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第一話 2 危険な誘い 

その筆跡は、見事としか言いようがなかった。

少年の華奢な指先からさらさらと紡ぎだされる文字は、書の手本のように美しく緻密で、少しの乱れもない。
しかもそれが、驚くべき速さで白い頁を埋め尽くしていくものだから、ヨンハは手にしていた『玉丹春伝』の存在も忘れ、思わず少年の手元に見入ってしまっていた。
先刻、散々悪態をついていたビョンチュンまでもが、呆気に取られて少年を見つめている。
 
そしてきっかり二刻で、少年は注解本をあっさり書き上げてしまった。

「完了です」

貰冊房の主人、ファンはまるで自分の手柄のように、得意満面でそう言った。
ビョンチュンは少年から写本を奪い取ると、目の前でおこったことが信じられない、といった様子で、まだ墨の乾ききっていない頁をめくる。

「まさかこんな…暗記してたのか?お前が?」

横から覗き込んでいたヨンハが、すっ、とビョンチュンから本を取り上げ、少年の記した文字を無言のまま目で追う。

「ハングルも必要なら5文追加だ」
 
てきぱきと筆を片付けながら、少年は素っ気なく言った。

「ご苦労だったね。誤字脱字もない。完璧だ」

びっしりと並んだ墨文字に軽く指を這わせ、ヨンハは感嘆の吐息を漏らした。

「しかし───」

少年の表情を伺うように、その端正な顔を覗き込む。

「どう見ても女だな、これは」

一瞬、少年の動きがぴたりと止まった。被っていた笠をぎこちなく引っ張ったので、色白の顔の半分ほどがつばに隠れてしまった。

「ぼ、ぼくはれっきとした男だ。失礼なことを言うのはやめてもらいたい」
 
はっ、とヨンハが笑う。

「筆跡のことだよ」

ヨンハの口元にはからかうような笑みが浮かんでいるが、僅かに眇められた目はまるで吟味するかのようにじっと少年を見据えている。
その視線から逃れようとしてか、少年はあたふたと立ち上がり、ヨンハの手から注解本を奪い返した。

「代金を払ってくれ」

先刻までの悲壮感はどこへやら、安心していつもの調子を取り戻したらしいビョンチュンが、明らかに少年を見下した態度で顎をしゃくった。

「気前良く5文上乗せしてやる。ありがたく思えよ」
「3両追加だ」
「何?」

目を剥いたビョンチュンに構わず、少年は続けた。

「あんたたち、成均館の儒生だろ?授業料も食費も、民の税金でまかなわれてる身で、宿題を人任せにするんだ。なら、税金は民に返すべきだろ」

ぐい、と突き出された手のひらに、ビョンチュンは返す言葉もない。
がめついというか、抜け目がないというか。だが彼の言うことはいちいちもっともだ、とヨンハは苦笑した。


* * *


都にいくつかある学堂の中でも、ここ中部学堂は選りすぐりの良家の子弟たちが集まっていることで知られている。
とはいえ、季節は夏。うだるような暑さの中、喧しく鳴く蝉の声が、儒生たちのやる気を否応なく奪ってゆく。

自棄になって書物を破き、丸めて口に押し込むくらいならまだいい。大胆にも床に大の字になって高いびきをかいている者までいて、とても科挙の小科試験を間近に控えているとは思えない、だらけた空気が漂っていた。
 
だがそんな中でも、一人ぴんと背筋を伸ばし、静かに読書に耽る青年がいた。
頁をめくる速度は一定で、しなやかな指先の動きにはまるで無駄がない。汗ひとつかいていないその表情は、彼の周囲だけ、爽やかな涼風が吹いているかのようだ。

身なりは決して華美ではなく、素材のいいものを、着崩したり流行りの装飾をつけたりすることなくきちんと着ている。良家の、それもかなり身分の高い家の子息であることは一目で見てとれた。

といきなり、軽い衝撃とともに、彼の後頭部で ぐしゃりと音がした。黄色いドロリとした液体が、彼の被っている笠から肩へと滴り落ちる。何者かが投げた卵が、彼の頭に命中したのだ。
儒生の一人が、いそいそと彼の傍にやってくる。

