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第七話 8 祝宴 

雲従街の酒房。儒生たちが陣取る席には、“祝 大射礼優勝”の文字が大きく掲げられている。
あらかた酒が行き渡ったのを確かめ、席に着いたヨンハがまず口火を切った。

「さあ、今夜はとことん飲むぞ!」
「乾杯!」

酒が溢れる勢いで、盃を打ち交わす。その場にいる者は皆、上機嫌だった。誰も勝てるはずがないと思っていたあの掌議組を、中二組が打ち負かしたのだ。しかも最後に掌議本人に引導を渡し、劇的な勝利を呼び込んだのは、他でもないテムル。ロクに弓も握れなかった初心者である。こんな痛快な話はなかった。

「注目!」

この祝勝会の特別主催者であるヨンハが、これまた特別に用意させたらしい酒を捧げ持ち、言った。

「諸君、これは大射礼で見事に優勝を収めた中二房を祝う席だ。今夜は我らが英雄、中二組を祝う気持ちの分だけ飲んでくれ!いいな!」

儒生たちから、一斉に「無論だ!」「まかしとけ!」と声が上がる。

「おい、イ・ソンジュン。今夜は最後まで付き合えよ」

ヘウォンがソンジュンの盃に酒を注ぎながら言った。それからも次から次へと、ソンジュンに酒をつぎにくる者は後を断たない。それというのも、今夜の主役であるはずの中二組でこの席にいるのは彼一人だったからだ。ユンシクは怪我をした手の治療で遅れ、ジェシンは元からこんな集まりに来るような性格ではない。結果、彼等の分までソンジュンが祝いの酒を受ける羽目になっているわけである。
だが今夜のソンジュンは余裕の表情だ。その理由は、卓子の下に彼が密かに用意しておいた瓶にあった。
ソンジュンの盃に注がれる酒はすべて、彼の胃袋の代わりに足元の瓶に流し込まれた。これなら、この間のような失態を犯す心配はない。
そう、もうあんな失態は二度と───

はた、と盃を持つソンジュンの手が止まった。さっきまで足元にあったはずの瓶が忽然と消えている。
と、目の前にどん、とその瓶が置かれた。

「まったく、こっそり隠しておくとは。お前、どんだけ酒好きなんだ?ん?」

ちちち、と芝居っけたっぷりに舌を鳴らしてそう言ったのはヨンハである。

「さ、飲め。酒はたっぷりある。どんどん飲め」

瓶ごと差し出すヨンハの目は、いかにも楽しげに笑っている。今夜は一滴も飲んでいないというのに、もう目眩がしてきた。
とそのときだった。

部屋の扉がすっと開き、赤いチマの裾がこぼれ出てくるのが見えた。見上げるとそこには、恥じらうようなヒョウンの横顔があった。
どうやら居場所を教えたのはスンドルらしい。半歩遅れて、丸い顔がソンジュンを見て笑った。

「……お約束を、守ってくださったのですね」

ヒョウンがそう言うと、儒生たちから、冷やかすような声が上がった。ソンジュンは席を立ち、ヒョウンと向かい合った。

「成均館に行かなくても逢えるように、私を訪ねてきてくださったのでしょう?」

───はっ?

ソンジュンはうろたえた。そんなつもりは全くもって無い。だが正直にそう言ってしまえば、女人に恥をかかせることになる。彼は返事の代わりに、小さく咳払いをした。
ヒョウンは、袂から小さな布袋を取り出すと、ソンジュンに差し出した。

「ソンジュン様が、大射礼の練習に励んでおられる間、私も何かして差し上げたいと……。一針一針、貴方様の勝利を祈って縫いました。出来は良くありませんが、どうか私の気持ちを汲んで、お受け取りください」

ひゅーっ、と周囲から声が上がった。躊躇っていると、手拍子と共に「受け取れ、受け取れ」と儒生たちが声を合わせる。ソンジュンは仕方なく、差し出された袋を受け取った。青い絹の袋からは、色鮮やかな布を縫い合わせた、男物の帯が出てきた。

「私にはとてももったいなくて、いただけません」

ソンジュンの言葉に、ヒョウンの顔が硬直する。と、横からヨンハが さっと帯を取り上げた。

「おやぁ?これは実に素晴らしい腕前だ。何年待ってもなかなか手に入らない、かの有名なキム・オップン先生の春季限定版───」

石のように固まっていたヒョウンの顔が、今度は血の気を失う。

「───にそっくりだ。まさに瓜二つ」

ヒョウンは一瞬、鋭い目でヨンハを睨みつけたが、すぐに取り繕うように にっこりと笑った。

「ど、努力はしたんです、ソンジュン様……」

別にどっちでも良かった。ソンジュンはただ、このいたたまれない場の空気から一刻も早く逃げ出したいだけだった。

「それにしても、テムルの奴は何やってんだ?随分遅いな」

帯をぞんざいに首に巻きつけながら、ヨンハが言った。ソンジュンも全く同じ事を考えていた。


丁度その頃、ユニは、実は酒房の前まで来ていた。だが中には入らず、何やらブツブツ呟いている。

「───どう、伝えたらいいかな。でも、これだけは言っておきたくて」

ユニの相手をしているのは、店先に置いてある灯籠だ。酔っぱらいの小便の臭いが立ち昇るそれに向かって、ユニはとびきりの笑顔を見せた。

「今日は、ありがとう。全部君のお陰だ。ずっと忘れない」

ダメだ、とユニは首を振った。何だか真面目過ぎる。もっとさらっと、軽く言った方がいいかもしれない。男同士なんだから。

「今日の勝利は、ワン殿のお陰だよ!ほんとにありがとう」

ソンジュンの肩の高さは、大体このあたり。ぽんぽん、と叩いたりしながら。

───よし!

