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第十三話 10 罠 

bandicam 2013-03-25 00-25-08-137
***************************************


同じ頃、薬房に戻った博士チョン・ヤギョンは、緊張の面持ちで深く頭〈こうべ〉を垂れていた。

杖打大会の勝利に沸き返る西軍の儒生たちを、丕闡堂の隅でにこやかに眺めている王の姿を見たときは流石の彼も肝を潰した。

お付きの者は僅かに二人、しかも王本人はいつもより一層質素な道袍に身を包んでいたので、まさかそこに王がいるなどとは、うっかりするとヤギョンですら気づかなかったかもしれない。

「お出ましになるとは、存じませんでした」

低頭したままのヤギョンに、王は「事前に知らせては、お忍びではなくなるだろう」と、少し悪戯っぽくさえ見える笑みを浮かべたが、それも一瞬だった。王はすぐに表情を厳しくすると、言った。

「成均館に来ることを、奴らに知られたくなかったのでな」

“奴ら”───老論の二柱であるイ・ジョンムとハ・ウギュは、既に帰宅した後である。であれば、彼等との鉢合わせを避けるため、王はそのやんごとない身分にも拘わらず成均館の裏門である伝香門から入ったのだろう。
人目につかなかったわけだと納得したヤギョンに、王は袂から取り出した一枚の紙を渡した。それが紅壁書の残した壁書であることは、紙の色を見れば明白だったが、そこに記された内容は、全く彼の予想し得ないものだった。

「これは、紅壁書が今夜雲従街に現れるという予告状……?」

「見え透いた罠だ」と、王は即座に断じた。

「金縢之詞の真実が暴かれぬよう、紅壁書を捕らえようとする策略だろう」

ヤギョンは深く息を吐いた。彼等にとって邪魔な存在だとはいえ、たかだか一人の闘士相手にここまでするのか。

「紅壁書は成均館の学生だと、余は思う。何としても、その者を守らねばならないのだ、チョン博士」

瞠目したヤギョンに、王はどこか苦しげに続けた。

「今晩、紅壁書を雲従街に行かせてはならぬ。兵曹判書の罠にかかれば、この不甲斐ない王には助ける手立てがない」

陛下、とヤギョンは掠れた声を漏らした。紅壁書への、ひいては金縢之詞に対する王の並々ならぬ思いを今更ながら垣間見た気がした。
それを裏付けるように、王は強い眼差しで告げた。

「可能ならば、紅壁書を連れてくるのだ。その者なら、金縢之詞の在りかを知っているはずだ」


*   *   *


「今夜だ。今夜、奴は必ず雲従街に現れる」

兵曹判書ハ・ウギュは、息子インスを前に独り言のように呟いた。
脇息に肘を預け、ゆっくりと顎髭を撫でているウギュの脳裏には、官軍に捕らえられる紅壁書の姿がはっきりと思い描かれているに違いなかった。

「ですが紅壁書は、頭の切れる奴です。危険な罠だと気づかれるのでは?」
「たとえ雲従街で捕えることはできなくとも、奴の身体に致命傷を与えることはできよう。その後は、お前に任せる」

なるほど、身体に隠しきれぬほどの傷を負えば、それが紅壁書であることの紛れも無い証拠となるわけだ。
掌議である自分の権限をもってすれば、手負いの儒生を見つけることなど造作も無いだろう。
花の四人衆などと呼ばわって大きな顔をしていられるのも今のうちだ、と、インスはほくそ笑んだ。
だが彼には一つ、気になることがあった。
父が手足のように使い、略奪と殺戮を繰り返している偽の紅壁書だ。
実際にやりあった官軍兵の話では、その剣には躊躇も容赦もまるでなく、人じゃないものを相手にしているようだったという。
父がいったいいつ、何処でそんな“道具”を手に入れていたのか、インスは興味を惹かれた。

