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第六話 4 理由 

「庠儒キム・ユンシクには、優れた才能がありますな」

丕闡堂を望む楼閣で、ユ・チャンイク博士が言った。その視線の先には、矢が無数に刺さり、まるで縦にした剣山のようになっている的がある。
すべて、今射台で弓を構えているユ二が射たものだ。

だがそれだけの数の矢を放っても、未だ的の中央を捉えたものはない。
ユ博士と並んで弓場を見下ろしながら、ヤギョンは深く息を吐き出した。

「弓を引くだけで5日です。命中するには、いったいどれだけかかることやら」
「しかし、頑張っているじゃないですか。人に何歩も遅れている情けない自分を、それでも諦めずにいる。これ以上の才能はありません」

その才能は父親から譲り受けたものか、とヤギョンはまた、ひたむきに矢を射続けるユニに視線を投げた。
あの娘は、自分の性別すらも諦めていない。か弱い女の身で、何の後ろ盾も持たず、世間や道理に闘いを挑んでいる。自らの命を危険に晒してまで。
だが彼女はれっきとした女人だ。そんな秘密が、いつまでも隠し通せるものではない。現に、疑いを抱いている儒生もいる。

このまま、己の情熱に押されるままに険しい道を歩もうしているあの娘を、ただこうして見守っていていいものか、ヤギョンは悩んでいた。
これはまさしく、亡き師匠が弟子に課した最後の課題なのだ。道半ばにして倒れた己の代わりに、この難問を解けという。

だが、正しい答えなどあるのだろうか?師匠の残した家族の身と、あの娘の才能、その両方を殺さずに済む方法を、自分は見つけることができるのか。いったいこの自分に、何ができる───?

また一つ、ユニの放った矢が空〈くう〉を切る。
中心を捉えることはなくとも、その軌跡はただ真っ直ぐで、伸びやかだ。
少なくとも、ユニが放つあの輝きをこの手で失わせることは、間違っている。どんな理由があっても。
あの娘の師として、そして、あの娘の父に恩ある者として。
そうでしょう師匠、とヤギョンは胸に残る師の面影に語りかけた。


*   *   *

ジェシンは腹を立てていた。
何に、と問われるとよくわからない。別に今に限ったことではなく、いつもこんな風に何かに腹を立てていたような気もするが、特にそれが最近、顕著になっているような気もする。
あいつを見ていると。

「情けねぇな」

丕闡堂で、まるで何かに取り憑かれでもしたように的に向かうユンシクに、ジェシンは言った。

先輩、とこちらに顔を向けたユンシクの表情には、明らかに疲労の色が滲んでいる。これだけ昼夜を問わず打ち込んでいれば、疲れるはずだ。身体はもちろん、心も。
ジェシンにも昔、覚えがある。何度やっても命中には程遠い自分の弓に、嫌気が差してくるのだ。

「───バカなやつ」

一人でこんな無理させやがって。あの老論の野郎はいったい何をやってるんだ。
そんな腹立たしさを、ジェシンは目の前のユンシクにぶつけた。

「牛に弓を持たせた方が、お前より上手くやるだろうな」
「そんなぁ」

唇を尖らすユンシクを見下ろし、ジェシンは妙な気分になった。
なんでこいつに構うのか、自分でもよくわからない。
見ていて腹立たしくなるくらいなら、放っておけばいいのに、気がつくと目で追っている自分がいる。

今朝だってそうだ。運動すればそれだけ腹も減る。食堂で、朝っぱらからがっついていたユンシクの横に、持っていた林檎を放った。通りすがりに、何気なくやったつもりだったが、目ざといヨンハがびっくりした表情でこっちを見ていたのを知っている。
自分でもそう思うのだから、客観的に見ても相当に、ムン・ジェシンらしくない行動なのだ。おそらく。

こいつがあんまり鈍くさいからだ。ジェシンはそう結論づけた。
自分と同じ部屋から死人を出すのは、誰だっていい気はしない。

「お前みたいな鈍いやつにつける薬は一つだけだ」
「……何ですか?」

ジェシンは はっ、と息を吐いて笑うと、いきなり腰を屈め、ユンシクの脚を抱えて肩に担ぎ上げた。

「わわっ!ちょっ……先輩!」

肩の上で苦しげな声を漏らすユンシクに構わず、ジェシンはずかずかと丕闡堂を横切っていった。
弓の練習に来ていた儒生たちは皆、荷物のように運び出されるユンシクを呆気に取られて見送った。

東斎の裏手まで来てから、ジェシンはようやくユンシクを降ろした。
来る途中、食堂からくすねてきた小振りの瓶を、平らな石の上に置く。そしてユンシクの右手を掴むと、無理矢理その中に突っ込んだ。

「いっ……!」

綺麗な顔がたちまち歪んだ。そりゃあ滲みるだろう。あれだけやっていれば、手のひらの状態なんて見なくてもわかる。

「我慢しろ。酒が薬になる」

これでは、折角作ってやった弓懸も意味がない。
苦痛に歪むユンシクの横顔を見ながら、ジェシンは心の中で舌打ちした。

「“ためる”んだよ」

唐突な言葉に、ユンシクが「え?」と顔を上げる。

「ギリギリまで矢を放さず、最後まで弦を引ききるまで待つ。それが"ためる"ってことだ」
「ためる……」
「この手じゃ無理だ。命中するわけがない」

ジェシンが手を離すと、ユンシクは酒に浸していた腕を引き上げ、傷だらけの手のひらにじっと目を落とした。

「なぜだ?出世か?それとも自尊心か」
「え?」
「大射礼。優勝して、どうする気だ」

お前がそこまでして得たいものは何だ?
訊ねるジェシンに、ユンシクは微笑んだ。

「見せたいんです。“ぼくにもできる”“信じてもいいんだ”って、自分自身に。この世に一人くらいは、ぼくを信じてくれる人が必要だから」

口にしたのがユンシクでなければ、そんな理由を到底信じはしなかっただろう。
だが不思議なことに、彼の言葉はジェシンの胸にすとんと素直に落ちてきた。
人は欲の塊だ。金とか出世とか力とか、そんなもののために死に物狂いになる者はいても、己の信念のために馬鹿をやらかす奴は少ない。
そんな馬鹿な男を、ジェシンは過去に一人しか知らない。

