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第三話 8 大物 

「服装の乱れは5点減点!身なりを整えるのも修練の一環だ。忘れるな!」

 朝食のため、2列に並んで進士食堂に向かう儒生たちの傍らで、教官らしき男が白い鶴撃衣の裾をはためかせ、成均館庠儒としての心得を説いている。

「君子たるもの、身だしなみには常に気を配れ!」

 言いながら、手にした指示棒のようなもので、ユニの帯紐をくいくい、とつつき、「次!」と歩いて行く。
 少し緩んでいたらしいそれをユニが結び直していると、ソンジュンがちらりと彼女を見下ろした。

「言っただろ」
「はいはい、きみのおっしゃることはいつも正しいよ、ほんとにね」

 あまりにも正しいから人の神経を逆撫でするのだ、ってことを、少しくらい彼も知るべきだ。まあ、知ったところでこのイ・ソンジュンという人間の何が変わるとも思えないが。

「帰宅できるのは毎月8日と23日のみ。口述試験は毎月1日。月末には、国王陛下が直々にご質問される購読試験がお前たちを待っている!」

 申し合わせたように、儒生たちからげんなりした声が上がった。

「構内での乗馬は無論禁止だ。違反した者は減点15点!門限破りは減点10点!正当な理由のない無断欠席は減点5点!何よりも!」

 ぴたりと足を止めて振り返った教官に合わせ、新入生たちの行列も止まる。

「儒教の教えに背く罪を犯した者は、成均館追放の上、青衿録からその名を永久に削除される!」

 儒教の教え、青衿録からの削除。どちらも今のユニには重い言葉だ。学則云々の前に、女であるユニはこの成均館にいてはいけない人間なのだから。

「───教官を装う者は何点減点だ?」

 門の陰から現れた別の博士が、おもむろに訊ねた。途端に、それまで偉そうに学則を並べたてていた男の挙動が怪しくなった。おろおろと目を泳がせて、明らかにそれとわかる作り笑いを浮かべる。

「お、おお、ユ・チャンイク」
「庠儒アン・ドヒョン!」

 鋭い声が、庭内に響いた。

「新入生たちの列に戻れ!学生が教官に成りすますとはけしからん。10点減点だ!」

 ざわめきが広がる。ユニはぱちぱちと目をしばたいた。どう見ても40がらみの男だ。あれが学生?しかも自分たちと同じ、新入生だって?

「冷たいなぁ。学堂で机を並べた仲だろ?」
「ここは学堂ではなく成均館。お前は弟子で、私は師匠だ!」

 ユ博士が一喝すると、アン・ドヒョンは黙って被っていた頭巾をずるんと脱ぎ、すすす、と後退りしながらユニの横に並んだ。鶴撃衣の中の身体が、さっきより一回りは小さく見えた。
 学生だったの?とユニが訊ねると、ドヒョンはきまり悪げに髭面を歪め、「まあな」と言った。

「学問を深く追求し過ぎてな。入るのが遅れた」

 ぷっ、とユニは小さく噴き出した。流石は成均館。学生とはいえ、いろんな人間がいるものだ。もちろん、自分も人のことは言えないが。


「勧飯〈クォンバン〉!」

 書吏が右手を掲げ食事開始を告げる。ユニは待ってましたとばかりに箸を手にとった。
 白飯に汁物、キムチに数種類のナムルと、焼き魚。僅かな米を粥にして家族で分けあっていたユニにとって、食膳にずらりと並んだ皿の数々は、まるで夢のようなご馳走だった。
 だが贅沢な暮らしが身に付いているのであろうヨンハにはそうではないらしい。彼はユニの前にやってきてキムチを一つ摘むと、鼻に皺を寄せた。

「こんな食事じゃあ栄養にもならないが、円点〈ウォンジョム〉のためだ。我慢して食べないとね」
「円点?」
「大科を受けるための内申点のことだよ。朝晩、食堂できちんと完食すれば1点。300点で受験資格が得られる」
「そう……ですか。大科の、資格……」

