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第一話 13 企み 

成均館の北、明倫堂奥にある書庫、尊経閣。数万巻ともいわれる蔵書数を誇るそこは、日々勉学に追われる儒生たちが足繁く通う、謂わば社交の場でもある。
その尊経閣の最も奥まった場所に、酒を持込み、何やら密談を交わしているのは、例によって掌議、ハ・インスとその一味である。

「イ・ソンジュンか……」

ぐびりと一口酒を含み、インスは言った。

「あのお坊ちゃんを、しっかり教育してやる必要があるな」

途端に色めき立ったのは、インスの傍らで徳利を捧げ持っていたビョンチュンである。

「どうします?ヤクザでも雇いますか?口の減らない奴は殴って黙らせるのが一番でしょ?」
「色仕掛けなんてどうです?」

コボンも負けじと口を挟むが、インスの表情は冷ややかだ。

「お前たちは頭を使うな。永久にな……」
「では体を張ります!掌議、何なりとご命令を!」

張り切るコボンの頭を、少しは空気を読め、とビョンチュンがはたいた。インスがちらりと視線を動かし、「何かいい手はあるか」と声を掛ける。カン・ムが すい、と書物を動かすと、書架一つ隔てた通路で、鼻歌でも歌い出しそうな風情で春画集をめくっているヨンハの姿が覗いた。

「イ・ソンジュンね……。奴に相応しい方法なら、ひとつある」

ぱたりと本を閉じ、彼はにんまりと笑った。


* * *


 翌日。
 泮村の書店街、筆洞に、人相書きを手に奔走するソンジュンの姿があった。儒生たちがよく立ち寄る、学術専門の書店はもちろん、古書店や一般大衆向けの貸本屋まで、とにかく書店とみれば躊躇いなく飛び込み、聞き込みを始める。先日彼が宣言した通り、都中の書店を訪ねて回るかという勢いだ。

 ソンジュンの後ろにくっつき、早朝からずっと歩きどおしのスンドルはもうへとへとである。このままでは都中どころか、国中の書店を回ると言い出しかねない。
 何せ彼の頑固さときたら相当なもので、一度こうと決めたら絶対に引かないし、諦めない。
 物心ついた頃からずっとそれに付き合わされてきた(というよりスンドルが半ば強引に彼にひっついているのだが)スンドルは、彼の本気を悟っているだけに気が気ではない。どうにかして坊ちゃんを宥めようと必死だ。

「この辺りはおれが散々訊いて回ったんですから、これ以上は無駄ですって。もう帰りましょうよ」

ソンジュンはそんなスンドルの存在すらも忘れたかのように、誰彼となく捕まえては、声を掛ける。

「この男に見覚えはないか?」

 店先で平積みの本にハタキをかけていた貰冊房の主人は、目の前に突き出された人相書きに一瞬、目を留めた。が、片方の眉をちょっと上げただけで、黙って首を振る。

「ほらぁ。もう、信じてくださいって。おれほんとに、一生懸命捜したんですから…」

 今は人捜しより主人の説得に一生懸命な従者と、それに一切耳を貸さない主人の断固とした背中を、物陰からじっと見送る者がいた。ユニだ。
 貰冊房の店主、ファンの姿が店内に消えるのを見届けると、ユニは物陰からさっ、と飛び出し、店の中に走り込んだ。そして開口一番。

「助けてくれ」

 ファンはユニの姿を見、ひっ、と小さく叫んだ。慌てて、開けっ放しの扉をばたんと閉める。きょときょとと目を不自然に彷徨わせながら、いつもの台詞を口にした。

「い、いいですとも。どんな本をお探しで…?」
「100両の仕事なら、地獄へでも行ってやる!」

ユニの言葉に、ファンは「哀号!」と天を仰ぐ。

「金が稼げる上に地獄まで見物できるなら、私だって行きたいですよ」

今は店主の軽口に付き合っている余裕はない。ユニは前置きなしに切り出した。

「じき覆試だ。前払いで頼む」
「前払い?!」

ファンは呆れたように はっ、と息を吐き出すと、ユニを見返した。

「あのね、若様。こっちはお陰様で、店を畳むところだったんですよ!ついさっきも、あのときの旦那が若様を捜しにここに来たんですから。もぉ心臓バクバクですよ、バクバク!」