そうか。だからか、とジェシンは自分の不可解な行動に納得した。
こいつを見ていると思い出すからだ。同じ眼をしていた、あの馬鹿な男を。
ついでに言うなら、あの忌々しい老論の野郎を部屋から追い出せない理由も、多分同じだ。

「……イ・ソンジュンかぶれか。口が達者になったな」

酒で濡れた指をピン、とユンシクの顔の前で弾く。くしゃっと鼻に皺を寄せた彼は笑って、握った拳を突き出した。

「これは、先輩に習いました。大射礼に出ないと、後悔しますよ」
「あぁ?」
「……もしかして、優勝する自信がないとか?」

悪戯っぽい上目遣いが、ジェシンを見上げる。

「心配はいりません。ぼくに任せてください。先輩は頭数だけ揃えてくれれば、それで充分です」

生意気言いやがって、とジェシンは笑った。ユンシクも笑う。ふと、その笑みを収めて、ユンシクは言った。

「大射礼には……必ず出てください。お願いします」

彼の眼は真剣だった。ジェシンが返す言葉を失うほど。
頭を下げ、踵を返す。
そうだ、と言って、彼は振り返った。

「まだ言ってませんでしたよね。……これ」

親指から弓懸を外し、顔の横で振った。

「それから、林檎の差し入れも。ありがとうございます、先輩」

にこっ、と笑って、ユンシクはまた頭を下げた。
戻っていく、彼の後ろ姿。

「───ヒック」

いきなり出たしゃっくりが、ジェシンを現実に引き戻した。彼はそこで初めて、自分が束の間、ぼうっとしていたことに気付いた。

なんでだ?

ジェシンの戸惑いを他所に、しゃっくりは止まらない。というか、これはいつにも増して酷い。

訳のわからない自分のそんな反応を、ヨンハが物陰から面白そうに眺めていたことなど、知る由もないジェシンだった。






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2012/02/02 Thu. 10:32 [edit]

category: 第六話

thread: 二次創作:小説 - janre: 小説・文学

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第六話 5 佳郎 

同じ頃。薬房でチョン博士の診察を受けていたソンジュンは、少し遅れて丕闡堂に来た。弓場にはユンシクの姿はなかったが、置きっぱなしになっていた弓が、たった今まで彼がそこで練習していたことを物語っていた。

ソンジュンは弓を手にとった。六一閣に置いてあった弓の中から、彼が小柄なユンシクに合わせて選んだものだ。握りの部分に張られた革はまだ新しかったはずだが、既にぼろぼろに擦り切れてしまっていた。
そこにそっと手を触れるソンジュンの口元に、微かな笑みが浮かぶ。誰が何を言わずとも、弓は明白に教えてくれた。キム・ユンシクがどれだけ頑張ってきたのかを。

「なかなかやるな」

そう声を掛けてきたのは、掌議ハ・インスと取り巻きたちである。

「キム・ユンシクを人並みにしたようだな。褒めてやろう。だが、私の弓に情けはない。当然、手加減もしない。覚悟しておくんだな」

ソンジュンは無表情にインスを見返した。

「その弓が、敗北も受け入れる弓だと良いのですが」

成均館の掌議に対し、相変わらず一歩も譲らずそう言ってのけるイ・ソンジュンに、ビョンチュンらが思わず身を乗り出した、まさにその時である。

「お兄様」

一触即発の空気を破り、下女とともに射台ににこやかに上がってきた人物がいた。
ビョンチュンの顔が途端に崩れる。

「お嬢様!」

ヒョウンはビョンチュンには一切目もくれず、ソンジュンに向かいしとやかに会釈した。

「まあ……まさか、ソンジュン様もいらしたなんて。私、夢にも思いませんでした」
「何をしに来た」

6人もの下女を引き連れてやってきた妹に、怪訝な顔でインスが訊ねる。だがヒョウンはそれにすら答えず、ただうっとりと頬を染めてソンジュンを見つめている。
ソンジュンの表情に明らかな当惑の色が浮かぶのを見、インスは眉を潜めた。



「新榜礼の夜、奴は北村には行かなかったと言わなかったか」

大司成の部屋へと向かいながら、インスが尋ねた。ビョンチュンがおどおどと答える。

「間違いありません、掌議。あの場にいた私たちが見逃すはずがありません。な、なあ、コボン」

コボンも必死に頷くが、インスの口元には彼らとは逆に、この事態を面白がるような笑みが浮かんでいる。

「……誰かが奴に手を貸していたとすれば、不可能ではないな」
「でも、おかしいじゃないですか。それならなぜ、イ・ソンジュンは嘘をついたんです?小便まみれになるとこだったんですよ」