 先程ドヒョンが減点、減点と言っていたのは、この円点のことだったのか、とユニはようやく納得した。だがそれが大科の受験資格と言われても、なんだかピンとこない。
 
 まず今日食べるものの心配をしなければならない毎日は、目の前にあるものごとを最優先させる癖をつけてしまう。身売り同然に輿入れするのが嫌で、弟のための薬が欲しくて、こんなところまできてしまった。これから先自分がどうしたいのか、いやそもそも、何かしたいと願ってどうにかなるものなのか、それすらもわからない。
 存在するのかどうかも疑わしい自分の未来。それを思う時、ユニの思考は はたと止まってしまうのだ。

「当然、受けるんだろう?お前は並の人間じゃない。王が認めた前途有望たる逸材、そしてなんたってあのチョソンをも虜にした一物を持つ男、大物〈テムル〉だもんな!」
「ブッッ!」

 ヨンハの言葉に、ユニは頬張っていた白飯を思いきり噴いてしまった。ユニをからかうのにほとんど鼻がひっつきそうな距離で彼女を覗き込んでいたヨンハは当然、飯粒まみれだ。
 呆然とするヨンハに、儒生たちが笑い転げる。
 ヨンハはゆっくりと眼瞼に手をやると、そこにくっついた飯粒を摘み、ピン、と親指で弾いた。

「お前ね……」
「す、すみませ……」

 ユニは口元を抑え、縮こまった。恥ずかしさに顔から火が出そうだ。隣に座るソンジュンなど、にこりともせずにただ呆れたような眼差しでこっちを見ている。周囲の爆笑はしばらく収まらず、ヨンハはただひたすら、飯粒だらけの顔で彼等に愛想笑いを振りまいていた。


「なあ、教えてくれよ。いったいどうやってあのチョソンをモノにしたんだ?“テムル”」
「子、曰く『学びて時に之を習う。また喜ばしからずや』。僕も、ぜひともご教授願いたいもんだ。“テムル”」

 朝食を終えて東斎に戻る途中、早速ヘウォンとウタクがユニを掴まえてからかう。彼等は東斎の下二房で同室になったせいか、入学以来たいていつるんでいるようだ。

「おい!お前らそれでも同期生か?兄弟も同然の仲間を冷やかすとは、見下げた奴らだ!」

 そこへ割って入ったのは、先程ユ博士にこっぴどくやられた中年新入生、アン・ドヒョンだ。彼はすれ違いざま、ユニの肩をぽんと叩いて、言った。

「安心しろ。俺はお前の味方だ。なあ?“テムル”」

 わははは、と豪快に笑いながら行ってしまった3人の背中を恨めしげに眺めながら、ユニは唇を尖らす。
 よりによって女の自分に、“大物”だなんて。ヨンハのあだ名のことは言えなくなってしまった。というか、あれよりも酷い気がする。
 近くにやってきたソンジュンが、言った。

「たいしたあだ名がついたものだ」
「やめてくれよ。ぼくは絶対に認めないからね!」

 入学早々、こんな通り名が定着してしまってはたまらない。呼ばれたって、返事なんかするものか。
 ユニがソンジュンに背を向け、すたすた歩き出すと。

「おおい、テムル!」
「何ですか、せんぱ……」

 つい振り返ってしまい、しまったと思った。ソンジュンのしらっとした視線が痛い。その向こうから、ヨンハがまだ少し飯粒のついた顔を気にしながらこっちへ来るのが見えた。

「だーかーら、言っただろ?あだ名なんてすぐにできるってさ。テ、ム、ル!」

 ぺた、とユニの鼻の頭に飯粒をくっつけながら、ヨンハはにんまりした笑みを残して去っていった。
 憮然として鼻の頭から飯粒を払いのけたユニに、ソンジュンが駄目押しする。

「その名、随分と気に入ったようだな。───テムル?」

 僅かに片眉を上げたその表情は意地悪なことこの上ない。

最悪だ───。

 ユニは頭を抱えた。



 進士食堂を出てすぐの門の脇では、出席簿に署名する儒生たちの列ができていた。ソンジュンが筆を取り、自分の名を書き記していると、「楽しんだか?」と声を掛けてきた者がいた。インスだ。

