スポンサーサイト 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
web拍手 by FC2

--/--/-- --. --:-- [edit]

category: スポンサー広告

cm --  tb --  

第二話 8 姉弟 

左議政の息子、イ・ソンジュンが、景福宮での親臨試で王から直々に成均館への入学を命じられたという噂は、その日の内に宮廷はおろか成均館の儒生たちにまで広く知れ渡ることとなった。
 
「試験場でチビる奴もいるっていうのに、陛下を相手に賭けをするなんて、やっぱりイ・ソンジュンってすごい奴だよなぁ」

 牡丹閣の庭先。妓生たちと、数尺先の壷に矢を投げ入れる投壷(トゥホ)という遊びに興じながら、コボンがしきりと感心して言う。

「チビったのはお前だろ」と、室内から口を挟んだのはカン・ムだ。ビョンチュンがげらげら笑う。

「よくわかったな。こいつは腹までこわして───」
「わあっ!よせ!」
 
 言いかけたビョンチュンの口を、コボンが必死の形相で塞いだ。だがビョンチュンの笑いは止まらない。
「バラされたくなきゃ、どいてろ。この下手くそ」と、コボンの持っていた矢をひったくり、片目を瞑って狙いを定める。

「ところで、奴とつるんでるキム・ユンシクってのは誰だ?」

 露台の手摺にもたれかかり、投壷の矢を指先でくるくると回していたヨンハが答えた。

「お前も知ってるよ、ビョンチュン。注解本の筆写、って言えば、思い出すか?」

 ヨンハの言葉に、ビョンチュンの足がもつれる。その手から離れた矢は、あらぬ方向へ飛んでいった。

「あ、あの、女みたいな顔した奴か?!」
「女っぽい……っていうのとはちょっと、いやかなり……違うかな」

 歌うようにそう言うヨンハは、何故かひどく楽しげだ。ビョンチュンは冗談じゃない、と目を剥いた。

「左議政のお坊ちゃんに、女みたいな男!か───っ、そんな奴らと一つ屋根の下なんてムリムリ、絶対、ムリ!」
「一つ屋根の下……?そんなことにはならんさ」

 庭先での彼らのやりとりを、部屋で酒杯を傾けながら黙って聞いていたインスが、口を開いた。
くい、と杯を空けると、おもむろに立ち上がり、庭へと降りてくる。

「成均館に入れるのが王の勝手なら、追い出すのは掌議の勝手、って?」

 矢の先端につけた房をいじりながら、ヨンハが尋ねる。インスはそれには答えず、ただ意味ありげに笑っただけだった。

「試験場の英雄か。さぞかし有頂天になっているだろうな」

 妓生から矢を受け取り、壷に向かって軽く投げる。矢は、離れた的の中に吸い込まれるようにきれいに収まった。傍らで見ていたビョンチュンとコボンが、おお、と目を見張る。

「だが、大司成も王も、恐れているのは奴ではなく───」

 カラン、と2本目の矢が入った。

「父親の左議政だ」

 3本目。インスの投げる矢は、先に糸でもついているかのように正確無比だ。最後の4本目も難なく筒の中に投げ入れると、周囲の妓生たちから わっ、と歓声が上がった。

「真の実力者が誰か、そしてこのハ・インスが誰か、教えてやるべきだな。成均館では王も私に叶わぬことを、はっきりさせておく必要がある」

 入学前からここまでインスを煽る男もそうはいない。大したもんだね、とヨンハはあの日、茶房でクソ真面目な顔をして座っていたソンジュンの姿を思い出し、くすりと笑った。

* * *

 力の限り叩き続けていた門の扉が、ようやく開いた。ユニは、自分を出迎えた丸顔の男を、真っ直ぐに見据えた。もう、あんたの顔なんか二度と見たくない。これで最後だから、思い切り睨みつけてやる。そんな思いを込めて。

「弟を迎えに来たわ」
「金は?」

 ユニは袂から元金100両と利子の入った袋を取り出した。男は疑うような視線をユニに向けたままそれを受け取り、中を確かめた。まさか、こんな小娘が本当に返済金を工面してくるとは思っていなかったのだろう。驚きに見開かれた目が、まじまじと彼女を見る。ユニは決然として言った。

「弟はどこ?早く連れて行って!」

 案内された蔵には、外から鍵が掛けられていた。下男が南京錠を外すのももどかしく、ユニは扉を開ける。途端、湿った黴の臭いが鼻をついた。暗がりに目をこらすと、藁束の積まれた蔵の片隅に、誰かが蹲っているのがかろうじてわかった。
 急いで駆け寄り、ぐったりとしている痩せこけた身体を抱き起こした。先から知っていることだが、弟の身体は、その年令の男子とはとても思えないほど、軽い。その軽さを腕に感じただけで、胸が詰まった。

「ユンシク……ユンシク!お願い、目を開けて!」

 ただでさえ病気で血色の良くない弟の顔が、完全に血の気を失っている。酷く殴られたのだろう、閉じた眼瞼は腫れ上がり、あの優しげで可愛らしい面差しは見る影もない。額と唇から流れた血は赤黒く固まり、白い頬と喉元にいくつもの筋を作っていた。

酷い…こんな、病気の子にここまでするなんて……!