 ユニは心底弱り切った顔で、呟いた。

「あいつっ…!いったいぼくに何の恨みがあるっていうんだ。前世で何か因縁でもあるのか?」

これ以上は関わらないという心づもりなのか、ファンは扉を開け、ユニを促す。

「若様には合わない仕事ですよ、ささ、もうお帰りください」

ユニは肩を落とすと、机の木目を数えるかのように、指でゆっくりとなぞり始めた。

「そうだね…お前の言うとおり、確かにぼくには合わない仕事だ。こんなことは、続けるべきじゃないな。お前だって、もちろん自分の店が大事だろうが、それだけじゃなく、ぼくのために親切で言ってくれてるんだ。そうだろう?」

 雲行きが怪しいと思ったのか、ファンが怪訝な顔で、ユニを覗き込んだ。その様子を目の端で伺いながら、ユニは続ける。

「決めた。ぼくは更生する。この間の初試で巨擘をやったと、役所へ言って正直に話してこよう。この店と主人のことも訊かれるだろうが、仕方ない。ぼくは真っ当に生きると決めたんだ」

ぬおぉ、とファンが頭を抱え、呻いた。ユニは素知らぬ顔だ。

「では、次は役所で会おう。さらばだ」

 店を出ようとするユニを慌てて制し、扉を閉める。振り返ったファンの顔は、さっきまでとは打って変わって、満面の笑み。しかも揉み手までしている。さすがは商売人だ。

「やだなぁ、若様ってばお気の早い…。で、いかほどご入用なんです?」
「100両だ」
「ひゃ…」

ファンの表情が固まる。

「そんなの無茶ですよっ!5両の筆写の仕事ならいくらでもあげますから!」
「───棒叩き200回は、まず確実に死ぬな。だが心配するな。あの世へ行くときはぼくも一緒だ」

再び、出て行こうとするユニを引き止めるファン。観念したのか、ごくりと唾を飲み込んで、言った。

「50両!」

ユニが瞳を見開く。ファンは口元に手をやり、声を落とした。

「禁書を運ぶ仕事です。できますか?」

やった、とユニは心の中で手を打った。この、抜け目ない商売人との交渉に勝ったのだ。
苦労は買ってでもしろとはよく言ったものだ。ユニだって、伊達に幼い頃からこのせち辛い世間に揉まれてきた訳ではない。

「地獄にだって行くって、言っただろ?」

にこっと笑って、ユニはファンの肩をぽんと叩いた。





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2011/08/01 Mon. 16:43 [edit]

category: 第一話

thread: 二次創作:小説 - janre: 小説・文学

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第一話 14 禁書 

来た時とは逆に、ユニは晴れやかな表情で貰冊房を後にした。その弾んだ後姿を、扇の陰に顔を隠し、じっと見つめる男がいた。彼は何やら考えを巡らすように視線を泳がせると、小さく口笛を吹いた。



貰冊房の店主、ファンにとって今日はどうやら厄日らしい。

「ひいぃ!」

一仕事終えて振り向いた拍子に、彼は本日二度目の叫び声を上げた。誰もいないと思っていたそこにいきなり、絢爛豪華な身なりをしたク・ヨンハがぬう、と立っていたのだ。

「どっちの味方だ?」

繊細な細工の施された煙管を指先で弄びながら、ヨンハは出し抜けに言った。

「や、藪から棒に何を……」
「左議政の息子が捜してる奴を雇ってるだろう?」

店主は驚愕のあまり喉に何か詰まらせたような息を漏らした。その顔を上目遣いにちらりと見遣って、ヨンハが薄く笑う。

「私はク・ヨンハだよ。これくらいでそんなに感動してもらっちゃ困るな」

ゆっくりとファンに歩み寄りながら、彼は続ける。

「左議政の息子の手前、人目につく仕事はさせられないし、巨擘なんかとんでもない……となると」

ファンは貝にでもなったつもりか、口をつぐみ、さらに手で抑えている。その耳に、ヨンハが囁いた。

「───禁書か?」

ファンの顔から血の気が引いた。驚きに声も出ない様子だ。ヨンハはその反応に満足気に微笑むと、煙管を咥えた。

「い、い、いくらですか?いくら払えば、黙っててくれるんです?」

気の毒な店主はもう息も絶え絶えだ。ヨンハは煙管を店主の口に突っ込むと、その顎をぱくんと閉じて、言った。

「黙ってなきゃいけないのは、そっちだってことさ」



* * *


 そろそろ陽も傾きかけた頃。ソンジュンはまだ筆洞にいた。後ろをついてくるスンドルはもう疲れきっていて、口もきけない有様だ。無理もない。早朝から今まで、ろくに食事も取らずに街を歩き回っていたのだ。
 ソンジュンの表情は険しい。これだけ時間と労力を使ったというのに、思うような成果が上がっていないためだ。