「父上、偽の紅壁書は誰です?」

ウギュはもったいぶるかのように片頬を上げた。

「信頼のおける者だ。───この上なくな」


*   *   *


その日の夕刻。飯粒のついた箸で手にした朝報をつつきながら、ドヒョンはさも感心したような声を上げた。

「紅壁書ってのは、まったく大した野郎だよ。官軍を相手に、宣戦布告したわけだろ?『俺様を捕まえられるもんなら、やってみろ』ってさ」

隣のヘウォンが、顔をしかめる。

「けどこいつは、盗賊で放火犯で、おまけに殺人鬼だ」
「そうとも!今晩捕まってもらわねば困る。奴が成均館の学生だなんて噂は、俺達の恥だ、恥!」

気炎を上げたウタクは頬張っていた粥をぶふっと吹いた。脇腹にいきなり、ジェシンの鋭い肘鉄を食らったのだ。

「口を閉じろ。唾が飛ぶ」

ウタクは途端に小さくなって、それきり音もたてずにせかせかと匙を口に運び始めた。
ジェシンは隣に座るユンシクにちらと視線を投げて、言った。

「……お前も、そう思うか?紅壁書が民を殺して、盗みを働いていると」

ごくんと粥を飲み下して、ユンシクは言った。

「成均館の学生なのは確かだと思います。紅壁書が壁書に残した文章は、どれも名文でしたから」

そうか、とジェシンは口元を緩めた。だがその表情はすぐに、ユンシクが継いだ言葉に固まった。

「でも、きっとバカです」
「え?」
「せっかくの名文も、漢字で書いたらハングルしか読めない民や女子供にはわかりません。いったい誰のために真実を明かすつもりでいるんだろ。そんな頭で、どうやって世の中を変える気なんだか」

ジェシンは、時が止まったかのようにぽかんと口を開けてユンシクを見た。視線に気付いたユンシクが、「はい?」と眉を上げる。
突然、ジェシンが爆発するかのように笑い出した。
食堂にいた儒生たちは皆一様にぎょっとして、箸を運ぶ手を止めた。彼等の記憶にある限り、泮宮の暴れ馬がそんな風に声を上げて笑う姿など、見たことがなかったからだ。

「確かにそうだ。紅壁書ってのは、バカな奴だよな」

何がそこまで可笑しいのか、ジェシンは目の端に涙まで滲ませながら笑っている。
天変地異を目の当たりにしたような儒生たちの中、ソンジュンは一人、席を立った。食事の大半はまだ残っていたが、とても喉を通る気がしなかった。

努めて無視しようとしても、ユンシクとジェシンの仲の良さはこの成均館にいる限り嫌でも目に入ってしまう。
ソンジュンはそのたびに、己の未熟さを思い知らされるのだ。
ユンシクへの想いはきっぱりと断ち切ったはずなのに、荒れ狂う嫉妬心に耐え切れず、こうして逃げ出すことしかできない。自身の情けなさに、ほとほと嫌気が差す。

ソンジュンは目の前の書架から、『経国大典』を抜き取った。この時刻の尊経閣には、流石にまだ誰もいない。
この無音の空間で、書物に埋没しているときだけが、今の彼にとって唯一心穏やかに過ごせる時間だった。

「食欲もなく、本の世界に閉じこもる……結婚を控えた男っていうより、失恋した男の行動だな、これは」

いきなり、背後から静寂を破る声が聞こえ、ソンジュンは振り返った。と、すぐ傍の書架の間からヨンハの顔が覗いていた。彼がぱらぱらとめくっているのは『論語』の第一巻だったが、読んでいるというより単に弄んでいるだけだということは傍目にも明らかだった。

「芙蓉花から聞いたよ。以前お前との件で、ちょっと世話してやったことがあったから」

ぱたりと本を閉じると、ヨンハはソンジュンの近くまで来て、黙ったままの彼の顔を覗き込んだ。

「どうした?もしかして嫉妬してるのか?」
「先輩」

諌めようとするソンジュンの気配を察してか、ヨンハは軽く手を上げて、言った。

「あーわかってるわかってる。『まさか、この士大夫〈ソンビ〉中の士大夫たるイ・ソンジュンが嫉妬なんてするはずがない』って?けどな、愛する人に他に心を寄せる奴がいたら、たとえ孔子といえど嫉妬や憤りを感じて苦しむんじゃないか?それが人間ってやつだ」

