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吾亦紅 3 

ソンス番外編の続きです。
たぶん次回くらいで終わるかと……(^^ゞ


**************************************



久しぶりに訪れた筆洞は、相も変わらず人でごった返していた。人込みはどちらかというと苦手なソンジュンだが、市中が賑わうのは国にとって良い事だ。王の政策が今のところ順調であることは疑いようがない。
だが王が、それで満足していないことも、彼は充分過ぎるほど承知していた。

ハ・ウギュと、彼に加担していた重臣たちが失脚し、強硬派と呼ばれていたかつての勢力は衰えたとはいえ、依然老論が朝廷の実権を握っていることに変わりはない。
金縢之詞という切り札を失った今、王が頼りにするのはチョン・ヤギョンやチェ・ジェゴンのような、政党に依らず志を同じくする者たちの台頭だ。王の思い描く新勢力の中に、ソンジュンら四人が含まれていることは、もう随分前から他ならぬ王その人によって彼らに知らされていた。

『早く、余の元へ来い───』

事あるごとにソンジュンにそう語る王の声は、ソンジュンに言い知れぬ焦燥感を抱かせた。
ほんの三年ほど前は、小科試験を受けることすら億劫がっていたことを考えると、我ながら随分と変わったものだと思う。

彼が出仕を急ぐ理由はただひとつ。
『経国大典』を改訂し、身分や性別を区別しない官吏登用の法を、一刻も早く整えるためだ。
キム・ユニという一人の女人の望みを叶えることは、彼女の後ろにいる、凡百の女たち───いや、女だけではない。無為な法によって虐げられたこの国の弱き民たちの望みを叶え、その道を拓くことであると。
そう、言葉ではなく彼に教えてくれたのはスウォルだった。

利己的な愛は、執着でしかない。ユニを本当に大切に思うなら、自分の懐に彼女を収めて安心するような真似はすまいと、ソンジュンはスウォルに会って決意したのだ。

師匠を凌ぐほどの天賦の才を持ちながら、女であるがために宮廷を追われた稀代の絵師、シン・ユンボク。
彼女は今、遠い異国の地でどうしているのだろう。

ユニに、彼女と同じ轍を踏ませるわけにはいかない。ユニやスウォルのような才気ある者たちが自由闊達に泳いでいけるよう、この朝鮮という澱んだ池の水を入れ替えるのが、自分という人間に課せられた使命なのだと、ソンジュンは固く信じていた。


「おや、若旦那。いらっしゃい」

貰冊房の扉を開けると、頭の上の方からそんな声がした。見上げると、ハタキを手にした店主のファンが、二階の吹き抜けから身を乗り出すようにしてこちらを覗き込んでいた。

「キム・ユンシクはいるか?迎えに来たんだが」

ソンジュンがそう言うと、ファンの頭はすぐに引っ込んで見えなくなった。代わりに、「そんなことわざわざ言わなくてもわかってますよ。まったく、綺麗な若様だし、あの細っこい腕じゃ喧嘩もからっきしでしょうから心配するのはわかりますけどね、ちょっと過保護過ぎやしませんか」などと、ひっきりなしに喋る声が二階の書架を横切り、奥の階段を降り、と、移動するファンの位置を示しながら近づいてきた。

「それで?彼は今どこに?」

つきあうと長くなるのでファンの軽口はとりあえず無視し、重ねて尋ねる。階段の昇り口に垂らした暖簾をぱっと跳ね上げて顔を出したファンは、手近にあった椅子をがたがたと持ってきてソンジュンの傍に置いた。

「注文しておいた名刺用の紙がまだ届いてなかったもんで、キムの若様がご自分で取りに行ってくだすったんですよ。あたしは店番があるし、最近ちょっと腰の具合がアレなもんでね」

あいたた、と聞えよがしに言って、曲がった腰に手をあてて伸ばす。

「紙屋は、遠いのか?」
「いえ、そう大した距離じゃありませんが、そこの主人ってのが厄介でね。物は良いのを作るんですが、こだわりが過ぎて仕事にえらく時間がかかるんですわ。おまけに客に蕩々とうんちくを垂れるのが大好きときてる。一度掴まったら最後、この紙に使う墨と筆はあれがいいだの、これはいかんだの、うんざりするほど聞かされちまうんです。ま、あたしは毎度のことで慣れてますから上手いこと切り上げますけどね、あの人の良いキムの若様じゃあ、いったいいつ戻れることやら」