 ユニの目から涙が溢れた。なんてことをしてしまったのだろう。兵曹判書に嫁ぐのが嫌だからと、大切な弟を身代わりにするなんて。後悔が押し寄せ、ユニは激しく自分を責めた。ユンシクの黒い瞳が、うっすらと開いた眼瞼から覗いた。姉の泣き顔を見た彼は、腫れ上がった顔をぎこちなく歪め、笑った。

「姉さん……」
「ユンシク、ごめん……ごめんね。私のせいでこんな目に合わせて、ほんとにごめん」

 ユンシクは、自分の頬を包む姉の手を握りしめ、途切れ途切れに言った。

「心配、いらないよ。僕は大丈夫だから。聞いて、姉さん。僕は嬉しいんだ。僕でも姉さんのために、できることがあった。それがほんとに嬉しいんだよ。やっと、ほんの少しだけど気が楽になったんだ。だから……泣いちゃだめだ」
「ユンシク……!」

 痛々しい顔で微笑む弟を見つめながら、ユニは決意した。この心優しい弟を、二度とこんな目には合わせない。絶対に。ちゃんとしたものを食べさせて、いい薬を探して。そのためなら、どんなことだってやってやる。
 とめどなく涙を流しながらも、ユニは弟に、精一杯の微笑みを返したのだった。


* * *


 昼間の暑さも、この時間になると流石に和らぎ、庭に面した露台にはいい風が吹いてくる。
 父の手が、目の前の盃に酒を注いでくれるのをじっと見つめながら、ソンジュンはかしこまって座っていた。

「今日、試験場で巨擘を使ったそうだな。それも、陛下を試すためだったと聞いたが」

なみなみと酒の注がれた盃に目を落としたまま、ソンジュンは言った。

「愚かな息子が、またご心配をおかけしてしまいました」
「それで?お前から見て王はどうであった。合格か、それとも不合格か」

 神にも等しい王をつかまえて、さらりとそんなことを言えるのは、この父くらいのものだろう。相手がたとえ王でも、盲目的に従ったりはしない。なぜなら、父という世界においての王は、彼自身に他ならないからだ。そんな父を間近で見てきたソンジュンだからこそ、あんな、恐れ多くも王を試すような真似ができたと言える。
 ソンジュンにとって父はいつでも、進む方向を指し示してくれる道しるべだった。その背中を見てさえいれば、決して道に迷うことはない。

「成均館には入学します」

 それだけ答えた息子に向かい、父は白い歯を見せて笑った。

「現時点では、合格でも不合格でもないというわけか。この父も同じだ。よいか、宮仕えの先輩として言うなら、お前自身もまた、私から見れば合格でも不合格でもない。だが喜ばしい気持ちで、お前を見守ろう。
───庠儒(サンユ)、イ・ソンジュン」
 
 盃を手にとり、父は言った。

「成均館への入学、おめでとう」


* * *


 その頃。王に成均館への入学を命じられたもう一人の若者───キム・ユニもまた、針仕事用の服が積まれた小さな部屋で、母親にそのことを告げている最中だった。

「成均館だって?しかも、男に混ざって、寄宿舎生活をするっていうの?女のお前が?」
「お母様…」
「無理に決まってる!」

 母は即座に叫んだ。その顔を、ユニはまともに見ることさえできずに、消え入るような声で言った。

「でも、王命だもの。逆らえないわ」

 今にも失神しそうになりながら、母は言い募る。

「だから言ったんだよ、お前にとって学問は毒にしかならないって!なのにお前が」
「人間らしく生きたいの!」

 ユニの言葉に、母は、ぴたりと口をつぐんだ。

「お金で、身を売るようなことはしたくない。兵曹判書様に嫁いで、立派なお屋敷で絹の服を着せてもらえても、それは人間じゃない。100両の女だわ。人に安値をつけられて、自分を差し出すのは嫌なの。ならいっそ、成均館に行く」
「ユニ……」
「成均館に行けば、ユンシクの薬も手に入る。筆写の仕事も増えるし、生活費だって出るの。いつも借金に追われて辱めを受けるこんな毎日より、ずっと人間らしい暮らしができるわ」

