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第十七話 9 境界線 

bandicam 2013-09-04 11-03-14-528
**********************************************



貰冊房の手前まで来たところで、ソンジュンは急に立ち止まり、ユニに言った。

「先に入ってて。ちょっと、用事を済ませてくる」

どことなく含みのあるような彼の表情が気になりはしたが、ユニは頷いて、ソンジュンと別れ、貰冊房の扉をくぐった。
外の明るさに慣れた目には、書架の林立した室内は穴倉のように薄暗く感じた。格子窓から差し込む陽が、床の上に縞模様を作っている。
書架の端から、チマの鮮やかな紅色がこぼれていた。視線を上げると、揺れる蝋燭の火の傍で、静かに本を読む白い横顔が見えた。ユニは はっとして思わず足を止めた。

その気配に気付き、彼女がふと顔を上げた。
まるで猫みたいだ、とユニは思った。
芙蓉花のくっきりとした大きな目の瞳孔が、こちらを見た途端、ぱっと開いたような気がしたのだ。

会釈したユニに、芙蓉花───ヒョウンは慌てて本を棚に置き、深く頭を下げた。

「ソンジュン様はお元気ですか?」
「あ……」

ユニが口ごもると、ヒョウンは自嘲するように笑った。

「情けないですよね。婚約者の様子を、人づてに聞くなんて」

何と答えていいのかわからず、ユニは俯き、そのままそこを出ようとした。だがヒョウンの声は、縋るようにユニの背を追いかけてくる。

「ソンジュン様と、一番の親友でらっしゃるのでしょう?あの人の心が、私に向くように助けていただけませんか。家同士で決められた結婚です。心変わりしたからといって、破談にはできません。たとえソンジュン様のお気持ちが戻らなくても、結局は結婚することになるんです。ですから……あの方のためにも、どうか助けてください」

振り向くと、猫のような目は、今にも零れ落ちそうな涙に潤んでいた。

「わかってるんです。私は賢くもないし、分別もありません。みんなにそう言われます。でも、この想いだけは、誰にもとやかく言われたくない。本気なんです」

ユニの胸に、ヒョウンの気持ちが痛いほど迫った。
親同士が決めた結婚とはいえ、彼女は真剣そのものだ。彼女の想いは未来の、ずっと先にいるソンジュンにまでつながっている。
それに比べて自分はどうなのだろう。
ただ今が楽しくて、それに満足して、ソンジュンがくれる気持ちに甘えているだけなのではないのか。
結婚なんてできるはずもないのに、今の自分の存在が、彼の将来にどんな影響を及ぼすかなど考えもせず、己の幸せだけに浸っている───。
そんな自分が、ヒョウンのこの強い眼差しの前に堂々と渡り合えるはずもない。
ユニは何も言えず、下を向いて快子の端を握り締めた。

そのとき、入り口の扉がさっと開いた。振り向いたヒョウンが、感極まった声を上げた。

「ソンジュン様……!」

ユニが顔を上げると、戸口に立つソンジュンが驚いた表情のまま、ちらと視線だけ動かしてこちらを見た。

「まさか、ここでお会いできるなんて夢にも思いませんでした。少し、お時間をいただけませんか。お話したいことがあるんです」

いたたまれなくなったユニは「ぼくは、外に出てるから」と言ってそこから立ち去ろうとした。
だが扉を塞ぐように立つソンジュンに、すれ違いざま手首を掴まれ、足が止まる。
ユニは思わず、ソンジュンを見上げた。彼はこちらに横顔を向けたまま、固い声で言った。