ひとつ、深呼吸をして、ユニはようやく酒房の門をくぐったのだった。


店の中に入ると、それはすぐに聞こえてきた。手を打ちながら、「カラン、カラン」と声を揃えてソンジュンの名を連呼する儒生たちの声だ。まさかまた大量の酒でも飲まされているのではと、ユニは慌てて奥の座敷を覗いた。
そこで目に飛び込んできた光景に、彼女は凍りついた。
赤いチマの女が、ソンジュンにぴったりと身体を寄せ、彼を抱きしめていたのだ。

頭が真っ白になった。何が起きているのか、すぐには理解できなかった。

「おおテムル、こっちだ!遅かったじゃないか」

座敷の入り口に立ったまま呆然としているユニの腕を、ドヒョンが引っ張る。ユニはされるがまま、すとんと席に着いた。

「皆待ってたんだぞ、何やってたんだ」
「ああ、うん……」
「さあ、まずは一杯!ぐっと飲め、ぐっと!」

ヘウォンたちの声を上の空で聞きながら、盃を受け取る。儒生たちの「カラン、カラン」の大合唱はまだ止まない。
女が、ソンジュンにくっついていた身体を少し離した。目の大きな、くっきりとした顔立ち。それが芙蓉花だということはすぐにわかった。
ユニは、盃に溢れるほど注がれた酒を、一気に喉に流し込んだ。
まるで水を飲んだように味は無いのに、胸だけが焼け付くようにヒリヒリした。

とても座っていられずに、ユニは席を立った。


*   *   *

「結べました、ソンジュン様」

ソンジュンの背中に回していた腕を解いて、ヒョウンが微笑んだ。だが彼女はすぐにその眉をひそめた。見上げたソンジュンは、ヒョウンの存在などまるで忘れてしまったかのように、あらぬ方向を見ている。

「あの……ソンジュン様?」
「申し訳ない。後で」

ヒョウンの方を見もせずに短くそう言うと、彼は さっと身を翻し、座敷を出て行ってしまった。

「……やっぱり、手縫いだなんて嘘ついたのがいけなかったのかしら」

唇を尖らせて、ヒョウンが呟く。その傍らで、ポドゥルとスンドルが揃って深く頷いていた。




**********************************************************
あまるですどうもこんにちわ。

愛用のウォークマンが全く反応しなくなりました。そしてチャリがパンクしました。
会社の健康診断の結果が来て、体重がここ半年で7キロも減ってたのはまあいいとして、血尿反応が出てました(爆)

……これは何かの呪いですか?(T_T)


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2012/04/06 Fri. 01:52 [edit]

category: 第七話

thread: 二次創作:小説 - janre: 小説・文学

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第七話 9 澱 

酒房の門を出ると、それまで聞こえていたざわめきが途端に小さくなった。すると逆に、惨めな気持ちは大きくなる。門のすぐ脇に、女物の小物を売っている店があった。並べられた鏡に、自分が映っている。
そこにいるのは、男だ。化粧っけのない、着飾ってもいない、どこから見たって男。
ふっ、とユニは自嘲気味に笑った。当たり前だ。自ら選んで、こんな格好をしているのだから。それをどうして今更、惨めに思う必要がある?
成均館に残ると決めた。男として。そのために、弓の練習だって死にもの狂いでやった。
なのにどうして、ソンジュンに女として見てもらえないことを、悲しむ必要がある───?

隣の鏡に、もうひとつ、顔が映り込んだ。怜悧な頬に、涼やかな瞳。たった今、ユニが思い描いた顔だ。鏡の中の彼は、じっと何かを見つめている。振り向くと、ソンジュンの視線とぶつかった。

「どうして出てきたんだ?」

咄嗟には言葉が出てこなくて、ユニは黙っていた。ソンジュンはごく自然に、包帯の巻かれたユニの右手を取った。

「手は、大丈夫か?」

ソンジュンの手のぬくもりが、優しく響く低い声が、今はただ憎らしかった。あんな場面を見た後では。
ユニはソンジュンの手を振り払った。

「関係ないだろ」

口をついて出てきたのは、そんな刺々しい言葉だった。ソンジュンの目が、不意をつかれたように僅かに見開かれる。
店の中から、ソンジュンを呼ぶドヒョンたちの大声が聞こえてきた。

「呼んでる。早く戻れよ」

素っ気なく言って、ユニは踵を返した。
ソンジュンは追ってはこない。自分のこんな態度に呆れたのかもしれない。
数歩も行かないうちに、ぽつぽつと雨まで降り始めた。最悪だ。
通りの両側に立ち並ぶ商店の女将たちが、店先に出していた売り物を慌ててしまい込んでいる。雨足は次第に酷くなり、ユニの笠や道袍をぐっしょりと濡らしたが、成均館へと戻る彼女の足どりは重いままだった。