───いったい何処にいるんだ、君は。

 焦りは疲労をいや増し、やがて苛立ちへと向かう。こんなに捜しているのに、一向に姿を現さない少年のあの綺麗な顔を思い出すと、ただ腹立たしさが募った。自分が何のためにここまでしているのかさえ、わからなくなってくる。

 とはいえ、いいかげんスンドルに何か食べさせなければ。ソンジュン自身は少しも空腹を感じていなかったが、何処か適当に休める場所を探し始めたその矢先。

「何か捜してるようだね」

ふいに声を掛けられ、ソンジュンは振り向いた。そこにいたのは、見覚えのある男だった。(といっても、ソンジュンはどちらかというと彼の顔よりも、やたらとキンキラしている派手な衣装の方が印象に残っていたのだが。)

ソンジュンが不信感を隠さずにいると、男は手に持っていた紙を ぱっと広げた。あの巨擘の少年の人相書きだった。

「私なら、たぶん君を助けてあげられると思うよ」

 ソンジュンは男に誘われるまま、一軒の茶屋に入った。
 男はク・ヨンハと名乗り、おそらく君が入るであろう成均館の儒生だと軽く自己紹介した。店の外の席では、スンドルが猛烈な勢いで餅を口の中に押し込みながら、こちらの様子をちらちらと伺っている。
ソンジュンは膳の向い側で旨そうに酒を流し込むヨンハの喉元を見ながら、硬い表情を崩さず訊ねた。

「なぜ僕を手伝う気になったんです」

ソンジュンの杯に酒を注いでやっていたヨンハは、途端に白けた顔をして、言った。

「なんだ、感謝しようって気もないのかい?助けがいらないんなら、私は帰るよ」
「僕を───」

さっさと席を立とうとしたヨンハを、ソンジュンの声が引き止める。

「僕を、手伝う理由があるとは思えません」

 ヨンハは白い歯を見せて笑うと、また腰を下ろした。

「理由か……。そんなに気になる?」

 身を乗り出し、ソンジュンの顔を覗き込む。

「近い将来、生活を共にする学友との友情、たとえ初対面でも通じ合うことのできる、男同士の信義。そして、ある人の希望が叶うことを願う、善良な心───」

くしゃっ、と鼻に皺を寄せて、ヨンハは言った。

「まさか、そんなわけないだろう?」

 ソンジュンは困惑した。こういう、人を食ったような物言いをする人間が、彼は苦手だった。いったいどんな言葉を返せというのだろう。
 ヨンハは不敵に微笑む。

「興味、だよ。君がどこまでやるのか、見届けてやろうって興味。奴を捜し出す方法はひとつ。それはかなり危険で、大きな犠牲を伴う。……それでもやるかい?」

訊かれるまでもない。ソンジュンの答えは決まっている。

「君子は一度決めたら、最後までやりぬく。それだけです」



* * *


 その晩は満月だった。月明かりを頼りに山道を歩いていたユニは、遠くから聞こえてくる雷鳴の音に、知らず、早足になった。
 人目につくとまずいので、夜道を照らす灯篭などもちろん持ちあわせていない。こんな鬱蒼とした森の中であの月まで雲に隠れてしまったら、約束の場所まで辿り着くことはおろか、無事に家に帰れるかどうかさえおぼつかない。
 
 ポツリ、と雨粒がひとつ、禁書の包みを抱えるユニの手に落ちてきた。あっと思う間もなく、降りだした雨がユニの笠と道袍を見る見るうちに濡らしていく。
 ユニは急に心細くなり、禁書の束をぎゅっと抱き締めた。
 
『禁書ですから、官軍に見つからないよう、くれぐれもご注意を。下手をすると本当に地獄行きですからね』

 ここに来る前、貰冊房の主人がユニにひそひそと囁いた言葉が思い出される。引き受けるべきじゃなかったかも、という思いがちらりと胸を掠めたが、ユニはすぐにそれを振り払った。
 どのみち、この仕事をやり遂げられなければ、同じことだ。あの兵曹判書に嫁ぐなんて、それこそ生き地獄以外の何物でもない。他に道はないのだ。
 ユニは気持ちを奮い立たせ、顔を上げる。暗がりの中目を凝らすと、雨に煙る道の向こうに、小さな小屋が見えてきた。