どうやら、思わぬところで妹は活躍をしていたらしい。インスは胸の内で密かにほくそ笑んだ。


正録庁に隣接する大司成の部屋では、ハ・ウギュが大司成の歓待を受けていた。

「兵曹判書様ばかりか、お嬢様まで来ていただけるとは……恐縮の極みです」

ウギュは出された茶を一口すすり、それは言いっこなしです、とでも言うように眉を上げた。

「今日は兵曹判書ではなく、一人の父親としてお邪魔したのですぞ、大司成。息子が成均館の学生を代表する立場であれば、是非とも大射礼の陣中見舞いに来なければと思いましてな」

とそのとき、バタンと扉が勢い良く開き、掌議ハ・インスがすたすたと室内に入ってきた。

「これはこれは、我が成均館の大黒柱!お父上に似て、すらりとした気品溢れる……」

大司成が早速大仰な世辞を並べ立てようとするが、インスはそれを黙殺し、父に一礼した。

「随分突然のお出ましですね、父上」

ウギュは息子の腕を掴むと、その手に茶器を置き、急須からとくとくと茶を注いだ。

「敵陣を攻める時は、奇襲攻撃が最も効果的だ。守りを固める隙を与えてはならん」

言われずとも承知していますよ、とインスは茶器を握り締め、薄く笑った。


*   *   *

一方。ジェシンのしゃっくりは先程から一向に治まる気配はなく。

「おかしい。絶対におかしい。お前のしゃっくりは女がいるとき限定だ。しかしここは女人禁制の成均館……いったいどこに女がいる?ん?」

ヨンハがしつこく探りを入れるが、当のジェシンにさえわからないものを、説明できるはずもない。
執拗な追求にいい加減うんざりしたジェシンは、ヨンハの首根っこをぐいと掴むと、たまたま目に入ってきた女たちの集団を指差した。

「───あそこだ」

そこには、清斎の庭先に思い思いに散らばる儒生たちの間で、忙しげに立ち働くヒョウンの姿があった。




ユニは木陰に座り、下女たちと共に差し入れの料理を配って回る令嬢の姿をぼんやりと見つめていた。
ついさっき、ソンジュンが彼女と親しげに言葉を交わしているのを偶然見かけてから、何だか変に気持ちが沈んでいた。

───あんな、顔するんだ。

ユニには見せたことのない、ソンジュンの、女性に対するときの表情。
礼儀正しい、だが労るような優しさを湛えた、そんな眼差しで、彼女を見ていた。
ずきりと、胸が疼いた。

あの令嬢には見覚えがあった。貰冊房で、下女を通じてユニに恋文を依頼した両班の娘だ。
では、彼女の想いは通じたのか。自分が恋文を代筆するまでもなく。

「あの女だったか」

振り向くと、いつの間にかすぐ傍に来ていたヨンハが、ユニの隣に腰を降ろした。

「あの人が……どうかしたんですか?」
「新榜礼のときのことさ。イ・ソンジュンが北村に行かなかったと嘘をついた理由。男どもの好奇の目から、あの女を守るためだったってこと。ま、あいつらしいと言えばそうなんだけど」

“今を盛りと咲き誇る芙蓉花を折れ”

新榜礼でのソンジュンの密命はそういうものだったと、後からユニはヨンハに聞いたのだ。

「じゃああの人が、芙蓉花……」

ユニはまた彼女に視線を移した。風に揺れる赤いチマと、長い髪に垂らした細布〈テンギ〉が綺麗だ。いつもは騒がしくて品のない儒生たちが、彼女の前では皆一様にかしこまっているのがわかる。

「美人だよな。確かに小便の川に落ちるだけの価値はある……。あ!」

ぱちん、と指を鳴らして、ヨンハが言った。

「今思いついたよ、イ・ソンジュンのあだ名。佳郎〈カラン〉だ!今日からあいつのことをカランと呼ぼう」
「カラン?」
「美しく最高の婿って意味。ぴったりだろ?兵曹判書の令嬢の婿として、あいつなら申し分ない」
「……そうですね。ぴったりかも。“佳郎”」

そう口にしたものの、なんとなく面白くなくて、ユニは茹でたジャガイモに齧りついた。口の中の水分が、“佳郎”の言葉とジャガイモに一気に奪われて、まるで砂を食べているみたいだった。





***********************************************
あまるですどうもこんにちわ。

相変わらず寒い日が続いてますが、皆さんお元気ですか?
あまるは風邪ひきました。幸いインフルエンザではなかったのデスが、たいして熱がないもんだから会社を休むわけにもいかず、そのせいかいつもより長引いている気が……(^^ゞ

具合の悪いときは無理せず休んだ方がいいですヨ!
てか仕事……。普通に休めるようにどーにかするべきだよなぁ~ハァ。

サテ、次回はいよいよ鬼コーチソンジュンがユニにご褒美を!でござるの巻。
大筋はできてるので、なるべく早くアップします~。ではまたっ!


ああ~前髪伸びてきたユチョが可愛いすぎるぅ~←きすみょんサイン会動画に萌え死




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2012/02/08 Wed. 02:25 [edit]

category: 第六話

thread: 二次創作:小説 - janre: 小説・文学

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第六話 6 想い 

「お怪我の具合は、いかがですか?」

大成殿の前庭で、ソンジュンの半歩後を歩きながら、ヒョウンが訊ねる。ソンジュンはぴたりと足を止め、彼女を振り返った。

「どうして、怪我のことを?」

えっ?とヒョウンは一瞬、動揺したように目を泳がせたが、すぐに微笑んで言った。

「それは……その、兄に聞いたんです。兄も、とても心配しておりました。私に、成均館へ来いと言うものですから、仕方なく……」
「掌議が?」
「はい」

ソンジュンは眉を潜めた。新榜礼の密命にしても、今回のことにしても、彼は一体何を考えてる?
まさか気に入らない人間を陥れるために、家族まで利用するようなことは、いくらあの掌議でもしないだろうが───。
企みが読めないだけに不気味だった。

