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第三話 1 チョソン 

「申し訳ありません、大監。今宵は新榜礼で……」

 さっきまでの大騒ぎはどこへやら、エンエンが膝を折り、慎ましく言った。ソムソムも、ユニが立ち上がるのを助けてやりながら、にこやかに言う。

「成均館の学士様ですわ。悪ふざけが過ぎました。どうかお許しください」
「成均館の学士だと?」

 途端、兵曹判書が眉尻を釣り上げた。

「貴様!私を誰と心得るか!直ちに大司成に命じ、成均館を追い出してやるから、そう思え!」

 ユニは脱げた笠を手早く被り、乱れた着衣を整えると、平伏した。

「申し訳ございません。無礼を、どうかお許しください」

 そのまま立ち去ろうとして、ふと、目の端に肌もあらわな妓生を捉えた。そんな恥ずかしい格好を衆人に晒しているというのに、騒ぎ立てることもせず静かに座っている。だが大きく上下する胸元と、朱を掃いたような肌、そして背けた横顔が、彼女が今必死で恥辱に耐えていることを物語っていた。

 それはユニの、同じ女としての感情だったのかもしれない。とても放ってはおけなかった。
 手にしていた道袍を広げ、その妓生の肩にそっと掛けてやる。ふわりと肩を包まれ、彼女は驚いたようにユニを見上げた。色素の薄い、だが引き込まれるような瞳だ。同性のユニが見ても、目の覚めるような美貌だった。
 ユニは兵曹判書の前に再び手をつくと、言った。

「どなたかは存じませんが、失礼いたしました。この女人は、私が連れて行きます」
「何だと?」
「成均館の掌議は、兵曹判書の息子だとかで、父親の権力を笠に着て、無理難題を私たちに押し付けるのです。彼女を連れてこなければ、成均館から私を追い出すばかりか、立てなくなるまで袋叩きにしてやると脅されました」

 向かいの部屋の客たちから、忍び笑いが漏れる。それを背中に聞きながら、ユニは続けた。

「こうなった以上、成均館を追い出されるのはいたしかたありませんが、殴られるのは私も困るのです。この身体が動かないことには、新榜礼の悪習を国王陛下に訴えることができませんので」

 ユニの口から王の名が出た途端、兵曹判書はきまり悪げな咳払いをし、居心地悪そうに座りなおした。

「では、私はこれで失礼を」

 座ったままの妓生の肩を抱き、立たせてやる。彼女は素直にユニに従い、兵曹判書に背を向けた。

「おい、貴様!待て、これで済むと……」

 部屋を出ていく彼らを追いかけようと兵曹判書が立ち上がると、向かいの客が笑いを含んだ声で、言った。

「まあまあ、そう興奮なさらずに、大監。成均館の新榜礼は、多少のことは大目に見てやるのが昔からの習いですよ」
「そうですとも。ご子息の体面も、少しはお考えになっては?」
「さあ、そんなところにぼんやりお立ちにならずに。こちらへいらして、一杯お呑みになりませんか?」

 客の間から、どっと笑い声が上がる。彼らにとっては、これ以上ない程の余興だったに違いない。兵曹判書は悔し紛れに、手にした扇子を自分の腿に打ち付けた。

「あの小僧め、覚えていろ。だがしかしあの顔……確かに見覚えがあるのだが……はて、どこで会ったのだったか」



「姐さん!待って姐さん!」

 ぱたぱたと追い掛けてきたソムソムが、気遣わしげに眉を潜め、チョソンの顔を覗き込んだ。後から来たエンエンも、彼女を心配して声を掛ける。

「大丈夫ですか?」

 返事の代わりに柔らかく微笑んで、チョソンは傍らを歩く歳若い学士に向き直った。

「先ほどはお気遣いいただき、ありがとうございました。あの、お名前は何と……?」
「下衆野郎」
「え?」
「あんな男が官僚なんかやってるから、この国がダメになるんだ。あんな奴ら、まとめて漢江にぶちこんでやりたいよ、まったく!」

 綺麗な顔を紅潮させて、彼は本気で怒っていた。一瞬、呆気にとられたチョソンは、すぐにくすりと笑った。こんな爽やかな正義感を持った儒生が、まだ成均館にいたのかと嬉しくなったのだ。

「……ぼく、なんか今変なこと言った?」

 微笑むチョソンに、澄んだ目が尋ねる。まるで仔犬のような瞳だと、チョソンは思った。エンエンが含み笑いしながら、彼の腕をつつく。

「学士さまったら。折角チョソン姐さんに会えたのに、ここで夜を明かす気ですか?」
「えっ?チョソン?この人が……ほんとに?」

 長い睫毛をぱちぱちと瞬かせて、今度はびっくり顔だ。体面ばかりを気にする両班の男たちの中で、彼のような素直さは貴重だ。心の中をそのまま映して、くるくると変わるその表情に、チョソンはすっかり惹き込まれてしまった。

