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第十一話 8 策略 

bandicam 2012-10-25 01-05-28-286
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大成殿の片隅。他の多くの位牌の中にひっそりと紛れるように、父、キム・スンホンの名はあった。

自分たち家族を残し、早逝した父を恨んだこともあった。だがユニは今ほど、父と話をしたいと思ったことはなかった。
父が、この成均館で何を思い、どんな理想を描き、何をしようとしていたのか。
今なら、訊きたいことが山ほどある。父が生きていた頃、幼すぎた自分が歯がゆかった。

父の名の横に、碑文として記された『捨生取義』の文字。ユニはそこに、そっと手を触れてみた。

生を捨て義を取る───。
教えてください、お父様。あなたが命をかけて守ろうとした義とは、何ですか。どんな世の中を、あなたは夢見ていたのですか。そしてあなたがここにいたことを、何故今になって、私は知ることになったのですか───?


同じ頃、ソンジュンもまた、北村の自宅で己の父と向きあっていた。

「辛亥通共は、父上が後押しされたと聞きました。……感謝します」

父、イ・ジョンムは鉢植えの蘭の葉を一枚一枚、水に浸した布で丁寧に拭いながら、「いい心構えだ」と言った。
今はまだ薄緑の葉が数本生えているだけだが、厳しい冬のさなかに楚々とした花を咲かせるこの草花を、父は愛してやまない。
地中から細く真っ直ぐに伸びる葉が、切っ先鋭い倭刀を思わせる。その凛とした立ち姿は、確かに父が好みそうなものではあるが、この趣味を自分が理解するには流石にまだ修養が必要だと、ソンジュンはいつも思う。

「民の暮らしが良くなるのを喜び、感謝するのは両班として当然だ。この父も、それに従っただけだ」

ソンジュンは小さく微笑み、言った。

「それよりも、今までのように父上の背中を見ていればいいとわかったので……。生意気を言うようですが、僕は嬉しかったのです」

葉を撫でていた父の手が、ぴたりと止まった。
布を水桶に浸し、固く絞る。水音が、静かな部屋に響いた。

「……お前の結婚を、早めることにした」

唐突とも思える言葉に、ソンジュンは狼狽えた。

「父上、あのお嬢さんと僕は、何も」
「男を煩わせる娘には見えなかった。女房にするには、それで充分だ」

そう言ったきり、父はまた蘭の葉を拭い始めた。
自分は何か、気に障るようなことを言ったのだろうか。
ソンジュンはただ戸惑いながら、父の頑なな横顔を見つめていた。


*   *   *


貰冊房の店主、ファンは大弱りだった。店の上得意である兵曹判書の令嬢、ハ・ヒョウンが、また例によって無理難題を言い出したためだ。

「ない?ないの?ほんとに?」

血走った目で詰め寄るヒョウンにげんなりしながら、ファンは棚から次々と本を引っ張り出す。

「これと、これと、これも!全部その類の本だと言ったじゃないですか。ウチにあるのはこれだけ!無い袖を振れと言われても困ります」
「だから!これじゃ役に立たないって言ってるでしょ!」