「もう、ここにいらしてはいけません」
「え?」
「成均館の女人禁制は国法です。両班のご息女が法を犯しては、民の模範となることはできません。───では」

慇懃な態度をあくまでも崩さず、ソンジュンは一礼し、踵を返した。涙に湿った声が、その背を追いかける。

「わかりました。貴方がそうおっしゃるなら、もうここへは参りません。ですから次は、ソンジュン様がいらしてください。……私に会いに」

濡れた瞳が、ソンジュンを見つめて微笑んだ。彼は少し困ってしまった。こういうとき、君子は女人に対してどう振る舞うべきなのだろう。
そんなことを彼に教えてくれる書物はなかった。ソンジュンはただ困惑して、笑みともつかぬ曖昧な表情を口元に浮かべるしかなかった。


*   *   *

的に描かれた獅子の顔に、鋭い音とともに矢が突き刺さった。
昌徳宮の弓場。今日は風もなく、弓を射るにはいい日和だ。王正祖は満足気に口の端を上げると、傍らに控えるチェ・ジェゴンを顧みた。

「これなら明日、恥をかくこともあるまい?」

王はそう言ったが、ジェゴンは彼が、弓術の天才であることを知っている。自ら壮勇営という王直属の大兵団を指揮する王だ。少々年をとったからといって、日々の鍛錬を怠るはずはない。
若い頃と違い、近年の王はそうやって自身を凡庸に見せることで己を守っている。その姿が痛々しく、ジェゴンは深く低頭した。

「長年の悲願が、一つ叶えられるのです。明日を境に、これからすべてが成就していくことにございましょう」

王は的の方へと視線を投げた。今にも獲物を食らわんと口を開けた獅子の顔の中心に、すっくと突き立つ一矢。
己の手を離れた矢の行方を、最後まで見届けるべきだった。王として、いや、共に同じ夢を追った友として。

「これは、余のために若くして命を落とした、我が古き友の悲願でもあるのだ」
「成均館の、キム・スンホン博士のことにございますか」

王は、科挙のときに見た少年の美しい、だが理知的な眼差しを思い返した。

「キム・ユンシクといったか……。余はあの者に大きな借りがある。それを、いかに返せばよいものか……」

矢を取り、再び獅子に向かって弓を構える。きりきりと限界まで引き絞って、王は指を離した───。


*   *   *

夕食後、いつものように丕闡堂へと向かっていたユニは、入り口でチョン博士に出くわした。
その険しい顔に向かい、深く一礼する。背負っていた矢筒の中の矢が、背中でガランと音をたてた。
チョン博士はあたりを伺うように視線を泳がせると、低く言った。

「……いよいよ明日だ。優勝すると約束したな」
「ちゃんと覚えています」

ユニが言うと、チョン博士はにわかに強い声音で「まだ的に命中もしていないのにか?」と言った。

「今なら間に合う。己の罪を反省し、黙ってここを去るなら、お前と家族の命は助けよう」

以前の自分なら、チョン博士のくれたその逃げ道を喜んで選んだだろう。けれど今のユニには、迷うことすらなかった。どうせこの成均館を出ていかねばならないのなら、後悔しない方を選ぶ。全力でぶつかって、それでも駄目なら、きっと諦めもつく。

「今やっと、弓を構えたところなんです。矢を全て射るまでは、的から逃げるつもりはありません」

頭を下げ、ユニは通用門を跨いだ。
ほんとにイ・ソンジュンかぶれみたい。
ちらりと、そんなことを思った。



ゆらゆらと燃える篝火の向うに、赤い的が見える。

『大切なのは呼吸だ。矢を飛ばすのは弓だと思うか?』

胸の中に空気を満たし、弓を構える。ゆっくりと吐き出しながら、弦を引いて、止める。

『“ためる”んだよ。ギリギリまで待って、弓を引き絞るんだ』

ソンジュンとジェシンの声が、まるでユニの耳元で囁いているかのように、はっきりと聞こえる。
腕が震えそうになるのを堪え、指を離した。

タンッ、と音を立てて刺さった矢は、相変わらず的の中心をかすりもしない。
二本目、三本目と繰り返すうちに、惜しい位置に当たるようにはなってきた。だが。
相手はあの掌議である。命中させなければ、優勝は絶対に無理だ。

「最後の一本……」

矢を全て射終えるまでは、逃げない。そう誓った。
でも、その最後の一本がもし駄目なら?

天に祈るような気持ちで、矢をあて、きりりと弓を引き絞った。

───当たれ!

ユニの指を離れた矢が、僅かな弧を描いて的に向かい飛んでゆく。ユニはその先に目を凝らした。
矢は、少しもぶれることなく、すとんと的の中心に突き刺さった。

今までの苦労がまるで嘘のように、呆気無く。

「……あ」

もう一度、篝火の向うに目を凝らす。ユニが放った矢は確かに、的の心をしっかりと捉えていた。

やった……!

