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第七話 2 予選 

丕闡堂の正面に設えられた特別席には、大司成や領議政たちと和やかに談笑する王正祖の姿があった。
ハ・ウギュは、するりとそこに混じると、隣に立つイ・ジョンムに耳打ちした。

「万事上手く事は運んでおります。どうぞご心配なく」
「兵判」

王から不意に声を掛けられ、ウギュは背筋を伸ばした。

「は、陛下」
「兵判の息子は、掌議だったな」
「はい。我が愚息は成均館の学生のうち、最も優秀な掌議を務めております」

はっはっは、と得意げに笑う。王は微笑み、今度はジョンムに視線を移した。

「先日、科挙の試験場で余を試すと申したイ・ソンジュンは、左議政の息子であった」
「恐れ多いことにございます」

ジョンムが深く低頭すると、王は楽しげに言った。

「すると今日は、朝廷の官僚ではなく、学生の父親たちと同席しているというわけか」

傍に控えている官僚たちから、笑い声が上がる。

「さて。では誰を応援すべきかな」

王は口元に笑みを湛えたまま、儒生たちの集う弓場を見渡した。



ユニは緊張した面持ちで、射台の前に進み出た。横には、色掌ナム・ミョンシク、キム・ウタク、そしてビョンチュンが並ぶ。彼等に向かい、チョン博士がまず競技規則を説明した。

「予選では各選手が3本ずつ射る。的の中心に命中させれば10点、離れるほど点は低くなる。競技は予選、準決勝、そして決勝と行い、優勝の組を決定する。優勝者には陛下より酒が下賜され、円点が加算される。───健闘を祈る」

予選開始の銅鑼が鳴った。
射台に立ったユニは、じっとりと汗の浮いた手を腰のあたりで拭うと、高鳴る心臓を落ち着かせようとそのまま胸にあてた。

大丈夫。あんなに練習したんだもの。きっと大丈夫───。

そう自分に言い聞かせ、白羽の矢を手に取った。


その頃、貰冊房の特別会場は、いよいよ始まった大射礼に大いに盛り上がりを見せていた。

「さぁて、大射礼の優勝は、どの組が手にするのか!」

太鼓が景気よく打ち鳴らされる。
貰冊房の主人、ファンは、対戦表の前で“高”“低”と記された紙を掲げ、集まった客に向かって声を張り上げた。

「さあ、これと思う組に、はったはった!」
「中二組に賭けるわ」

真っ先に声を上げたのは、兵曹判書の令嬢、ヒョウンである。彼女は下女のポドゥルと数人の女友達を引き連れて、すたすたと対戦表の前に進み出た。

「お嬢様、今、中二組とおっしゃいました?」
「ええ」

ごほん、と一つ咳払いをして、ファンは両手を広げた。

「ではでは、中二組の選手をご紹介~!」

3人の似顔絵とともに、貰冊房の店主お得意の口上が始まった。

「“成均館はぼくに任せろ”期待の新星、キム・ユンシク!」

おお~と拍手が起こる。世にも稀な美少年であるキムの若様は、巷のご婦人方に人気が高い。(というのは本人も知らない事実である)

「やっぱり貴公子が一番!その左手で奇跡を起こすか、イ・ソンジュン!」

今度は若い娘たちの集団から、悲鳴にも似た声が上がる。(ヒョウンが恐ろしげな形相でそちらを睨んだのは言うまでもない)

と、ここまでのうたい文句は良かったが。

「野生馬かはたまた暴れ馬か、それが問題だ!ムン・ジェシン!」

たちまち、集まった人々は苦々しい顔で一斉に頭を振った。
どうやら暴れ馬の名は成均館ばかりか、市井の人々にまで浸透しているらしい。あんな与太者が弓なんか扱えるわけがない、というのが彼等の一致した見解のようだった。
その場の空気を察して、ファンが遠慮がちに声を掛ける。

「あのぅ……お嬢様」
「なぁに?」
「兄君のいらっしゃる掌議組に賭けなくていいんですか?」

ヒョウンは、愚問だとでも言いたげにつんと顎を上げた。

「私には私の賭け方があるの」

そう言って、籠の中から“高”の札を取り上げる。とそれを、

「いざ、勝負!」

バシッ、と中二房の札の上に貼り付けた。



風が止んだ。斎直のポクトンが、合図の旗を振る。恥ずかしがり屋のチョンドンとよく一緒にいる、可愛らしい子だ。彼は、ユニに向かって「頑張ってください」と言うように にこっと笑った。
その笑顔で、少し、気持ちが落ち着いた。ユニはポクトンに微笑み返すと、的に向かって弓を構えた。

特別席で、その姿を見つめる王が ふっと目を細める。

「緑鬢紅顔───キム・ユンシクの父親は弓の名手であったが……息子はその血を受け継いでいるだろうか。楽しみだ」

ユニの父、キム・スンホンと同じ南人である領議政は低頭し、まるで孫を見るような眼差しを射台に立つユニに向けた。が、大司憲ムン・グンスは直立不動のまま、硬い表情で王の言葉を聞いている。
射台の近くに控えるチョン・ヤギョンの胸中もまた、穏やかなものではない。
キム・ユンシクという儒生を前に、大人たちはそれぞれに、失われた過去を見つめていたのだった。

そしてもう一人、宴席から食い入るように射手を見つめる者がいた。
胸の前で祈るように組み合わせた両手を、きつく握り締め、美しい顔を緊張で強張らせている。

「まるで姐さんが射るみたい」

それまで見たこともなかったチョソンの姿に、隣のソムソムは半ば呆れたように笑って、言った。

待機席から同室生をじっと見つめるソンジュンとジェシン、そしてヨンハの面持ちにもまた、緊張感が漂う。
彼等の視線を感じながら、ユニは的を見つめた。

的の前では無心になれ。

ソンジュンの言葉を、胸の内でただ繰り返す。

(一本目……)

ユニは息を止め、矢を放った。

───当たれ!