「心配するフリなんかして。何が佳郎〈カラン〉だよ。人の気も知らないで、ニヤけちゃって」

ありがとうって、みんな君のお陰だって、感謝の言葉を伝えたかったのに、そんな気持ちは何処かへ吹き飛んでしまった。
代わりに、それまで感じたこともなかったモヤモヤとしたものが、時間が経つにつれ、胸の奥の方に澱のように沈み込んでいくのがわかる。
ソンジュンなんて嫌いだ。芙蓉花も。でも、こんな雨の中で一人、いじけている自分自身はもっと嫌いだ。

とそのとき、物陰から「おい」と声を掛けてきた男がいた。ビョンチュンだ。
随分酔っているらしく、目が座っている。こっちへ近づいてくる足元もおぼつかない。

「たいしたもんだ。貧乏人はほんとにしぶといよな。とてもかなわねぇよ」

ろれつの回らない舌でそう言って、ビョンチュンはへらへらと笑った。

「よく我慢できたもんだな。硝子の欠片が指に食い込んだってのに。そうか、そこまでして出世したいか」

無視して先を急ごうとしていたユニの足が、ぴたりと止まる。

「……先輩の仕業ですか」

静かにそう言うと、ビョンチュンは悪びれるどころか、ユニを挑発するように覗き込んだ。

「ああ。やったのは俺だ。それがどうした。文句あるか!」

どん、と肩を突かれ、ユニはぬかるんだ土の上に尻もちをついた。

「この……卑怯者!」

立ち上がりざま、握り締めた拳で思い切りビョンチュンの横っ面を殴りつけた。激しい怒りで、感覚がなくなっていたのかもしれない。鈍い音がしたが、痛みは少しも感じなかった。

「殴ったな?」

ゆらゆらと上体を揺らして、ビョンチュンが笑った。痛みを感じないのは向こうも同じらしかった。ただこちらは、酒のせいだというのは明らかだったが。
ビョンチュンは鼻の下を手で拭うと、途端に表情を変えた。

「……血だ。血が出てる。こいつ!ぶっ殺してやる!」

叫ぶなり、ビョンチュンがユニの肩を掴んだ。

「お前は負けた。ぼくにじゃない。その卑怯な、自分自身に負けたんだ!」
「なんだとぉ……生意気言いやがって!こっちはただでさえ惨めだってのに!」

ビョンチュンの拳が、ユニの頬に飛んだ。一瞬、気が遠くなる。はずみで倒れたユニはすかさず、覆い被さってきたビョンチュンの腹を蹴り飛ばした。ぐえっ、とくぐもった声を上げて、ビョンチュンが転がる。
その上に馬乗りになり、更に二発、三発と殴りつけた。

「よせ!もうやめろって!」

いきなり、横から突き飛ばされた。二人の間に割って入ったのはコボンだった。

「また鼻血が……あの野郎っ!」
「もうやめろよ!じき点呼だぞ!反省室に入りたいのか?」
「鼻血が、鼻血が出たんだぞ!両方から!」

降りしきる雨と鼻血で顔がぐちゃぐちゃになっているので涙も何もわからないが、ビョンチュンは明らかに泣いていた。

「離せコボン!俺は悔しいんだ、滅茶苦茶悔しいんだよ!油断してたら殴られたんだ、あいつが……あいつのせいで!」
「いいかげんにしろよ!」

ユニは叫んだ。見るに耐えなかった。折角男に生まれていながら、こんな有様とは。情けなくて、こっちが泣けてくる。

「そんな、しみったれた生き方するな!男だろ?もっとカッコ良く生きたらどうなんだ!」

ひい、とコボンまでもが子供みたいに泣き出した。ユニは雨に打たれながら、深い溜息をついた。
殴られた頬と、殴った右手が、今頃になってズキズキと痛みだした。


*   *   *

雨は、ユニが東斎に着く頃には止んでいた。井戸端で泥だらけの顔を洗い、ついでに道袍にこびりついた泥も着たまま擦り落とす。いっそ全部脱いで身体を洗い、服も洗濯したかったが、そろそろ点呼の時間だ。外に出ていた儒生たちもちらほらと戻り始めている。流石にそれは憚られた。

どうしてこうなってしまうのだろう。本当なら、今夜は最高の気分で眠れるはずだった。大射礼での勝利を皆で喜び合って、美味しいお酒を呑んで。なのに今自分は一人で井戸端の暗がりにいて、泥まみれの服と格闘している。

ユニの脳裏にまた、酒房で見たソンジュンと芙蓉花の姿が浮かんだ。どうしようもなく悲しくて、泣きたくなった。
すると、傍らに置いていた桶の中に、ざーっ、と水が注ぎ込まれた。

「これで足りる?」

そう言ってユニを覗き込んだのは、ヨンハだった。

「……先輩」
「ひどいザマだな。泥だらけじゃないか。一体何やったんだ?」

殴り合いの喧嘩です、とも言えず、ユニは曖昧に笑った。

「しょうがないな。ほら、脱げ」
「えっ……?」
「背中を流してやるよ。さあ」

ヨンハの手がユニの胸元に伸びる。ぎょっとして、両手で襟元を掻き合わせた。

「けけけ、結構です!」
「男同士じゃないか。恥ずかしがることないだろう?ほら、水をたっぷりかけてやるから。さっぱりするぞ」

冗談じゃない。ユニは身を引き、必死で抵抗した。

「だっ、ダメですっ!」

ヨンハは にっ、と笑うと、ユニの耳元にぐっと顔を近づけた。

「……なんで?」
「いや、その……それは」
「話してみなって。遠慮しないで。ん?」

至近距離で囁くヨンハの声は、甘い上に酷く危険だ。気を抜くと、うっかり何もかも白状してしまいそうになる。
男慣れしているはずの数多の妓生たちが、彼の魔手に囚われる理由を垣間見た気がするユニだった。