じゃあなんで行かせたんだ、とソンジュンは喉元まで出掛かった言葉をなんとか引っ込めた。このファンだって、紙屋の主人のことは言えない。こちらが一を言うのに対して、十返してくるのが商人という人種だ。
ソンジュンは仕方なく、近くの書棚から適当な本を見繕うと、ファンの持ってきた椅子に腰掛けてユニを待つことにした。

ユニが横にいると、たまにそうもいかなくなるときがあるものの、元来、一旦本の頁を開くと没頭してしまうのが彼の性質〈たち〉である。
加えてここは本に囲まれた貰冊房。彼の他に客はおらず、こちらから店主にうっかり話しかけさえしなければ、読書するにはうってつけの静けさだ。たまたま手にした学術書も面白く、ついつい読み耽ってしまっていたソンジュンは、いつの間にか桃色のチマが自分のすぐ近くで揺れていることにも全く気付かなかった。

「お久しぶりですね、ソンジュン様」

声を掛けられて、顔を上げる。ソンジュンは はっとして、思わず立ち上がった。
驚きのあまり、一呼吸ほど遅れてしまったが、彼はどうにか、口にした。

「……しばらくです」

軽く頭を下げた彼を、にっこりと微笑んで見つめていたのは、彼の元婚約者───ハ・ヒョウンだった。




お元気でしたか、と問うと、ヒョウンは以前と少しも変わらぬ笑顔で はい、と答えた。
今は、下女のポドゥルと共に、母方の親戚の家に世話になっているのだという。

「小説を、書いておられるとか」

遠回しにそう言ってみた。ヒョウンは「ご存知でしたの?」と、意外そうに目を見開いた。

「もしかして『吾亦紅』を、お読みに?」
「あまり詳しくは……。大体の内容は、ヨリム先輩から聞きました」

そうですか、とヒョウンは悪戯が見つかった子供のようにちろりと舌を出した。

「無断で、申し訳ないとは思いましたけど……まさかあんな突飛なことが本当にあったなんて、誰も思わないでしょう?だから、ご迷惑にはならないかと思って。つい、書いちゃいました」

───書いちゃいました、か。

いかにも彼女らしい気がして、ソンジュンは苦笑した。

「あ、悪気は全然、なかったんですよ。そりゃあ確かに書いてる間は憂さ晴らしというか───あ、いえ、気分が良かった……っていうのもマズいか。ええと……」
「楽しかった?」
「あ!ええ、とっても!……あ」

しまった、と口元を押さえたその表情が可笑しくて、ソンジュンはつい、吹き出してしまった。
ヒョウンは眩しいものを見るように少し目を細めて、言った。

「……初めてですね。ソンジュン様がそんな風に、私に笑ってくださったのは」
「そう……でしたか」

ええ、と彼女は微笑み、「お幸せなのですね、今は」と言った。

はい、と少しの躊躇いもなくソンジュンは答えた。ヒョウンの杏の実のような大きな目が、微かに潤んで見えた。だがそれはすぐに、彼女の笑顔に掻き消されてしまった。

ヒョウンは目ばかりでなく、口もやや大きいので、顔中で笑っているように見える。まるで、炒った豆がぱちんと弾けるように笑うのだ。彼女が婚約者だったときには、気付きもしなかったことだった。

その笑顔のまま、ヒョウンは独り言のように呟いた。

「やっぱり素敵です。私の、ヒョンジュン様は」

それは、彼女の著作『吾亦紅』の主人公の青年の名だった。
そうだ、とヒョウンは ぱっと表情を変えて手を叩くと、肩に掛けていた長衣を頭に被り、言った。

「まだお時間があるなら、少し付き合っていただけませんか?お二人を勝手に小説のネタにしちゃったお詫びと、お礼をさせてください」

急な提案に、ソンジュンは戸惑う。

「いや、しかしそれは……」
「お願いです。私の、最後の我儘だと思って。ね?」

早く、とソンジュンを急かして、貰冊房の扉を押し開ける。
ソンジュンはやむを得ず、その鮮やかな萌葱色の長衣の後に続き、貰冊房を出たのだった。






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2014/02/13 Thu. 18:54 [edit]

category: 吾亦紅

thread: 二次創作:小説 - janre: 小説・文学

cm 4  tb 0 

コメント

Re: めぐめぐさま

やっぱね、何度も言ってますが他人じゃないんスよヒョウンは。
自分で自分が好き、なんてワタクシ堂々と言えないですものっ!(爆)(爆)
なのでこそっと肩入れ……(笑)

彼女はユニとはまた別の形で己の道を突き進んでって欲しいものです。

あまる #- | URL
2014/02/15 00:55 | edit

私も2で終わりだと思ってました!