パッ、と書吏の旗が上がった。

「9点です!」

ユニの顔に、ほっとしたような笑顔が広がる。ソンジュンは大きく息を吐き出し、ジェシンとヨンハは破顔した。
チョソンも同様だ。その双眸に悲壮感すら漂わせていたのが嘘のように、晴れやかに笑っている。

ユニに続き、ウタク、ミョンシク、ビョンチュンが射るが、命中には及ばない。各者二本目、三本目と射るうちに、次第にビョンチュンの表情が強張っていった。

「キム・ユンシク、9点!」

西斎の待機席からも、自然に拍手が起こる。当初のユニの腕を知るドヒョンなどは、同じ組のウタクが散々な成績であるにも関わらず、感心することしきりである。「まともに弓も握れなかったのになあ」と目頭を抑える姿は、まるで甥っ子の成長に感涙する親戚の叔父さんだ。

結果は以下である。

西斎下二組 キム・ウタク    5 6 5 計16点
東斎上三組 ナム・ミョンシク  6 7 7 計20点
西斎掌議組 イム・ビョンチュン 7 8 9 計24点

「……上達したな」

ぼそりと、カン・ムが言った。

「ビョンチュンは前から上手いよ」
「キム・ユンシクだ」
「奴が上達したところで、たかが知れ……」

言いかけたコボンのにたにた笑いが、絶叫に変わった。キム・ユンシクの三本目が終わり、合計得点が発表されたのだ。結果は26点。中二房は射手一人目にして首位に躍り出た。

次の選手であるソンジュンが射台に向かう。好成績に意気揚々と射台を降りたユニは、彼に笑いかけた。

「見てた?」

だが、ソンジュンは頷いただけで、そのまま黙って通り過ぎようとする。
ユニは慌てて、その行く手を塞いだ。

「今日は、何も言わないの?」

またあのときみたいに褒めて欲しくて、ユニはつい、そんなことを言ってしまった。いや、ただ単に彼の笑顔が見たかっただけかもしれない。
ソンジュンはああそうだった、と言ってにこりともせずにユニを見た。

「しっかり気を引き締めろ。決勝までの12本のうちの、まだたった3本だ。少しくらい上手くできたからって、もう優勝した気でいるんじゃないだろうな?」

たちまち、ユニはしゅんとなって俯いた。ソンジュンの言うとおりだ。まだ予選だというのに、有頂天になっていた自分が恥ずかしかった。

「そうだね。……ごめん」
「───具合でも悪いのか?」

ふと、ソンジュンが言った。え?と顔を上げると、本当に戸惑っているようなソンジュンの瞳とぶつかった。

「別に……。どうして?」
「やけに素直だから」

ユニはいたたまれなくなって、目を逸らした。自分の気持ちを自覚した途端に、これだ。確かに、ソンジュンからしてみれば変に映るかもしれない。

「顔が赤いな。見せてみろ」

ソンジュンが左手を伸ばし、ユニの頬に触れた。驚いたユニは咄嗟に、彼の手を振り払ってしまった。

「しっ、心配、いらないよ。気を引き締めて、頑張るから」

彼の顔をまともに見ることすらできずに、ユニはすたすたと待機席に戻った。

───びっくりした。

まだ胸がどきどきしている。ソンジュンの指先が、ほんの少し触れただけだというのに。
まるでそこだけ火がついたように、熱い。ユニは火照った頬に手を当て、射台を振り返った。
そこには、真剣な眼差しで的を見詰めるソンジュンの姿があった。

陽の光が、弓を構えるソンジュンの輪郭を際立たせている。すらりと背が高く、肩幅も広い彼がそうやって弓を持つ姿は、ひときわ凛々しく、美しく見えた。

矢をつがえ、ぐっと腕を引き付ける。その流れるような一連の動作には無駄というものがまるでない。彼の目が、真っ直ぐに的を見据えるその瞬間、ぴんと張り詰めたような侵しがたい空気が周囲を包んだ。
それはまるで研ぎ澄まされた刃物のようで、怖くもあり、不思議と惹きつけられるものでもあった。

今更ながらに思う。あんな人と、よくも毎日平気で一緒にいられたものだ。
この間など、あの肩にもたれて居眠りまでしてしまった。至近距離でずっと寝顔を見られていたかと思うと恥ずかしく、どうしてすぐ起こしてくれなかったんだとユニは抗議したが、彼は知らん顔だった。

「10点です!」

表情を変えず、当然のように次々と得点を叩き出すソンジュンから、ユニは、目を離すことができなかった。








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2012/03/07 Wed. 18:17 [edit]

category: 第七話

thread: 二次創作:小説 - janre: 小説・文学

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第七話 3 束の間の休息 

ソンジュンの正確無比な弓の腕に、儒生たちは皆感心を通り越し最早諦め顔だった。ドヒョンら三人組はウタクの散々な結果も手伝ってか、早々と見物を決め込んでいる。

「見ろよ、百発百中だ。たまげたな。こりゃあ優勝は奴の組で決まりだな」

ドヒョンが、「十」の文字の並ぶ対戦表を指差しながら言うと、ヘウォンがいやいや、と反論する。

「まだわからないよ。掌議組にはあのカン・ムもいるし、掌議だって弓の腕は相当なもんだ」

ウタクが、例によって人差し指を立てて言うことには、

「子曰く、“射は的を主とせず”。つまり、弓術は射抜くことが目的ではない」
「なるほどなるほど、だからお前はビリってわけなんだなー」

中二組の不安要素であったはずのジェシンの腕前も、ソンジュンに負けず劣らず大したものだった。
彼が弓を射る姿など誰も見たことがなかっただけに、一体何処でそんな練習をしていたのかと、皆首を傾げた。