嬉しさが、一呼吸ほど遅れてユニの胸で弾けた。思わず大きな声を上げそうになって、手で口元を覆った。
それでも堪え切れずに、足が勝手にピョンピョンと飛び跳ねてしまう。

練習を始めた頃は、弓なんて見るのも嫌だった。だが今は、共に苦労した同志のように愛しい。ユニはすっかりすり切れてしまった握りの部分を見つめ、ぎゅっと胸に抱き締めた。

伝えなきゃ。命中したって。とうとうやったよって。それから……。

ふと、気配を感じて視線を上げる。そこに、たった今彼女が思い浮かべた顔───イ・ソンジュンその人が立っていた。
ユニは夢中で、的を指差した。

「見た?見ただろ?ほら、あれ!命中したんだ、ぼくが……ぼくが、命中させたんだ!」
「できて当然だ」

はしゃぐユニとは対照的に、ソンジュンはさらりと言った。

「……知ってたってこと?ぼくがやり遂げるって」

ソンジュンはユニを一瞥すると、片眉を上げた。

「ああ。君に手取り足取り教えたのはこの僕だ。できないはずがないだろう」

ぽかんと口を開けたユニに、ソンジュンは続ける。

「都で一番の巨擘を捕まえ、成均館の学生にした僕だ。忘れたのか?芸をする───クマめ」

そう言ってユニを見下ろす彼の顔は、相変わらず小憎らしい。
ユニは呆れて、息を吐き出した。まったく、どこまで自信家なんだか。いつだって自分が一番偉いんだから。

「やっぱりね。“佳郎”なんて柄じゃない。君には、”ワン殿”の方がぴったりだ」

ちょっとくらい褒めてくれたって、とユニは口を尖らせ、ソンジュンに背を向けた。明日はいよいよ本番だ。今夜は早めに寝てしまおう───。

「頑張ったな」

───え?

ぴた、と足を止め、ユニは振り返った。そこには、的をじっと見詰めるソンジュンの横顔があった。

「よくやった。偉いぞ、キム・ユンシク」

彼はそう言って、ユニを見た。そして、溢れるように笑った。
それは、ユニが初めて見る、ソンジュンの笑顔だった。

イ・ソンジュンが笑ってる。あの、いつも冷静で無表情でクソ真面目で馬鹿みたいに頑固で、人を怒らせることしか言わない、イ・ソンジュンが。

ユニは自分の目が信じられずにぼうっとしていたが、彼の笑顔が優しいので、つられて微笑まずにはいられなかった。
それまで肩にずっしりとのしかかっていた疲れが、その瞬間、何処かへ消えてしまった。
ソンジュンが笑って、よくやったと褒めてくれた。たった、それだけで。

ユニはようやっと自覚した。
ソンジュンが芙蓉花といるのを見たとき、どうして胸が疼いたのか。
彼をカランと呼ぶことが、何となく面白くなかったのはなぜなのか。

好きだったのだ。彼を。

たぶん、もうずっと前から惹かれていた。
クソ真面目で融通のきかない、だけど人一倍努力家で、真っ直ぐで、純粋なイ・ソンジュンその人に。

もっと笑ってくれるといい。
そう思うのに、ソンジュンの笑顔が眩しくて、ずっと見ていることができない。
俯きがちに微笑みながら、ユニは、虫の音よりも高く響く自分の心臓の音を、聞いていた。





**************************************************
あまるですどうもこんにちわ。

すいません。ワタクシ嘘つきました(^^ゞすぐアップするとか言っときながらこの体たらくです。
この回のソンジュンはどんだけオレ様よ、って感じがたまらんです。しかもユニがぴょんぴょん飛び跳ねて喜んでる背後で、うす~く笑ってる顔がなんともイヤラシく、激しくツボでした(爆)

と、こんなところでいつも何ですが、拍手コメくださった ち●●さま(なんか伏字にすると妙なことになりましたが他意はありません(^^ゞ)
コメありがとうこざいます(^^)体調の方もお気遣いありがとうです。皆さんの愛するドラマを、なんか変態的に書いてるだけのワタクシの文章を読んでくださり、感想までいただけることは無上の喜びです。
番外編の続きも、ちんたらペースではありますが書いていこうと思ってますので、これからもお気軽に遊びにいらしてくださいね~(^^)



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2012/02/13 Mon. 18:41 [edit]

category: 第六話

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第六話 7 眠れぬ夜 

息をきらして部屋に飛び込んできたコボンが、叫んだ。

「あ、当たった!テムルの奴が、命中させやがった!」

さっ、と顔を強張らせたビョンチュンが、インスを振り返り、繰り返す。

「掌議、命中です」

インスは弓を磨く手を休ませることなく、言った。

「なかなかやるな。だがそれがどうした。私には───お前がいるだろう?」

含みのある表情で、ビョンチュンに視線を投げる。
こういう言い方をするときのインスが、ビョンチュンは一番恐ろしい。敢えて自分は指示を出さず、考えろというのだ。

お前が自分で考えて、行動しろ。私はそれを見ているぞ───。

彼は成均館の掌議だ。立場上、自ら手を汚すことはできない。そういうことは皆、インスの手足と自負する自分がやってきた。それはこれからも同じだ。

ビョンチュンは ははは、と乾いた笑い声を上げた。

「もちろん、おっしゃるとおりです、掌議」

はは、とビョンチュンはもう一度、笑った。コボンもカン・ムも黙っている。しんとした室内に、彼の笑い声は虚しく響いた。


「キム・ユンシクめ……命中させたか」

自室へと戻る道すがら、ビョンチュンはイライラと爪を噛みながら呟いた。コボンが不安げに訊ねる。

「大丈夫なんだろうな、ビョンチュン」
「何がだ」
「あいつらに負けでもしてみろ。お前、掌議に捨てられるぞ」

バシッ、とコボンの顔面に平手を食らわせ、ビョンチュンは噛み付いた。

「負けるわけがあるか!キム・ユンシクのはまぐれ当たりだが、俺は何度も命中させてる!それに、どうせコロがいなきゃ、大射礼にだって出られないんだ。大丈夫だ。問題ない、何も」