 大金の束が、どさりと重い音をたてて床に放り出された。
 投げたのは、掌議ハ・インスである。正面に控えている官軍の兵士に向かい、彼は重々しい声で命じた。

「イ・ソンジュンが禁書を受け取ったら、直ちに捕らえろ。絶対に逃すな」
「はっ!」

 一礼し、素早く部屋を出ていく官軍の兵士を見送り、ビョンチュンとコボンはいかにも楽しそうに笑い交わした。彼ら同様口元を歪め、ほくそ笑むインスを横目に見ながら、ヨンハは傍らに生けてある花の香りを楽しんでいた。

(───さあどうする?君子イ・ソンジュン。きみはこの危機を無事乗り切れるかな……?)




****************************************


───さあ、あまるは次回あたりで無事第一話を終われるかなぁ~?……はう。

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2011/08/02 Tue. 12:04 [edit]

category: 第一話

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第一話 15 再会 

小屋の中は真っ暗で、何も見えない。ユニは辺りの気配を伺いながら、一歩一歩、慎重に奥へと歩を進めた。どれだけ古い小屋なのか、床が、ひどくきしんだ音をたてる。雨音がまた激しくなったようだ。

「昼の声は鳥が聞く」

 暗闇からいきなり声がして、ユニは心臓を飛び上がらせた。だがすぐに、ファンの言葉を思い出した。

『いいですか、これが合言葉です。男がそう言ったら───』

「───夜の声は鼠も聞けない」

 ユニが低く呟くと、床を踏みしめるかすかな足音が聞こえた。足音は、一歩ずつゆっくりとこちらへ近づいてくる。

『絶対に顔を見られないよう、気をつけなきゃいけませんよ』

 ユニは足音の方に背中を向け、近づく気配を待った。やがて とん、と背中に何かが当たる。
 ユニが目の端に捉えたのは、白っぽい道袍の袖。顔を見られたくないのは向こうも同じとみえ、こちらに背中を向けている。位置からすると、かなり長身の男のようだ。
 ユニはできるだけ顔を動かさないようにして、背後に禁書の包みを差し出した。これを男が受け取れば、50両だ。張り詰めていた気持ちが、ほんの少し、緩みかけた瞬間。

 がしっ、と、手首を掴まれた。

───え?

 反射的に振り向く。暗がりにぼんやりと浮かんで見える、見覚えのある怜悧な頬。ユニは思わず、上ずった声を上げた。

「ワ、ワン殿?!」

 沈黙したまま、ユニを見下ろす冷ややかな目は確かにあのワン殿だった。どうして彼がここに、と一瞬混乱したが、すぐに悟った。してやられたのだ。こんなことまでするなんて、どこまで執念深い男なんだろう。

 ユニはきびすを返し、禁書を抱えたまま小屋を飛び出した。外は土砂降りだ。ユニの頭の中も、もう滅茶苦茶だった。ワン殿がその後を追い掛け、またユニの腕を掴む。ユニは振り返ると、男の顔をこれ以上ないくらい憎しみのこもった目で睨みつけた。
激しい雨に打たれながら、男が言った。

「僕がどれだけ捜したと思ってる!」
 
ユニは掴まれた腕を振りほどき、言い返した。

「ああ知ってる。よく知ってるさ!あんたのお陰で……」
「いたぞ!捕らえろ!」

ユニは はっとして口を閉じた。雨音に紛れ、声と共に無数の足音が聞こえてくる。振り返ると、いくつもの松明の明かりが列をなしてこっちへ向かってくるのが見えた。

「官軍まで呼んだのか?」
「あ……」

ユニは思い切り、男の横っ面を引っぱたいた。

「何をする!」
「まだとぼけるのか?」

この男に対して、何もしていないとは言わない。だが、あのときの仕返しにしては酷すぎる。

「捕らえろ!」

 官軍が、すぐそこまで来ていた。今は言い争っている場合ではない。いっそ男の髪の毛を全部むしりとってやりたいくらいだったが、ユニは身を翻し、走りだした。その肩を掴み、男が禁書を奪い取る。

「これは僕が持つ」
「代金は?」

 男は答えなかった。代わりに、背後から襲いかかってきた官軍兵に鋭い肘鉄を食らわした。間髪入れずに、鮮やかな回し蹴りで兵士三人を次々とのしていく。恐らくは武道の心得もあるのだろう、貴公子然としている彼の普段の佇まいからは想像もつかないほど素早く、無駄のない動きだ。