「おいソンジュン、大丈夫か?ああ、こんなに汚れちまって。ほら、笠を脱げよ。俺が拭いてやるから。まったく、酷いことをするやつがいるな。いったい誰がこんなことをしたんだ?」

そう言って髪に触ろうとした儒生の手首を、彼───イ・ソンジュンが、さっと掴む。

「知りたいか?」

儒生の顔が強張った。掴まれた手を振り解こうとするが、ソンジュンの手はぴくりとも動かない。

「出来のいい奴の髪で作った筆を使えば、科挙に合格する───そう信じる愚かな輩だ」

ソンジュンは儒生の手を放るように離すと、席を立った。

「待て、待ってくれよ、なあ、イ・ソンジュン!」

儒生が、慌ててその後を追う。

「頼む、助けてくれ。同じ師匠の元で学んだ仲だろ?ほら、見てくれよこれ」

そう言って彼が開いた包みの中にあったのは、黒々とした一房の髪だった。

「朝鮮中の学堂から、秀才たちの髪の毛を集めたんだ。あとは、お前のを10本…いや、3本でいい。そうしたら、俺は絶対に合格できるんだ」

ソンジュンは無言で、髪の毛の束を手にとった。そのまま すっと頭上にかざし、掌を広げる。秀才たちの髪はまたたく間に風に舞い、散り散りに飛んでいってしまった。

「ああっ!俺の髪が!俺の希望がぁっ!」

儒生は半狂乱である。宙を舞う髪を捕まえようと、手足を虚しくばたばたさせた。

「なんてことするんだ!あれだけ集めるのに、俺がどれだけ努力したと思ってる!」
「それは努力とは言わない。他力本願と言うのが正しい」
 
あくまで無表情にそう言うソンジュンに、見かねた他の儒生が口を挟んだ。

「おい、イ・ソンジュン。少しは奴の気持ちもわかってやれよ。科挙を控えて不安になってるんだ。髪の毛の数本くらいくれてやったって、バチはあたらないだろ」
「安っぽい慰めや同情で、何が解決する?結局は、自分自身の問題だろう」

ソンジュンの言葉は正しい。が、それ故に冷たい。悔し涙を滲ませた儒生が、彼を見上げ、呟く。

「なんて奴だ!この……人でなし!」

ソンジュンは儒生を一瞥し、きっぱりと言った。

「僕を嫌うのは一向に構わない。だが僕を否定するのは───絶対に許さない」


* * *


「どうして科挙を受けないんです?若様の実力なら、首席合格は確実だってのに」

手にした報酬を几帳面に数える少年の傍らで、ファンはいかにも悔しげに力説する。

「試巻〈シグォン〉に名前さえ書けば、成均館なんか余裕で…」
「だから嫌なんだ」
※試巻……科挙の解答用紙
 少年は顔を上げ、その涼しげな眼差しを貰冊房の主人に向けた。

「宿題も人任せにするような連中と机を並べるより、1文でも稼いだ方がよっぽどマシだ」

ファンはあらぬ方向に視線を投げ、何やら含みのある声で言った。

「───1文で満足ですか?」
「え?」

天井からぶら下げた燈籠に頭をぶつけながら書棚の方へ回りこんできたファンは、少年の鼻先で節くれだった両手をぱっと広げた。

「今までの10倍、稼げる仕事がありますよ」

そう言うと、辺りを伺うようにせわしなく視線を動かし、少年に向かい手招きをした。
ファンが顎で示した先には、胸もあらわな妓生が悩ましげに身をくねらせた絵が描かれている。興味を惹かれた少年が立ち上がると、ファンは咳払いしながら妙に芝居がかった仕草で壁の妓生に体重を預けた。
すると、壁だとばかり思っていたそこが、軋んだ音をたてて開いた。少年は丸い目を更に見開いた。

「どうぞ」

促されるまま、隠し扉をくぐる。箱のような小さな部屋は、二人立つのがやっとの狭さだ。一歩足を踏み入れた途端、ぐらりと床が傾き、少年は思わず「わぁっ!」と怯えた声を上げた。

