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第一話 9 女の価値 

薄紅色、茄子紺、萌黄色。反物屋の店先に、色とりどりの薄布が幾重にも垂れ下がっている。
 そのひとつが風になびいて、ソンジュンの視界を覆った。瞬時に世界が極彩色に染まり、軽い目眩にも似た感覚を覚える。自分が今どこにいるのかすら、わからなくなりそうだ。

 ぼんやりと透けて見える通りの人混みも、雑踏の音も、こうしていると妙に現実感がない。昔、字の読めないスンドルに読み聞かせた物語の中に、異界に迷いこむ男の話があったが、ちょうどそんな感じだ。

 薄衣一枚隔てたその向こうには、無限に広がる常世の国があって、たった一人、そこに迷いこんでしまった自分。こちらからはそれまでいた世界がちゃんと見えていて、人々の語らう声も聞こえるのに、呼べど叫べど、彼の声は届かない。彼は確かにそこにいるのに、誰一人、気付く者はいないのだ。

 言いようのない不安にかられ、ソンジュンはどこまでも続く色彩の海を手で掻いた。と、黄蘗色の薄衣の向こうにようやく、人影らしきものが見えた。
 そっと布を上げて伺うと、赤い被衣(スゲチマ)を頭からすっぽりと被った娘が、横を向いて佇んでいた。
思わず、娘の肩のあたりを掴み、こちらを向かせる。被衣の奥から、黒い瞳がソンジュンを見上げた。
そこに宿る強い光に何故か惹き込まれ、被衣に手をかける。瞬間、ソンジュンの頬に、鋭い平手打ちが飛んだ。

「殿方が両班の娘を冷やかすとは、なんて無礼な!」

 街の雑踏が、ソンジュンの耳に戻ってきた。じんとする頬の痛みに、彼はこれが紛れもない現実の世界であることを知った。

「も、申し訳ない。とんだ失礼を…」

 娘はくるりと背を向け、立ち去った。被衣の中で、彼女がぺろりと舌を出して笑っていたことなど、その時のソンジュンはもちろん、知る由もない。
 彼はその場に立ち尽くしたまま、快子に残された文字に目を落とし、溜め息をついた。


* * *


普賢峰の麓、昌徳宮西の前庭にある弓場。次に射る矢を選びながら、時の王、正祖はさも愉快そうな笑い声を上げた。

「ははは、イ・ソンジュンか。父親の思惑に息子は嵌らぬと見える。面白い。実に面白いぞ」

傍らには官服姿のチョン・ヤギョンが、王とは対照的に気遣わしげな表情で控えている。

「しかしながら陛下、彼は老論の党首の息子にございます」
「…老論の息子か」

 正祖は弓を構える手をふと下ろし、ヤギョンに向き直った。

「そなたを左遷した連中の息子だから、もっと警戒すべきだと───そう言いたいのか?」
「恐れ多いことにございます」

ヤギョンが面を伏せると、王はまた的に向かい、矢を引き絞る。

「だからこそ、気に入ったのだ」

王の手から放たれた矢が、ひゅっ、と風を切って飛ぶ。矢は、獅子の顔が描かれた的の中心に、見事に突き刺さった。


* * *

 男装を解いたユニが家に戻ると、またしても自宅の庭先には人だかりができていた。
いったい今度は何事だろう。重苦しい気持ちで庭先に入ったユニは、そこに、色鮮やかな反物と、米俵、真新しい絹の布団や敷物の類が山と積まれているのを見た。

「兵曹判書からだってよ」
「娘が売られるらしい」
「気の毒にねぇ」

ひそひそと囁き交わす人々の声をまるで他人事のように聞きながら、だが、ユニは悟った。
来るべきときが来たのだと。

「これでよかったんだよ」

ユンシクが寝入った後、薄暗がりの中ユニと向かい合って座った母が、まるで自分に言い聞かせるように、ぽつりと言った。

「兵曹判書に嫁げば一生、食べるものには困らない」
「でもお母様、ユンシクの具合もだいぶ落ち着いたし、借金は私が何とか…」
「お前の何とかっていうのは、こういうことなの?」

母が文机の抽斗から取り出したのは、巨擘に使った答案用紙と、ユンシクの身分証である号牌(ホベ)だった。
ユニの表情が凍りつく。

「科挙の試験場で見つけたと、役人が持ってきたんだよ。ユニ、お前は自分が、どれほどの大罪を犯したかわかってるのかい?弟の号牌を使って、女の身で科挙を受けるなんて…。いいかい?男女には守るべき別があり、道理がある。死罪になったって、文句はいえなかったんだよ」

 母の言葉を聞きながら、ユニは、膝の上でチマを握りしめる自分の両手を、じっと見つめていた。
どうして自分の手は、こんなに小さいんだろう。大事な家族も、自分自身すらも、こんな小さな手では守ることができなくて当然だ。どうして自分は、女なんかに生まれてきたんだろう。
生き方も、結婚も、何一つ自分では決められない。ただ流されるままに生きて、死んでいくだけ。いったい何のために?
家門の繁栄のため、優秀な子を産み育てるのが女の仕事であり価値であるというなら、子供を産めない女はどうなる?生まれてきた意味も、生きる価値もないというの?
ならどうして天は女に、考える頭を与えたの?喜びに弾み、傷ついて涙を流す心を与えたの?