「私は面白かったぞ。お前の芝居」
「芝居?」
「初試で名を広め、覆試で王の目を引き……そして入学初日には儒生たちに深い印象を残した。“老論の長の息子だが、党派にこだわらない出来た奴だ”と。それで、東斎の少論や南人の心を得たとでも?」

 ソンジュンは黙って筆を置き、インスを見返した。ただならぬ雰囲気を感じたのか、周囲に署名を終えた儒生たちが集まってくる。

「だが残念だったな。お前は、私と老論の信望を失ったのだ」

 横にいたビョンチュンが忌々しげに呟く。

「老論が、なんで東斎にいるんだ?カッコつけやがって」
「僕が東斎に残るのは、誰かの心を得るためではありません」

 遅れてきたユニが見たのは、ソンジュンがインスに向かい、はっきりとそう告げたときだった。
 いつの間にかユニのそばに来ていたヨンハも、儒生たちに取り囲まれているソンジュンを見、眉を潜めている。
 
 嫌な予感がした。出会ってからいくらも経たないが、ソンジュンが物事を絶対に曖昧にしない男であることは嫌というほど知っている。
 誰だって、全ての人間と仲良くやるなんてことは、土台無理な話だ。それでも周囲と上手く折り合っていくために、人はある程度妥協したり、曖昧な部分を残したりする。それは狡さではなく、賢さだ。
 そういう意味では、イ・ソンジュンという男は怖ろしく馬鹿だ。見ているこっちがハラハラするほど。

「そうだな。どうせなら、最後までカッコつけないとな。だが結局お前は、尻尾を振って西斎に来ることになる」

 インスの言葉に、ビョンチュンがふざけて舌を出し、犬の鳴き真似をした。儒生たちからどっと笑い声が上がる。

「いつでも歓迎するぞ。私は、服従する者には寛大でね」

 ソンジュンの口元に、微かに冷笑が浮かんだ。

「───無駄な期待は、身体に毒です。おやめになった方がいい」

 話すことはもう無いとでも言うように、ソンジュンはその場を後にする。人垣が、自然と彼に道を開けた。
 
 そんなことがあってすぐ後に、ユニは自分の悪い予感が当たったのを知ることになる。

「おい、キム・ユンシク」

 署名を終えたユニを待ち構えていたように、ビョンチュンをはじめとする上級生たちが絡んできたのだ。

「お前、顔に似合わずずる賢いな。イ・ソンジュンに取り行って、官職にあずかろうって魂胆だろ?それでヤツを助けたんだよな?」
「違います!ぼくはただ……」
「成均館を追われるのも官職に就くのも、全部掌議のお心次第だってことを忘れるなよ」

 コボンがにやつきながら、訳知り顔に言う。

「そうそう、後ろ盾が欲しいなら、おれみたいに相手を見極めなきゃ」
「そんなもの、別に欲しくありません」

 ユニが思わずそう言い返すと、ビョンチュンが目を剥いた。

「あん?何だ偉そうに。その妙な自信はどっから来るんだ?ああ、アレか。例の、チョソンも認めた“大物”!」
「テムル、キム・ユンシク!」

 ひひひ、と下卑た笑い声が上がる。
 かっとした。なんでこんな奴らにまで、馬鹿にされなきゃならない?

「ならひとつ、その大物ってヤツを拝ませてもらおうか」
「そりゃあいい」

 ユニを取り囲む輪が、彼女を中心に じりっと狭まる。
 ぬっと伸びてきた手に腕を掴まれ、ユニは声を上げた。

「や、やめてください!何するんですか!」

 冗談じゃない。こんなところで脱がされてたまるものかと、ユニは必死でもがくが、5、6人の男相手に力で敵うわけがない。羽交い締めにされ、あっという間に身動き一つとれなくなってしまった。ユニの全身から血の気が引いていく。
 ところがそんな絶体絶命の危機から彼女を救ったのは、意外にも最も憎むべき男だった。


