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第一話 1 貰冊房の少年 

朝鮮最高学府、成均館〈ソンギュンガン〉のお膝元、泮村〈パンチョン〉。
学生街とはいえ、国費で生活する両班〈ヤンバン〉の子弟たちが我が物顔に闊歩するそこは、昼日中から猥雑な活気と喧騒に溢れている。

青いチマを揺らして、酒場の卓子についた妓生の前で やに下がっているのは、濃紺の儒生服の男。
その脇の壁には、「科挙首席合格お任せあれ」という、怪しげな文面の張り紙が見える。

売り物の茶器を熱心に磨いている、派手な清国風の帽子を被った露天商。その傍らを、今、急いた足取りですり抜けていく若者がいた。

年の頃は十九か二十歳といったところか。若者───いや、彼の場合「少年」と言った方がふさわしいかもしれない。
長い睫毛に縁どられた大きな目はまだあどけなさを残し、生き生きとした光を宿している。が、通った鼻筋ときゅっと結んだ唇は、幼さとは無縁の、彼の知性と意志の強さを物語っており、色白の肌と相まって不思議な魅力を醸し出している。

つばの広い笠〈カツ〉と道袍〈トポ〉、という服装は確かに両班のものだが、少年の身にまとうそれは、およそ特権階級の格好とは言い難いものだった。
外出時、彼らが必ず被る笠には、瑠璃や珊瑚といった高価で美しい色の珠を数珠のように繋げ、こめかみのあたりから胸元まで長く垂らす飾りがついているのが常だったが、少年の被る粗末な笠には、そういった装飾は一切見当たらない。
浅葱色の道袍はもちろん、絹ではなく麻だ。おそらく何度も着ては洗い、を繰り返したせいだろう。すっかり色褪せて、そんな色になったと思わせる、微妙な色合いだった。

少年は麻縄で編んだ袋を背中でぴょんぴょん弾ませながら、人ごみの間を器用に掻き分けていく。その先には、彼の商売相手である貸本屋、貰冊房〈セチェクパン〉があった。


「なんだって?まだできてないってのか?」

狭苦しい貸本屋の室内に、ぴりぴりとした声が響き渡る。目当ての本を探していた客が一斉に眉をひそめ、その声の主である儒生を盗み見た。

「頼んでおいた注解本の筆写が仕上がってないとは、どういうことだ!」

みるみるうちに怒気に染まる成均館儒生、イム・ビョンチュンの顔とは対照的に、貰冊房の主人、ファンは涼しい顔だ。

「もうできてますよ」

のんびりと語尾を伸ばしながら、天秤測りをいじっている。ビョンチュンはファンの手元でゆらゆらと揺れていた天秤の皿を乱暴に叩き落すと、怒りを通り越しむしろ悲愴ですらある表情でファンに詰め寄った。

「ならどこにある?!」
「もうこちらに向かってるはずです。今頃は米屋のあたりじゃあないですかね」

蛙の面に何とやらとはこのことだ。ビョンチュンは頭を抱え、部屋を落ち着きなく歩き回った。

「期限までに課題を出さないと次の大科も受けられなくなっちまう…。おいヨリム、お前は平気なのか?何とか言ってくれよ!」

貰冊房の一階は吹き抜けになっており、そこを見下ろす格好で二階が設えられている。階下の一般客に容易に目に触れないよう、二階の奥まった書架に納められている書物は、当然のことながら所謂『春画』の類だ。
だが、その頁を丹念にめくる青年の顔つきは優雅そのもので、窓辺に佇むその姿は、手にしているのが詩集だといった方がむしろ似つかわしくさえある。

彼の名はク・ヨンハ。ヨリムというのは成均館での彼のあだ名だ。
その意味を真に知る者は、口にするのを多少躊躇う名なのだが、本人はこの通り名をいたって気に入っているらしく、自ら吹聴してはばからない。

ヨンハは開いていた本をぱたりと閉じると、階下のビョンチュンに向かい、やんわりと答えた。

「───平気じゃないさ」

白い羽根扇を妓生〈キーセン〉のような仕草で弄びながら、彼はゆっくりと階下に降りてきた。

「おい、ファン。あんまりじゃないか」

見上げるファンの髭面を、すう、と羽根扇で撫でる。

「上衣〈チョゴリ〉の紐を解いたら、下も脱がさないと」

いたぶるように顔に纏わりつく駝鳥の羽根に鼻をくすぐられ、ファンは今にもくしゃみしそうに顔を顰めている。

「こんなところでお預けとは───人が悪いにも程がある」

ファンに開いて見せた本の頁には、いざ事に及ばんとしている男女の、いやらしく絡みあう姿が描かれていた。
ヨンハは長身を屈め、ファンの耳元に口を寄せて囁いた。

「『玉丹春伝』の下巻はどこだ?」
「それも、一緒に届くはずです」

相変わらず飄々とした風情で、ファンが答える。納品が遅れているというのに、この落ち着き払った様子はどうだろう。依頼した写手との間に、余程の強い信頼関係があるらしい。

「来やがったらただじゃおかねぇ」

ビョンチュンがこれ見よがしに拳を握り締めたまさにその時、だった。

「やあ、やっと来ましたね、若様」

戸口に向かい、ファンが明るい声を上げた。つられてそちらを見たヨンハが、おや、と眉を上げる。
てっきり、万年科挙に落ち続けているうらぶれた中年男がやってくるとばかり思っていたら、貰冊房に息せき切って飛び込んできたのは、それとは真逆と言ってもいい、目を見張るほどの紅顔の美少年だったのだ。

