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第十五話 4 執心  

bandicam 2013-07-08 15-38-36-732


**************************************



「論語の時間でーす」

斎直のポクトンが、小さな身体を懸命に伸ばして、始業の鐘を鳴らしている。
写本を抱え、明倫堂に向かっていたユニは、その姿に目を留め、思わず微笑んだ。

少し前までは、チョンドンの背中に乗らないとあの鐘の紐に手が届かなかったのに、いつの間にか一人で仕事をこなせるようになったようだ。
子供の成長の早さを実感すると同時に、少なくとも彼の背丈が伸びるくらいの時間が、確実にここで流れていたのだと改めて思い知らされる。

視線を移すと、その先に百日紅の木があった。大射礼のとき、あの木の下でソンジュンと並んで書を読みながら、しなる枝を引いて筋力をつけた。疲れて、彼の肩を借りて居眠りもした。
あの時、枝いっぱいに桃色の雲が湧いたように咲いていた花も、今はすっかり落ちてしまっている。

ユニが入るとき、何気なくソンジュンが押さえてくれていた明倫堂の扉。
いつも座っていた、真ん中あたりの席。
ここでソンジュンと過ごした時間が、あまりにも多すぎた。何を見ても彼を思い出してしまう。

一人、窓際の席に腰を下ろして論語の写本を広げたユニの耳に、ドヒョンたちの話す声が聞こえてきた。
もう儒生たちの間にも知れ渡っているようだ。「イ・ソンジュンが成均館を辞めた?」と騒いでいる。

「会者定離だ。出会いがあれば別れがあるもの」
「挨拶のひとつもないとは。最後まで礼儀知らずだな」
「結婚して、嫁さんと都を離れて、山奥の書院に入るらしい」

ヘウォンが、溜息混じりに言った。

「あいつとも二度と会うことはないのか……」
「大科に受かって、官職に就かない限りはな」

それもおそらく、中央の、優秀な者だけが就ける官職だ。俺たちにはとても無理だ、とでも言うように、ウタクは頭を振った。
ドヒョンがユニに気付いて、声を掛けてきた。

「おいテムル、ヤツはお前にも何も話さなかったのか?」

ユニは返事をすることさえできずに、席を立ち、明倫堂を出た。

もう二度と会えない。
覚悟していたはずだ。いずれ地方の官職に就いて、弟と入れ替われば、ソンジュンとはもう会う事はない。
その時が少しばかり早くやって来ただけだ。

───だけど。

早足で中庭を突っ切りながら、ユニは唇を噛んだ。視界が、みるみるうちにぼやけてくる。

だけど、こんなのってない。こんなに突然、いなくなるなんて。
ありがとうって言葉も、ごめんって言葉も───さよならさえ、伝えてないのに。

「どうした」

いきなり、腕を掴まれた。俯くユニの顔を覗き込んだのは、ジェシンだった。

「そんなに急いでどこへ行く気だ?」

口を開くと涙が零れてしまいそうで、ユニは黙ったまま頭を下げた。そのままジェシンの手を振り切るように、彼女は伝香門へと向かったのだった。


*   *   *


卓の上には、色とりどりの化粧道具が並んでいた。
ヒョウンは紅筆の先で、器から淡い桜色の紅を掬い取った。父が、お前の肌の色に一番良く映える、と言ってくれた色だ。鏡を覗き込み、はみ出さないように慎重に唇に乗せる。
この日のために新調した真紅のチマを巻きつけ、袖口に蝶の刺繍飾りをあしらった白いチョゴリに、袖のない若草色のペジャを羽織った。
簪を選ぶのに時間がかかったが、結局、亡き母が父に嫁いで来た時につけていたという石飾りのものにした。白い真珠と、赤い珊瑚が艶やかに光って、綺麗だった。

「急がないと、ソンジュン様がお見えになるわ」

そう言いながらも、ヒョウンはできるだけ長くこの時間を味わいたいと思っていた。
愛する人のために美しく装う。それはなんて心躍るひとときなのだろう。鏡の中で微笑む自分は、とても幸せそうだ。

「お綺麗ですよ、お嬢様」

主の気持ちを汲んだように、ポドゥルがそう言った。ヒョウンは鏡を見つめながら、にっこりと微笑った。

「ソンジュン様も、そう思ってくださるかしら」
「もちろんですとも。だからこそ、時期を早めたんですよ」

頷いたヒョウンは、言った。

「私ね、ポドゥル。あの方に相応しい妻になる。精一杯、努力するわ」

それは心からの言葉だった。あの人の妻になれるなら、どんなことだってやってみせる。
今はまだ足りなくても、そうやって努力して、イ・ソンジュンの妻と呼ばれるに相応しい貴婦人になれば、きっとあの人も自分を愛してくれる───。