すたすたと先を歩くビョンチュンを、コボンが追いかける。先程の平手打ちが思いの外効いたらしい。つうっ、と出てきた鼻血を、彼は慌てて手の甲で拭った。


*   *   *

その晩、牡丹閣の門前に左議政イ・ジョンムを乗せた輿が到着した。

「ようこそお越しくださいました、大監」

数人の妓生を従え、一行を出迎えたチョソンが、静かに頭を下げる。その横には、先に来ていたらしい兵曹判書ハ・ウギュ、大司憲ムン・グンスの姿もあった。
不定期ではあるが、彼ら官僚は多いときは月に数度、こうした会合の場を設けている。王宮の外で一同に会し、彼らが何を話しあっているのかは、民はもちろん、王にさえ知らされることはない。

地面に降ろされた輿から、イ・ジョンムが立ち上がった、そのときだった。
彼の頬を、一本の矢が鋭く掠めた。牡丹閣の門柱に突き刺さった矢には、真紅の結び文。
妓生たちが、一斉に悲鳴を上げる。

「紅壁書だ!」

牡丹閣の門前は、たちまち騒然となった。

「あそこだ!」

月明かりの屋根の上、黒い影が閃いた。ハ・ウギュが叫ぶ。

「なんと不届きな!今すぐ捕らえよ!早く追え!」

兵曹判書の号令一下、官軍が紅壁書の影を追う。だが黒い影はひらりひらりと屋根の上を駆け抜け、彼等を嘲笑うかのように姿を見せては消え、を繰り返す。
ふと、その動きが止まった。
牡丹閣の丁度裏手にある、民家の屋根に身を潜めたときだ。
彼は塀の向う側で、左議政イ・ジョンムに叱責され、低頭する大司憲ムン・グンスの姿を見た。

「大司憲殿の仕事は、私の無事を気遣うことですか。貴方が監察の責務を果たしていれば、このような文書がまかれることはなかったでしょうな」
「お許しを、大監」

老論の長の前で、大司憲ともあろう者が老人のように肩を丸め、小さくなっている。
瓦を掴む紅壁書の手に、力がこもった。

「いたぞ!」

官軍の声に、彼は はっとして身を翻した。
無数の松明の灯りが、彼の動きを照らし出す。
途中、割れた瓦に足を取られ、彼は不覚にも屋根から滑り落ちた。

「こっちだ!」

あっという間に官軍に取り囲まれる紅壁書。だが彼の動きは俊敏だった。次々と襲いかかる官軍兵の槍を難なくかわし、鮮やかな蹴りを繰り出す。一人、また一人と官軍兵が地面に転がった。
一瞬の隙をついて、官軍兵の剣が紅壁書の頬を掠めた。その顔を覆っていた布がぱらりと外れ、ほんの刹那、彼の端整な口元が現れる。

彼は再びさっと布で顔を覆うと、官軍兵の背中を蹴飛ばして素早く屋根に飛び移った。
その背中に向かい、兵の一人が弓を構える。
放たれた矢は、逃げる紅壁書の横腹に突き刺さった。
よろめく影が、屋根の向うに消える。

「追え!奴は傷を負っている!遠くへは行けないはずだ!」

一斉に走りだし、通りを抜けた官軍兵たちは、地面に広がる赤い血溜まりを見た。
だがその先はもう泮村である。格子を立てた書吏たちが、官軍の行く手を阻んだ。

「ここは成均館のある泮村です。官軍はお引取り願います!」

官軍兵の指揮官は忌々しげに口元を歪めると、「行くぞ!」と吐き捨てるように言い、踵を返した。

その僅か数尺離れた物陰で、血の気を失った紅壁書が、荒い息をつきながら覆面を取り払った。
現れたのは成均館の暴れ馬、ムン・ジェシンの苦痛に歪む顔だった。



「“現朝鮮は老論の世。血に染まりし金縢之詞が真に姿を現すとき、彼らは罪人として裁かれるだろう”───」

ぐしゃ、と壁書を握り潰し、ハ・ウギュは怒りに頬をひくつかせた。

「一体何者だ。恐れ知らずめ」

イ・ジョンムがおもむろに口を開く。

「この世を断罪できると信じる純粋さ。たかだか1本の矢で、世を変えようという幼さ───これは若造の仕業ですな」
「大監、何を悠長な」
「加えてこの文才。成均館の学生に違いありません」

ジョンムの目に、険しい光が宿っている。傍らに控えるムン・グンスが息を呑んだ。
ウギュが眉根を寄せ、問い返す。

「成均館の学生ですと?」

ジョンムはウギュを一瞥し、言った。

「明日の大射礼で、奴を捕らえてください、兵判。これは、私があなたに与える最後の機会です」

ウギュはジョンムの冷ややかな視線から逃れようと横を向くと、深く息を吐き出した。



その頃、成均館ではユ博士が書吏たちを集め、注意を促していた。

「紅壁書が今夜も泮村に逃げ込んだらしい。学生に動揺がないように気をつけてくれ」

頷く書吏たちの顔は、どこか不安気だ。

「なんでも、矢を射られて、かなり出血してるとか」
「紅壁書が怪我を?」

官僚たちの不正を、見事な文章で糾弾してみせる紅壁書に、痛快な思いを抱いているのは彼等も同じだ。まるで身内を心配するように表情を曇らせる。
とそのとき、背後の草むらで どさりと物音がし、彼らは振り返った。
灯籠を掲げ、物音のしたあたりを伺うが、そこには誰もいなかった。

