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第二話 9 出立 

 翌朝。身支度を終えたユニが縁側に出ると、母とユンシクがどこか緊張した面持ちで並んで待っていた。
これから成均館という虎の巣穴に飛び込むのは私なのに、と、ユニは少し笑ってしまったが、同時に、はっきりとした現実感を伴う寂しさが、急激に胸に押し寄せてきた。

 これまで一日として離れたことのなかった家族と、これからはたまにしか会えなくなってしまうのだ。情けない話だが、自分に起こった事の重大さに気をとられて、今の今まで、そのことに気づいていなかった。

 しっかりしなくちゃ、とユニは鼻の奥がツンとしてくるのを必死で堪えた。君子は、こんなことで泣いたりしない。この家を出たら、昼も夜も、ずっと男として生きなきゃならないんだから。
 
 縁側を降り、靴を履き、母の正面に立って背筋を伸ばす。母は何か言おうと口を開きかけたが、結局何も言わず、ただ、さして乱れてもいないユニの襟元や帯に手をやり、整えた。そして、縁側に置いていた風呂敷包みをユニに手渡す。

「これは?」

不思議そうに尋ねるユニに、母は小さく溜め息をつき、言った。

「そんなに世間知らずで、ちゃんとやっていけるのかねぇ。これはね、新榜礼で先輩方に捧げる食べ物だよ」
「新榜礼?」
「成均館の新入生が、先輩方に初めて挨拶する場よ。たいしたものは用意できなかったけど、学のある人達だから、きっと真心を理解してくれる」

 その包みの、ずっしりとした重みを感じながら、ユニは胸を詰まらせた。この家の苦しい家計で、いったいどうやって準備したのか……そう思ってふと見た母の髷が、いつもよりずっと小さくなっているのに気づき、ユニは声を上げた。

「お母様、その髪……!」
 
母は黙って、静かに微笑んだ。

「どうして?どうして切ったの?なんでそこまでして……!」

 理由はわかっていた。この食べ物を用意するために、母は長かった髪を売ったのだ。身を飾ることのできない貧しい女たちには、その豊かな髪だけが唯一、誇ることのできる装飾品なのに。

「お前の短い髪を見るたびに、歳をとってただ伸ばしているだけの自分の髪が嫌になったんだよ。いいかいユニ、成均館へは、お前が望んで行くんじゃない。この母が、お前を行かせるの。だからもし、このことで罰がくだされるとしたら、それを受けるのはこの私。お前じゃない。いいね?」

 駄目だった。泣くまいと決めたのに、堪えようのない涙が、ユニの頬を伝った。母は、自分の懐から銀粧刀を取り出すと、娘の手にしっかりと握らせた。
 朝鮮の女は、これで自分の貞節を守る。いざというときは、自分の命を絶ってでも。その銀粧刀は、母がずっと昔からお守りのように、大切に身につけていたものだった。

「悔しくて腹の立つことがあっても、こらえるんだよ。慎重に行動しなさい。絶対に女だと悟られないように……わかったね?」

 ユニは涙を零しながら、ただ黙って頷いた。隣のユンシクに視線を移す。顔の腫れは随分引いていたが、目の周りの赤黒い痣を見ると、気持ちがぐらつきそうになる。

「ユンシク……ほんとに……あなたには申し訳なくて、何て言ったらいいか……」
「だったら尚更、頑張らなきゃ」

 ユンシクは力強くそう言って、「ほら」と自分の号牌を差し出した。ユニが受け取ると、その肩にぽんと手を置く。

「おい、キム・ユンシク!僕らの名前に、泥を塗るなよ」

 笑ってはいるが、ユンシクの目にも、光るものが浮かんでいた。

「───行ってきます」

 一歩、足を踏み出す。これからは、キム・ユンシクだ。少女のような顔をしたその少年は、きゅっと涙を拭い、住み慣れた家を後にした。


 泮村は、相変わらず人で溢れていた。怪しげな客引きがあちこちで成均館の儒生とおぼしき者を捕まえては、自分の店を売り込んでいる。ユ二も例外ではなく、それをいちいち断りながら人混みを歩くのはけっこう骨の折れる仕事だった。少し落ち着いたところで、ついさっき無理矢理渡された茶房のチラシを、珍しげに眺める。

(成均館の学生は特典がつくんだ……。へぇ。何だろ)

 とそのとき。

「ちょっとあんた、どこ行くのよ!飲み代を払っていきな!」

 酒器だの皿だのが割れる派手な音とともに、女の金切り声がユ二の耳をつんざいた。振り向くと、酒場の卓上を、まるで猿のように飛び越えてこっちへ逃げてくる男の姿が目に入った。

(あれ?あの人……)

