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第二話 1 雨音 

 地面が唸るような官軍の足音が遠くなり、やがて消えた。
 岩肌や木の葉を叩く雨の音が、耳に戻ってくる。
 張り詰めていた緊張からようやく開放され、ソンジュンは小さく息を吐き出した。
 そのときになってやっと彼は、自分が腕の中にしっかりと抱きかかえているものの存在を思い出した。

 知らず、力が入っていたのかもしれない。口を塞いでいた手を下ろした後も、巨擘の少年は大きく目を見開いたまま、彫像のように身体を固くしている。
 何か言おうと口を開きかけたソンジュンもまた、そのまま動けなくなってしまった。

 間近にある彼の肌が。
 そこだけ光を溜めたように、白い。
 こんな暗がりの中では有り得ないことだが、そのつややかな光沢にソンジュンは眩しさを感じてしまったのだ。
 絹織物のような滑らかな頬と、そこに薄く影を落とす長い睫毛。小さな唇。
 ソンジュンの片腕にすっぽりと入ってしまう華奢な肩は、微かに震えている。
 吐息が、ソンジュンの喉のあたりにふわりとかかったとき、全身が総毛立った。瞬間、腕の中の彼が男であることを忘れ、胸がどくんとひとつ、大きな音をたてる。

 少年が、ぎこちなく身体を離して、言った。

「───窒息死するかと、思った」

 一瞬とはいえ、男相手に胸を高鳴らせてしまった自分が恥ずかしく、ソンジュンは彼の肩を抱いていた腕を さっと引っ込めた。

「少しは状況を考えろ。おかげで危なかったじゃないか。だいたい、どうしてまだここにいたんだ」
「金だよ」

愚問だとでも言いたげに、少年はあっさり答えた。

「あんたは本を受け取った。なら、代金をもらわなきゃ」

ぱっ、と広げた手を突き出す。

「50両。今すぐ払ってくれ」

 ソンジュンはげんなりした。ぱっと見には、どこぞの国の太子といっても通りそうなくらい、高貴な顔立ちの美少年なのに、口を開くとこれだ。
 こんな線の細い、見るからに儚げな少年が、僅かな金のために危ない橋を渡っていることがソンジュンには信じられなかった。

 雨は、さっきよりかなり小降りになっている。ソンジュンは岩陰から立ち上がると、ぐっしょりと濡れそぼった道袍の袖を軽く振った。

「悪いが、今は払えない」

は?と慌てた少年が、岩陰から出てきてソンジュンの腕を掴んだ。

「なんでさ?まさかどこかで落としたのか?」
「覆試のときに必ず渡す」

 ソンジュンの腕を掴む少年の手に、ぐっと力がこもった。

「あんたの家まで取りに行く。案内しろよ」

 まったく、どこまで金、金とうるさいんだ。ソンジュンは少年の手を振り払った。

「僕はイ・ソンジュンだ。たかが50両を惜しんで嘘はつかない」
「”たかが50両”……?」

 少年の顔から、一切の表情が消えた。ソンジュンの言葉が余程気に障ったのか、急に黙りこんでしまう。
 勢い込んで、ソンジュンは言った。

「男同士の約束だ。必ず渡す。だから、試験場に来い」
「科挙なんて受けない。試験場にも行かない。明日までに必ず、貰冊房に届けろ」

 ぴしりと音をたてそうなほど冷たく、少年は言った。ソンジュンの顔を見ようともせず、そのまま立ち去ろうとする。

「名は?誰宛に、預ければいいんだ?」

 少年は振り返った。雲間からゆっくりと姿を現した月が、その白い肌を淡く照らした。

「───キム・ユンシク」

 彼が口にしたその名を、ソンジュンは胸に刻みこむ。キム・ユンシク。

「科挙を受けろ、キム・ユンシク。学識で権力を買う者を愚かだと蔑むなら、君が出仕すればいい。民のための政治を望むんだろう?なら、その志を僕の衣じゃなく、試巻に書け」

 ユンシクの黒い大きな瞳が、瞬きするのも忘れたようにソンジュンを見ている。

「巨擘にしておくには、惜しい文才だった」

 そうなのだ。ソンジュンが通っていた学堂にも、あんな詩文を書く者は誰一人としていなかった。己の自尊心を傷つけられたというのに、腹がたったのはほんの一時だけだった。
 この自分が、唸らされたのだ。キム・ユンシクという名の、少年の才能に。

「───ぼくは南人(ナミン)だ」

 表情を強ばらせたまま、ユンシクは口を開いた。

「貴賎や党派に関係なく、実力さえあれば官職に就けるって……そう思ってるのか?科挙に受かれば、誰でも自分の志を全うできるって、本気で?」
「ユンシ…」
「ぼくは!」