彼女はそう信じて疑わなかった。



*   *   *


兵曹判書の屋敷へと向かうソンジュンの足取りは、酷く重かった。
いつもは彼の後を小走りについてくるスンドルが、今日は両手に荷物を抱えているにも拘わらず、ソンジュンの先を歩き、時折立ち止まって振り返っては、彼が追いついてくるのを待っている。
結納の品を積んだ荷車は、とうに着いているだろう。スンドルの気遣わしげな表情がソンジュンを急かすが、彼は立ち止まらずに前に進むだけで精一杯だった。

だがたとえ亀の歩みでも、そうやって前に進んでいればいつかは辿り着く。兵曹判書宅の前まできたソンジュンは、ますます沈み込む気持ちを抱えたまま、陰鬱な目でその門を見上げた。

そのときふと彼は、視界の端に見慣れた影を捕らえ、そちらに目を遣った。が、道を歩いているのは行商人と、頭に荷を乗せた中年の女だけだった。気のせいかと思い、足を踏み出す。また、ちらりと影が動いた。今度は、じっとこちらを見ているような視線まで感じる。

情けない。この期に及んで、僕はまだこんな幻覚を……。

ぴたりと、彼は足を止めた。
だがもし、そうではなかったら?キム・ユンシクが、僕が成均館を辞めたことを知って、本当にここに来ていたら?

「坊ちゃん?」

スンドルの訝しむ声を背に、彼は来た道とは反対にある、一本の楡の木の方へと足を向けた。

近くへ行くと、木の陰から小豆色の道袍の裾が覗いていた。忘れようもない、あの小さな肩の、後ろ姿も。
そっと振り向いたユンシクは、まさかソンジュンがそこにいるとは思わなかったのだろう。あっと口を開け、びっくり眼でこちらを見た。

「やはり君か。……幻かと思った」

ソンジュンがそう言うと、ユンシクは ははっとぎこちなく笑った。

「すごい、偶然だな。ぼくは、貰冊房で筆写の仕事があってたまたま通りかかったんだ。朝から呼び出されちゃって、まいったよ」
「……貰冊房があるのは、筆洞だ。こことは方向が逆だろう」

指摘すると、彼は小さく息を吐いて自嘲気味に言った。

「やっぱり、こんな嘘はすぐバレちゃうね」

ソンジュンは視線を落とした。彼の顔を見ているのが辛かった。見ると、自分がどれだけ彼に逢いたかったのか、まざまざとわかってしまう。
やっとのことで決意した気持ちがぐらつき、彼と離れていられる自信が持てなくなる。

「昨日の斎会の礼も言ってないし。それに、別れの挨拶くらいはすべきだと思って。最後だって思ったら……もう、会えないと思ったら、どうしても会いたくなって。だから、待ってた」

ソンジュンの心とは裏腹に、ユンシクは殊更に明るい声で続ける。

「友人として、いや、単なる同室生としてでもいい。その他大勢の中の、一人でも構わない。君が、ぼくをどう思ってようが、いいんだ。ぼくが、会いたかった。最後にもう一度だけ、イ・ソンジュンに」

胸を衝かれ、ソンジュンはつい、彼の顔を見てしまった。だがそれがいけなかった。目が合うと、ユンシクはソンジュンにとびきりの笑顔を見せて、言ったのだ。
「気が済んだよ」と。

喉の奥が、見えない何かに締め上げられたように詰まった。息をするのも苦しくて、ソンジュンはまた彼から目を逸らした。

「───今日ここに来たのは間違いだ」

絞り出すようにそう言うと、ユンシクは驚いたように、ソンジュンの方に一歩足を踏み出した。

「どうして?ぼく……また何か君に迷惑をかけた?」
「帰ってくれ」

ソンジュンの中で、彼を形作るもののすべてが悲鳴を上げていた。
これ以上キム・ユンシクと一緒にいたら、自分の心と身体が、引き裂かれる痛みに耐えられそうもなかった。


「もう───会うのはよそう」







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2013/07/08 Mon. 15:52 [edit]

category: 第十五話

thread: 二次創作:小説 - janre: 小説・文学

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コメント

Re: 阿波の局さま

うう~ん、確かにここは最高潮に痛い場面ですよねぇ……(T_T)
ワタクシもソンジュンに憑依してひーひー言ってました(爆)

でもあとちょっとだ、ガンバレ!←ってお前がガンバレや

あまる #- | URL
2013/07/09 04:03 | edit

痛い・・・

子どもの背が延びるだけの時間。
咲き誇っていた花も今は見る陰もなく枝が茂るのみ。
それだけの時間がすでに二人の間で流れていて、その思い出はそこここに残っている。
見るものすべてがソンジュンとの思い出に繋がっていく・・・痛い・・・

>ソンジュンの中で、彼を形作るもののすべてが悲鳴を上げていた。
痛い・・・痛すぎる。

あまるさま。早く二人を何とかして・・・(といわれても困るでしょうが・・・スミマセン)

阿波の局 #3FtyQ0do | URL
2013/07/08 23:19 | edit

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