「き、傷跡!傷跡が、あって。すごく、大きな」
「傷跡?」

咄嗟に思いついたのだが、とりあえず今はそれで胡麻化すしかない。

「そんなの気にしないよ」
「いえっ、ぼくが、気にするんです!人に見られるのは、嫌なので」

ふーん、とヨンハは鼻を鳴らした。

「そっか。なら、仕方ないな」

ようやく離れて立ち上がったヨンハに、ユニはほっと胸を撫で下ろす。
井戸の縁をとんとん、と指で軽く叩きながら、彼は言った。

「じゃあ……気の毒なお前のために、秘密の場所を教えてあげるよ。そこなら、その傷跡を誰にも見られずに済む」
「秘密の場所?」

訊き返すと、ヨンハの口元がいかにも楽しそうに にんまりと上がった。


*   *   *

ユニは、火のついた蝋燭をそっと目の高さまで上げてみた。その動きにつられ、棚に下がった幾筋もの蜘蛛の巣がゆらりと揺れる。
秘密の場所、というのはどうやら嘘ではないようだった。もう随分長いこと手入れもされず、放置されて埃を被った祭器や、いつの、誰のものとも知れぬ古い位牌が棚の上に所狭しと並んでいる。

『昔、ここの学生に捨てられた女が、自ら命を断ったと言われてる場所だ。出るって、もっぱらの噂でね』
『出るって……何がですか』
『幽霊だよ。女の幽霊』

つい先刻の、井戸端でのヨンハとの会話を思い出し、ユニはぶるっと身を震わせたが、今の彼女にとって恐ろしいのは、幽霊よりもむしろ生きている人間の方だった。
少なくとも幽霊は、ここでユニの秘密を知ったからといって吹聴して回ったりはしないだろう。
ここに誰も近寄らせないのなら、むしろありがたい存在だ。

ユニは棚の上の祭器を避けて場所を作ると、そこに蝋燭を置いた。用心深くあたりを伺いながら、道袍を脱ぐ。
部屋の中央には、祭事の際、身を清めるためのものだろう、大きな風呂桶が置いてあった。先程張った湯が、ほかほかと湯気をあげている。
その立ち昇る温かさに顔を近づけると、自然と頬が緩んだ。湯浴みなんていつ以来だろう。ユニは手早く上衣を脱ぎ、頭に巻いた網巾を取った。結った髷がぱらりと解けて、艶やかな髪が白い肩で波打った。
尖っていた気持ちが、髪と一緒にほぐれていく。彼女は一二度頭を振ると、きつく縛ったサラシの結び目を解き始めた。



***********************************************
あまるですどうもこんにちわ。

前回のワタクシのぐちぐちしたコメント(^^ゞにご心配&励ましのお言葉、ありがとうございました。
当初は真剣に呪われてると思いましたが(笑)こういうのって重なるもんなんですね、きっと。
家の家電がいくつも同時に壊れるのと同じで。(え?違う?)

体調の方は全く自覚症状ナッシングですので(それが問題かもですが(^^ゞ)本人はいたって元気です。
今日は仕事お休みだけど外も雨っぽいし、ウチでダラダラすることにします~。
でわまた。




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2012/04/11 Wed. 05:33 [edit]

category: 第七話

thread: 二次創作:小説 - janre: 小説・文学

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第八話 1 享官庁の秘密 

その頃。

───いない。

中二房の扉を開けたソンジュンは、真っ暗な室内に やっぱり、と小さく溜息をついた。
酒房に来た途端、帰ってしまったユンシク。明らかに様子が変だった。
ここへ戻る途中、ビョンチュンと殴り合いの喧嘩をしていたのを見た、と言う者もいた。
にわかには信じられなかったが、あのときのユンシクならあり得ることかもしれない。

弓の練習と、大射礼での優勝を通して、お互い、やっと友と呼べるようになったと思った。上手くは言えないが、ユンシクの勝利が決まったあの瞬間、お互いの間に、何か絆のようなものができた、そんな気がしたのだ。

酒など呑めもしないのに、祝勝会の席にわざわざ行ったのも、ユンシクと今日の勝利を祝いたかったからだ。
なのに、酒房の店先で、ユンシクがソンジュンに向けた目は、また元の───あの雨の中、科挙なんか受けても無駄だと、恵まれた人間に何がわかると突っぱねた、あのときの目と同じだった。

指先の方にまで巻かれていた包帯が痛々しかった。
だが、彼はソンジュンに言った。『関係ない』と。
その言葉に、ソンジュンは少なからず傷ついていた。

何かあったのかもしれない。そう思うと、いてもたってもいられなくなった。
ソンジュンは扉を閉めると、縁側を降り、ユンシクを探し始めた。

一方、こちらはヨンハである。
先程から、自室の中を行ったり来たりしながら、何やらぶつぶつと呟いている。

「……これは別に、女の裸が見たいというスケベ心じゃない。真偽を確かめたいという、学士の探求心だ」

そうとも、と閉じた扇子をぱしんと手に打ちつけ、彼はにたりと笑った。


成均館の北の外れ、享官庁〈ヒャンガンチョン〉。祭祀を執り行う祭官だけが入室を許されているその場所は、ありがちではあるが幽霊が出るという噂のせいもあって、普段から近づく者はほとんどいない。