「何の真似だ」

 インスの声に、ビョンチュンの顔がさっと強張る。

「チ、掌議……」
「何をしているのかと訊いている」

 ユニの身体を戒めていた手が、たちまちのうちに離れた。

「こ、こいつが新榜礼のときに余計なことしなきゃ、イ・ソンジュンにあんなでかい面させずに済んだんです!だから……」

 ビョンチュンは途中で言葉を飲み込んだ。インスの鋭い一瞥が、彼にそれ以上口をきくことを許さなかったのだ。
 インスはユニに向き直ると、静かに言った。

「すまなかったな、キム・ユンシク。代わりに私が詫びよう。悪く思うな。これも、後輩を指導するための先輩たちの配慮だ」
「掌議!」

 ビョンチュンとコボンが揃って声を上げる。なんでそんなヤツに謝るんですかとでも言いたげだ。
 あんたなんかに謝られたって、と横を向いたユニだったが。
 その顎をぐっと掴まれ、無理矢理正面を向かされた。目の前に、掌議ハ・インスの怒りを孕んだ眼があった。

「お前の出方次第で、この成均館は極楽にもなれば地獄にもなる。変わり者の王が、法と手順を無視し成均館に無理矢理ねじ込んだほどの奴だ。その優秀な頭で、一度よく考えてみるがいい。誰につけば自分のためになるのかってことをな」

 ユニは喉が塞がるのを感じた。ついさっき服を脱がされそうになったことなど比較にならない程、インスの眼が、声が、怖ろしかった。

「私は常にお前を見ているぞ、キム・ユンシク。お前の声、行く先、息遣いまで、全てだ。故に、これ以上私を怒らせるな。この私の力を示すために、その小さな身体に傷をつけることは、私とてしたくはない」

 インスは、掴んでいたユニの顎を離した。はずみで、彼女の身体がよろけるほどの力だった。

 そのまま、彼等が立ち去って姿が見えなくなるまで、ユニは地面に縫い留められたかのように動けなかった。





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あまるですどうもこんにちわ。
来ましたがな東方神起!(喜)CMでも流れてますがBack to Tomorrow、めちゃめちゃいいですね~。
チャミもダンスすげー上手くなっててちょっと驚いた。ユノと比べても全く見劣りしないというか、
むしろ逆に眼を奪われてしまうわ……こんなこと前は無かったのに(爆)

奎章閣、相変わらずのトロトロペースですが読んどります。
ソンジュンママといいコロママといい、ドラマで全くスポットのあたらなかった人たちが実にいい味出してますねー(逆にドラマの方がうんと光ってたキャラもいることは否めないですが……(^^ゞ)

めっきり涼しくなってきた今日この頃、皆さん風邪などひかれませんように~。
だからうたた寝のつもりでそのへんに転がってたら朝だったとか、そういうのはやめようね自分……(爆)






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2011/10/02 Sun. 04:53 [edit]

category: 第三話

thread: 二次創作:小説 - janre: 小説・文学

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第四話 1 警戒 

 中二房にソンジュンはいなかった。笠が置いてあるから、成均館の外へ出たわけでもなさそうだ。なら、彼が行きそうなところといえばあそこしかない。
 ユニはまた縁側に出て靴を履くと、東斎を出た。
 
 尊経閣は、前にここへ来たときとは違い、静まり返っていた。こんな早い時間からここへくる儒生もそうはいないらしい。そのせいか、墨の匂いが濃く漂っている。
 少し奥へ入ると、その姿はすぐに見つかった。書架に向かって立ち、手にした本にじっと見入っている背の高い人影。
 近くまで行くと、彼は書物に目を落としたまま、言った。

「意外と真面目なんだな。初講義のための予習に来たのか?」

 どう言おうかとしばらく逡巡したユニだったが。

「あの約束、まだ有効かな?」

 ソンジュンが本を書架に戻し、ユニを見た。

「新榜礼で、ぼくに借りがあるだろ。願いを聞くって約束だ」
「約束したことは何であれ、守る」

 願いがあるなら言ってくれ。彼の目が、ユニにそう語りかける。それに勇気を得て、彼女は切り出した。
 
「西斎に移って」

 じっとユニに注がれていたソンジュンの目が、僅かに見開かれた。それを見ていられずに、ユニは彼の肩のあたりに視線を移した。

「約束を、守ってくれるんだろう?イ・ソンジュン。西斎に……移って欲しいんだ」
「その話ならもう済んだはずだ」
「君が西斎に移らない限り、終わりはしないよ。掌議ハ・インスは……恐ろしい男だ。思ってたよりずっと。あいつと対立してまで、守らなきゃならない原則って、いったい何だよ?」