様々な思いがユニの胸を交錯したが、ただのひとつも口にすることはできなかった。消え入るような声で言えたのは、たった一言。

「ごめんなさい、お母様…」

 母は深い溜め息をつき、言った。

「罪に問われるべきなのは、お前の母であるこの私だよ。歳若い娘が借金を返すと豪語したとき…いや、ユンシクになりすまして薬代を稼ぎ始めたとき、なんとしてもお前を止めるべきだった」

ユニはようやく顔を上げた。今まで何度、母のこういう顔を見てきただろう。
母はいつも、悔やんでばかりだ。ユンシクを病弱な身体に産んだこと、自分たち姉弟を、父親のない子供にしたこと、娘を、性別を偽って働かせていること。
母に責任があったわけではない。いくら後悔したって、どうにもならないことなのに。

「ユンシクを助けたいばかりに、もう一人の子供を犠牲にするところだった。これ以上はだめだよ、ユニ。これからは女として生きなさい。男に守られて生きる、そういう女になりなさい」

ユニは首を振り、すがるように母を見た。

「お母様、お願い。もう二度と、二度とこんなことはしないわ。借金は筆写の仕事をもっと頑張って、それで」
「まだわからないの?この朝鮮で、学問で食べていける女は妓生だけ。ユニ、お前にとって学問は毒にしかならないんだよ」

 唇を噛んだ。いくら堪えようとしても、視界はどんどんぼやけていく。想いが溢れ出す前に、ユニは母の部屋を出た。
 一人残された母は、洗濯したばかりのユニの衣にそっと手を触れた。すべて男物だ。夫が生前大事に着ていたものを、ユニの寸法に合わせ、縫い直したものだ。
 色褪せ、いい加減くたびれてしまっているその衣に、母はわななく口元を押し当て、声を殺して泣いた。






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2011/07/25 Mon. 21:20 [edit]

category: 第一話

thread: 二次創作:小説 - janre: 小説・文学

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コメント

Re: 阿波の局さま

当時はユニみたいに女の生き方に疑問を抱くことすら許されないことだったんでしょうね(T_T)
ただ、この回を書いたときはそうと意識してなかったんですが、入清斎んとこで、ユニママもきっとユニやユニパパの気持ちをよくわかっていながら、母親としてああ言うしかなかったんだろうと思い至って、また涙(T_T)
子供の才能を潰したくないと思うのも親なら、いばらの道を歩ませたくないと思うのもまた親ですもの。

あまる #- | URL
2013/01/29 01:23 | edit

>生き方も、結婚も、何一つ自分では決められない。ただ流されるままに生きて、死んでいくだけ。いったい何のために?

このあたり、ドラマを見ていてとても心が痛かったです。
男に守られて、女として生きろという母と、人間らしく生きたいというユニ。
なまじ考える力もあり、本も読んでいるから考えないではいられない。

私も、(ユニほど優秀ではありませんでしたが)女らしい料理とか裁縫とか(家庭科)よりも数学や歴史が好きな子どもでしたから、ユニの気持ちはとても分かります。

自分の生きるよりどころの学問を、母親に「毒でしかない」と否定されるということがどれほどつらかったでしょう。

阿波の局 #bo5zNM.6 | URL
2013/01/28 20:17 | edit

Re: あまるさま

> この方、どっかで見たことあるなーとずっと考えていたら『ファンジニ』に出てた、ジニのお母様と一緒にいた楽士様でした。

ああ~!!!そーだったのね!「ファン・ジニ」は見てたけど、でもってぐっさん、もとい(笑)王様が
出てたらしい、っていうのもどっかで聞いたんだけど、どの役だったっけ~?ってずっと気になってたので、
やっとスッキリしました。(笑)
あの、盲目のジニのお母さんに密かに想いを寄せてたちょっとストイックな楽士さんですよね?
ああ~何故にあんな萌え設定だったのにすっかり記憶から抜け落ちてたのか……(爆)
もっかい見直そうかな。

インス役の人は確か、もう一人お姉ちゃんがいるみたいなことどっかで言ってましたよー。
やっぱ目がよく似てますよね(^^)
美形3姉弟……うーん、ウラヤマスィ。

あまる #- | URL
2012/05/03 00:06 | edit

あまるさま

王様おでましになりましたね。
この方、どっかで見たことあるなーとずっと考えていたら『ファンジニ』に出てた、ジニのお母様と一緒にいた楽士様でした。
何気なく、ぐっさんにも似てますが・・・それはおいといて。

今回、あちこちで見てた韓ドラ時代劇出演者が結構出てて、思わず『あ、出世してる』だの『あらー、左遷されちゃったのねー』とかどーでもいい事考えながら見てました。

ファンジニといえば、ハ・ジウォン様
掌議ハ・インスの実姉ですね。

姉弟そろって美形、こんな綺麗な子どもが2人もいたらおかーさん鼻高々でしょうて。

ちびた #D4zl0nFc | URL
2012/05/02 18:30 | edit

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