「ネズミだけじゃなく、今夜は泥棒猫まで出たかな」

書吏の一人が肩をすくめる。彼等はユ博士とともに、就寝前の点呼へと向かった。



「ムン・ジェシンは今夜も外泊か?」

東斎の中二房の前で、ユ博士はまたか、と眉を潜めた。目の前に並んで立つソンジュンとユ二の顔は深刻だ。

「ムン・ジェシン、5点減点」
「5点減点!」

書吏が帳面に書き記す。
するりと、ビョンチュンがユ博士の横に来て、言った。

「質問があります」
「何だ」
「もし明朝になってもコロが戻らない場合、どうなりますか」

一呼吸置いて、ユ博士は答えた。

「大射礼は部屋ごとの参加が規則だ。同室生の一人でも欠ければ、参加は認められない。ムン・ジェシンが戻らなければ、イ・ソンジュン、キム・ユンシク、君等二人も失格となる」

ひひひ、とビョンチュンとコボンがにやつく。
すかさず、ユニは言った。

「戻ります」

ソンジュンと、離れて並ぶヨンハがユニの横顔を見る。

「ムン・ジェシン先輩は必ず戻ります。ぼくは待ちます。ですから、時間をください」

夜は更けてゆく。刻々と。そしてやがて朝が来る。だがユニは信じていた。
約束なんてしてない。でも、コロ先輩は必ず戻ってくる───。


「時間なんてないんですよ!」

バン、と両手を机の上に叩きつけ、大司成が叫んだ。

「座して暴れ馬を待つのですか?今すぐ泮村の酒場に探しに行くか、でなければ、イ・ソンジュンとキム・ユンシクを別の組に入れなさい!」

大司成の勢いに、ぐらぐらと筆掛けが揺れているのを気にしながら、「しかし……」とユ博士が言葉を濁らせる。

「左議政様もお越しになるんですよ!ご子息が失格なんて、格好がつかないじゃありませんか!」
「ですが、それが原則です」

そう答えるユ博士の表情にも、苦渋の色がありありと浮かんでいるのだが、自分のことで手一杯の大司成には、それに気づく余裕がない。
「どうしてそんなに冷たいんですか!」と彼は太った身体を捩らせた。

「考えてもみてください。二人共、何十日も懸命に弓の練習をしてきたんです。その努力を、無にするつもりですか!」

珍しく教育者的な台詞を吐いた大司成は、助けを求めるようにヤギョンを見た。

「チョン博士の意見は?どうお考えですか?」

それまで微動だにせずに二人のやりとりを聞いていたヤギョンは、静かに口を開いた。

「大射礼の開始までは、まだ時間があります。───待ちましょう」

ああもう、と大司成は頭を抱えた。

「まったく、どいつもこいつも頭の堅い……」

大司成の大きな溜息が、正録庁に響いた。


*   *   *

小さな虫の音が、中二房の室内にひっそりと聞こえている。
扉の隙間から、生ぬるい空気とともにするりと滑りこんできた不安は、ユニの胸で次第に大きくなり、彼女を眠らせようとしなかった。

「もう寝たらどうだ」

ユニと同じく、横になったままじっと天井を見つめていたソンジュンが ぽつりと言った。

「……確かに、コロ先輩は成均館には合わない人だ。無礼で、規則も守らないし」

そんな悪口、聞きたくない。
ソンジュンに背を向けたユニだったが、彼は続けた。

「だが、誰かが懸命に努力した時間を踏みにじるような、無責任な人じゃない」

ユニは、主のいない枕と布団を見つめた。
そう、みんな知ってる。コロ先輩がほんとはどんな人かってことくらい。だから───

「だから、心配なんだ……」








***************************************
あまるですどうもこんにちわ。

ちょみっと宣伝です。
リンク欄に、地下への入り口を作りました。
地下といっても別にエロへの魅惑の扉ではありませんので、一瞬期待した方はごめんなさい(^^ゞ
ソンスとは関係ないモノを好き勝手にブチ込む支離滅裂なサイトになるかと思いますので、
気が向いたら暇つぶしに覗いてやってください。
でわ、コチラともどもよろしくです(^^)





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2012/02/17 Fri. 03:49 [edit]

category: 第六話

thread: 二次創作:小説 - janre: 小説・文学

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第六話 8 闘いの日 

赤黒い血にまみれた手が、震えながら棚の上を這う。そこに並んだ真鍮の器を探し当てると、ジェシンは蓋を叩き落とし、中に入っている煙草の葉を乱暴に掴んだ。
矢が刺さったままの腹部に葉を押し当て、反対側の手で矢を一気に引き抜く。
どっと吹き出す血と共に、くぐもったうめき声が享官庁の暗がりに響いた。

指の間から溢れ出す血が、みるみるうちに床に広がってゆく。彼が意識を保てたのはそこまでだった。
張り詰めていた糸が断ち切れるように、彼はばたりと床に倒れ込んだ。


*   *   *


宮中、兵曹判書執務室。官軍の指揮官に向かい、ハ・ウギュは眉間に皺を寄せた苦々しい顔つきで手元の書を指し示した。

「紅壁書の人相書きだ。射法と合わせて頭に叩き込め。もし成均館の学生なら、捕えるのは明日しかない」

官軍の指揮官は人相書きを手に取り、注意深く眺めた。紅壁書には何度かしてやられたが、あの弓の腕前は並大抵のものではない。もし成均館にそんな学生がいたら、すぐにわかるだろう。

「成均館は官軍が踏み込めない区域だ。役人の姿で入り込み、密かに捜しだせ。わかったな」
「はっ!」

このところ度々紅壁書の壁書に上がっている“金縢之詞”の文字。
奴を捕らえよと王は命じたが、ウギュには、王がその後、紅壁書をどうするつもりなのかが全く見えない。紅壁書の狙いはおそらく、自分たち老論が大部分を占める現官僚たちの失脚だ。だとすれば、王と紅壁書は目的を同じくする同志と言える。
奴が金縢之詞について何か知っているなら、王との結託を絶対に許してはならない。