「ご存知なかったの?」
「いや、すごく綺麗なひとだから、もしかしてそうかなぁとは思ったんだけど、まさか本人だとは……。さっきは夢中で、何も考えてなかったよ」

 そう言って、照れたように笑う。美しさを褒められたことは何度もあるが、彼の口からするりと出た言葉は、あまりにも率直で、全く別のもののように聞こえた。長くこの世界にいると、自らの美貌をいっそ煩わしく感じることさえある。だがこのとき初めてチョソンは、親がくれた自分の容貌に心から感謝した。

 それでもきっと、まだ足りない。この人の前では、もっと美しく見える自分でありたい。

 チョソンはふわりと笑って、彼の手をとった。

「どうぞこちらへ。貴方様をこのままお返ししては、このチョソンの名がすたります」


* * *


 夜道を一人歩きながら、ソンジュンは密命の書を広げ、考え込んでいた。

「”花中君子は蓮の花なり。その中で最も満開の芙蓉花〈プヨンファ〉を折れ”」

花中君子は蓮。芙蓉花も蓮を指す言葉だ。では、最も満開の蓮とは何だ?
それまで読んだ、ありとあらゆる書物や詩歌の類を思い浮かべてみるが、わからない。指令が解けなければ遂行のしようがない。眉間に皺を寄せたまま立ち止まってしまった彼に、どんっ、と背後から抱きつく者がいた。

「坊ちゃん!」

 首を巡らすと、肩のあたりから丸い顔がひょっこりと覗いた。

「スンドルか。どうしてここにいる?」

 スンドルはソンジュンの手から密命をひったくるようにして取り上げ、言った。

「外で待ってたんですよ。新榜礼で坊ちゃんを退学になんかさせられませんからね。こんな紙と睨めっこしてたって、時間が過ぎていくだけですよ」
「いいから、それをよこせ」

 取り返そうとするが、スンドルはひょいとソンジュンの手を避け、密命の文字を目で追った。
 スンドルは下男には珍しく、ハングルだけでなく漢字も読める。自分の勉強の傍ら、ソンジュンが教えたのだ。彼らがまだ幼い頃、書物を読むソンジュンの手元をスンドルがいつも不思議そうに覗いていたからだが、その頃の癖がまだ抜けないらしい。儒学の教本以外で、坊ちゃんの見ているものなら何にでも興味を示すのは相変わらずだ。
 スンドルは ちちちち、と舌を鳴らして、言った。

「儒学は得意でしょうが、男女の道理に関しては坊ちゃんは素人でしょ。いいですか?普通、花ってのは女人を指すんです。蓮の花が満開ってことはつまり、今まさに年頃の娘がいるってことで───ああ、なるほど」

 にんまりと、スンドルの顔に笑みが広がる。

「“花を折る”ってのは要するにぃ……アレですよ。アレ」
「……?」

怪訝な顔のソンジュンに、スンドルはぐふふふ、と意味ありげに笑って、小さな目をぱちぱちさせた。


* * *


「無礼な!儒教の道徳を学ぶ者が、女人をたぶらかそうとするとは!───こんな感じでいいの?」

 兵曹判書の邸内、中庭に面した板の間。刺繍台の前できちんと両膝を揃えたヒョウンは、悪戯っぽい微笑を浮かべてビョンチュンに尋ねた。中庭に立つビョンチュンは やに下がった顔で手を叩いた。

「素晴らしい!もう完璧!お嬢様の演技は、そこらの芸人よりずっとお上手です!」
「あら……芸人ですか?」

 ビョンチュンの下手な褒め言葉に、ヒョウンがふと眉を顰める。

「あわわ、高貴なお嬢様を芸人などと比べるとは……この口め!この口め!」

 言いながら、自分の口を何度も引っ叩く。ヒョウンは口元に手をあて、くすくすと上品に笑った。

「お兄様のお友達には、面白い方がいらっしゃるのね」
「お友達?や、お友達だなんて、そんな……」
「おい、来るぞ!イ・ソンジュンだ!」

 見張り役のコボンが、慌てふためいて中庭に走り込んできた。ヒョウンは姿勢を正すと、ちらりとビョンチュンを見て、微笑んだ。
 ビョンチュンはとろけそうな顔で、もぞもぞと身体を捩った。