「驚くべき得点を叩き出す中二組、イ・ソンジュン、キム・ユンシク、ムン・ジェシン!この成績なら、予選通過は余裕でしょう」

書吏ジャンボクの実況生中継はますます熱を帯び、それは糸電話という通信手段によりいくつかの中継地点を経由し、貰冊房特別会場に届けられた。
ヒョウンは対戦表の真ん前に陣取り、勝負の行方を固唾を飲んで見守っていた。その近くには、スンドルの姿もある。彼は坊ちゃんの勝利を信じて疑わないのか、口いっぱいに菓子を頬張ってにこにこしている。

酒も入って大いに盛り上がる人々の中に、一人の婦人がひっそりと入ってきた。賭け事とは無縁そうな、いかにも場違いな彼女は、人垣の向うに我が子の名を見つけると、眉をひそめた。しかもあろうことか、好成績で予選通過の勢いであるようだ。

目立つ行動は控えるようにと、あれほど言ったのに。

落ちぶれたとはいえ両班の子息である。弓があまりに下手過ぎても怪しまれるが、こんな風に好成績なのも問題だ。注目を集めれば、それだけ危険も増す。
どうか王の前で、あの子の秘密がばれるようなことがありませんようにと、母は対戦表を見つめながらひたすら祈るのだった。

一方、大射礼会場ではヘウォンの予想通り、全くつけ入る隙のない掌議組が順当に予選を勝ち進んでいった。
中二組も、ほぼ完璧といえるソンジュンを初め、脂汗を流しながらも的は絶対に外さないジェシンと、危なげ無いユニの活躍で次々と他の組を蹴落としていく。
貰冊房店主、ファンは、糸電話を耳に食い込むほどくっつけて、白熱する競技の模様を逐一報告した。

「左手で奇跡を起こすイ・ソンジュン!的の中心に命中させるべく、ど真ん中を狙い───そして今、矢を放ちました!見事、命中です!」

貰冊房は歓声に包まれた。ヒョウンが、どうだと言わんばかりにつんと顎を上げる。
そしてついに、勝負は残る二組に絞られた。

東西の射台の上で、中二組と掌議組が向かい合う。その間で、チョン博士が告げた。

「決勝戦は中二組と掌議組で行う。二組のうち、どちらかが大射礼の優勝者となる。決勝戦は一刻の休憩後に行う。───解散!」

銅鑼が鳴った。ジャンボクの実況生中継も一時休憩となり、会場にそれまでとは打って変わった、くつろいだ空気が広がる。
途端に元気になったのはヨンハである。

「ここからは入れませんって」
「私の的はこっちにあるんだよ」

書吏が侵入を阻止しようとするが、するりと交わして、彼はまんまと妓生たちのいる宴席に入り込んだ。

「ヨンハさま!」
「おお、元気にしてたかな?お嬢さんたち」

すかさず駆け寄ってきたソムソムとエンエンの肩を抱き、にっこりと微笑む。

「外でお会いすると一層ステキですわ」
「陽の下で見るとヨンハさまのお肌はまるで白玉のようですね」

ヨンハはしょうがないなという風にエンエンの頬をつまんで、軽く引っ張った。

「まったく。だからお前たちは一流の妓生になれないんだ。そんな使い古したような褒め言葉なんかじゃ、男の心は掴めないぞ。ん?」
「───これほどご立派な武人は、見たことがございません」

ふいに、背後からそんな声がした。女笠に垂らした薄衣の陰から、白い横顔が覗く。

「堂々たる気概と、品位……そのお姿はまるで、戦場に立つ将軍のようです」

ぱちんと指を鳴らして、ヨンハはエンエンとソムソムに言った。

「ほら聞いたか?さすがはチョソンだ。お前たちもああ言わなきゃ」

ソムソムが頬をぷうっと膨らませる。

「チョソン姐さんは特別なんです」
「私たちはチョソン姐さんの真似なんてとてもできません」

拗ねたように唇を尖らす妓生二人に笑ってみせて、ヨンハは宴席に並べられた酒瓶を手に取った。とくとくと盃に注ぎながら、さらりと言う。

「だがその天下のチョソンも、意外に不器用なんだな」

眉をひそめてこちらを見たチョソンに、彼は続けた。

「今日くらいは、想いは胸にしまっておいたらどうだ?」
「何のお話でしょうか」

ヨンハは盃の酒を煽ると、ぐっとチョソンに顔を近づけ、声を落とした。

「お前のせいでテムルと呼ばれた。お前のせいで死にそうな目にもあった。この大勢の儒生たちの中で、お前の目に映る唯一の男───キム・ユン・シク」

チョソンの表情が変わった。やっぱり気づいてなかったか、とヨンハは口の端を引き上げて彼女から離れた。恋というのはこれだから厄介だ。この聡明な女を持ってして、周囲を見えなくさせる。
弓を射るユンシクを、彼女には珍しくはしゃいだ笑顔で見つめるチョソンに、インスが鬼のような視線を向けていたことなど、露程も知らないのだろう。

