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第二話 6 王命 

 ぶるぶる震える足をどうやって動かしてそこまで歩いたのか、ユニは思い出せない。
 ただ、正面にそびえ建つ勤政殿の威容に押しつぶされそうで、儀礼だとか作法だとかに関係なく、顔を上げることができなかった。

 王が試巻を手に取り、そこに記された文字を追う。ユニには永遠とも思える時が過ぎ。

「そなたがこれを書いたのか?キム・ユンシク」

 王の、張りのある声が朗々と響いた。

「さように、ございます」
「そこへ直れ!」

 びくりと、ユニの全身が硬直した。

「余を侮るとは、命が惜しくないのか!」

 もうダメだ。やっぱり王の逆鱗に触れてしまった。ユニは崩折れるようにその場に跪いた。

「お許しください、陛下!」
「答えよ。試題は何であった」

 試題。難しい問題ではないと思った。ユニが本当に男だったなら、何の迷いもなくすらすら書けただろう。

「“仁”と“知”の文字を用いて、出仕に対する志を述べよ、と……」
「そなたはその試題に、何と書いた」

 言葉に詰まる。思い出せなかったわけではない。自分のしでかした事の重大さに怖れ慄いたのだ。

「早く申さぬか!」

 監督官が、苛立ったようにユニを促した。

「───古典を……」

 震える唇を開く。喉が、からからに乾いていた。

「古典を暗誦できるほどの有り余る知識を
 私は巨擘に使う
 実際にはやっていないから
 罪人ではない
 だが仁を欠くこの心では
 政に携わる資格はない───そう、書きました」

 “仁”と“知”。解答を書くときにはさして深く考えもしなかった言葉が、ユニに重くのしかかる。
 せっかく得た知識を、その場しのぎの金のために使う。そこには、仁も徳も存在しない。
 だが自分に、世の中のために何ができるというのか。そもそも、こんな姿でここにいること、それ自体が偽りだというのに。

 この姿は偽りだ。だがユニは、自分の書くものに嘘はつけなかった。たとえそれが、合格する気のない科挙の解答だったとしても。

「誰だ」

 王が問う。

「お前を巨擘に雇った者がいるはずだ。その名を申せ」

 そのときになって初めて、ユニは、じっと自分を見つめるソンジュンの視線に気づいた。

「それは……」

 全身から、どっと汗が吹き出した。手をぎゅっと握りしめたせいで、指が敷石で擦れたが、もう痛みすら感じなくなっていた。
 目線だけ動かして、そっとソンジュンの方を伺う。彼の表情は相変わらずだ。眉をぴくりとも動かさず、ただ静かにユニを見ているばかりで、そこからは何も読み取ることができない。

何を躊躇う必要がある?よくよく考えたら、自分をこんな窮地に陥れたのはあのイ・ソンジュンではないか。あの男が巨擘に雇ったりさえしなければ、ここでこんな、墓穴に片足を突っ込むような真似はしなかったはずだ。庇い立てするような義理もない。白状してしまえば、もしかしたら自分は罰を免れるかもしれない。言ってしまえばいいのだ。イ・ソンジュンの名を。───でも。

 「どなたの御前と心得る!早く申せ!」

 再び、監督官が声を上げる。ユニは目を閉じ、呼吸を整えた。

 「その者は───来ませんでした」

 結局、言えなかった。理屈ではなかった。彼は、ユニの書いたものを褒めてくれた。それだけのことが、ユニに彼の名を口にさせなかったのだ。

「その者は嘘をついています!」

広場に座す儒生たちの一角から、声が上がった。思わずそちらに顔を向けたユニが見たのは、すっくと立ち上がり、王の前に進み出るソンジュンの姿だった。

「この者を巨擘に雇ったのは、私です。陛下」

 どよめきが広がった。儒生たちばかりか、月台に居並ぶ役人たちまでもが、動揺しているのがわかった。

「イ・ソンジュンの試巻を持て!」
「これにございます、陛下」

 王は険しい表情で、手渡された試巻に目を通す。やがてそれが、大きな音をたてて玉卓に叩きつけられた。

「そなたの解答は完璧だ。非の打ち所がない。なのに、巨擘を使うとは理解できぬ話だ」
「キム・ユンシクは私が巨擘に雇いました。それは事実です」

 ユニの横に立つソンジュンの目は、少しもぶれることなく真っ直ぐに王に向けられている。
 彼には誰かを、何かを怖れるという感情が全く無いのだろうか。
 ユニはただそんな驚きをもって、彼の横顔を見上げるほかなかった。