夜な夜な、隠密活動を続ける紅壁書ことジェシンにとっては、好都合な隠れ家である。
血止めに使える煙草の葉が置いてあるのも、生傷の絶えない彼には有難いところだ。
その晩も、寝る前に包帯を取り替えようと享官庁へやってきたジェシンは、いつもは真っ暗なはずのそこの窓からぼんやりと明かりが漏れているのを見、眉を顰めた。

まさか、昼間の官軍が紅壁書の手掛かりを探すためにまだうろついているのだろうか。
ジェシンは足音をたてないように、そっと軒下まで近づくと、扉の隙間から中を伺った。

祭器の並べられた棚の向こうには湯桶があり、白い湯気が立ち上っている。
ゆらゆらと揺れる蝋燭の明かりの中。

彼はそこに、信じ難いものを見た。

手のひらに湯を受け、幸せそうに微笑んでいるのは、キム・ユンシク。幾筋もの髪が細い肩に濡れて貼りつき、複雑な模様を作っている。いつもとは違う何やら妖艶な雰囲気すら漂わせてはいるが、確かに彼だ。

だがその、薄明かりの中でも輝くばかりに白い肌と、魅惑的な丸みを帯びた胸元を見たとき───
ジェシンは一瞬、自分の頭が確実におかしくなったと思った。

あの矢には、神経を狂わせる毒でも塗ってあったのか。それとも、痛みのせいで幻覚を見ているのか。
ユンシクが、あの、テムルが女?そんな馬鹿な。

この男ばかりの成均館で、あり得ないことだった。いや、あってはならないことだった。
心臓が、早鐘のように打ち始める。自分は、決して見てはいけないものを見てしまったのだ。

扉に掛けていた手が震え、思わずぎゅっと握り締める。
視線を引き剥がし、扉に背中を預けた。それでも足から力が抜け、ずる、と地面にへたり込みそうになった。

「───ヒック」

唐突に出たしゃっくりに、ジェシンは思わず口を塞いだ。
そうか、と彼はやっと理解した。どうしてテムルを前にするとしゃっくりが出るのか不思議でならなかったが、彼が実は女であったのなら、この反応も合点がいく。

なんてこった。

テムルが女。
そしてその秘密を、自分は知ってしまった。おそらくは、まだ誰も知らない秘密を。

未だ力の入らない足をどうにか踏ん張り、ジェシンはよろよろと身体を起こした。
しゃっくりは止まらない。とにかく、ここから離れなければ。
真っ白な頭で考えることができたのは、それだけだった。

「───先輩」

突然、暗がりから声を掛けられ、ジェシンは彼らしくもなく ひっ、と小さく悲鳴を上げた。
そこにいたのは、ソンジュンだった。

「な、なん……何だ?」
「どうして、こんなところに?」
「おっ、お前こそ何してる」

あからさまに動揺しているジェシンを、ソンジュンは訝しげに見つめる。

「ひょっとして、キム・ユンシクを見ませんでしたか」
「キッ……」

心臓が、まさしく口から出てくるのではというほど飛び上がった。

「キム……キム・ユンシク、あいつが、どうした」
「姿が見えないんです」

ジェシンの全身が硬直する。こいつも、明かりのついている享官庁を不審に思って来たのだ。
そのまま行こうとするソンジュンの鼻先で、ジェシンはバンッ、と壁に手をついた。

「ここは享官庁だ。祭官しか入れない場所だぞ。あいつがいるわけないだろ!」
「……いや、それはどうかなぁ」

と言いつつ、物陰からふらりと姿を現したのはヨンハだった。

「な、なんで……」

お前までここに、と言おうとしたジェシンだが、驚きのあまり金魚のようにただ口をぱくぱくさせるだけである。ヨンハは、そんなジェシンを全く意に介さず、続けた。

「享官庁は祭官以外立ち入ることは許されない。もしテムルに、誰にも知られたくない秘密があるとしたら?ここは最高の場所じゃないか。違うか?」

ぽんぽん、と手にした扇子でジェシンの肩を叩き、未だ呆然と立ち尽くす彼の横をすり抜ける。

「ま、百聞は一見にしかずだ。見ればわかる。中にテムルがいるか、それともいないのか───」

そう言って扉に手を掛けようとした瞬間、ジェシンは弾かれたように身を翻し、ヨンハを突き飛ばした。

「よせ!」

扉を背に、必死の形相でそこに立ち塞がる。

「何をそんなに慌ててるんだ?」
「ば、バカ言うな。俺は何も……」

ふふん、と鼻で笑って、ヨンハはすくい上げるようにジェシンを見た。

「泮宮の暴れ馬がどうしたんだ?ブルブル震えて。まるでか弱いロバみたいじゃないか。───もしかして、人に見せたくないものでも隠してるのかな?」
「何のことだ」
「だから、私達には内緒で、一人で見ようって魂胆なのかな、と思ってね。どう思う?カラン」

