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第十話 12 旬頭殿講 

bandicam 2012-09-08 02-35-50-342

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白い紙の上を、墨を含んだ筆先が滑っていく。すると、さっきまで何もなかった空間に、一羽の鳥が現れる。
鳥が飛翔するのは、竹林だ。墨の濃淡のみで描かれているにもかかわらず、父の描く絵の中にソンジュンはその濃い緑を見る。霞にけぶる空気の温度や、湿った下草の匂いを感じる。

「珍しいこともあるものだ。生真面目なお前が、学則を破って訪ねてくるとは」

筆を休めることなく、父は言った。

「伺いたいことがあります、父上」

向い合って座るソンジュンは、静かにそう切り出した。

「君子にとっての大事は、信念を貫くことであり、その妨げになるなら家族をも捨てるのが、真の君子であると───父上は僕に、そうおっしゃいました。今もそれは、変わりませんか」

父は画紙に向かっていた顔を上げ、息子を見た。

「父上をお手本に、僕も懸命に努力してきました」
「それは光栄だ」

微笑む父の表情は穏やかだ。ソンジュンは膝の上に揃えた両手を、きつく握り締めた。

「これからもずっと、父上を見習って生きてもいいですか」

すがるような思いで、ソンジュンは父の顔を見つめた。

僕は貴方の教えに従うのです、父上。
たとえ家族に背を向けることになっても、己の信念を貫けと言った貴方の教えに。
キム・ユンシクは、僕が彼とは違う選択をしたとしても、僕を信じると言ってくれました。
貴方も、僕がどんな選択をしても、息子である僕を信じてくれますか───。

父は筆を置くと、言った。

「無駄足だったな。お前は私の息子だ。今までただの一度も、お前は私を失望させたことはない。この先も、それは変わることはないと、私は信じて疑わない」

父の手が再び筆を取り、画紙の上を滑り始める。
ソンジュンは幾重にも重なり合う竹の、その鋭い葉の先を、ただじっと見つめていた。


*   *   *


文机の上にどっかりと足を乗せ、ウンジュが言った。

「孝行息子は、端で見てる分にはいいけど、夫としては最悪よ」

仰向けに寝転んだその顔には、蜂蜜で溶いた緑豆粉がこれでもかというくらいに塗りたくられ、てらてら光っている。

「孝行息子で有名なあのイ・ソンジュンが、清に留学すると思う?」

その隣で、ミンジが頬に擦りつけているのは栗皮の粉だ。二人とも、顔中にぶ厚く塗られた漢方薬のせいで、元の人相も判然としない。
ポドゥルが、ヒョウンの額に輪切りにした胡瓜を乗せながら、訳知り顔に言った。

「男が女より両親を大事にするのは、その女にも問題があるんじゃありませんか?」

瞼を閉じ、されるがままになっていたヒョウンが、かっと目を見開いた。

「ちょっと、聞き捨てならないことを言うわね、ポドゥル」
「あ、いえ……。だから、こういうのは、男だけの問題じゃないってことですよ」

ヒョウンが、むくりと起き上がった。その拍子に、頬に乗せていた胡瓜がぱらぱらと落ちる。
残る二枚の胡瓜を額に貼りつかせたまま、彼女は酷く真剣な表情で、言った。

「決めたわ。私、ソンジュン様を一発でモノにする!」
「どうやって?」

三人の女たちが、一斉にヒョウンを覗き込んだ。途端に、ヒョウンはとろけそうな顔でうっとりと呟いた。

「ソンジュン様と、一晩一緒に過ごすの……」

また随分と大胆なことを、と三人は互いの顔を見合わせた。


*   *   *


その晩、東斎を出ていったきり帰ってこないソンジュンを待って、ユニは中二房で眠れぬ夜を過ごしていた。
ジェシンも、何故だか姿が見えない。
一人で眠るには広すぎる寝床の真ん中で、一人ぽつんと膝を抱えていると、どうしようもない心細さが胸に迫ってくる。