「貴女には、申し訳ないことをしたと思っています。僕は今後、自分の軽率さを悔やみながら生きていくでしょう。しかし、僕の心は変わりません」

ユニの手首を握り締めるソンジュンの手に、痛いくらいの力がこもった。

「僕には既に、心を許した人がいます」

はっと、ヒョウンが息を飲むのがわかった。ユニにはとても、彼女の顔を見ることはできなかった。

「こんな至らぬ男のことは、どうか忘れてください。───すみません」

頭を下げ、ヒョウンに背中を向けたソンジュンは「行こう」と言ってまたユニの手を掴み、なかば強引に彼女を連れて貰冊房を出たのだった。




「イ・ソンジュン、待って……」

引っ張られる手首の痛さを訴えようとしたユニだったが、その小さな声は人々のざわめきに掻き消され、つかつかと前を歩くソンジュンには届かない。怒ったような彼の背中はただ無言で、一刻も早くこの雑踏から逃れようとしているかのようだった。

ひとけのない路地裏に入ったところで、ソンジュンはようやくユニの手を離し、彼女と向き合った。

「あれはどういう意味だ」

彼の背後には、店の軒先に吊り下げられた色とりどりの提灯が、風に揺れていた。

「外に出てるなんて、どうしてあんなことを言った?」

ソンジュンの声には、はっきりとした怒気が混じっていた。ユニは消え入るように答えた。

「二人で、話すことがあるだろうと思って……。どのみち、あの人とは結婚する仲なんだし」

自分が口にしたことなのに、それはユニの胸を冷たく刺した。
そっとソンジュンを伺う。彼は言葉を失っていた。その瞳にあるのは、怒りではなく悲しみだ。彼はユニよりももっと傷ついた顔をしていた。とても見ていられずに、ユニは続けた。

「気を遣わなくていいよ。ぼくは本当に、今のままで充分なんだ。二人の将来とかそういうこと、一度も考えたことなんてないし。これ以上のことを望むのは、ぼくにはとても欲張りなことだもの。だから……」
「なら考えろ!」

最後まで言わせず、ソンジュンはユニの肩を掴んだ。

「今から真剣に、必死になって考えてくれ。僕はずっと、頭が変になるくらい考えてきた。わかるか?きみのことばかり、ずっとだ」
「ぼくらは……住む世界が違いすぎるよ」

呟くように言ったユニの言葉を無視して、彼は続ける。

「これまで僕が、絶対に無理だと思うこともやり遂げてこれたのは、きみがいたからだ。なのにきみは、自分で引いた線の内側でじっとしてる。そこから出ることすら、考えようとしない」

ユニは黙り込んだ。
女の身で男の格好をして、筆写で日銭を稼いだ。それだけでも、大それた真似をしていると思っていた。そんな自分が、怖いもの知らずにも小科試験を受け、成均館に入り、時の王から密命を受ける程目をかけられ……。

全てはソンジュンがいたから、やってこれたことだ。彼がいなければ、今の自分はここにはいなかった。
それだけで充分過ぎるほどなのに、この上更に女としての幸せを考えろと?
一体このイ・ソンジュンという男は、私の手を引いてどこまで連れて行く気なのだろう。

ソンジュンはユニの肩に手を置いたまま、静かに言った。

「きみが、きみの世界から締め出そうとしているのは欲なんかじゃない。……この僕だ」

悲しみがそうさせるのか、囁くような彼の声は限りなく優しい。決して言うつもりのなかった言葉が、ユニの口をついた。

「なら、どうすればいいの?貴方が好きでたまらなくて、一日一日が幸せで……。私は、こういうのは慣れてない。だから怖い。すごく……怖いの」

彼との将来など、どうして夢見ることができるだろう。老論と南人の間の壁は、身分や貧富の差同様、越えがたいものだ。ましてや、彼には立派な家柄の許婚までいる。
真面目な彼のことだ。結婚すれば、妻を大切にするだろう。最初は義務感からでも、ずっと一緒にいれば情も湧くのが人間だ。そのうち子供ができれば、家族の絆はもっと深まる。その時の彼の心のどのあたりに、自分はいるのだろう。
そんなことを考えるのは、たまらなかった。かといって、楽観的なことはもっと考えたくなかった。
期待して、それが叶わなかったときの失望は計り知れない。陽の光が強ければそれだけ、道に落ちる影が濃くなるように、今が幸せであればあるほど、不安も大きくなる。この幸せがいつまで続くのか、どんな風にして終わるのか。
怖くてどうしようもないのだ。