 母はユニから目を逸らし、俯いた。母を傷つけたくはなかったが、もう後戻りはできないのだ。大人しく言うことを聞くわけにはいかなかった。

「───行かせてあげて」

 いつから聞いていたのか、寝入ったとばかり思っていたユンシクが、そっと扉を開け、部屋に入ってきた。
腫れの引かない顔と、片足を引き摺って歩くその姿が痛々しい。

「ユンシク…お前、ユニが成均館へ行くってことの意味がわかってるの?その間、お前は自分の名前では生きられないんだよ」

 ユニの隣に並んで座ると、ユンシクは真っ直ぐに母を見た。

「姉さんは今までずっと、僕のために自分を犠牲にしてきた。名前を貸すくらい、なんでもないさ。だから、許してあげてよ」

 母はそれ以上何も言えず、涙の溜まった目で姉弟をただ代わる代わる、見つめるばかりだった。


* * *

 そして、王宮。
 灯篭を捧げ持つ内侍に先導されながら、私室へ戻る道すがら、王正祖は楽しげに笑った。

「キム・ユンシクか……。緑鬢紅顔(ノッピンホンアン)とは、まさにあの者のことだな。美しい顔をして、真っ正直な性格とは、面白い奴だ」

 傍らを歩くチョン・ヤギョンが、軽く頭を下げ、同意を示す。

「我が胸を躍らせる人材に出会えたのは、実に久しぶりだ。キム・ユンシク、イ・ソンジュン……二人の今後の活躍が楽しみだ。そうは思わぬか?」

 王のこんな笑顔を見るのも、ヤギョンにとっては久しぶりのことだった。嬉しくはあるが同時に、身の引き締まる思いもする。王が期待を寄せる二人は今後、他でもない、この自分が教え導いていかねばならないのだ。

「───ようやく、分かったような気がいたします。陛下が私を、成均館に送られた理由が」

 そう言って顔を上げたヤギョンに、王は深く頷き、微笑んだ。





↓楽しんでいただけたらポチっとお願いします
にほんブログ村 小説ブログ 韓ドラ二次小説へ

スポンサーサイト
web拍手 by FC2

2011/08/22 Mon. 07:20 [edit]

category: 第二話

thread: 二次創作:小説 - janre: 小説・文学

cm 4  tb 0 

コメント

Re: 阿波の局さま

ソンスの脚本家さんはこれ以外他の作品は見てないですが、素晴らしいですね。
セリフが深くて、ちゃんとテーマを与えられたドラマなんだと思わせます。
この方の作品じゃなかったら、わざわざあらためて文章にしようなんて思わなかっただろうな~。
ソンスの二次小説読むだけで満足してたかもです(笑)

あまる #- | URL
2013/01/30 08:54 | edit

>「人間らしく生きたいの!」
>お金で、身を売るようなことはしたくない。兵曹判書様に嫁いで、立派なお屋敷で絹の服を着せてもらえても、それは人間じゃない。100両の女だわ。人に安値をつけられて、自分を差し出すのは嫌なの。

ソンスは名セリフが多々ありますが、前半のこのユニは特に印象に残っています。

原作ではこういうセリフはなかったと思いますが、脚本家の方の考えでしょうか。

阿波の局 #bo5zNM.6 | URL
2013/01/29 19:30 | edit

Re: ちびたさま

こんだけ境遇の違う二人がいずれあーなるんだと思うと~(´∀`*)
ユニっこには苦労した分、幸せになって欲しいもんです。
まー最終話のあのカンジじゃ、心配ないかなとは思いますが(笑)

あまる #- | URL
2012/05/06 00:12 | edit

あまるさま

かたや命がけで試験を受けて、弟ぼこぼこにされて、お母上にまで叱責され、弟の人生まで取り上げかねない。それでも立ち向かう娘。

かたや、お父上から将来を約束されたかのような祝の言葉を受ける息子。
うーん、男女別の儒教の教えの厳しかった時代とはいえ、比較するとなかなか辛いものがありますねえ。

緑鬢紅顔(ノッピンホンアン) 中国や日本でも同じような例えはありますが、この言葉に限っていえば韓国語の発音は美しいですね。

ちびた #D4zl0nFc | URL
2012/05/05 13:57 | edit

コメントの投稿

Secret

トラックバック

トラックバックURL
→http://amaru0112.blog.fc2.com/tb.php/27-328a0cf5
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

2017-08
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。