「これは奴のための忠告だ。覚えておいて」


*   *   *


丕闡堂裏手。人気のないその場所で、ビョンチュンはインスの背中を前に、小さく縮こまっていた。

「私がどれだけ大射礼を待ちわびていたか、お前は誰よりわかっているはずだ」
「もちろんです、掌議」
「ではわかるな」

インスがゆっくりと振り向く。

「私が最も頼りにしているのは、お前だということを」

ビョンチュンは力が抜けたように、ばたりとインスの足元に跪いた。

「ご期待に添えるよう、全力を尽くします、掌議!どうか、私を信じてください」

インスは表情をちらとも動かさず、跪くビョンチュンの両肩をがっちりと掴んだ。ビョンチュンは思わず、「ひっ!」と声を漏らす。

「必ず優勝するんだ。信じて欲しいなら、まず行動で示せ」

インスの口元に、ぞっとするような笑みが浮かぶのを見、ビョンチュンはごくりと息を呑んだ。



*   *   *


競技の間中、ジェシンは彼らしくもなくコソコソしなければならなかった。役人の格好をした官軍が、紅壁書を探して会場のあちこちで目を光らせていたからだ。
はっきりと顔を見られたわけではない。手掛かりとするなら、恐らくは紅壁書の射法だろう。こればかりは隠しきれるものではないから、下手に目立つと厄介なことになる。

───ヤバイな。傷口が開いちまったか。

流石にこう何度も弓を引いていると、身体の負担も大きくなる。
植え込みに腰掛け、だんだん酷くなる脇腹の痛みをやり過ごしていると、目の前に ぬっと竹筒が差し出された。
顔を上げると、そこに立っていたのはユンシクだった。微かに笑いを含んでいるようなくりくりした目が、こっちを見下ろしている。まるで小動物のような、なんとなくいじってみたくなる顔だ。ジェシンは竹筒を受け取ると、ユンシクの小さな鼻をつまんで、ぐいっと引っ張ってやった。いたた、と笑う。

竹筒の水を口に含んでから、ジェシンは言った。

「たいしたもんだ、テムル。まさかここまでやるとは思わなかった」

ユンシクはちょっと顎を上げると、とん、と拳でジェシンの肩を突いた。

「人騒がせな先輩への怒りを込めたんです」
「なんだと、こいつ!」

ジェシンはユンシクの首根っこを掴むと、後ろから羽交い締めにした。

「苦しっ!先輩、離してっ!」
「逃がすか!」
「わぁっ!」

じたばた暴れながらも、ユンシクはけらけら笑っている。まるで2匹の仔犬がじゃれあっているようなその光景を、木陰から黙って見つめる者がいた。
ソンジュンである。
彼は持っていた2本の竹筒に目を落とした。彼なりにユンシクを労ってやりたくて持ってきたのだが、どうやら無駄になりそうだ。

「先輩、痛いってば!やめて!」

楽しげに笑うユンシクに、ついさっきの出来事を思い出す。少し様子が変だった彼に、熱でもあるのかと触れようとしたら、手を振り払われてしまった。単に、他人に触れられるのが嫌なのかと思っていたのだが。
ジェシンに対しては、そうではないらしい。

ちくりと、胸に刺さるものがあった。

「───駄目な奴だ。態度に一貫性がない。あれでは、大事を成すことは到底無理だ」

ユンシクには、君子としての素養がまだまだ足りない。妙な腹立たしさを感じるのは、きっとそのせいだ。
ソンジュンは手にした竹筒に口をつけ、一気に煽った。口元を拭い、まだじゃれあっている二人に背を向けると、彼は足早にその場を立ち去った。

「ちょっと待って、休戦!」
「何が待ってだ」

掴みかかろうとするジェシンの脇腹に、ユンシクの肘鉄が入った。思わず身を屈めた隙に、ユンシクはぱっと駆け出していく。

「こら、待て!」

痛みに顔を顰めながら、ジェシンがユンシクを追う。
誰もいなくなった中庭には、ユンシクの落とした弓が、ぽつんと残っていた。






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2012/03/14 Wed. 13:44 [edit]

category: 第七話

thread: 二次創作:小説 - janre: 小説・文学

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第七話 4 決勝戦 

息を切らしてジェシンから逃げてきたユニは、門をくぐったところでインス、ビョンチュンら掌議組と出くわした。
たたらを踏んで立ち止まったユニに、インスが冷ややかな笑みを浮かべる。

「よくぞ決勝まで来てくれた。今度は私がお前との約束を守る番だ」

とそのとき、ざわめきと共に、大勢の儒生たちが門前にやってきた。その先頭にいるのはチョソンである。
彼女が儒生たちを引き連れて来た格好だが、実際には移動するチョソンに儒生たちがぞろぞろついてきてしまったのだろう。
だがそんなことには慣れているのか、チョソンは彼等の存在を全く意に介さず、インスの前に進み出た。

「先日は、大変失礼いたしました」
「どうしたんだ?今頃になって後悔してるのか?」

コボンが、まるで自分に言われたかのような口ぶりで答えるのを手で制して、インスは言った。

「もういい。過ぎたことだ」
「妓生の信義が強いか、掌議様のお力が強いか……競おうと仰せでしたね。その答えを申し上げます」

ふわりと女笠の薄衣を揺らして、チョソンはインスの脇を通り過ぎた。そしてユニの前で足を止めると、軽く面を伏せた。
ほとんど傍観者の気分でいたユニは、儒生たちが一斉に「テムル、テムル」と自分の名を連呼し始めたことに困惑した。
いつからいたのか、門の向こう側でジェシンとヨンハ、そしてソンジュンまでもが、何事かとこちらを見ている。
いきなり注視の的になってしまったユニは、戸惑い気味に微笑んだ。