「王より先に我々が捕えるのだ。場合によっては───その場で始末しろ」


*   *   *


翌日。
いよいよ大射礼の本番を迎えた成均館は、早朝から大わらわだった。
会場となる丕闡堂には赤や青の天幕がはためき、玉座を中心とした来賓席を鮮やかに彩っている。書吏たちは、ずらりと並んだ長机に、儒生たちの対戦表を少しのずれもなく配って回るのに忙しい。

別の一角では、茶母たちが宴会の準備を着々と進めていた。大司成の監視の下、顔が映るほど磨き上げられた皿や茶器の数々が、所狭しと卓子に並べられていく。

やがて、丕闡堂の門が開いた。
東西に分かれた儒生たちは、それぞれ青紫と浅葱色の競技服に身を包み、長い列を組んで会場入りした。

別の門から姿を現したのは、華やかに着飾った妓生たちである。こちらは、チマをつまんで優雅に歩きながら、儒生たちに意味ありげな視線を投げていく。そのたびに、周囲の儒生たちから雄叫びにも似た歓声が上がった。
先頭を歩くチョソンが、男たちにしきりに愛想を振りまくエンエンやソムソムをたしなめるように一瞥する。彼女たちは肩をすくめ、すぐにチョソンに習ってすました表情を作った。

一方雲従街では、大道芸人の打ち鳴らす賑やかな鉦の音が、市場通りに響き渡っていた。何事かと集まってきた人々に、手にしたチラシをばらまいているのは貰冊房の店主、ファンである。

「さあさあ、めったに行われない成均館の大射礼だ!山奥の婆さんから、宮中の王様まで、手に汗握る成均館の大射礼だよ!」

高らかな口上と共に、ファンが鉦の調子に合わせて身体を揺らす。日頃から娯楽に飢えている人々はそれだけでもう興奮気味だ。歓声を上げ、一緒になって踊りだす者までいた。

「お代は3文!大射礼の生中継が3文ですよ!」

両手を上げて盛り上がる人々の中、やせ細った手が、ばら撒かれたチラシを拾った。大射礼開催の宣伝文を食い入るように見詰める。そこにわが子の近況を知る手掛かりなど何もなかったが、彼女は弓など握らせたことのない娘を思い、表情を曇らせるのだった。


*   *   *


「よい弓術日和だ」

景福宮。成均館への出立の準備が整い、健春門前にずらりと並んだ臣下たちに向かって、王はにこやかに言った。
左議政イ・ジョンムを筆頭に、宮廷の重鎮たちが一斉に頭を垂れる。

「昨夜は大変だったようだな」

紅壁書の矢が、時の左議政の頬を掠めた事件は、昨夜のうちに王の耳にも届いていた。
ジョンムが、さらに低頭する。

「恐れ入ります、陛下」
「恐れ入るのは余の方だ。王が不甲斐ないせいで、失政への批判の矢が臣下に向いてしまった」

大司憲がすかさず言った。

「どうか、そのようなおっしゃりようはおやめください、陛下」

王は小さく微笑むと、「兵判」とハ・ウギュに目を向けた。

「紅壁書を早く捕まえてくれ。これでは左議政に申し訳がたたん」

ウギュにとっては言われるまでもないことだ。王のためというより、左議政のためと言った方がいいかもしれないが。

「この身を賭して王命にお応えいたします」
「ただし」

ウギュの胸の内を見透かしたように、王はさらりと言った。

「今日はよい」
「は?よい、とは……?」
「今日だけは、政の一切を宮中に置いていく。そなたたちも、そのようにするがよい」

今回の大射礼は、老論の官僚たちが反対する中、王が亡き父を偲ぶための行事だと官僚たちの感情に訴える形で開催が決定した。王は、あくまでもその姿勢を崩さぬつもりなのだ。
涼しい顔で輿に乗り込む王を見ながら、一体王は何を企んでいるのかとウギュはますます眉間の皺を深くした。


*   *   *


格子窓から差し込む陽が、横たわるジェシンの頬を照らしている。うっすらと瞼を開いた彼は、意識と同時に戻ってきた痛みに顔を歪ませた。

「く……っ!」

出血はどうにか治まっていたが、少しでも動くと激痛が全身を襲った。

「大射礼は……失格だな……」

よりによってどうしてこんなときにこんなヘマをやらかしたのか。我ながら情けなさ過ぎて笑えるほどだ。
実際、笑っていたかもしれない。痛みと出血のせいで靄がかかったようなジェシンの脳裏に、ユンシクの顔がちらついた。

『ぼくに任せてください。先輩は、頭数だけ揃えてくれれば充分です』

悪いな、テムル。俺には、それすらできそうにない。

『大射礼には……必ず出て下さい。お願いします』

急に真顔になって、頭を下げた。握りしめた手は、傷だらけだった。

『まだ、言ってませんでしたよね。ありがとうございます、先輩』

にっこりと笑った、顔。

「───クソったれ……」

そう吐き捨てて、ジェシンは鉛のようになっていた身体を起こした。転がっていた真鍮の器を引き寄せ、煙草の葉を傷口に押し当てる。服を裂いて腹に巻き、力を振り絞って傷口を縛った。それを終えたときには、体中から脂汗が吹き出していた。

まずは、この血まみれの服をどうにかしなければ。
震える手を棚にかけ、彼は立ち上がった。






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2012/02/24 Fri. 11:36 [edit]

category: 第六話

thread: 二次創作:小説 - janre: 小説・文学

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2012-02
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