 しばしの沈黙があった。ソンジュンはユニに向き直ると、静かに言った。

「君に訊きたい。僕はただ単に、原則を守ろうとしているだけだ。───それは間違ってるか?」

 咄嗟に答えられないユニに、彼は畳み掛けるように続ける。

「せめて成均館の中では、党派での区別はしたくない。それが間違いか?何の疑問も持たず、多勢におもねるのが正しいことだと……本当にそう思うか?」

 ソンジュンの声には、真摯な響きがあった。ユニを責めているのでも、持論を展開しようとしているのでもない。ただ、答えを求めているのだ。彼が知りたいことへの答えを。だが。

「───掌議も他の儒生たちも、君の正論に関心なんか持ってない」

 そんな、はぐらかした返事しかできなかった。ソンジュンがそれで納得するはずもないのは承知の上だ。彼は一歩、ユニに近づいた。

「彼等にどう思われようが、関係ない。そんなのは慣れてる。僕が知りたいのは」

 少しの間のあと、彼は言った。

「キム・ユンシク、君の考えだ」

 胸を突かれた。
 本当はわかってる。彼は何も間違ってはいない。
 
 彼の考えを、行動を、融通がきかないとか世間知らずだとかで片付けて、一蹴するのは簡単だ。でも心の何処かで、イ・ソンジュンという男の存在を、暗い森の中に灯る、たった一つの灯火みたいに思っている自分がいる。
 
広がる闇は深すぎて、出口は何処にも見つからなくて、こんな小さな灯火など何の役にも立たない、そう思う一方で、この光が消えたときの更に深い闇を思うと、絶対に吹き消すことができない───。

 彼は、理想そのものなのだ。誰もが胸に抱きながら、決して手の届かないところにある理想。
手に入れることができないからせめて、夢だ戯言だと難癖をつけて、自分を慰めようとする。彼といるといつも腹立たしさを感じてしまうのはそのせいだ。普段は見ないようにしている己の中の矛盾や、意気地の無さ、胡麻化しと、嫌でも向き合わなくてはならなくなる。
 
 ユニは、乾いた唇を開いた。

「悪いけどぼくは……大科にも出仕にも、興味なんてない。ぼくの望みはただ、ここでの修学を無事に終えたい。それだけなんだ。だから君が……約束を守ってくれると、信じたい」

 声が震えるのを悟られないようにするのが精一杯だった。
 ユニは、ソンジュンの顔も見ずに、逃げるように尊経閣を出た。


「朝報〈チョボ〉でーす!」

 尊経閣前の中庭では、斎直たちがぱたぱたと走り回りながら何やら配っている。中の一人がユニを見つけて、走り寄ってきた。

「昨夜、紅壁書が現れたそうです!」

 そう言って、今朝発行されたばかりの朝報を手渡す。

「紅壁書?」

 記事にざっと目を通したユニは、昨夜拾った壁書に書かれていたのと同じ単語を、そこに見つけた。

「金縢之詞……」

 同時に思い出したのは、あのとき突然空から降ってきた黒装束の男だ。彼は官軍に追われていた。
 いとも簡単に軒下に張り付くあの身軽さ。あっという間に姿を消した、あの素早さ。単なる賊とは思えなかった。

「奴が……紅壁書だったんだ……」


* * *


「金縢之詞か」

 王宮の謁見室。官服に身を包んだ高級官僚たちがずらりと居並ぶ中、王が、手にした赤い壁書に眼鏡の奥の目を走らせた。やがて、低く呟くような声がそれを読み上げる。

「先王の遺志を盗みし者は、倫理なき臣下なり。血に染まりし真実を見ぬ者は、卑怯なる君主なり……」

 広く天井の高い謁見室では、王の声はよく響き、更に威圧感を増す。この景福宮の建立に携わった職人たちの腕を、御前に控える官僚たちは皆恨めしく思わずにはいられなかった。今日このときばかりは。