傍らで聞いていたポドゥルが見かねて、間に割り込んできた。

「お嬢様!本なんかで、男女の何が学べるっていうんです。男と女は、ぐわっと掴んで───」
「ぬおっ?!」

ポドゥルが、ファンの襟首を掴む。店主の痩せた身体は、下女ポドゥルのたくましい腕で呆気無く床の上に転がされた。

「即、押し倒す!これです!」
「ちょ、ちょっとあなた、いきなり何すんですか!」

ファンは腰を押さえて立ち上がりながら、目を白黒させている。
ヒョウンは苛々と地団駄を踏んだ。

「もう!それじゃ逆なの!私は、ソンジュン様を私に夢中にさせる方法が知りたいのよ。わかんないの?!」

途端に、ファンがにんまりと笑った。「それならそうと、早く言ってくださいよ」と、何処に隠し持っていたのか、赤い表紙の本をすっと差し出す。

「“初夜のコツ・これであなたもファン・ジニ”?」

ぱらぱらと中をめくったヒョウンは、とある頁ではっと息を呑み、慌てて本を閉じた。とそれを、横から伸びてきた手がひょいと取り上げる。

「在庫処分も大概にしろよ。こんな大昔の本を、よく勧められたもんだ。ったく、お前も人が悪いな」

言いながら、ファンの肩に腕を回し、手にした本で軽く小突いたのは、ク・ヨンハである。
突然現れた謎の男に、ヒョウンは眉尻をキリキリと釣り上げた。

「あんた、何なの?」

ヨンハはにっこり笑うと、ヒョウンの顎を指先で摘まんで、囁くように言った。

「わかってないな。そんなガツガツ迫っちゃあ、イ・ソンジュンは逃げ出すに決まってる」

ま、私は彼とは違うけどね、と、彼女の上衣の結び紐〈オッコルム〉を、意味有りげにすうっと指の間に通した。

「誘われれば、遠慮はしない」

小説の中でしか男女を知らないヒョウンには、ヨンハのそんな仕草や眼つきは刺激が強すぎた。たちまち頬を上気させて、うわずった声をあげる。

「じ、じゃあ、他に、何か方法が?」

広げた扇子の陰から、ヒョウンにちらりと視線を投げ、ヨンハは言った。

「それを教えたら……乗ってみる気はある?」

瞳を輝かせ、ヒョウンはこくこくと頷いた。


それから数刻もたたぬうちに、彼らの姿は雲従街の市場通りにあった。
花や果物、色とりどりの提灯。ヒョウンは、賑わう街なかを泳ぐように歩いて行くヨンハの後を必死でついていきながら、彼が指示するものを次々と買い漁った。

「本当に必要なの?こんなもの……」
「恋愛に必要なのは緊張感だ」

訝しげなヒョウンを振り返り、ヨンハは自分の胸に手をあてた。

「ここのドキドキ。それが、恋って勘違いを生む」
「勘違い?」

そう、と至極当然のように言って、彼は袂から一枚の地図を取り出した。

「イ・ソンジュンみたいな堅物は、とりあえず見知らぬ場所に連れていくのが手っ取り早い。自分自身をさらけ出せるようにね。で、ここだ」
「漢江〈ハンガン〉?」
「にある、無人島」

地図を大きく横切る川の、中ほどにある小さな島を扇子の先で示して、ヨンハは言った。

「雰囲気に弱いのは男も同じ。その場の空気に酔うのは、酒に酔うより恐ろしい。島についたら、まずは足止めだ。これが運命かもと、嫌でも思う」
「運命……」

ヒョウンはうっとりと呟いた。焦点を失くしたその目の前でひらひらと手を振り、「聞いてる?」とヨンハが尋ねる。

「イ・ソンジュンは何があっても、あんたと二人きりでは会わない。こっちは四人で行くから、そっちも合わせてくれ」
「じゃあ、どうやって二人きりに?」
「それはちゃあんと考えてある。明日、酉の刻に、麻浦〈マポ〉の渡し場だ」

酉の刻、麻浦の渡し場、と口の中で繰り返して、ヒョウンは頷いた。じゃ、と踵を返そうとしたヨンハの衣の袖を、彼女の手が はっしと掴む。

「ここまで来といて何だけど、やっぱり身元は確かめとかないと」

くすっと笑って、ヨンハは笠のつばに手をやり、言った。

「自己紹介しろってこと?知ってるよ。あんたはハ・インスの妹、ハ・ヒョウン」
「……あんたは?」
「私はク・ヨンハだ」

すかさずヒョウンの耳元に唇を寄せ、艶っぽい声で囁く。

「あだ名はヨリム」

はっと息を吸い込み、ヒョウンはヨンハから離れた。

「ヨ……女林〈ヨリム〉?」
「どうしたの?余裕の余に臨むと書いて余臨〈ヨリム〉だ。何かおかしい?」

ヒョウンの顔が、みるみる真っ赤に染まる。ヨンハは悪戯っぽく笑うと、また彼女の耳元で意地悪く尋ねた。

「いったい何を想像したのかな?お嬢さん」

むっとした表情のまま、彼女はぷいと背中を向けた。髪に垂らした赤い細布〈テンギ〉をひらひらさせながら、大股で歩いて行く。その後ろを、下女のポドゥルが慌てて追いかけた。

「さてと。後はどうやってカランの奴を言いくるめるかだな」

ヨンハは思いのほか首尾良く行ったことに満足して、にんまりと口の端を上げた。






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2012/10/25 Thu. 01:30 [edit]

category: 第十一話

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