ヒョウンに肩入れするつもりはないですが、やっぱり好きだった人が自分といるより幸せになっているのは少し切ないですよね… でも、ヒョウンはあれだけ期待させられて、突き落とされたんだから、迷惑掛から
ない程度に憂さ晴らしする権利はあります!そしてソンジュンにも最後の我が儘を甘んじて聞き入れる義務があるはず!
今が幸せなら尚更!!

って、思いっきり肩入れしてますね…笑

めぐめぐ #- | URL
2014/02/14 13:51 | edit

Re: 48ママさま

>「2」で終わりだと勝手に思い込んでいたので

あ、やっぱり?(笑)自分でもなんか、このまま終わってもいんじゃね?とかつい思ってしまったんですが、そこはやっぱサブキャラの後日譚、ですから本人に是非ともご登場いただかないと、と(^^ゞ

何やらコメント内のカッコ書きにいちいち笑わせていただいたんですが、それはまぁ長くなるので置いといて(笑)
あまるの駄文に関しては特許申請なんてしとりませんのでご安心ください。
てか、48ママさんも書くの?書くの?((o(´∀`)o))ワクワク
うふふ~。ワタクシ、食いついたら離しませんので、うっかり指が滑っちゃったなんて言っても遅いですよ。
楽しみにしてます。くすす。←悪魔のホホエミ

ところで。

>「お幸せなのですね、今は」の「今は」に込められたヒョウンの思いに、いくら何でも気づけよっ!!!

嫌い嫌いと言いつつ、どーもこのへんに48ママさんのヒョウン嬢への愛を感じてしょーがないんですが(笑)
ソンジュン、お察しのとおりなーんにも考えてないです(爆)
ヤツはユニ以外の女性に気を遣うことの意味がまったくわからない男なので……。
困ったヤツ(^^ゞ

あまる #- | URL
2014/02/13 22:33 | edit

生(なま)ヒョウン~❤

あまる様
 「2」で終わりだと勝手に思い込んでいたので、「3」のUPにびっくり(゜Д゜)でも、読んでみて納得。考えてみれば、「2」に出てきたのはヒョウンの書いた小説ですものね。生ヒョウン、降臨!!!しかも、いかにもな「桃色」のチマ・・・頭には、これまでのように、髪飾りも載っけているのでしょうか(←この言い方、悪意が感じられる・・・って、言ってるの自分やないかいっ!)。元婚約者に出会ったとはいえ、その時点では相手が気づいていなかったわけだからそのまま立ち去ることだってできるのに(というより、それが普通だと思うのですが)、ためらいなく(←きっとそうに違いない)声をかけてしまうなんて、つくづくアナタはヒョウンだなあ・・・(嘆)。これだけ気になる存在(←言わずもがなですが、私にとって、です)なのに、どうしても好きになれないのは、ひとえにこの厚かましさのせいなのです。
 ・・・まあ、悪口(←そもそも、悪口言ってる私の方が100万倍厚かましいのですが、そのことには目をつぶろう・・・何か、聞いたようなセリフ(^_-))はこれくらいにして。
 今回、とっても心魅かれたのが、「まるで、炒った豆がぱちんと弾けるように笑うのだ」という表現です。なんと素敵な!!!こんな描写、一度でいいからしてみたいです。その直前に「口もやや大きい」という部分でちょっと落としてあるので(と、私には思えます。ご容赦!)、よけいに映えます。あまる様の、ヒョウンに対する愛がよく表れていますよ。ぜひ、私も使わせていただきたいので、特許申請はなさらないようにお願い致しますm(_ _)m
 ヒョウンは「一度切れた縁は元に戻らない」ことを理解し、消化したようですね(完全にふっきるなんてことは、おそらく一生無理でしょうけれど)。よかった。ただ、素っ頓狂な行動は相変わらずのようなので、このお話がどう着地するのか、あまる様&ヒョウン、期待してます!!
 ・・・そして、最後に。
おい、ソンジュン!「お幸せなのですね、今は」の「今は」に込められたヒョウンの思いに、いくら何でも気づけよっ!!!「はい」と答えるのはいいとして、「少しの躊躇いもなく」ではなく、ほんの一瞬でいいから、ためろよっ!!!
「はっきりきっぱりオトシマエつけてやるのが本当の優しさ」という考え方も確かにあるけれど、アナタの場合は、絶対に何も考えてないっ!!!しばくぞっ!!!
・・・大変失礼致しました・・・。
                   
 

48ママ #- | URL
2014/02/13 21:46 | edit

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