 玉座の王は壁書を置き、臣下を見渡した。

「そなたら、金縢之詞について、何か知っておるか?」
「恐れながら、何のことやら……」

 すかさず口を開いた兵曹判書ハ・ウギュを、イ・ジョンムが軽い咳払いで制する。低頭したまま、彼は予め準備していたかのような台詞を、よどみなく述べた。

「陛下ですらご存知ない先王のご遺志を、我ら臣下がどうして知り得ましょう。何卒お咎めなきよう、お願い申し上げるのみにございます」

 王は眼鏡をとり、言った。

「真実から目を逸らす卑怯な王と指さされたは余である。そなたらを咎めることなどできようか。早急に紅壁書を捕らえよ。さすれば、真相も明らかとなろう」

 「どうかな?左議政」と訊ねる王の口元には、微かな笑みが浮かんでいる。左議政は無言のまま、静かに頭を垂れた。

 
 司憲府の反応は迅速だった。王の謁見から数刻もたたないうちに、町のあちこちに紅壁書の人相書きが貼り出され、人々の関心を引いた。都の各出入り口には検問所が設けられ、そこを行き交う民は皆、顔や持ち物、身元を検められた。

 その様子を見つめる兵曹判書の表情には、明らかな焦りの色が浮かんでいる。彼は傍らの官軍隊長に向かい、眉尻を釣り上げて言った。

「何としても紅壁書を捕らえるのだ。万が一にも、王の護衛軍に先を越されるようなことがあれば、貴様の命は無いと思え!」

 はっ、と短く答える官軍隊長の強張った顔を忌々しげに見ながら、兵曹判書は昨晩の失態に頬を歪めた。彼にとって恐ろしいのは王よりもむしろ左議政だ。老論の長の怒りを買うことは、この朝鮮では虎の尾を踏むことに等しい。

「奴が泮村で姿を消したのがどうも引っ掛かる……。成均館も含めて、警戒を怠るな!」


* * *


 荒い手つきで戸棚を開け、酒瓶と肴の入った箱を引っ張り出す。この部屋の主は大概気に入らないが、こうやって棚を開ければ何かしら食い物にありつけるのだけはありがたい。
 
 ジェシンがどかりと床に腰を下ろし、酒瓶の栓を抜こうとすると、その腕をはっしと掴んで阻む手があった。

「コラ待て!お前、熱でもあるのか?」

 そう言って、額やら首筋やらをぺたぺたと触られるのが鬱陶しく、ジェシンはヨンハの手を払いのけた。

「だって、そうでなきゃあり得ないだろう?老論て言葉を聞くのすら嫌がるムン・ジェシンが、よりによってその長の息子イ・ソンジュンと熱い一夜を過ごした、なんて。おかしい。絶対におかしい!」

 そういやそうだな、と、ジェシンは昨夜のイ・ソンジュンとかいう新入生の顔を思い浮かべた。それだけで、胸がムカムカするのは他の老論たちと何ら変わらない。熱い一夜、なんてヨンハの言葉を肯定するつもりは断じてないが、よくも一晩同じ部屋で寝られたものだと我ながら不思議に思ってしまう。

「何故だ?」

 ジェシンが酒瓶を咥えようとした手を再び阻んで、ヨンハは訊ねた。

「どうして、奴だけは別なんだ?」
「何をわけのわからんことを……」

 一口、酒を含んだ。こんな風に、いくら呑んでも少しも酔えなくなってしまったのはいつからだろう。喉を通ってゆく感触も、以前とは違い、まるで水みたいに味気ない。ジェシンは言った。

「試すんだよ。あの野郎が、俺と同じ部屋でどこまで耐えられるか───試してやる」

 実際のところ、昨夜のジェシンは疲れていたのだ。成均館の外でひと暴れして、戻ってみたら会ったこともない新入生が二人も部屋を占領していて。それでも、いつもならちょっと睨んでやるだけで簡単に追い出せたはずだ。が、そうはいかなかった。

