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最終話 15 動かぬ針 

bandicam 2014-07-07 01-34-49-672

**************************


一方、こちらはヨンハである。

「兵曹判書はどうした!遅すぎるぞ」
「もう待ってられん!直接経筵に行くぞ」
「成均館で何が起こっているのか、確かめねばならん!」

そこはとある旅籠の一室だった。儒学者たちの会合場所を突き止めたはいいが、兵曹判書が未だ到着しないことに痺れを切らした儒学者たちが一斉に部屋を出ようとするのを、ヨンハは外側から扉を押さえ、必死で食い止めているのだった。

どうやらジェシンの方は兵曹判書の足止めに成功したようだが、代わりに来るはずのチョン博士の姿がまだ見えない。とはいえ、苛立つ儒学者たちをここに閉じ込めておくのもそろそろ限界のようだった。

「まったく、本ばかり読んでる割には怪力だな……うわっ!」

ついに力負けして、押さえていた扉が強引に押し開けられた。そのはずみで、ヨンハの身体が弾かれるように前に飛び出す。
たたらを踏んで振り返った彼は、ずらりと並んでこちらを睨みつけている儒学者たちを前に、引き攣った笑みを浮かべた。

「何なんだ、お前は」

じろじろとあからさまに不審の目を向けてくる儒学者たちに取り囲まれ、今やヨンハはまさしく猫に追い詰められた鼠だった。こうなったら、ヤケクソで噛み付いてやるくらいしか思いつく手はない。
彼はひとつ咳払いすると、衿元を正し、軽く目礼した。

「兵曹判書の使いで参りました。成均館博士、ク・ヨンハと申します」
「パ、博士〈パクサ〉……だと?」

にっこりと微笑む白皙の美青年に、儒学者たちは皆、狐につままれたような表情でぽかんと口を開けた。だがそれも一瞬で、彼等はすぐに我に返ると、再び騒ぎ始めた。

「一体今頃何しに来た!兵曹判書はどうした!」
「まあ少し落ち着いて。とりあえず中に入りましょう。ね?」

一同を部屋に戻そうと軽く押し留めたつもりだったが、相手の勢いが良すぎて、小太りの儒学者を鞠のようにぽんと弾き返してしまう。突き飛ばされた格好になった儒学者は、みるみる顔を真っ赤にして怒鳴った。

「貴様!私を誰だと思っとる!刑曹参議の次男、ク・チャンスだぞ!ク・チャンス!」

───ク・チャンス……?

聞き覚えのある名だった。ヨンハは はっとして、相手の丸い顔をまじまじと覗き込んだ。

「お待ちを。ひょっとして明倫坊〈ミョンニュンバン〉の、ク・ヨセ様のご子息ですか?」
「お前、何故それを」
「叔父上!」

叫ぶなり、ヨンハは小太りの儒学者を ひしと抱き締めた。

「ク・ヨンハです!叔父上が科挙に落ちまくって食べるものにも事欠いてらした時に、田んぼを譲ったら族譜に載せてくださったでしょ?」

族譜売買など貧乏両班にはありがちな話だが、それが儒学者ともなれば体裁の悪いことこの上ない。ク・チャンスの真っ赤だった顔色が、今度はさーっと青くなった。

「そそそ、それは……」
「わかってます。あれは、至らない私に、孔子の教えを身をもって示そうとなさったのですよね?」

深く頷きながらヨンハがそう言うと、ク・チャンスは「は?」と口を開けた。
こうなれば、相手はもう手の上に乗ったも同然である。ヨンハはくすんと鼻を鳴らしなどしつつ、哀れっぽい声を出した。

「両班ではないから、成均館には入れないとヤケになっていた私に───」

ヨンハは すっと手を上げると、指で空〈くう〉にさらさらと文字を綴り始めた。

“有・教・無・類”

儒学者たちは皆、ヨンハの指の動きに目を奪われ、騒ぐのも忘れて見えない文字を見つめた。

「───教えの前では、差別なく誰もが平等である。『論語』衛霊公編の一節ですが……ご存知ですよね?」

無論だ、と、ク・チャンスを始め、その場の誰もが頷く。ヨンハは恭しく胸に手をあて、頭を垂れた。

「叔父上に教えていただきました」
「わ、私に?あ、ああ、そうだったかな、うん」

調子良く話を合わせるチャンスに小さく笑い、ヨンハはまた別の文字を書く。

「“得・天・下・英・才・而・教・育・之”───賢い者に教える喜びは、君子の三楽の一つである。これは、孟子先生のお言葉です」

「そうだ、確かに」とまたしても頷き合う儒学者たちに気を良くしたのか、チャンスは得意気に肩をそびやかした。

「そうとも!孔孟の教えを実践するために、私は君を族譜に入れたのだ!」

ぬけぬけと言うク・チャンスにすかさず、ヨンハは斬り込んだ。

「なのに、修正した族譜の墨も乾かぬうちに、教えをお忘れになったのですか?」
「何?」
「成均館の学生の資質を問う会合なら、一番に罰を受けるべきは私と叔父上なのでは?」