「久しぶりだね、チョソン」
「……若様からの戴き物を、お返しに参りました」

チョソンはユニの右手をそっと手に取った。擦れて傷だらけの手のひらに痛々しげに眉根を寄せると、袂から手巾を取り出した。綺麗に折り畳んだそれを、ユニの手に巻きつける。鮮やかな、五つの牡丹の刺繍。
騒いでいた儒生たちは、いつの間にかしんと静まり返っていた。

「あの晩、貴方がくださった御心をお返しします。私のせいで、つらい目に遭われたと聞いて」

糾弾するような視線をちらりとインスに向け、チョソンは言った。

「貴方と私の想い出が重荷にならぬよう、お返ししなければと……。でもお忘れにならないで。私の心は、こうして……貴方に、結ばれていますから」

と、手巾の上からユニの右手をそっと握り締める。

「貴方は、このチョソンが選んだ殿方です。何があっても屈することはないと、信じてもよろしいですか?」
「チョソン、ぼくは……」

すっ、と、チョソンはユニの足元に跪いた。ユニに対する、忠誠の礼だ。一旦は静かになっていた儒生たちが、また「テムル、テムル」と大合唱を始める。

ユニは助けを求めるように門の向うを見た。だがジェシンは、やってくれるな、といった風な苦笑を浮かべるだけ。ヨンハはぽりぽりと額のあたりを掻きながら、ユニ以上に困惑した顔をしている。ソンジュンにいたっては、硬い表情で目を逸らされてしまった。

一方で、後ろ手を組み、じっと立ち尽くすインスの顔は明らかな怒気に染まっている。カン・ムがじろりと儒生たちを一瞥し、彼等を黙らせた。
チョソンは立ち上がると、ユニに会釈し、再びインスと向かい合った。

「これが妓生の……私の、つまらぬ信義です。貴方様が成均館の掌議として、すべての儒生たちを見守る徳の力をお見せくださると、信じております」

踵を返したチョソンを、カン・ムが追おうとするが、インスの手がそれを阻んだ。

「これ以上笑い者にする気か」

インスの顔色は、怒気を通り越し最早土気色である。来たときと同じように、何事もなかったかのように去ってゆくチョソンに一言も返すことなく、彼はただその肩を震わせていた。


*   *   *


「決勝戦開始!」

銅鑼が打ち鳴らされた。
王が座す特別席の楼閣に向かい、勝ち残った者たちがずらりと並ぶ。彼等を見渡しながら、王は楽しげに微笑んだ。

「決勝に残った二組は、真の強者揃いだ。成均館の掌議率いる掌議組と、老論のイ・ソンジュン、少論のムン・ジェシン、南人のキム・ユンシク……」

ソンジュンが、王の傍らに立つ父を見上げる。左議政イ・ジョンムは傍目にはそれとわからぬほど、微かに頷いて見せた。

「───党派を超えた蕩平組か」

ふと、ジョンムは王の視線が、自分に向けられていることに気付いた。
一国の王が、意味もなく臣下を見ることはない。学識深く、聖王の誉れ高き正祖であれば尚更だ。
ジョンムは王の意を図りかね、内心戸惑ったが、無言のまま軽く低頭する。
王は大司成を振り向き、尋ねた。

「さて、余はどちらを応援すべきかな?」
「それは当然イ……」

言いかけた大司成は、ハ・インスとその父親が揃って自分を見ているのに気付き、 はっとした。

「イ……い、いやあ、そのような難しいご質問は、私にはわかりかねます」

大汗を拭き拭き答える大司成に、ふむ、と頷いて、王は高らかに宣言した。

「決めたぞ。余は、強い者の味方である。勝利する方を応援しよう」


*   *   *

書吏が、クジの入った筒を手に選手たちの前に立った。

「決勝は、先に二勝した組が勝つ。決勝での対戦相手は、各自クジを引いて決める」

チョン博士の説明に、ビョンチュンが戸惑って目をぎょろつかせた。

「クジって……どういうことだよ、いったい」

その間にも、ソンジュン、インス、ジェシンらはさっさと筒の中からクジを引いていく。同じ色を引けばそれが対戦者だ。組み合わせはすぐに決定した。

「イ・ソンジュンとイム・ビョンチュン。ムン・ジェシンとカン・ム。キム・ユンシクとハ・インス」

会場は、一気に緊張した空気に包まれた。
最初の対戦はソンジュンとビョンチュンである。
それまでと変わらず、淡々と弓を構えるソンジュンに対し、ビョンチュンは落ち着きがない。しきりと風向きを気にしたり、手の汗を何度も拭ったりしている。
結果、二回目までは両者同点だったが、三回目の的をソンジュンが命中させたのに対し、ビョンチュンは外し、8点。
一つ目の勝利の赤札は、中二組に貼られた。

そして、二組目。ジェシンとカン・ムがそれぞれの射台に立った。
ジェシンは、待機席にいるユンシクを見た。こっちを見て笑っている。

あいつめ、これで俺達の優勝が決まるみたいな顔しやがって。

ジェシンは額に浮いた汗を拭った。痛みは、目眩がするほど酷くなっていた。

「大監、あやつです」

官軍の指揮官が、兵曹判書に耳打ちした。人相書きを広げたハ・ウギュは、射台で弓を構えるジェシンと、人相書きの射法を険しい顔つきで見比べる。

「奴が下りてきたら、すぐに捕らえよ。内密にな。誰にも悟られぬよう、密かに連行しろ」
「はっ」

陰でそんなやり取りがなされているとは知らず、ジェシンはきりきりと弦を引いた。脇腹の傷が、脈を打つ度に焼けつくようだ。苦悶の表情を浮かべながら、ジェシンは思った。

なんで。
なんで俺は、こんなことをやってるんだ?ここまでして、なんで……。

汗が、ジェシンのこめかみを伝う。荒い息をつく彼の脳裏に閃いたのは、ユンシクとソンジュンの言葉だった。

『ぼくにもできる、信じてもいいんだって、見せたいんです。───自分自身に』
『中二房───蕩平組、準備完了です』

───クソッ!