「まったく、男のくせに」

ファンは嘆かわしい、とでも言いたげに頭を振ると、腰の辺りにある滑車の把手を握り、手前にゆっくりと回し始めた。
がくん、とまたしても床が大きく揺れ、少年はその度に小さく悲鳴を上げる羽目になった。

「着きましたよ。中へどうぞ」

どうやらその狭苦しい箱は、地下へと繋がる昇降機というものらしかった。話には聞いたことがあるが乗るのは初めてだった少年は、すっかり肝を潰してしまった。だが、その程度はまだ序の口だったのだ。
 
入り口に掛けられた布の向こう側には、異様な光景が広がっていた。

薄暗い地下の一室に、背中を丸めた男達がひしめき合って座っている。何をしているのかと手元を見れば、米粒のような小さな文字をただひたすらに、黙々と、これまた手のひらほどの小さな紙に綿々と書き写しているのだ。

「学問さえできれば出世できるなんて腐った世の中は、ひっくり返すべきだ。違いますか?」

両手を広げ、そう自説をぶつファンの目には、この部屋は自らの理想を創りだす夢の工房に見えるのだろう。少年は鼻白んだ表情で傍らにあった豆本を手に取り、パラパラとめくった。手の中に握り込めるほどの小さな本の頁は、みっしりと隙間なく文字で埋め尽くされている。

「それで、金さえあれば出世できる世の中を作るから、前もって答案を書けと?」

まさしくその通り、とファンが深く頷く。

「断る」

少年の答えは明快だった。一瞬、聞き間違いかとファンが自分の耳を疑ったほどだ。すたすたと地上へ戻っていく少年を慌てて追いかけ、説得を試みる。

「成功すれば一人当たり30両、つまり一日で100両は稼げますぞ。一筆で3年分の稼ぎが手に入るんです!美味しい話でしょ?ねっ?」

「巨擘〈コビョク〉は違法だ。科挙の替え玉受験なんてぼくは…ふがっ!」
※巨擘……替え玉受験をする者のこと

言いかけた少年の口を、ファンが素早く手で塞ぐ。流石に後ろ暗いことをしているという自覚はあるらしい。人に聞かれなかったかとひとしきり辺りを伺ってから、ファンは声を潜めて言った。

「若様はそれでも男ですか?度胸がないからって、小さな仕事ばかりして」

こんな小心者のくせに、度胸が聞いて呆れる。少年は力任せにファンの手を引き剥がすと、吐き捨てるように言った。

「小さな仕事ばかりでも、2つだけはやらないと決めてる!」

人差し指を立て、耳を貸せ、と手振りで示す。ファンが耳を近づけると、少年は声を落とし、だがはっきりと告げた。

「他人の仕事を奪うことと、役人に取り入るために、偽りを書くこと。この2つだ。巨擘は、その両方をいっぺんにやることになる。そんなのは」

くい、と被っていた笠のつばを直して、彼は言った。

「男のすることじゃない」

見事に言い返されて、ファンは口をつぐんだ。その髭面に向かい、彼はにっこりと愛らしい笑みを浮かべた。



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2011/07/19 Tue. 12:31 [edit]

category: 第一話

thread: 二次創作:小説 - janre: 小説・文学

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コメント

Re: ちびたさま

境遇は違っても、そーゆう共通点があったから二人は惹かれあった、とゆう
ことですね、きっと。むふ~(´∀`*)←イヤラシい笑い

ナゾの5両、ワタクシはヨンハが払った方に500アメ!(笑)

あまる #- | URL
2012/04/30 21:05 | edit

あまるさま

イ・ソンジュンとキム・ユンシク
あまりにも違いすぎる今までの人生なのに、信念は同じ。
偽りは言わない事。

イ・ソンジュンはともかくとしてキム・ユンシクの生活で偽りを言わずにいるという事はとても大変だったのではと思うと(涙)
体の弱い弟の薬代の為に苦労しただろうに。

ところで、ビョンチュンさん、3両払ったのかしら??
それともク・ヨンハが気前よく5両払ったのかしら?
気になります(^^;)

ちびた #D4zl0nFc | URL
2012/04/30 17:04 | edit

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