見当はずれなようでいて、人の心を見透かすようなことを言う。けれどどっちにしろソンジュンには不愉快だった。
踵を返した彼の背に、ヨンハは言った。

「そんな風に自分を偽るのは、お前らしいことか?」

振り返ると、ヨンハは眉を上げ、いつもの軽い調子で言った。

「ちょっと、気になってね」

ソンジュンは押し黙ったまま、ヨンハから目を逸らした。
彼の問いに何も答えることのできぬ自分が、ただ腹立たしかった。




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2013/03/25 Mon. 00:28 [edit]

category: 第十三話

thread: 二次創作:小説 - janre: 小説・文学

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コメント

Re: ともさま

原作のヨンハはナゾがほんと多いんですよ~。
奥さんとの関係も未だ不可解。この奥様もどーもかなりワケありな感じなんですが。
コロはコロで光源氏と紫の上的な夫婦関係築きそうだし←これはこれで萌え(笑)
奎章閣の後もまだまだ続きそうな感じはしますね~(^^)

あまる #- | URL
2013/03/29 01:14 | edit

原作 読み終わりました

実家に帰省していて、この機会を逃したらまた読書に時間が取れそうにない!!と慌てて読んでしまいました。

ヨンハの話がチラリとあったのですが、“本気で好きになった頃には他の人の妻になっていた。”とか、スピンオフドラマが出来そうなエピソード。。。
つらい恋愛体験の末、本気で愛する事が怖くなってしまったのでしょうか??

それはまた別の話。。。的なところが幾つかあって。
詳しく知りたいです。
勝手に妄想しろってことですよね〜(笑)

とも #- | URL
2013/03/28 07:50 | edit

Re: ともさま

ソンジュンの愛情表現がお説教なら、ヨンハの愛情表現は悪ふざけと嫌がらせ……。
救いようのない困ったさんです(^^ゞ

ヨンハはものすごく冷めてるところがあるから、ユニのことは好きでも、自分とはどこか異質の人として捉えてるような気がしてなりません。だから女として踏み込むことがなかったのかな、とか。
女好きではあっても、絶対に女に熱くはならない。というか、なれない。だからソンジュンやジェシンのことを羨ましいとか思ってるフシが~なんて、かなり妄想入ってマスが(笑)

あまる #- | URL
2013/03/28 01:26 | edit

更新お疲れ様です!

私もヨンハの言動には、いろいろ考えさせられました。

悪ふざけし過ぎても最終的には友の為、友を思っているのはわかりますけどね。

ソンジュンやコロがユニに惹かれなかったら確実にヨンハはユニを好きになっていたのでは?
恋より友情が優先だから、ユニに恋しなかったのかなって勝手に思っています。

普段チャラいけど、時々 真剣な顔していい事言われるとギャップにやられますね〜
一人になってから、最後にニヤッと(フッと)笑うところとかもヨンハ!って感じで好きなんですよね〜

とも #- | URL
2013/03/26 07:42 | edit

Re: あらちゃんさま

ヨンハはいろいろ引っ掻き回しはしますが、友情には厚い男だとワタクシは思ってマス(^^)
そのへんが巧いこと書けるかどうかはまた別の話ですけども……(^^ゞ

あまる #- | URL
2013/03/26 06:53 | edit

コロが笑った顔がとってもいい!

大好きな回です。更新ありがとうございました。

>「そんな風に自分を偽るのは、お前らしいことか?」

ずっと考えています。ヨンハはどうしたかったのでしょう?

コロやソンジュンをけしかけてただおもしろがっているだけとも思えない、不思議な言動。
ユニは女だと確実に知っているヨンハの言動で物語が転がっていく感じがしていましたが、ヨンハが実はどうしたいと思っていたか、今ひとつ謎でした。あまる様の解釈に期待しております。

あらちゃん #- | URL
2013/03/26 01:07 | edit

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