こぼれそうになった涙を見られたくなくて、ユニはソンジュンに背を向けようとした。こんな弱い自分を、彼の前に晒すのは嫌だった。だが彼はそれを許してくれなかった。肩を掴まれ、乱暴なくらいの強い力で引き寄せられたかと思うと、そのままユニの身体は彼の腕にきつく抱き締められていた。

男になりきれるなんて、どうして思ってたんだろう。

ソンジュンの広い胸に包まれながら、ユニは思った。彼の腕の中で、自分はこんなにも無力で、小さい。こうして抱き締められるだけで、彼の香りとぬくもりに全身を包み込まれるだけで、気が遠くなる。
彼の腕の中で、自分の身体が溶けて、なくなってしまいそうなのに、いっそそうなったらいいとさえ思ってしまう。
そして言葉とは裏腹に、自分が、どうしようもなく彼を求めていることを思い知らされる。
どんな格好をしていようが、どんな話し方をしようが、自分が紛れも無く女であることを自覚させられる。

やがてそっと、ソンジュンが腕をほどいた。じっと見つめる目が、ユニの瞳の中に何かを探している。
その視線の熱に耐えられなくなって、ユニは目を伏せた。

それを承諾と受け取ったのかどうかは、知らない。
彼の気配が、再びゆっくりと近づくのがわかった。





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2013/09/04 Wed. 11:14 [edit]

category: 第十七話

thread: 二次創作:小説 - janre: 小説・文学

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コメント

Re: 49ママさま

ご無沙汰です。今頃コメ返しても読んでいただけるか甚だ怪しくはあるのですが(^^ゞとりあえず。
記事に書いたような事情でなかなかお返事できず、すみませんでした~m(__)m

想いの届かない人を好きでいるのは辛いですよね。
ドラマを見ているときは私はユニに憑依しているので(笑)ソンジュンが貰冊房でああもきっぱりと(しかもユニの目の前で)ヒョウンを拒絶してくれて嬉しかったんですが、書いてるときはソンジュンになったりヒョウンになったり、けっこうフラフラしてたような気がします(^^ゞ
変な番外編なんてモノが湧いて出たのも、そのせいかも~(笑)
相手はソンジュンでなくても、いずれ誰かと幸せになってもらいたいものです、彼女も(^^)
てか、早く弟くんにも幸せになって貰わないとなぁ……。ワタシのやる気スイッチは何処に?!(爆)

あまる #- | URL
2015/09/21 17:05 | edit

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# | 
2015/09/04 11:43 | edit

ヒョウン、ヒョウン、ヒョウン。

あまる様

 ひさびさに、そして無性にこの場面を読みたくなりました。迷いなく「第十七話9」とできたのは、われながらよい仕事ぶりです(^_-)。
 いつもどこでも(?)「ヒョウン嫌い」と言っている私。でも、私以外の方はほぼ全て、(ドラマ版のヒョウンは、ですが)「好き」少なくとも「嫌いじゃない」と言われる。もちろんあまる様も然り。この場面のヒョウの描写には、あまる様の愛情が強くあらわれているなあと感じます。
 ソンジュン本人から、極めてストレートに破談の意思を伝えられたのに、
「家同士が決めた縁談」の「婚約者」であるという「事実」に必死にすがろうとする。縁が切れかかっている・・・いや、既にソンジュンによって断ち切られていることがわかっていても(わかっているからこそ?)、とっかかりを見つけ、より合わせようとする。結果、さらに残酷な審判を下され、より傷つく・・・。こんなヒョウンを「愚か」で片付けてしまうのは、それこそ愚かだなあ・・・。私の中にも、ヒョウンに勝るとも劣らないあきらめの悪さを自覚しているゆえ、よけいに胸が痛いです。
 ヒョウンの必死の努力は、ユニの秘密とソンジュンの惑いゆえでもあり、それがわかっている二人、特にユニは、本当につらかっただろうなあ・・・。
でも、ヒョウン、ソンジュンの言葉で100%あきらめられたのだろうか?わかっていたのは、ボドゥルだけではなかったかしら?この直後、李家と「正式に」破談するだけに、せめてその前に心の整理がついていたことを祈らずにはいられません。
 ヒョウンには、この後も荒波が幾重にも襲いかかってきますが、その先には流行作家としてはばたく未来が待っているのですし(^^ゞ、ボドゥルも変わらずそばにいてくれるようですから、
「だいじょうぶだよ!」
と声をかけたいです。
 生きている限り、自分の思い通りにならないことの方が遥かに多いし、それを理解することは幸せを摑む鍵でもある。