呼吸を整えることができないまま、彼は指を離した。その行方を追った誰もが、目を疑った。

矢は、的の中心を大きく外していた。
それまでのジェシンの腕からすれば、あり得ないことだった。




************************************************************
あまるですどうもこんにちわ。
いつもこんなとこで申し訳ないですが、拍手コメのお返事です。

>ちゃむさま
いつもコメありがとうです(^^)お言葉に甘えて伏字ナシにしました(笑)
先日が叔母様の一周忌だったと聞いて、はっとしました。
あの震災から一年、ということは、遺族の方からすれば一周忌なんですよね。
当たり前のことですが、同じ一年でもその長さの重みは全く違うんだろうな、と今更ながら気付いた次第です。
お恥ずかしい……。

この国の政治家に期待したことはあまりありませんが、被災者の皆さんがほんとに心から笑えるように、
今度ばかりは是非ともしっかりしていただきたい。そう思います。

-----------------

サテ、お気づきの方もいらっしゃるかもですが、今回から各話に簡単なタイトルを入れることにしました。
たまに、以前書いた箇所を見直さないといけない場面にちょこちょこ遭遇するんですが、数字だけだとどこに何書いたか、自分でもわけわかめになってきたので(^^ゞ
今一話から順に入れてる最中です。しかしこれがなかなかムズイ(笑)
明日までに全話入れられるかなあ。自分にファイティン~(´・ω・`)




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2012/03/16 Fri. 01:20 [edit]

category: 第七話

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第七話 5 最後の機会 

「どうしたんだ、コロの奴。腕が錆びついたか?」

思わぬジェシンの不調を喜んだのは、コボンとビョンチュンである。
弓場の隅では、ウギュが舌打ちしていた。

「あれで紅壁書だと?」
「紅壁書は傷を負っています。だからこそ奴なのでは?」

官軍の指揮官が、勢い込んで言う。ウギュは渋い顔のまま、小さく唸ってジェシンに目を凝らした。

次はカン・ムの番だ。こちらは何事にも動じない彼らしく、相変わらずの正確さで得点を重ねていく。
ジェシンは脇腹に手をあてた。幸い、濃い色の服だったので目立たないが、滲みでてきた血が、手のひらをべっとりと濡らした。
どうにか息を整え、弓を構えた彼はまた、待機席のユンシクを見た。全くの無意識だった。だがそれがまずかった。

(先輩、頑張って!)

ユンシクが両の拳を握り締め、口だけ動かしてそう言ったのがわかった。
途端、例のしゃっくりがジェシンを襲った。そのはずみで、彼はうっかり指を離してしまった。
嘘だろ、とジェシンの顔が凍りつく。
矢は命中するどころか、あらぬ方向へと飛んでいった。

ジェシンが3回目を射るまでもなく、結果は明らかだった。勝者を示す赤札は、掌議組に貼られた。
ウギュがぶるぶる震える手で、人相書きを握り潰す。苛立ちを隠そうともせず、指揮官に向かい声を荒げた。

「この役立たずめ!奴が紅壁書のはずがない。こんな紙切れに頼らず、もっと頭を使ったらどうだ!少しはまともに仕事をしろ!」

決勝戦でのジェシンの失敗は、紅壁書を弓術の達人と信じて疑わない兵曹判書の目をくらますのには好都合だった。言わば、この惨憺たる結果が、彼の命を救ったわけである。
もちろん、当の本人は知らぬことだったが。


闘いの決着は、最後の射手に委ねられた。
弓を手に射台に向かうユンシクが、緊張のためか はあっと深い溜息を漏らす。無理もない。まさか自分の番まで勝負がもつれ込むとは思っていなかったのだ。しかも相手はあのハ・インスである。どう考えても、勝負は最初から見えている。

悔しいが、頭数を揃えるだけで充分、なんて言っていたユンシクの言葉が、冗談ではなくなってしまった。待機席に戻ってきたジェシンは、ユンシクと目を合わせることもできないまま、無言ですれ違った。
「先輩」と声を掛けられ、足が止まる。

「先輩のせいで……ぼくの計画が台無しです」

冷水を浴びせられたように、ジェシンはその場から動けなくなった。だがそんな彼に構わず、ユンシクは続ける。

「ぼくの実力は最高機密なのに、この状況じゃあ公開しなくちゃならない。しょうがないな。そんなつもりはなかったんだけど、ぼくの腕を見せてあげます」

生意気な口振りに、彼独特のちょっとふざけた調子が混じっている。ジェシンがぎこちなく振り返ると、あのくりくりした目が自分を見ていた。
彼は「ぎゅうーっ」と言いながら手にした弓を引くと、ぴんと弾いて、小さく舌を出した。

