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第十一話 7 面影 

bandicam 2012-10-18 17-07-20-608
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昌慶宮〈チャンギョングン〉奥にある崇文堂〈スンムンダン〉は、王が臣下と国政を論じる場所として、成均館の儒生たちの間でもしばしば話題に上る。
前王英祖はかつて、優秀な儒生たちを頻繁にここに呼んでは、酒宴を催して激励していたという。
崇文堂に招かれることは、王に国の頭脳として認められ、将来の地位の確約を得たも同然と言われていた。

実際に足を踏み入れたその朱塗りの建物は、ユニが想像していたものより幾分小ぢんまりとしていて、意外なほど簡素なつくりになっていた。
短い回廊は、彼ら四人を迎える内侍〈ネシ〉や尚宮〈サングン〉たちが両側にずらりと並ぶと余計狭く見えたし、ここに来るまでに通った弘化門や明政門の方が、王宮と呼ぶに相応しい見事な装飾が屋根や柱の至る所に施され、余程豪奢だった。

小さな内階段を登ると、扉近くに控えていたチョン博士と領議政チェ・ジェゴンが、彼らを無言で迎えた。
ユニはふと、それまでの緊張が和らぎ、不思議と落ち着いている自分に気づいた。
理由は、王の部屋に入ったときにわかった。
そこには、障子窓がある一角を除く壁のほぼ一面に書棚が設えられ、溢れるほどの書物が整然と収められていた。

ユニは瞼を伏せ、深く息を吸い込んだ。
尊経閣や明倫堂にも、濃く染み付いた墨の匂いはある。だがこの部屋に漂うそれには、微かな煙草の匂いが混じっており、そのせいで、成均館では決して感じたことのない独特の香りを作り出していた。

ユニにとってこの香りは、朧げではあるが父の記憶に直結するものだった。

部屋の中央には大きな衝立があり、雲間に飛翔する無数の龍が彫り込まれていた。障子窓から差し込む陽の光が、衝立のくり抜かれた部分を通して、いくつもの龍の影を玉座の上に落としている。

王は、龍が舞う玉座の脇に立ち、思いに耽るように空〈くう〉を見つめていたが、ユニら四人が頭を垂れたまま御前に進み出ると、にこやかに声を掛けた。

「余は、そなたらの出した宿題を上手くやり遂げられただろうか」
「恐れ入ります、陛下」

四人が声を揃えて低頭すると、王は深く頷き、言った。

「禁乱廛権の廃止は、余の宿願でもあった。そなたたちの力添えのお陰だ」

傍らに立つチェ・ジェゴンが、内侍に目配せする。四人の前に一つずつ、絹の包みが配られた。

「余の気持ちだ」

王に目で促され、ヨンハが包みを開く。中から出てきたのは、彼が奪還に執念を燃やしていた、紫禁城の模型だった。

「陛下……何故これを」
「今回は、雲従街出身のそなたが大活躍したそうだな」

王の言葉に、ヨンハは感極まった様子で、ようやく我が手に戻ってきた紫禁城を撫でた。
王が、隣のジェシンに視線を移す。包みを解いたジェシンが見たのは、折り畳まれた半紙だった。古いものらしく、端の方が黄ばんでしまっている。広げると、見覚えのある力強い文字が几帳面にきっちりと並んでいた。
その末尾に記された名に、ジェシンの目が大きく見開かれる。

「成均館の掌議であった、ムン・ヨンシンの小科の試券〈シグォン〉だ」
「これが……私の、兄の試券なのですか?」

微かに震える声で、ジェシンが尋ねた。王が頷く。

「稀な名文ゆえ、手元に置いていたのだが───やっと、本来の主に出会えたようだな」

ジェシンは唇を噛み締め、試券に目を落とした。

何も残っていないと思っていた。兄が死んだ後、彼が書き残したものは事件に巻き込まれるのを恐れた父が、すべて焼き捨ててしまっていたからだ。
だがそこに、未だくっきりと色あせることなく記された墨文字からは、書き手の息遣いまで感じることができた。

王が、ソンジュンの前に立った。彼が包みから取り出したそれは、小さな携帯用の羅針盤だった。

「一つだけ訊こう。此度の件で、父親を僅かなりとも疑ったか?」

ソンジュンは黙っている。彼の苦悩を知っているユニには、ソンジュンが今どんな表情をしているか、見なくてもわかった。

「回回〈フェフェ〉国にこんな言葉がある。“針が動いている限り、その羅針盤が誤ることはない”。物事を柔軟に捉え、家族のみならず自分自身をも警戒せよ。今の心掛けを忘れるでないぞ」

※回回国……現在のイスラム圏
ソンジュンは沈黙したまま、王の前に深く頭を垂れた。

ユニに渡された包みは、三人に比べると幾分大きかった。逸る気持ちを抑えながら取り出してみる。
それは、四角い木の箱に、ぴっちりと隙間なく詰められた木片───七巧〈チルギョ〉だった。

ユニは不思議な面持ちで、飴色の艶を放つ木肌をそっと撫でた。誰かが長く愛用していたのか、新しいものにはない温もりが、指先に確かに伝わってきた。

「それは、そなたの父の遺品だ。この部屋で余を待つ間、いつも手にしていた。新しい問題を思いついた、と言って余に解かせるときの楽しげな顔を、今でも思い出す。そなたは───父によく似ているな」

思いがけない言葉に、ユニはぱっと顔を上げて王を見た。

「私の父を、ご存知なのですか?」
「成均館博士、キム・スンホンは、余の旧友であり、最も大切な臣下であった」

初めて聞く事実だった。ユニは思わず訊き返した。

「私の父が、成均館の博士だったのですか?」
「知らなかったのか?」
「私は、父が、学問好きの本の虫だったと聞いて育ちました。しかし運悪く、賊に命を奪われたと」

王は絶句した。どこか厳しくも見える表情で、ユニを見つめる。

かつて、父は確かにここにいた。この部屋に入った時、漂う香りとともに感じた父の気配は、決して偶然やユニの空想などではなかったのだ。
目元がじんと熱くなるのを堪えながら、ユニは低頭した。

「陛下、恐れながらひとつだけ、お伺いしてもよろしいでしょうか」
「申してみよ」

王の、温かく静かな声に励まされ、ユニは尋ねた。

「私は本当に───父に、似ていますか」

その瞳の中に父の姿が映っている気がして、ユニはじっと王を見つめた。が、許しなく尊顔を拝することは臣下として礼を失する。ユニは はっとして、不躾な振る舞いを詫びた。

「申し訳ございません。私は、父の顔すらよく覚えていないのです」

王は微笑んだ。穏やかではあるが、その微笑みには、見ているこちらが辛くなるような痛みがあった。

「善良そうな目元も、しっかりとした口元も───余の、頑固な友に実に良く似ている」

淡い記憶の中だけだった父の存在を、王の視線の先に確かに感じる。
いつの間にか、ユニの頬に熱いものが流れていた。堪えようとしても、それは溢れて、止まらなかった。





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2012/10/18 Thu. 17:21 [edit]

category: 第十一話

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