 ヒョウン、しっかりね!

・・・なんか偉そうだな、私・・・。 

49ママ #- | URL
2015/08/18 05:58 | edit

Re: ク**ムパ**さま

原作でもそうですが、ソンジュンが怒るときって、それだけユニのことが好きーっ!って言ってるのとおんなじなんですよね。状況的には(笑)
あーもーソンジュンにめためた怒られたいっっ!!!(爆)

「ヨクシミアニラ……パロナヤ」ってセリフのユチョンの声にワタクシは撃沈しました。

いいえ~(^^)パ**さんたら褒め上手~といつもチョーシこかして貰ってます。
温かいコメント、こちらこそ感謝です。

あまる #- | URL
2013/09/05 17:32 | edit

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# | 
2013/09/05 10:15 | edit

Re: あらちゃんさま

うんうん、更新されてたの読みましたよ~(^^)
この山場が終わったら、後でゆっくりカキコしに行きます。

>どうもユニがソンジュンをなんて呼んだらいいのかいつも考えてしまいます。

原作は特にこれといったきっかけになるようなこともなく佳郎って呼ばれてたし、ユニも『ソンジュンにぴったりだ』って言ってますからね。
でもドラマではヒョウンとのことが理由といえば理由だから、ユニとしてはいくらあだ名でも呼びたくないって気持ちがあるんではなかろーかと。
ウチのサイトはあくまでドラマ版がベースなので、そんなワケでユニには一度もカランとは呼ばせてません。
たいていはフルネームか、『ワンソバン』。←これすごい好き

ソンジュンの方も、原作では結構「テムル」とか「テムルトリョン」って呼んでますが、ドラマは確か2回くらいしか呼んでないはずです。1回目は皮肉で、2回目は賛辞として。
こーゆうとこにも脚本家の心憎い演出が光ってますよね~(^^)

あまる #- | URL
2013/09/05 00:53 | edit

ソンジュンがくれる気持ち

( ´ ▽ ` )~いいなぁ「ソンジュンがくれる気持ち」って表現。
このところ死にかけていると言いつつ、敵前逃亡のように書いたりしてましたが(テスト前の無性に別のことをやりたくなる気持ち(^^;)、どうもユニがソンジュンをなんて呼んだらいいのかいつも考えてしまいます。
ドラマでは原作のようにカラントリョンっては呼んでないような…ヒョウンはトリョンニムですよね。なんかそれもユニっぽくないような。

>どのみち、あの人とは結婚する仲なんだし
この時のソンジュンの表情はホントに傷ついたとしか言えないような絶妙の表情ですよね。ユニは女だから結婚していつか子どもが出来て、って現実的な先々のことまで考えてますけど、ソンジュンは結婚できるかどうかってところに集中?その先の世界はまだ見えていないような感じでしょうか。

といろんなことを思いつつ、浸りながらドラマを追想してました。
あまる様、毎度のことながら、ありがとうございます。

あらちゃん #- | URL
2013/09/04 21:19 | edit

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