 その頃。兵曹判書宅の塀の影で、声を落とし、何事か言い交わす両班の若様と下男が、いた。

「───そんなはずはない」
「絶対ですって。芙蓉花ってのは、兵曹判書の娘のことですよ」
「ハ・インスが、自分の妹に僕を会わせるとは思えない。何か別の意味が隠されているはずだ」

 スンドルは痺れを切らしたように、塀の下に四つん這いになった。

「何をやってる」
「こんな夜更けに、いらっしゃいませって中に入れて貰えるはずないでしょ。塀を越えるんです!」

 なんてことを、と途端にたしなめ顔でスンドルを見下ろすソンジュン。

「これは、道に反する行為だ」

 四つん這いになったまま、スンドルは頭を振った。まったくうちの坊ちゃんときたら、生真面目にも程がある。道理に従って解決できるなら、それは密命とは言えないだろうに。

「だぁーもう、これじゃ夜が明けちまう!さあほら、乗って!早く!」


* * *


「まだ来ないの?もう真夜中よ!左議政の息子だからって何よ!来たらとっちめてやるんだから!」

 着ているものを次々と脱ぎながら、ヒョウンは喚き散らした。兄とその友人たちが企てた計略に、面白そうだと乗ってみたはいいが、標的となる相手が一向に現れないので、癇癪を起こしたのだ。

「でも、皆様外でお待ちに……」

 おどおどと口を開く下女のポドゥルに、ヒョウンが苛立ち紛れに蹴飛ばしたチマが飛ぶ。

「立たせとけばいいわ!いい薬よ!」

 下着姿になったヒョウンは、脇息にもたれかかると、文机に積んであった本を一冊抜き取り、ぱらぱらと捲った。

「まったく、現実の男ってどうしてああもブサイクなわけ?物語に出てくるようなステキな殿方は、いったいどこにいるのよ」

 言いながら、早くも物語の世界に浸り始めたのだろう。ごろんと寝転んで本格的に読む態勢になったヒョウンは、くふふふ、と楽しげに笑って、足でポドゥルをつついた。

「ちょっとだけ休むって伝えてきて」
「お嬢様……でも坊ちゃまが、絶対に板の間に座っていろって……」

 杏の実のような大きな目が、肩越しに きっとポドゥルを睨みつけた。

「早く行って!あいつらが私のこと捜しに来ちゃうでしょ!」
「でも……」

 なおも渋るポドゥルに、ヒョウンはバン、と本を閉じ、身体を起こした。

「私がこんな格好のまま、外に出てもいいの?」
「ええっ?そ、そんな、それはいけません!」
「だったら早く行きなさい!ほら!」

 根負けしたポドゥルが、あたふたと部屋を出ていく。ヒョウンはまた物語の本を開くと、くすくす笑いながら頁を捲った。





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2011/09/08 Thu. 02:12 [edit]

category: 第三話

thread: 二次創作:小説 - janre: 小説・文学

cm 4  tb 0 

コメント

Re: チョソンとヒョウン

チョソンはワタシも好きなんで、もうちょっと活躍して
欲しかったな~と思います。
ユニともっと絡んで欲しかった。
希望としては、ユニが女だとわかっても突き進む方向で(爆)
消化不良は自分で補填するしかないか……
え?れずれずなんて誰も読みたくない?(笑)

あまる #- | URL
2012/05/08 01:28 | edit

チョソンとヒョウン

この成均館に出てくる女性は私はどの人も結構好きです。
チョソンはあの美しさとその心根と強さがそのまま外見に現われているような雰囲気。
朝鮮一の妓女なのに、ユニちゃんに初めてときめくっつー可愛さったら!!

ヒョウン、皆様びみょーと(笑)いいますが(確かに私もびみょーだと)、あの天真爛漫さと育ちの良さは捨てがたい。
悪気もなければ悪意もない。ただちょっと世間知らずだっていうだけで。
うーん、あの父と兄を持ってしてどーしてこうも素直に育ったかなあ。

時には男性よりも女性のエピソードに心惹かれるわあ。

ちびた #D4zl0nFc | URL
2012/05/07 22:23 | edit

Re: にゃん太さま

> ヒョウンって・・・美人なの?

う~ん…あの顔は確かにビミョーな気が。パーツはでかいんだけどね~^^;

あまる #- | URL
2011/09/08 17:26 | edit

No title

ユニが兵曹判書に対していった言葉、
痛烈だったね。
返す言葉がなかったもんね~。ザマアミロ!





ところで、チョソンは素直に美人だと思うけど、
ヒョウンって・・・美人なの?

にゃん太 #- | URL
2011/09/08 13:27 | edit

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