 ざんばらに下ろした髪。前をはだけた、だらしない服装。そしてあの身軽さ。独特の風貌は、忘れようがない。あの日、街なかでチンピラに襲われたユニを助けてくれた、あの男だ。
 
 男は、通りに出たところで店の給仕の娘にぶつかり、ひっく、とまたしゃっくりをした。その隙を、つわものの店の女将が逃すはずはなかった。手に握っていたつっかい棒を思いっきりブン投げる。

「あだっ!」

 棒は男の後頭部に見事に命中し、勢い余った彼はそのままつんのめるように地面に転がった。

「あんたのせいで、商売あがったりだよ!このろくでなし!呑んだらちゃんと払えってんだ!あんた!塩持ってきな!」

 店の主人が山盛りの塩を持ってくると、女将はそれを引っ掴み、男に投げつけた。塩まみれになった男は、手についたそれをぺろりと舐めて、言った。

「ひっでェなぁ。こんないい酒の肴、オレに隠してたのかよ」

 酒場の主人と女将は、呆れてものも言えない有様だ。男は大儀そうに立ち上がると、頭から被った塩をたいして払いもせずに フン、と笑って、人混みの中に消えていった。あの晩と同じ、ゆらりとした足取りで。

(なんだか……やっぱりよくわかんない人だなぁ)

ユニは肩をすくめ、その後姿を見送ったのだった。

* * *

「坊ちゃん、その荷物、持たせてくださいよぅ。ねぇ」

すたすたと前を歩くソンジュンに向かい、スンドルが懇願する。だが当の坊ちゃんは知らん顔だ。痺れを切らしたスンドルが無理矢理荷物を奪い取ろうとするが、彼は頑なにそれを拒んだ。

「んもう、意地っ張りなんだから。ほら、他の学士さまを見てくださいよ。みんな堂々としてるじゃないですか。かーっ、カッコいいな」

成均館の東三門の前は、入学手続きを待つ儒生たちが長い列を作っていた。ソンジュンはその最後尾に並ぶと、スンドルに言った。

「僕はいつも自分で持ってるだろう。今日に限ってどうしてそう……」
「寂しいんですよ!ここでお別れなんて……まるで、想い人に先立たれるみたいに、胸が張り裂けそうなんです!ああ……。あれ?」

 ふと前を見たスンドルが、そちらを指差し、言った。

「坊ちゃん、あそこにいるの、この間のきれいな学士さまじゃないですか?」

 ソンジュンが視線を移した先には、所在なげに列に並んでいるキム・ユンシクの姿があった。

───来たか。

 ほっと息をつく。キム・ユンシクが今日ここに来るかどうか。新しい師の元で学ぶことよりも、寄宿舎生活よりも、そのことを自分がどれほど気にしていたのか。ソンジュンはそのとき初めて、知ったのだった。





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2011/08/23 Tue. 01:12 [edit]

category: 第二話

thread: 二次創作:小説 - janre: 小説・文学

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コメント

Re: びわさま

無料視聴サイトってそんなにカットされてるんですか~?
地上波もそーとーカットされてましたけど(^^ゞ(しかもオイシイとこばっか(笑)
ハイ、満足できなくてDVD買っちゃったヒトですσ(゚∀゚ )オレ
堪え性が無いとも言う……

あまる #- | URL
2013/07/03 01:44 | edit

母の髪

私が見ているのは、無料視聴サイトでなんですが…
この中の母の髪が短くなったところに気づくシーンから
コロ先輩登場シーンを経て
成均館の門前に切り替わる直前までは見ていないんですよね。
韓国で放送されたドラマの一部がカットされてるって事なんでしょうか(T-T)
やっぱり無料で満足してちゃダメでしょうか〜(T^T)

びわ #p6hXJKzs | URL
2013/07/02 00:55 | edit

Re: ま!

なんだかんだ言いつつスンドルの世話になっちゃってるソンジュンがらぶりー(^^)
スンドルにしてみれば、坊ちゃんにはオイラがついててあげなくちゃーってとこ
なんだろうなぁ~。

コロもいちおういいとこの坊ちゃんなんだから金くらい払えや、とか思うんだけど(笑)
素行が悪いから親からお小遣いもらえないとかそーゆうことなんかな。

あまる #- | URL
2012/05/06 00:19 | edit

ま!

コロ先輩ったら、そんな悪そうな笑い顔しちゃって。
私もなりたい、あら塩に(ばか)

スンドル、そんなに坊ちゃんが好きかあ。
そうだよね、おやつくれる人いなくなるもんね。

ちびた #D4zl0nFc | URL
2012/05/05 14:03 | edit

No title

よく書けているね。

眠気眼でDVDを見ていたから、ここを読んで頭の中で復習できます。
ありがとう。

にゃん太 #- | URL
2011/08/23 13:53 | edit

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