「ためて、射る!」

でしょ?と笑う。

「心配いりません。来てくれて、ほんとに感謝してます」

これから試合に臨むのは自分なのに、逆にジェシンを励ますようにそんなことを言う。ぺこりと頭を下げて、彼はまた笑った。
ジェシンは何も言えずに、彼に背を向けた。片頬を上げ、はっと息を吐き出す。

「───あれも才能だな。人を妙な気分にさせやがる」

自分自身の不甲斐なさに、そこまで落ち込んでいたとは思いたくなかったが。
ユンシクの笑顔に救われたのは、紛れも無い事実だった。



オトコマエだね。

丕闡堂の柱にもたれて、ヨンハはつくづくそう思った。
射台に向かうユンシクに、会場の視線が一気に集中するのがわかる。特別席の王や大司成、審判役であるチョン博士はもちろんだが、あの厳格なユ博士。
ソンジュンなど、自分が射るときは平然としていたくせに、今は遠目にもわかるほど緊張した顔をしている。
そして宴席のチョソン。鬼気迫るとはまさしくこのことだ。女笠の薄衣が風に揺れるだけで、本人はまるで時が止まったかのようにぴくりとも動かず、ユンシクを凝視している。

キム・ユンシクは女だ。このク・ヨンハの勘がそう言っているのだから間違いない。だがいま、弓を手に会場の注視を一身に集めているあの儒生の凛々しさは男顔負けだ。弓も握れない状態からここまで来ただけでもたいしたものだが、か弱い女がよくもまあ、こんな状況で逃げ出しもせずにいられるものだ。
あのハ・インスにも臆することなく同じ舞台に立ち、じっと的を見据える真摯な眼差しを見ていると、確かにチョソンが惚れるのも頷ける。というより、周囲の者を否応なく惹きつける何かが、ユンシクにはあるのだ。
でなければ、ジェシンは今ここにはいないだろう。そしておそらくは、ヨンハ自身も。


*   *   *


射台に立ったユニは、ふっと息を吐いた。
ついさっきまでうるさく聞こえていた蝉の声が、いつの間にかぴたりと止んでいる。

「これが、決勝最後の対戦となる。ハ・インスとキム・ユンシクが3本ずつ放ち、大射礼の優勝が決まる」

チョン博士の声が、ユニにはまるで義禁府の役人のそれのように聞こえる。

「───最後の機会だ」

博士のその言葉は確かに、ユニに向けたものだった。
勝利を確信しているのか、インスが薄い笑みを浮かべて自分を見ているのはわかっていた。だが、ユニにはもうそのインスの存在すら、たいしたことではなくなっていた。

これが、本当に最後の機会だ。男として、この成均館に残るための。

弓を引き絞った。

「8点です!」

ユニが放った最初の矢に、見守る者たちから溜息が漏れる。
次はインスだ。

「10点です!」

書吏が、高々と旗を上げる。早くも2点の差が開いた。
ユニは目を閉じ、気持ちを落ち着かせようとした。二本目の矢を取る。指が震えているのが、自分でもわかった。
耳元で、きりきりと張り詰める弦の音。

「───8点です!」

弓を降ろしたユニは、そのまま動けなくなった。
ここまでほぼ完璧な点で勝ち進んできたインスである。命中させなければ、勝ち目はないというのに。

インスが、二本目を放った。それは当然のように、的の中心に突き刺さった。
西斎の待機席で、ビョンチュンとコボンが抱き合って大喜びしている。掌議組の勝利は決定したも同然だった。

競技の規則に従い、最後の一本はインスが先に射ることになった。
弓を引き絞るインスの横で、ユニは、すべてが終わったと思った。

だが次の瞬間。
誰一人として予想もしていなかったことが、起こった。

「5点です!」

インスの最後の矢は、的の中心から大きく逸れていた。






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2012/03/22 Thu. 01:11 [edit]

category: 第七話

thread: 二次創作:小説 - janre: 小説・文学

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第七話 6 勝負の行方 

勝利は手にしたも同然だった。
ただいつも通り、弓を引いて、的を狙うだけだ。
それだけで、キム・ユンシク、ひいては、あの生意気なイ・ソンジュンをねじ伏せてやれる。
このハ・インスには絶対に逆らうことはできないと、あいつらの頭に叩きこんでやる。

インスは、弓を構えた。的を見据え、弦を引き絞る。
そのとき、ひらひらと風にはためく薄衣が視界に入ってきた。その陰に、悲しげに眉根を寄せるチョソンの顔があった。

『───お屋敷を、出ることになりました』

ふいに、幼い頃の彼女の姿がインスの脳裏をよぎった。
屋敷の庭先。季節はちょうど今頃、夏の、夕暮れ時だった。近くでヒグラシが鳴いていたのを覚えている。

『どうして?ここを出て、何処へ行くの?』
『モランガク、ってところ……。わたし、妓生になるんだそうです』

子供だった自分には、遊郭というものがどういう場所か、よくはわからなかった。ただ、そこで働く妓生という職業の女たちが、宴席ではもてはやされていながらも、人々に酷く蔑まれていることを敏感に感じ取ってはいた。
屋敷で働く下男たちですら、陰で彼女たちを下卑た話の種にしていた。