虚を衝かれたのはビョンチュンも同じだったらしい。ぽかんと開けていた口を慌てて閉じてから、「あいつ?」とファンに訊ねた。

「2両追加だ」

背負っていた袋を手早く降ろしながら、少年が短く言った。

「先に本をよこせ」

麻縄の袋を奪い取ろうとしたビョンチュンの手を、少年がはっしと掴む。

「こんなに急がされたんだ。2両上乗せしろ。でなきゃ割が合わない」
「がめついガキめ」
「取引は信用第一だって、わかる年にはなってるさ」

怒り心頭のビョンチュンとは裏腹に、ヨンハは面白そうに口の端を上げ、少年を見ている。

「わかった。わかったから、早く出せ」

ビョンチュンにしてみれば背に腹は変えられぬ、といったところだろう。交渉は成立し、少年は機敏な動作で袋から本を取り出し始めた。

「さぁて、では脱がすとするかな」

お待ちかねの赤い表紙を目ざとく見つけたヨンハが、おもむろに本を取り上げ、ぱらぱらと頁をめくる。その背後で、ビョンチュンが焦った声を上げた。

「おい、俺の注解本がないぞ。どこへやった?!」

振り返ったヨンハが見たのは、ビョンチュンに胸ぐらを掴まれ、口元を歪めている少年の顔だった。

「この詐欺師!弁償しろ!首席合格の夢を返せ!」
「ちょっとちょっと、まあまあ」

貰冊房の主人は流石に、こういった場面には慣れている。すかさず二人の間に割って入り、興奮のあまり耳まで真っ赤になっているビョンチュンをなだめた。

「喧嘩なんかやめて、解決策を探しましょうよ」

素知らぬ風でまた手元の本に目を落としながら、ヨンハが静かに言った。

「仕方ないさ。無理に急がせたこっちが悪い」
「二刻だけくれ」

乱れた襟元を直しながら、少年がきっぱりと言った。

「こいつっ…! ふざけやがって!」

少年の言葉にビョンチュンはますますいきり立って、わめいた。

「成均館で講義も受けてないやつが、たった二刻で何が書けるっていうんだ!」

少年はビョンチュンを無視してさっさと机の前の椅子に腰掛けると、散らばった本を片付け、慣れた手つきで筆筒から筆を取り出した。書写用の本を広げ、硯の墨を細筆に含ませる。
白い紙に向かい、ふっと息をついてから、彼は一気に筆を走らせ始めた。




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2011/07/19 Tue. 03:06 [edit]

category: 第一話

thread: 二次創作:小説 - janre: 小説・文学

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コメント

Re:阿波の局さま

はじめまして~。ご訪問ありがとうございます。
お越しいただけて嬉しいです(^^)

> ドラマは、4日で見てしまい、今2週目に入ったところです。
> 原作も2日で読んでしまいました。(重症です。)

お正月からどっぷりソンス漬けだったわけデスね!
きっと今年は良い年になるに違いありません(笑)
そうそう、原作は面白いんです。面白いんだけどそれはそれというか。
ドラマとは世界観を同じくする、全く違うお話だと思って私は読んでます。

二次小説とはっきり呼べるものはまだちょこっとしか置いてないんですが、楽しんでいただけると嬉しいです(^^)
こちらこそ今後ともよろしくお願いしますね♪


あまる #- | URL
2013/01/19 00:30 | edit

いいものみーつけた!

あまるさん、初めまして。
阿波の局と申します。

「『トキメキ☆成均館スキャンダル』に夢中。」からリンクをたどってこちらに参りました。よろしくお願いします。

今年に入ってから、見るつもりのなかった「成均館」をたまたま見てしまい、たちまちはまって、ついで(?)にユチョンファンになってしまいました。

ドラマは、4日で見てしまい、今2週目に入ったところです。
原作も2日で読んでしまいました。(重症です。)

原作も面白かったのですが、やはり翻訳物なのでどうもしっくり来ないところもある。
なので、こちらが2次小説のサイトだと分かったときは、まさにお宝発見v-237という気持ちでした。

まだ、第1話の1しか読んでいませんが、あまるさんの文章、とても好きです。これから、いっぱい楽しませていただきます。
よろしくお願いします。

阿波の局 #bo5zNM.6 | URL
2013/01/18 13:59 | edit

Re:ちびたさま

> 特に、衣装や小物の説明は難しい!の一言につきます。
> くどくど説明すれば伝わるというものではないし・・・

ですね~(^^ゞ意外と人知れず苦労する部分です。
ウチのブックマーク、韓国の衣装とかアクセ系のサイト専用フォルダがあったりして(笑)

1両って、日本の時代劇だと小判のイメージがあるんで、なんか高そうな気もしますが、
アチラは清の貨幣価値と同じらしいので、ちょっと違うかもですね。
あと時間の単位とかも、江戸とは似てるよーで違う……(^^ゞ
時代考証とかされるとかなりアヤシイかも~(笑)

あまる #- | URL
2012/04/30 20:57 | edit

あまるさま

セリフとセリフの行間の描写がほんとうまいですねえ。。
画面で追いかけると簡単なのですが、文章にすると登場人物の動きや雰囲気が台無しになる事があるのですが、ほんと違和感ないです。

特に、衣装や小物の説明は難しい!の一言につきます。
くどくど説明すれば伝わるというものではないし・・・

ところで、この時代の1両っていくらくらいなんでしょうね??
成均館の学生とはいえ、いきなり3両もふんだくられるというのは大丈夫なんでしょうかね??

ちびた #D4zl0nFc | URL
2012/04/30 12:56 | edit

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