ソンジュンは、そうなんですか?とでも問いたげにジェシンを見た。当のジェシンは扉の前に立ちはだかったまま、為す術もなくただ身体を強張らせるばかりである。

ヨンハはテムルを疑っている。あいつの秘密をどうにかして暴く気だ。
冗談じゃない。こいつらに、テムルのあんな姿を見られてたまるか。

「何とか言えよ、ん?」

扇子の先にジェシンの顎を乗せ、妙に底光りのする目で彼を見返す。その扇子をはたき落とし、ジェシンは意を決して背後の扉をバンバン、と殴りつけた。

「ここは享官庁なんだよ、享官庁!」

頼むからこの状況に気づいてくれ。中のユンシクに、そう祈るしかなかった。

「こんなとこにあるのは、香炉くらいのもんだ。わかったらとっとと失せろ。早く!」

力まかせに殴りつけた扉の内側で、バキッと嫌な音がした。それに、何かが床に落ちる、硬い音が続く。

げ……。

さーっ、とジェシンの顔から、血の気が引いた。強く叩きすぎたせいで、内側に掛けていた閂が外れたらしい。
僅かだが開いてしまった扉を、背中に隠しながら素早く閉じた。だが、ヨンハがそれを見逃すはずはない。
彼は にい、と片頬を上げて笑った。

「享官庁にあるのは香炉くらいのもんか……なるほど。確かにそうだ。てことは、扉の隙間から漏れてる明かりはきっと、祭礼で使った香炉に、まだ火が残ってたんだな。早く先生に知らせて、成均館の学生全員で、確認した方がいい。うん、そうしよう」
「はっ……?ま、待て、ちょっと待て!」

くるりと踵を返したヨンハを、ジェシンが顔色を変えて引き止める。ヨンハは「ほらね」と勝ち誇ったように言った。

「それより、私一人の方がまだマシだろう?」

こ、の、クソ野郎───!

ヨンハの手でいいように弄ばれているのに気づき、思わず心の中で口汚く罵るジェシンである。
こうなったら力づくで阻止するしかない。ジェシンは、口笛を吹きながら再び享官庁の扉に手を掛けようとしたヨンハの肩をむんずと掴み、そのまま引き倒した。

「でっ……!何すんだ、離せ!」
「うるせぇっ!」

ジェシンの妨害から逃れようとするヨンハを、抑えこむジェシン。二人とも必死である。地面に転がり、組んず解れつの攻防戦が始まった。
そんな先輩二人を、しばし呆然と見下ろしていたソンジュンだったが、ふと首を巡らし、享官庁の扉へと足を向けた。

待て老論!頼むから行くな!

ヨンハに組み敷かれながら、目の端でそれを捉えたジェシンが腕を伸ばし、ソンジュンの足を掴もうとするが、ヨンハに阻まれて届かない。じたばたと虚しく宙を掻く彼の手を他所に、ソンジュンはゆっくりと、その扉を開けた。






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2012/04/19 Thu. 09:45 [edit]

category: 第八話

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第八話 2 享官庁の秘密  

ソンジュンが享官庁の中に足を踏み入れるやいなや、ヨンハとジェシンも雪崩れ込むようにその後に続いた。

室内の明かりは既に落とされており、人の気配はなかった。ヨンハはソンジュンを押しのけ、空の湯桶に顔を突っ込んだり、鍵の掛かった戸棚をガタガタいわせたりと忙しく動き回ったが、どうやら何の収穫もなかったらしい。
怪訝な顔で、首を捻るばかりである。
ほっとしたのはジェシンだ。彼は室内にユンシクの痕跡がないことをひと通り確認すると、途端に余裕の表情でヨンハに訊ねた。

「何か見つけたか?」
「……幸い、火の気はないようですね」

憮然としているヨンハの代わりに、ソンジュンが答えた。
とりあえず危機は脱した。どっと疲れがやってきて、ジェシンは大きく伸びをした。

「気が済んだろ。とっとと戻れ。俺も、たまには就寝の点呼にでも出るかな」

と、一歩足を踏み出したときである。その足元に、ぽた、とひとしずくの水滴が落ちてきた。
ジェシンはぎくりとして、そのまま石のように動けなくなってしまった。


い…いる────!


どっと、全身から冷や汗が吹き出した。二滴、三滴と降ってくるそれは、ジェシンの頭上、つまりは、すぐ横の棚の上から落ちてきているものと思われた。
濡れそぼった髪のまま、息を詰めてそこに身を潜めているユンシクの気配を、はっきりと感じる。

「───待て」

ヨンハが、ゆっくりとこちらに歩み寄ってきた。
まさか気付かれたか、とジェシンは肝を冷やす。

「こんなことってあるか?確かにさっきまで明かりが漏れてたんだ」

どん、と拳で棚を殴りつける。びくっと肩を揺らすユンシクの気配がまともに伝わってきて、ジェシンは内心気が気ではない。

よせ、ヨンハ。なんだっていいからとにかくあっち行け。

必死で念を送っていると、突然、入り口の扉が開け放たれた。

「お前たち、何をしてる!」

そこに立っていたのは、ユ博士だった。背後に、書吏を一人引き連れている。よりによって教授陣の中で一番のうるさ型が今夜の見回り担当であるらしい。

「こんな時刻に、しかも享官庁で何をしてる。答えよ!」
「明かりが見えたので確認を」

答えたのはソンジュンだ。ユ博士が、眉間に皺を寄せる。

「明かり?」

確認するように中を伺う。特に異常がないことを見て取ると、ユ博士は言った。

「理由はなんであれ、神聖な建物に許可なく入るとはけしからん。全員減点5点だ」

ヨンハが「先生~」と情けない声を出したが、博士は「早く外へ出なさい」と取り付く島もない。
彼は大きく息を吐き出すと、腹いせのようにもう一度、ユンシクのいる棚を殴ってから、部屋を出ていった。
助かった、とヨンハとは別の種類の溜息をついたのはジェシンと───
そして恐らくは、棚の上に潜んでいる約一名。