『妓生に……?』

こくりと、頭につけたペシテンギを見せて、チョソンが頷いた。淡い桃色の牡丹が刺繍されたその髪飾りは、可愛らしかったが上品な柄で、彼女によく似合っていた。

両班ではない、中人の家の出だとはいえ、彼女は利発で、感性豊かな少女だった。奴婢の者たちにまで軽んじられるような、そんな人間になっていいはずはなかった。

『行っちゃだめだ』

彼女の腕を掴んで、そう言った。

『僕が、父上に言うから。君がずっとここにいられるように、父上に頼むから』
『若さま……』

今にも泣き出しそうだった、あのときのチョソンの鳶色の瞳。
その色は少しも変わらないというのに、今彼女の瞳に映っているのは最早自分ではない。
そしてあのときと同じ、彼女に悲しい表情をさせているのは、父ではなく。
この、自分だ。

あんな、キム・ユンシクなんてつまらない男のために。

溶岩のような熱が、胸に噴き出すのを感じた。苛立ちをぶつけるように、弦を弾いていた。

会場が、騒然としているのはわかった。
だがインスの耳には、何も聞こえない。
標的を見失い、ぽつんと離れて的に刺さる一本の矢を、彼はただじっと見つめていた。


*   *   *


「なんだ?掌議は手を抜いたのか?」
「そんな奴じゃないだろ」

呆然として言葉もないビョンチュンやコボンの傍らで、途端にドヒョンらが色めき立つ。
ウタクが眼鏡をずり上げて、にんまりと笑った。

「勝負はわからなくなってきたぞ。テムルがど真ん中に命中させれば、優勝だ」

思いもしなかった機会が、再び巡ってきた。
ユニは戸惑いながらも、弓を取り、震える手でどうにか矢をつがえた。
的に向かい、弦を引こうとしたそのときだった。
突然、ぶつり、と鈍い音がして、弦が弾け飛んだ。矢は、硬い音を立ててユニの足元に落ちた。

チョソンが、さっと顔色を変えて今にも立ち上がらんばかりにユニを見つめる。ソムソムが消え入るような声で「大変だわ」と呟いた。

ユニはすぐさま切れた弓を置くと、射台を降り、東斎の待機席へと走った。予備にと用意しておいた弓を取り、戻ろうとしたユニは、ぴたりと立ち止まった。ソンジュンが、すぐ傍まで来ていた。

「ぼく……勝てると思う?」

振り返った。ソンジュンは黙って、ユニを見ている。いつもの、あの無表情だ。だがむしろそれが、今のユニには有難かった。

「君は、お世辞や気休めは言えないだろ。だから訊きたいんだ。勝てると思う?」

彼は ふっと息をついて、言った。

「いや……無理だろうな。肩は頼りないし弦を引く力も弱い。呼吸も乱れている。優勝しようと足掻いても、無駄だと思う」

覚悟はしていたが、やっぱり正直過ぎるほど正直だ。ユニの心は塩をかけられたように小さく萎んでしまった。

「───だが」

ソンジュンは、ユニに一歩近づくと、手巾の巻かれた右手を取り、そこに目を落とした。

「君の、この手は認めよう。練習中の君の努力は、優勝に値する。たとえこの勝負に負けたとしても、不可を貰ったとしても、僕にとっての勝者は誰が何と言おうと───君だ」

ユニの肩に手を置き、ぽんぽん、と叩く。それは力づけるような、労うような、優しい仕草だった。そして彼は微笑んだ。

「大物〈テムル〉。見せてくれ、その腕前を」

我ながらなんて簡単なんだろう。
ソンジュンの言葉と、笑顔ひとつで、萎んでいた心がたちまち水を含んだように元のかたちを取り戻す。いやそれどころか、今やはちきれんばかりだ。溢れ出しそうな気持ちを、ユニは彼に微笑み返すことで逃した。

そうだ。自分は精一杯やった。そしてそれを、ちゃんと見ていてくれた人がいる。結果がどうなるとしても、怖がることはないのだ。何も。

射台に戻ってきたユニは、再び矢を取った。息を整え、的に向かう。
全部、ソンジュンが教えてくれた。弓の握り方、立ち方、そして、呼吸。
腕を引く。ためて、それから───

「つっ……!」

右手に、びしりと皮膚の裂けるような痛みが走った。
思わず手元を見る。傷口に巻いていた手巾が、血で真っ赤に染まっていた。
異変に気付いたソンジュンが、待機席から出てこちらに来るのが見える。

(なに、これ……)

弦に目を凝らす。陽に反射して、それはきらりと光った。

───硝子……?

「どうした?」

チョン博士が、訝しげな顔で近づいてきた。
既に一度、弓を変えるために競技を中断している。また取り替えるとなれば、流石に怪しまれる。必ず理由を訊かれるだろう。
ユニは顔を上げた。汗が、首筋を伝う。
王の前で、騒ぎを起こすわけにはいかなかった。

「大丈夫です。何でもありません」

博士が、ユニの血まみれの手に目を止めた。

「しかし、その手では……」

いいえ、とチョン博士を遮って、ユニは言った。

「できます。このまま……やらせてください」





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あまるですどうもこんにちわ。

ウソ注意報発令中……。
すんまそん。頑張ってはみたんですが、インス、どーしても泣かすことができませんでした。がくっ←負け

てゆーか、あそこで泣くって、アリなの? (と無駄に足掻いてみる)
なんか眩しかったからとか、俳優さんのそーゆー嘘のよーなホントのよーな談話を見たりすると、
なんか、ねぇ。(^^ゞちっとも泣いてくれなかったデスよ、ウチのインスさん。

とゆーことで、この回の冒頭部分はあまるの妄想の産物ですのでご注意を~。
彼女のお父さんのこととかは、チャンチギのあたりでまた書けたらいいな、と思ってまする。




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2012/03/23 Fri. 00:09 [edit]

category: 第七話

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2012-03
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