 だが多勢に無勢、彼一人が立ち向かうには限界がある。官軍兵たちがすらりと腰の剣を抜くのを見、男はじりじりと後じさった。振り返りざま肩を押されたユニは、ぬかるんだ土に足をとられ、そのまま山の斜面を転がり落ちてしまった。

 
 激しく降りしきる雨の中を、官軍の怒号が響き渡った。


* * *


 ひっきりなしに屋根を叩く雨音も、聞きようによっては妖艶な妓生の奏でる伽耶琴(カヤグム)にも引けを取らない。
特にこんな晩は。

「がっかりだよ、イ・ソンジュン。あっさり捕まっちゃあ、ちっとも面白くない」

 ヨンハはそう呟いて、酒の入った杯を指先でゆっくりと回した。
 ビョンチュンが品のない笑い声をたてる。

「今頃、義禁府に連行されてる頃か?いい気味だ」
「奴は覆試も受けられないかもな」

 コボンが調子を合わせ、両脇に侍らせた妓生たちと一緒に けたけたと笑った。
 ヨンハは斜向かいに座り、静かに杯を傾けているインスにちらりと視線を投げ、細い煙管を口に咥えた。
 
 その圧倒的な存在感と指導力によって、この若さで成均館の掌議の座に君臨する男、ハ・インス。
 彼に心服する儒生は多い。成均館に入学した当初、ヨンハもその一人だった。もちろん彼の中に、商人の血筋特有の計算高さがあったことは否めないが、少なくともインスと行動を共にしていれば、退屈することはないだろうと踏んでいたのだ。
 
 だがこのところどういうわけか、彼らと一緒にいても、以前ほど楽しいと思わなくなっている自分に気づいた。理由は、わからない。
 ただ、どうしようもない違和感だけが、彼のまわりを取り巻いて、尻のあたりをむずむずさせるのだ。

───つまらないよ、イ・ソンジュン。本当につまらない……。

 胸の奥で呟きながら、ヨンハはまた杯を煽った。

 

* * *


「まったく……本を持ってくなら、代金を払えよ!」

 どこへ消えたかわからぬ相手に向かい、ユニは叫んだ。泥だらけの道袍を手で払ってみるものの、この雨では何の意味もない。やっとの思いで立ち上がる。転がり落ちたときに少し捻ったのか、足首が傷んだ。

あいつってほんと、何てやつ。

 怒りに任せて更に悪態をつこうとした口が、いきなり塞がれた。そのまま、強い力で引っぱられる。
 気がつくとユニは、山肌に突き出た岩の陰にいた。隣では、あの憎っくきワン殿が、ユニにぴったりと身体を寄せて息を潜めている。
 ユニの口は、彼の手で塞がれたままだ。周囲の様子を伺うワン殿の表情は、緊張のためか酷く硬い。
 
 官軍兵たちの近づく気配に、ワン殿は息を呑んだ。彼らの目から姿を隠せる空間は、ほんの僅かしかない。
 ユニの肩を抱く腕に、力がこもる。ぐい、と引き寄せられ、二人の身体がますます密着した。まるで、強く抱き締められている格好だ。ユニの心臓が跳ね上がった。

 長く弟の傍で看病をしてきたから、男性の身体というものに全く免疫がないわけではなかった。だが今ユニの身体をがっちりと抱きすくめている彼が発するものは、弟のそれとはまるで違っていた。

 目の前で波打つ、くっきりとした喉仏。濡れた服を通して伝わってくる、あたたかな体温と、彼の息遣い。
そして草いきれとは明らかに違う、かすかに漂うこの香りは───もしかして、彼の体臭なのだろうか。
 
 頭がくらくらして、ユニはぎゅっと目を瞑った。少しでも離れようともがくが、彼の強い力に阻まれて、身動きすらとれない。きつく巻いたさらしがあるとはいえ、こうも互いの胸をくっつけていては、早鐘のように打つ鼓動が相手に伝わってしまうのではないかと、ユニは肝を冷やした。

 どれくらいそうしていただろう。官軍の気配が遠のいてやっと、ワン殿は ほっと息を吐き出し、腕の力を緩めた。塞がれていたユニの口が、ようやく開放される。ユニは無意識に、彼の整った顎の線を見上げた。