 あんな、いかにも坊ちゃん然としたお綺麗な顔をしているくせに、少しも怯むことなく言い返してきた。おそらくあれは、相当な頑固者だ。でなきゃ、老論なのに東斎に来るなんて馬鹿なことをするはずがない。
 しなくてもいい苦労をわざわざ自ら背負い込んで、自己陶酔でもしたいのか、それとも何か別の理由があるのか。
 真意はわからないが、昨夜は、そういう頑固者をしつこく相手にするより、とっとと横になる方を選んでしまった。要するに、面倒臭くなってしまったわけだ。
 
 ある意味、ジェシンはソンジュンに根負けしてしまったとも言える。それを認めるのも何だか癪に触って、ジェシンは酒をあおった。あの真面目くさった顔。やっぱり胸クソ悪い。

「そうだ!じゃ、キム・ユンシクは?お前、平気だったのか?」
「何が」
「昨夜だよ。出なかったか?あれ」

 そう言って、ヨンハはひっく、としゃっくりの真似をしてみせる。

「何のことだ」
「お前は女が近くにいると必ずしゃっくりが止まらなくなるだろ」
「バカ言え。ここは成均館だ。女の“お”の字もお目にかかれない、成均館だぞ」

 ヨンハは はぁと息を吐き出し、何か腑に落ちないといった表情で首を捻っている。
 いつものことだが、この幼馴染みの言うことはさっぱり意味がわからない。そういえばもう一人の新入生、キム・ユンシクといったか。あのチビは確かに女みたいな顔をしていたが、だからといってそんなのにまで反応していたら、まるで阿呆じゃないか。こっちの身だってもたない。

 酒瓶に口をつけようとしたジェシンの手を、またしてもヨンハが止める。

「もうやめとけ。これから講義だ」

 振り払おうとするが、意外にも強い力で阻まれた。

「忘れたか?今度落第したら退学だぞ」

 声の調子が変わった。見ると、ヨンハの目に彼らしからぬ強い光が宿っている。

「───そんなことはこの俺が、絶対に許さない」

 ジェシンは知っていた。こういうときのヨンハには、逆らっても無駄だ。腐れ縁とはいえ、十数年も付き合っていれば、そのくらいは学習する。

「……お前って」

 軽く口の端を上げて、ジェシンは言った。

「そういうマジな顔、ぜんっぜん似合わねぇ」

 ヨンハは掴んでいた手を離すと、ころりと表情を変え、「あ、やっぱりぃ?」と笑った。




**********************************************************
あまるですどうもこんにちわ。

こんなところでナンですが、拍手コメくださったRさま、ありがとうです(^^)
原作には原作の、ドラマにはドラマの楽しみ方があるっていうのが、ソンスのスバラシイところですよね!
むしろ変に原作どおりにしようっていう気負いが始めからないから、原作のファンにも受け入れられてるのかも。
日本の、特に漫画を原作にしたドラマなんかは、けっこう目も当てられない状態になってるやつが多々ありますが。(イケパラとかイケパラとかイケパラとか……)
花男は、まあ許してやろう。類が男前だから←(何様)




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2011/10/03 Mon. 13:07 [edit]

category: 第四話

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ふわっと近況です。 

なんか更新もしてないのに足をお運びくださる方に申し訳ないので(^^ゞちまっと近況のご報告を~
ワタクシ事ではありますが、現在仕事がどえらいことになってまして、火事場のクソ力的な局面を迎えつつあります。←要するに崖っぷち
多分11月に入ればちょっと落ち着くとは思うのですが~だーもーなんで一日24時間しかないんだーとリポD片手に頭掻き毟ってるような今日この頃です。くす。
コメントのお返事とかなら全く問題ないんですが、なにせ成均館(笑)やっつけ仕事になるのも嫌なので、続きは少しお待たせするかもしれません~え?別に待ってない?(^^ゞ

あまる本人は全くもって元気です。ただ時間が!時間がないのだーっ!!頼むからワタシにぐだぐだソンジュンを書かしてくれ!お願いだ!
とゆうわけで一刻も早くブログ再開できるようリアルお仕事頑張ります。
初めてさんも常連さんもご訪問ありがとう。何もお返しできなくて申し訳ないです。
朝晩冷え込んできましたので体調にはご留意を~。ではまたっ!



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2011/10/09 Sun. 01:27 [edit]

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2011-10
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