「我らがテムルはまだ帰ってない……か」

東斎に揃って戻ってきたものの、中二房の障子は真っ暗なままだ。

「享官庁でもないなら、一体どこにいったんだ?成均館の中にいて、姿が見えなくなるなんてね……」

縁側に腰を下ろしたヨンハが、含みのある目でジェシンを見上げる。

「おかしいよな?コロ?」

ジェシンはそれには答えず、踏み石の上で無造作に靴を脱いだ。だがソンジュンは縁側には上がらず、踵を返す。

「何処へ行く?」
「捜してきます」
「待て!」

つい、声を上げてしまったジェシンは、ヨンハが薄く笑うのを横目に見てひやりとした。
そうだ。やたらと引き止めるのは不自然すぎる。
何気なく、自然に、いつもの俺らしく……って、一体どんなんだ?
それすらもわからなくなってきた。

「放っとけって。心配ない」
「しかし……」
「あいつだって子供じゃないんだぞ。だいたいお前は、あいつに構いすぎなんだ」

それでよく今までバレなかったもんだと内心感心する。いや、相手が頭の堅いこいつだからか?

ソンジュンはひとつ息をつくと、諦めたように中二房の前に引き返してきた。
お前もさっさと部屋に戻れ、とヨンハを促し、ジェシンはようやく、肩の荷を降ろした気分だった。


*   *   *


人の気配が完全に消えるのを待ってから、ユニはそっと享官庁の扉を開け、外を伺った。ユ博士が来てくれて助かった。あのままでは、とても心臓が持ちそうになかった。
周囲には誰もいない。ユニは手早く髷を結い、脱いだ服をまとめると、享官庁を出た。

彼女がそこを通りかかるのを待っていたのだろうか。東斎に戻る途中、ユニは、後ろ手を組み、庭先で一人じっと佇んでいるチョン博士の姿を見た。

「……先生」

博士はこちらに顔を向けると、顰めた眉のまま、深く息を吐き出した。
現れないことを願っていたが、やっぱり来たか。
そんな溜息だった。


「享官庁で騒ぎがあったそうだが、お前か?」

薬草の匂いの立ち込めるこの部屋で、博士の眉間の皺を見るのは何度目になるだろう。薬房で、ユニは胸に抱えた服をさらに押し潰すようにして、小さくなっていた。

「すみません」
「成均館での生活を、暇つぶしの遊びくらいに軽く考えているのか?」
「そんなことはありません、先生」

顔を上げたユニはそこに、じっと自分に注がれるチョン博士の目を見た。
何故だかはよくわからないが、この目は、以前にも見た気がする。成均館に来てからではなく、もっとずっと昔に。
もう、顔もはっきりと思い出せなくなってしまった父。
もしかしたら、こんな目をしていたのだろうか。
ふと、そんなことを思った。

「よく聞きなさい。この成均館でお前は、決して女であってはならないのだ。たとえ露見せずとも、警戒を怠ってはならん。成均館に残るからには、いついかなる時にも命がけで行動するのだ。危険な道を選んだのは、キム・ユニ、お前なのだから」

チョン博士の言葉の一つ一つが、ユニの心に重く響いた。秘密の露見は命にかかわる。自分だけじゃなく、それを知った周囲の者にも、危険は及ぶ。それはよくわかっているのに、心の何処かで思っていたのかもしれない。
いっそ気付いてくれたら、と。

ぞっとした。人を好きになる心は、なんて身勝手なんだろう。
その人を大切に思うなら、むしろ絶対に知られぬように注意を払うべきなのに。
自分が嫌になった。芙蓉花を妬んでいじけていた時よりも、ずっと酷い。

「───肝に銘じます、先生」






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2012/04/25 Wed. 10:11 [edit]

category: 第八話

thread: 二次創作:小説 - janre: 小説・文学

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第八話 3 深夜の儒生たち 

一方その頃、中二房。

間にユンシクの布団をひとつ挟み、ジェシンとソンジュンは互いに背を向けて横になっている。
いつもの定位置だ。
だが今夜は二人共、それぞれに隣の空の布団の主のことを考え、全く寝付けずにいた。

ジェシンは思い出していた。
享官庁の扉の隙間、立ち昇る湯気の中。微笑んでいたテムルの顔。
ほっそりとした腕に、指を滑らせる仕草。濡れた髪。白い胸元。

ヤバい。何を考えてる。

頭に浮かんだ光景を振り払おうと、身震いするように頭を振った。

ソンジュンは思い出していた。
怪我をしていた手。巻かれた包帯のせいで、余計に小さく見えた。
関係ないだろ、とソンジュンの手を振り払った、冷たい声。責めるような、視線。

僕がいったい何をした?

