布団から、およそ役に立つとは思えない家財道具まで乱暴に庭先に投げ出しては、踏み付けにしている男たちにも腹が立った。何より、こんな状況に母と弟だけを置いていつまでも街でぐずぐずしていた自分自身に一番腹が立った。
 あの頭の悪そうな儒生に頼まれていた注解本を、街なかで失くしたりさえしなければ、貴重な時間を無駄にすることもなかったのに。

 母を立たせようとユニが近づくより先に、母は弾かれたように立ち上がった。

「病気の息子がいるんです!」 

 ユニの弟、ユンシクの部屋に通じる扉の前に立ちはだかり、押し入ろうとする男たちを母は身を呈して阻んだ。

「借りたお金は、必ず返します。どうか、もう少し猶予をいただけませんか?」
「どけ!」

見物人たちが一斉に悲鳴を上げた。男の一人に弾き飛ばされ、母の細い身体は呆気無く地面に転がった。

「お母様!」

駆け寄ったユニが、母を助け起こす。立ち上がるなり、ユニは借金取りの首領格の男をキッと睨みつけた。

「か弱い女人に向かって、なんて酷いことをするんです!」

男はユニに向かい、肉付きのいい肩をそびやかした。

「約束の期日までに借金を返さない方がよっぽど酷いだろう。忘れたのか?期限は今日だ。さっさと返してもらおうか」

母の顔に、絶望の色が浮かぶ。ユニは必死に食い下がった。

「だからって、家財道具まで奪おうっていうの?」

男はユニの全身を舐めるように眺め回すと、ぞっとするような笑みを浮かべ、言った。

「心配するな。家財道具は置いてってやる」

男の手が、ユニの顎をぐい、と掴んだ。痛みよりも嫌悪感で、彼女は顔を顰めた。

「もっと値打ちのあるものを見つけたからな」

ユニは渾身の力を込めて、男の腕を振り払った。娘を庇うように、母が男との間に割って入る。

「それはどういう意味ですか、旦那様。分別のない娘が言ったことです。どうかお怒りを鎮めて…」
「怒る必要などなかろう。元金100両に、利子10両を返して貰えば済むことだ。金で返すか、娘を売るか、二つに一つだ」

 ユニは、膝がガクガクと震えるのを感じた。それが恐怖のためなのか、怒りによるものなのか、もうわからない。身体がその場にくずおれてしまいそうだったが、両手の爪が手のひらに食い込むほど強く握りしめることで、かろうじて耐えていた。

「言っておくが、夜逃げなんて考えんことだな。官軍や私兵が地の果てまで追いかけるぞ」

「返せば済むことでしょう。お金は絶対に返してみせるから、無礼な真似はやめて!」

ユニの剣幕にも、男は小馬鹿にしたように鼻で笑っただけだった。



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2011/07/19 Tue. 19:55 [edit]

category: 第一話

thread: 二次創作:小説 - janre: 小説・文学

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コメント

Re: 阿波の局さま

おお~BSで!ソンスは何度観ても飽きないというか、観る度に新たな発見がありますもんね。
ワタシもこのブログ始めてから「そうだったのか~」と思うことが多いです。
ユチョの演技は瞬きひとつも見過ごせません!

強い女子はあまるも大好きです(^^)気が強い、というより一見たおやかでも芯が強いとゆーか。
前にもどっかで叫んでますが(笑)「仁」の咲さんみたいなの。
彼女のひたむきさはユニにも通じるところがありますね~。

> 結構女優さんとかヒロインのキャラ設定は、大事だと思う。

うんうん。そこ大事。
ミニョンちんは「栄光のジェイン」が今んとこ一番お気に入りデス。

あまる #- | URL
2013/07/10 00:59 | edit

ユニがお気に入りになった瞬間

あまるさん、こんにちは。
BSでソンスの放送が始まったのにあわせて再視聴しています。
CMもあるし、結構カットもあるようで、こちらも読み返しています。

ユニが家に帰ったとき、借金取りが暴れていて、ユニが怒る場面。
あの瞬間、お気に入りに登録されましたね。
健気に勝気なヒロイン、好きなんです。
あんまりかわいいかわいい女の子は苦手~。

いくら好きな俳優さんが出ていても、ヒロインを好きになれないとそのドラマを好きになれません。
結構女優さんとかヒロインのキャラ設定は、大事だと思う。

うち娘は、ミニョンさんのくりっとした目が苦手らしく、ソンスはあまり見ませんでした。残念。

阿波の局 #3FtyQ0do | URL
2013/07/09 16:33 | edit

Re: ちびたさま

日本の侍のカッコはね~(^^ゞ人を選びますよね。
顔もそうだけど、胸板薄くても似合わないし……。申し訳ないけどキムタクは全然剣士に見えなかった(笑)

ユチョは何着せても似合うんですが、ソンスの衣装で一番ワタクシが好きなのは、大射礼んときの
ソンジュンの練習着です。あの、樹の下の居眠りシーンとかで着てたやつ。
ユチョにはハチマキも外せないアイテムですわ~(笑)

あまる #- | URL
2012/05/02 05:27 | edit

あまるさま

チョソン姐さんが登場したときは『わを!べっぴんさん』と思わず叫びそうに。
そら、あんなべっぴんさんに冷たくされた日にゃ、男だったらだれしも悶絶しまくりますね(笑)

日本の時代劇の衣装は現代風の顔つきをした俳優さんによっては全く似合わない!と思う事がありますが、韓国の衣装はわりと皆さん様になってるようです。

でもって、ユニちゃん、ぼろを着てても可愛い事で。
こら!おっさん! 触るな!(暴走気味・・・)

ちびた #D4zl0nFc | URL
2012/05/01 12:08 | edit

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