弓場でのソンジュンは、始め、ユニと目を合わせようとしなかった。彼女はそれが、酷く気になっていた。
そんなことは、これまで決して無かったことだった。

ソンジュンを信じると言った。その言葉は、嘘ではなかった。
どういう結果になったとしても、彼を責めたりはしない。ユニはそう、心に決めていた。
きっとそれは、彼が考えに考えて、一番良いと思って出した答えに違いないから。
それに、そもそもイ・ソンジュンという人がいなければ、自分はここにこうしていることはなかったのだ。
今回の件で、この成均館を出ることになったからといって、どうして彼を責めることなどできるだろう。

悲壮ですらあった弓場でのソンジュンの表情〈かお〉を、ユニはまた思い返した。

『僕は父のために、君とは違う選択をするかもしれない。君を───失望させるかもしれない』

失望なんてしないよ、イ・ソンジュン。
ただきみに、会えなくなるのが辛いだけだ。

ユニは抱えた膝に顎を埋めた。睡魔は、一向に訪れる気配は無かった。


*   *   *


旬頭殿講開始を知らせる鉦が、まだ朝靄の残る成均館に鳴り響いた。
結局、ソンジュンは中二房へは戻ってこなかった。重い足取りで明倫堂へと向かっていたユニは、門の近くでヨンハの姿を見つけ、弾かれたように駆け出した。

「先輩!イ・ソンジュンを見ませんでしたか」
「あいつ見てないか?泮村の!」

ユニと、反対側から来たジェシンにいっぺんに訊かれ、ヨンハは目をぱちくりさせながら「いいや」と答えた。
肩を落とし、溜息をついたユニの背中をぽんと叩き、明倫堂へと歩いて行く。そのヨンハの背中を見送るジェシンの顔には、苦々しい焦りの色が浮かんでいる。
ユニは覚悟を決め、明倫堂へと足を踏み出した。





「───キム・ユンシクに尋ねる」

日月五峯図を背にした王正祖の声が、自分の名を告げた。その瞬間、ユニは全身を強張らせた。
講堂に集う儒生や博士たちの視線が、一斉に自分に集中するのがわかる。
ユニは大きく息を吸い込み、立ち上がった。

「成均館の物品を盗み、売り払った真犯人は見つかったか?」

この事件の真犯人を、自分たちは見つけた。だがそれを示せる証拠はここにはない。
返事を待つ王の、深く静かな視線にむしろ耐え切れず、ユニは口を開いた。

「真犯人は、捜せませ……」
「ヤツは来ます、必ず!」

言いかけたユニを遮り、ジェシンが立ち上がった。

「捜し出せたのか」
「少し、時間を下さい。真犯人は、必ず自白しに来ます」
「恐れながら申し上げます、陛下」

そう言っておもむろに立ち上がったのは、インスだった。

「旬頭殿講の期限は昨日まで。まだ捜し出せていないのなら、それは旬頭殿講での不可を意味します」

ジェシンが、凄まじい表情でインスを睨みつける。
彼の右手は、血の気を失うほど固く握り締められていた。恐らくは王の前でなければ、確実に血を見ることになっていただろう。
王はひとつ頷くと、言った。

「確かに掌議の言うとおりだ。庠儒キム・ユンシクは、期限までに犯人を捜し出せなかった。そうだな?」

ユニは俯いた。唇が震えるのを懸命に堪え、言った。

「申し訳ありません、陛下」

そのときだった。王とは別の声が、明倫堂に響き渡った。

「真犯人はここにいます」

ユニは顔を上げた。敷石を踏み、開け放たれた扉から姿を現したのはソンジュンだった。
その右手には、ソン・ヨンテの蔵から持ち出したあの帳簿があった。
いつもと変わらず、儒巾をきっちりと被り、襟元ひとつ乱さず王の前に立った彼は、深く一礼すると、言った。

「盗難事件の真犯人は、この───帳簿の中にいます」





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2012/09/08 Sat. 02:45 [edit]

category: 第十話

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