肩越しに、隣に敷かれた布団を見つめる。ぽっかりと空いた空間。はたと、その向こうにいるジェシンと目が合った。
なんとなく気まずい空気が流れる。
ソンジュンは小さく咳払いをし、ジェシンは意味もなく枕を二、三度叩き、互いに再び背を向けた。

───ったく、いつになったら帰ってくるんだ。

胸の内でこぼした言葉は、二人とも同じだった。


ややあって。
微かな音とともに部屋の扉が開いた。
ソンジュンとジェシンはぴくりとも動かず、ユンシクの気配に耳をそばだてる。
二人が眠っていると思っているのだろう。殊更に音を立てないよう、服を棚にしまい、ユンシクはそろそろと真ん中の布団に潜り込んだ。

「ひっく」

夜のしじまに、ジェシンのしゃっくりが小さく響いた。
堪えようとするが、焦れば焦るほど、胸に飼っているイナゴは飛び上がることをやめない。
たまらず、枕を弾き飛ばすようにして中二房を飛び出した。

落ち着け。相手はテムルだ。今までと何も変わっちゃいない。

縁側の柱に手をつき、しゃっくりを止めようと深呼吸していると。

「───見たんだな」

いきなり声を掛けられて、ぎくりとする。首を巡らすと、隣の部屋の扉が僅かに開き、その隙間からヨンハの にんまりとした顔が覗いていた。
ヨンハはするりと部屋から出てくると、ジェシンの耳元で囁いた。

「さっき、享官庁で。だろ?」

ごくりと息を呑んだ。喉が、カラカラに乾いていた。



ジェシンが部屋を出ていった後、ソンジュンはユンシクに背を向けたまま、口を開いた。

「……今まで何をしてたんだ?」

口うるさい同室生だと思われようが、構いやしない。明日は、寄宿生が自宅に帰ることを許される、月に二度の帰宅日だ。朝から何かと慌ただしくなるだろう。今言っておかないと、うやむやになってしまう気がした。

「殴り合いの喧嘩もしたそうだな。いったいどういうつもりだ?点呼にも戻らず、コロ先輩の真似か?」

返事はない。まだ怒っているのだろうか。
半身を起こして振り返ったソンジュンはそこに、口を半開きにしたまま既に夢の中のユンシクを見た。

寝付きの早さは天下一品だな。

こっちは心配して、全然眠れなかったっていうのに。
ソンジュンはまた少し理不尽な思いを抱きながら、布団からはみ出ているユンシクの手を取り、中にしまってやった。
白い包帯が目に入る。
傷の具合は、どうだったのだろう。結局、訊けずじまいだった。

ムニャムニャと口を動かしながら、ユンシクがこちら側に寝返りを打った。その無防備な表情が妙に愛らしい。そして、鼻筋から口元、顎にかけての、繊細な稜線。剥いた卵のように、白く艶やかな頬───。
はっとした。同性の寝顔に思わず見入ってしまうなんて、一体どういう了見だ?

ソンジュンは頭を振ると、ユンシクに背を向けて布団に潜り込んだ。長い一日だった。大射礼での優勝が、最早何日も前の出来事のように思える。
目を瞑ると、流石に疲れていたのか、すぐに意識が遠のいていった。




ふわりと、背中に温かいものが触れるのを感じた。後ろから伸びてくる、か細く、しなやかな腕。
それはソンジュンを優しく掻き抱く。

誰だろう。

ソンジュンはその腕を取り、振り返る。
にっこりと微笑むその顔は、絶世の美女だ。何処かで見たような気もするし、初めて見るような気もする、顔。
豊かな飾り髪に、蝶のかんざしが揺れている。
ソンジュンは一目で、彼女に心を奪われてしまった。

───君は誰だ?

問いかけるが、彼女は美しい口元に笑みを浮かべるばかりで、答えない。
男なら誰もが吸い付きたくなるだろう、魅惑的な桃色の唇が、ソンジュンを誘う。
抱き締めようと腕を伸ばした。だがその身体は空気のように すっと、ソンジュンの腕をすり抜けてしまう。

天女───?

唐突に、そんな言葉が閃いた。彼女はそれを肯定するように、腕に絡ませた薄布をひらりと翻し、ソンジュンの頭上へゆっくりと舞い上がっていく。
彼女が腕を振る度、銀色の光の粒が、その輪郭からきらきらとこぼれ落ちた。その光景に、ソンジュンはただただ圧倒されるばかりだった。

なんてきれいなんだ。

追いかけることも忘れ、その場に跪きたいような感覚にかられる。

これは夢だ。
美しく、とても幸せな夢。

だがなぜか、無性にせつなかった。






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あまるですどうもこんにちわ。

あまる地方では桜も終わり、そろそろツツジが満開になる頃です。
博多周辺はどんたくやらあちこちで始まる陶器市やらで、一年で一番人が多くなる時期。
ゴールデンウィークのご予定はお決まりですか?

……すいません。ちょっとまったり日記ブログ風気取ってみたかっただけです。(爆)

というわけで(どんなわけだ)毎度お馴染み(^^ゞウソ注意報発令です。
今回はソンジュンの夢の部分。ぬふ。←スケベ笑い
ではまた~(逃げ)




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2012/04/26 Thu. 09:38 [edit]

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2012-04
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