 唇が触れ合うほど近くで、二人の目が合った。







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2011/08/03 Wed. 07:47 [edit]

category: 第一話

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第二話 1 雨音 

 地面が唸るような官軍の足音が遠くなり、やがて消えた。
 岩肌や木の葉を叩く雨の音が、耳に戻ってくる。
 張り詰めていた緊張からようやく開放され、ソンジュンは小さく息を吐き出した。
 そのときになってやっと彼は、自分が腕の中にしっかりと抱きかかえているものの存在を思い出した。

 知らず、力が入っていたのかもしれない。口を塞いでいた手を下ろした後も、巨擘の少年は大きく目を見開いたまま、彫像のように身体を固くしている。
 何か言おうと口を開きかけたソンジュンもまた、そのまま動けなくなってしまった。

 間近にある彼の肌が。
 そこだけ光を溜めたように、白い。
 こんな暗がりの中では有り得ないことだが、そのつややかな光沢にソンジュンは眩しさを感じてしまったのだ。
 絹織物のような滑らかな頬と、そこに薄く影を落とす長い睫毛。小さな唇。
 ソンジュンの片腕にすっぽりと入ってしまう華奢な肩は、微かに震えている。
 吐息が、ソンジュンの喉のあたりにふわりとかかったとき、全身が総毛立った。瞬間、腕の中の彼が男であることを忘れ、胸がどくんとひとつ、大きな音をたてる。

 少年が、ぎこちなく身体を離して、言った。

「───窒息死するかと、思った」

 一瞬とはいえ、男相手に胸を高鳴らせてしまった自分が恥ずかしく、ソンジュンは彼の肩を抱いていた腕を さっと引っ込めた。

「少しは状況を考えろ。おかげで危なかったじゃないか。だいたい、どうしてまだここにいたんだ」
「金だよ」

愚問だとでも言いたげに、少年はあっさり答えた。

「あんたは本を受け取った。なら、代金をもらわなきゃ」

ぱっ、と広げた手を突き出す。

「50両。今すぐ払ってくれ」

 ソンジュンはげんなりした。ぱっと見には、どこぞの国の太子といっても通りそうなくらい、高貴な顔立ちの美少年なのに、口を開くとこれだ。
 こんな線の細い、見るからに儚げな少年が、僅かな金のために危ない橋を渡っていることがソンジュンには信じられなかった。

 雨は、さっきよりかなり小降りになっている。ソンジュンは岩陰から立ち上がると、ぐっしょりと濡れそぼった道袍の袖を軽く振った。

「悪いが、今は払えない」

は?と慌てた少年が、岩陰から出てきてソンジュンの腕を掴んだ。

「なんでさ?まさかどこかで落としたのか?」
「覆試のときに必ず渡す」

 ソンジュンの腕を掴む少年の手に、ぐっと力がこもった。

「あんたの家まで取りに行く。案内しろよ」

 まったく、どこまで金、金とうるさいんだ。ソンジュンは少年の手を振り払った。

「僕はイ・ソンジュンだ。たかが50両を惜しんで嘘はつかない」
「”たかが50両”……?」

 少年の顔から、一切の表情が消えた。ソンジュンの言葉が余程気に障ったのか、急に黙りこんでしまう。
 勢い込んで、ソンジュンは言った。

「男同士の約束だ。必ず渡す。だから、試験場に来い」
「科挙なんて受けない。試験場にも行かない。明日までに必ず、貰冊房に届けろ」

 ぴしりと音をたてそうなほど冷たく、少年は言った。ソンジュンの顔を見ようともせず、そのまま立ち去ろうとする。

「名は?誰宛に、預ければいいんだ?」

 少年は振り返った。雲間からゆっくりと姿を現した月が、その白い肌を淡く照らした。

「───キム・ユンシク」

 彼が口にしたその名を、ソンジュンは胸に刻みこむ。キム・ユンシク。

「科挙を受けろ、キム・ユンシク。学識で権力を買う者を愚かだと蔑むなら、君が出仕すればいい。民のための政治を望むんだろう?なら、その志を僕の衣じゃなく、試巻に書け」

 ユンシクの黒い大きな瞳が、瞬きするのも忘れたようにソンジュンを見ている。

「巨擘にしておくには、惜しい文才だった」

 そうなのだ。ソンジュンが通っていた学堂にも、あんな詩文を書く者は誰一人としていなかった。己の自尊心を傷つけられたというのに、腹がたったのはほんの一時だけだった。
 この自分が、唸らされたのだ。キム・ユンシクという名の、少年の才能に。