ぐっと言葉に詰まるチャンスを横目に、ヨンハは儒学者たちを見渡した。

「皆さんがこれから審議なさる学生は、陛下が直々に成均館への入学を命じられた者です。もしその学生の資質に何の問題もなければ───もしくは、他にもっと問題のある学生がいるにも拘わらず、彼を槍玉に上げたということになれば、皆さんは王に対し逆心有りと見なされますよ。ああ、わざわざ遠いところを都まで来られたんだ。もちろん、その覚悟はおありなんですよね?」
「な、なんだと?」
「そんな話は聞いとらんぞ!」

儒学者たちはまんまとヨンハの口車に乗せられ、にわかに騒然とし始めた。経筵に向かうべきか否か、競って言い争う儒学者たちの声が飛び交う。
これで暫くは時間が稼げるだろう。ヨンハは任務完了とばかり密かにほくそ笑んだ。


───見物席からは降りたようだな。ク・ヨンハ。

少し離れた回廊の隅には、その一部始終を見届けたチョン・ヤギョンの姿があった。
優秀な弟子の活躍で、どうやら今回は師の出る幕はなさそうだ。
ヤギョンは小さく微笑むと、ヨンハの背中に向かい、「可〈トン〉」と呟いた。


*   *   *


酉の刻を告げる鉦の音が、王宮に響き渡る。
便殿には重臣たちが続々と集まり、経筵の開始を今や遅しと待ち構えている頃だろう。
拝謁を請い、崇文堂で王を待っていたソンジュンはふと、薬指に嵌めた指輪に目を落とした。
指先でそっと触れ、その感触を確かめる。

彼女も今、この鉦の音を王宮のどこかで聞いているのだろうか───。

「あの娘の命乞いに来たのか?」

いきなり、背後からそんな声がした。振り返ったソンジュンは深く頭を垂れ、真紅の龍袍の裾が視界を横切って行くのをじっと待った。
入り口の反対側の壁面には、『華城全圖』が掲げられている。その前で、王の足が止まった。ソンジュンは低頭したまま、答えた。

「キム・ユンシク……いえ、キム・ユニを、お見捨てくださるようお願いに参りました」

王の、不意を突かれたような気配がこちらを振り返った。ソンジュンは伏せていた面を上げると、続けて言った。

「そして私のこともどうか、お捨て置きください」
「何だと?」
「陛下の夢見ておられる新たな朝鮮に希望があるとは、私には思えませんので」

王の眉尻が、引き攣れたようにぴりりと動いた。だがそれを見ても、ソンジュンの胸は静かだった。
どんな王が治めようと、どんな国であろうと、ユニのいない世界に彼の希望はない。

彼女の死と同時に、おそらく自分の心は死ぬだろう。
いや、既にもう、半分死にかけているのかもしれない。
もう一人の父とも思い、信頼していた王の怒りを前にしているというのに、一片の畏怖も、哀しみさえも感じなかった。
ただ御簾の向こうにいる人のように、顔も、心も見えず、その存在が遠いだけだ。

「キム・ユニが捨てられるのは、国法を侮り道理に背き、女の身で成均館に入ったからではありません。キム・ユニが、陛下の目指しておられる改革の妨げとなるからです。───違いますか?」
「そなたを……少々可愛がり過ぎたようだな」

ソンジュンを見据える王の目が、更に険しくなった。だが彼は構わず続ける。

「民を救うためではなく、老論に勝つための闘いですか。陛下の理想の世には、民は存在せず、陛下の信念だけが満ちていると?」

もうよい、と王はソンジュンを遮るように右手を上げた。「言うな」
ソンジュンは袂から羅針盤を取り出し、卓の上に置いた。旬頭殿講の後、まさに同じこの場所で王に下賜されたものだ。

「自身を警戒せず、柔軟に動かぬ針では、進むべき道を示すことはできません。陛下に頂いたお言葉は、そのままお返しします」

航海の目的地はもう決まっていた。だが自分は、そこへ連れて行きたい人を失おうとしている。

いま、この羅針盤が必要なのは、私ではありません───。

沈黙したまま、王が机上の羅針盤に目を落とす。ソンジュンは一礼すると、王に背を向け、崇文堂を出た。




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2014/07/07 Mon. 01:43 [edit]

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