「この者は、あらゆる学問に精通し、貧しい民を思いやれる、仁の心を持っています。しかし、己の境遇や党派を理由に、科挙を受けても無駄だと申しましたので、私が」

 最後まで言わせずに、王は訊ねた。

「そなたが、機会を与えたというのか?そこのキム・ユンシクに」
「これは、私自身のためでもあるのです」

 即答したソンジュンに、王が眉尻を上げる。

「この者が、己の実力を持ってしても合格できないなら───宮廷が、出自と党派によって人材を選ぶなら、そしてそれが本当にこの朝鮮の現実であるなら、私も出仕はしないつもりでした」

 ユニは思い出していた。あの日、降りしきる雨の中で、自分がソンジュンに投げつけた言葉だ。
 今思うと、あのとき目の前にいたのは確かにソンジュンだったが、ユニの中で激しく渦巻いていた怒りは、彼に向けたものではなかった。でも、だからといって。

 馬鹿な男。なんて馬鹿な男だろう。私の言ったことなんか、誰もが知ってる、当たり前のことだ。知らん顔をすればそれで済む。皆そうしてる。なのにこんな、文字通り神をも恐れぬことをしでかすなんて。

「つまりそなたは───」

 王が、威圧するかのように玉座から ぐっと身を乗り出した。

「余を試そうとキム・ユンシクを巨擘に雇った。そういうことだな?」

 ゆっくりとそう確認する王の声に、ユニの心臓は限界まで縮み上がった。だがソンジュンは少しも怯まない。むしろ王に相対するその目の光は、一層強さを増している。

「陛下は、私が命を賭けてお仕えする御方です。こんな命でも、無駄にしたくはありませんので」
「貴様というやつは!」

 王の恫喝が、広場に響き渡った。ユニは死罪を覚悟した。
 ごめん、ユンシク、お母様。ユニは一足早く、お父様の元へ逝きます───。
 
 王が玉座を立った。月台を降り、そのままつかつかと二人の前に歩いてくる。突然のことに、役人たちが慌てた足取りで王の後を追った。
 ユニは、自分の目の前でぴたりと止まった王の革の履物だけを、ただひたすら見ていた。その頭の上に、王の憤った声が振りかかる。

「余を侮り、朝廷を侮辱するとは……その許しがたき振る舞い、とくと後悔するがよい。キム・ユンシク、イ・ソンジュン!お前たち二人を、最も過酷な刑に処す!」

 役人たちの、剣の鞘を握る手に一斉に力がこもった。ユニは王の履物すらも見ていられなくなって、ぎゅっと目を瞑った。

「立て、キム・ユンシク。その顔を余に見せよ」

 足に力が入らない。ユニはよろけながら、やっとの思いで立ち上がった。

「そなたに、成均館への入学を命じる」

───え?

聞き間違いだろうか。ユニは思わず顔を上げ、王の顔をまじまじと見た。近くで見る王は、眉の濃い、陽に灼けた精悍な顔つきをしていた。神のような仙人のような、ユニが想像していたものとは違う、むしろ歴戦を戦い抜いてきた武人といった方がふさわしい。王は周囲にも聞こえるように、はっきりと繰り返した。

「キム・ユンシクとイ・ソンジュンに、成均館での居館修学を命じる。昼夜なく学問に精進し、その正しき志を忘れることなく、更に己を高めよ。そして───」
 
 王はソンジュンとユニ、二人を交互に見、力強く言った。

「余のもとへ来い」

 ソンジュンの目が、僅かだが見開かれた。

「そなたたちの描く朝鮮を、余にも見せてくれ。───これは、王命であるぞ」


 


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2011/08/15 Mon. 22:50 [edit]

category: 第二話

thread: 二次創作:小説 - janre: 小説・文学

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コメント

Re: ぐっさんじゃなくて

うんうん。この王様はほんとにカッコいいというか、心憎いというか(笑)
ソンジュンもユニもラッキーだったなと思いますわ。フツーのバカ王だったら
間違いなくその場で手打ちになって、このドラマは終了~ってなってただろうと
思うと……(笑)

あまる #- | URL
2012/05/05 23:55 | edit

ぐっさんじゃなくて

この場面の王様、さいっこーーーにカッコイイ!と思います。
ああーす・て・き(馬鹿)
このシーンだけは、某国営放送のイ・ソジンさんにはできない!と絶叫しながら身もだえてます(爆)

にしても、イ・ソンジュン君子、王様だけじゃなくてユニちゃんまでも試したなあ!
颯爽とたすけやがってよぉ~(あ、す、すいません、少々壊れてます)

ちびた #D4zl0nFc | URL
2012/05/05 13:35 | edit

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