「───ぼくは南人(ナミン)だ」

 表情を強ばらせたまま、ユンシクは口を開いた。

「貴賎や党派に関係なく、実力さえあれば官職に就けるって……そう思ってるのか?科挙に受かれば、誰でも自分の志を全うできるって、本気で?」
「ユンシ…」
「ぼくは!」

 ソンジュンの言葉を遮り、彼は震える声で言った。

「ぼくは、この朝鮮がそんなにご立派な国だとは思わない」

 くるりと背を向け、去ってゆく小さな背中。 
 
 何も言えなかった。ユンシクがぶつけてきた激しい怒りに胸を突かれ、そぼ降る雨の中、ソンジュンは立ち尽くしたまま、動くこともできなかった。






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2011/08/07 Sun. 04:01 [edit]

category: 第二話

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第二話 2 前夜 

自宅近くのいつもの水車小屋で、濡れた道袍を脱ぐ。チョゴリの紐を結び、本来の姿に戻った後も、ユニはすぐに帰る気にならず、チマの中の膝を抱えて座り込んでいた。

『巨擘にしておくには、惜しい文才だった』

 ソンジュンの言葉が、まだ耳に残っている。学堂で、誰かと机を並べて学んだことなどない彼女にとって、それは初めて、自分の才能を認められた瞬間だった。金銭や損得勘定、ましてや身分の上下や男女の性差もそこにはない。ただ、ユニという一個の人間に対する、純粋な賞賛。
 
 ソンジュンが、稀に見る堅物だということはすぐにわかった。恵まれた環境で、本ばかり読んで頭でっかちに育ってしまったのだろう。正義感の塊で、融通がきかなくて、こうと決めたら絶対に引かず、自分の考えを押し通そうとする理想主義者。
 だがそんな彼だからこそ、その言葉には嘘がないと思えた。溢れ出る感情に任せ、思いつくままに自分の言葉で書いたものを褒められて、嬉しくないはずもなかった。

 どうしてあんな人が存在するんだろう。ユニは悲しくなって、抱えた膝の上で溜め息をついた。
 自分とは性別も、境遇も、考え方も、何もかもが違いすぎる。ユニにとっては、自分ばかりか家族の人生をも左右する50両のお金も、彼にははした金に過ぎない。そのたった50両のために、死に物狂いになる人間の気持ちなど、おそらくあのお坊ちゃんには想像すらできないのだ。
 
 志を書けと、彼は言った。自分の気持ちを、科挙の答案にぶつけろと。
 けれど女の自分が、志を持つことなどどうして許されるだろう。仮に許されたとして、それに何の意味がある?
世の中を変えることができるのは、ソンジュンのような一握りの人間だけだ。そんな人間の衣の裾に、腹いせの詩文を書くくらいが、自分には精一杯なのだ。
 
 ユニは、小さく丸まった身体をますます小さくした。このままどんどん小さくなって、いっそ消えてしまえたら。そうしたら、きっと楽になるのに。

 その晩の雨は、まだ当分止みそうになかった。


* * *

 
 昌徳宮北の秘苑に広がる、芙蓉池。その畔に立つ芙蓉亭で、第22代朝鮮国王、正祖は釣りを楽しんでいた。いや、楽しんでいた、というのは少々語弊があるかもしれない。
 背後にはいかめしい顔つきをした近衛兵たちが橋の向こうまでずらりと並び、微動だにせずに王の周囲を伺っている。
 傍らに控え、王の垂らす釣り糸の先をじっと見守っているのは、第20代国王景宗の時代から最大派閥として政権を掌握してきた老論派の現在の長、左議政イ・ジョンムと、彼に追随する兵曹判書、ハ・ウギュである。
 
 骨の髄まで老論気質が染み込んでいるこの二人に、監視でもするかのようにぴったりと張り付かれていては、呑気に釣りなど楽しむ気分にならないというのが、王の本音だった。芙蓉池の魚も、地上の様子を察したのか一向に餌に寄り付かない。

 実際、彼らは自分を監視しているのだと、王はとうに気づいている。祖父にあたる先王、英祖が推し進めようとしていた、派閥によらない人材登用、蕩平策(タンピョンチェク)を更に確固たるものにし、父、思悼世子(サドセジャ)を死に追いやった老論をいずれは完全に宮廷から排除する。王の密かな、しかし固い決意のもとに企てられた計画は、徐々にその姿を現し始め、察しのいい一部の老論幹部たちを戦々恐々とさせている。
 
 だが急激な改革は自分にとっても民にとっても得策ではないことを、王は熟知していた。嫌というほど。    
 今は、彼ら老論がこれ以上力をつけないよう牽制しつつ、自身の地盤を固めていく時期だと、王はこれまで何度もそうしてきたように、己を自制する。イ・ジョンムやハ・ウギュのような強者を相手にするには、焦りは絶対に禁物なのだ。

 王は殊更のんびりとした風を装い、隣に立つ左議政に声を掛けた。

「先日の初試で、随分と大胆な儒生がいたらしいが……そなたの息子だそうだな」

 山羊を思わせる白い髭の左議政は、静かに面を伏せる。

「恐縮にございます」
 
 王は笑って(このときばかりは、彼は本当に愉快だった)さざ波すらたたない池の水面を見つめた。

「気にするな。余は自分を恥じているのだ。小科初試だからとあまりに軽んじ過ぎていた。───そこでだ。
次の覆試では、もっと力を入れようと思う」

 いったい何をやらかす気だ、と片眉を上げる兵曹判書の顔が、王には見なくてもわかる。久々に面白いことになりそうだ、と王は鏡のように静まり返った池に、勢い良く釣り糸を投げた。


* * *

 翌日、街に勅旨が貼り出された。その内容に驚いたのは、なにも覆試を受験する儒生たちだけではなかった。登用試験の不正行為を副業とする貰冊房や、巨擘、写手たちが、商売上がったりだと一斉に頭を抱えた。
 なぜなら、明日の小科覆試の試験会場はあの、言わずと知れた王家本宮景福宮、しかも、王自ら鎮座ましますその御前で執り行われる親臨試だというのである。

 流石に、王の目前で不正を働ける程の命知らずはいないと見え、その日は街のあちこちで挟書の類を焼き捨てる儒生たちの姿があった。
 貰冊房の主人、ファンも、例にもれず渋い顔をして、挟書に使う道具類を片付けている。どれもこれも、あの勅旨さえなかったら今頃受験生たちに飛ぶように売れていたはずの、店主自慢の商品だった。
 そこへ、息せき切って飛び込んできたのは、ユニである。

「イ・ソンジュンという男が、金を持ってこなかったか?」
「何言ってんですか。禁書の本代なら、私にくれるのが筋ってもんでしょ?」

 ファンのいつもの軽口にも、心なしか力がない。だがユニは構わず、尋ねる。

「来てないのか?」
「誰も来てやしませんよ」

 やっぱり、とユニは唇を噛んだ。

「あいつ……っ!絶対許さない」

 店を出ようとしたユニを、ファンが慌てて引き止める。耳元に口を寄せ、小声で囁いた。

「───巨擘の依頼があるんです」
「冗談だろ?今度の覆試は親臨試だ。みんな控えてるってのに」

 親臨試での不正は、恐れ多くも王その人を欺くのと同じ行為だ。いくらなんでも今度ばかりは、不正が発覚したら、生きては帰れない。
 ファンは大きくひとつ、嘆息した。

「……ですよね。やっぱり無理か……。誰でも命は惜しいですもんね」

 ちらりとユニを見て、背を向ける。その腕をユニはつい、掴んでしまった。

「せっかちな奴だな。誰もやらないとは言ってない。───けど、高くつくよ」

 ムフッ、と笑み崩れるファンに向かい、ユニは真剣な目で念を押した。

「100両、必ず用意してくれ」


* * *

 その晩。母の隣で床につきながら、ユニはいつまでも寝付けずにいた。

『今回はあちらさんが若様を探しますから、動かずにただじっと待っててください。わかってるでしょうが、くれぐれも気をつけてくださいよ。バレたら服毒ですからね、服毒!』

『───必ずお前を手に入れてやる。3日後に輿を送るから、準備しておけ』

 貰冊房の主人の物騒な言葉と、兵曹判書のおぞましい目付きが、交互にユニの脳裏に現れては消える。
何の因果か、兵曹判書から迎えの輿が来るのは明日。巨擘の依頼を受けた覆試も明日だ。
ユニは今まさに、ギリギリの崖っぷちに立っていた。右を選んでも左を選んでも、谷底に落ちることには変りない。指先の震えが止まらず、ユニは何度も寝返りを打った。

 彼女の運命が決まるその瞬間が、すぐそこまで迫っていた。






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2011/08/08 Mon. 03:39 [edit]

category: 第二話

thread: 二次創作:小説 - janre: 小説・文学

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2011-08
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