 ソンジュンの言葉を遮り、彼は震える声で言った。

「ぼくは、この朝鮮がそんなにご立派な国だとは思わない」

 くるりと背を向け、去ってゆく小さな背中。 
 
 何も言えなかった。ユンシクがぶつけてきた激しい怒りに胸を突かれ、そぼ降る雨の中、ソンジュンは立ち尽くしたまま、動くこともできなかった。






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2011/08/07 Sun. 04:01 [edit]

category: 第二話

thread: 二次創作:小説 - janre: 小説・文学

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第二話 2 前夜 

自宅近くのいつもの水車小屋で、濡れた道袍を脱ぐ。チョゴリの紐を結び、本来の姿に戻った後も、ユニはすぐに帰る気にならず、チマの中の膝を抱えて座り込んでいた。

『巨擘にしておくには、惜しい文才だった』

 ソンジュンの言葉が、まだ耳に残っている。学堂で、誰かと机を並べて学んだことなどない彼女にとって、それは初めて、自分の才能を認められた瞬間だった。金銭や損得勘定、ましてや身分の上下や男女の性差もそこにはない。ただ、ユニという一個の人間に対する、純粋な賞賛。
 
 ソンジュンが、稀に見る堅物だということはすぐにわかった。恵まれた環境で、本ばかり読んで頭でっかちに育ってしまったのだろう。正義感の塊で、融通がきかなくて、こうと決めたら絶対に引かず、自分の考えを押し通そうとする理想主義者。
 だがそんな彼だからこそ、その言葉には嘘がないと思えた。溢れ出る感情に任せ、思いつくままに自分の言葉で書いたものを褒められて、嬉しくないはずもなかった。

 どうしてあんな人が存在するんだろう。ユニは悲しくなって、抱えた膝の上で溜め息をついた。
 自分とは性別も、境遇も、考え方も、何もかもが違いすぎる。ユニにとっては、自分ばかりか家族の人生をも左右する50両のお金も、彼にははした金に過ぎない。そのたった50両のために、死に物狂いになる人間の気持ちなど、おそらくあのお坊ちゃんには想像すらできないのだ。
 
 志を書けと、彼は言った。自分の気持ちを、科挙の答案にぶつけろと。
 けれど女の自分が、志を持つことなどどうして許されるだろう。仮に許されたとして、それに何の意味がある?
世の中を変えることができるのは、ソンジュンのような一握りの人間だけだ。そんな人間の衣の裾に、腹いせの詩文を書くくらいが、自分には精一杯なのだ。
 
 ユニは、小さく丸まった身体をますます小さくした。このままどんどん小さくなって、いっそ消えてしまえたら。そうしたら、きっと楽になるのに。

 その晩の雨は、まだ当分止みそうになかった。


* * *

 
 昌徳宮北の秘苑に広がる、芙蓉池。その畔に立つ芙蓉亭で、第22代朝鮮国王、正祖は釣りを楽しんでいた。いや、楽しんでいた、というのは少々語弊があるかもしれない。
 背後にはいかめしい顔つきをした近衛兵たちが橋の向こうまでずらりと並び、微動だにせずに王の周囲を伺っている。
 傍らに控え、王の垂らす釣り糸の先をじっと見守っているのは、第20代国王景宗の時代から最大派閥として政権を掌握してきた老論派の現在の長、左議政イ・ジョンムと、彼に追随する兵曹判書、ハ・ウギュである。
 
 骨の髄まで老論気質が染み込んでいるこの二人に、監視でもするかのようにぴったりと張り付かれていては、呑気に釣りなど楽しむ気分にならないというのが、王の本音だった。芙蓉池の魚も、地上の様子を察したのか一向に餌に寄り付かない。

 実際、彼らは自分を監視しているのだと、王はとうに気づいている。祖父にあたる先王、英祖が推し進めようとしていた、派閥によらない人材登用、蕩平策(タンピョンチェク)を更に確固たるものにし、父、思悼世子(サドセジャ)を死に追いやった老論をいずれは完全に宮廷から排除する。王の密かな、しかし固い決意のもとに企てられた計画は、徐々にその姿を現し始め、察しのいい一部の老論幹部たちを戦々恐々とさせている。
 
 だが急激な改革は自分にとっても民にとっても得策ではないことを、王は熟知していた。嫌というほど。    
 今は、彼ら老論がこれ以上力をつけないよう牽制しつつ、自身の地盤を固めていく時期だと、王はこれまで何度もそうしてきたように、己を自制する。イ・ジョンムやハ・ウギュのような強者を相手にするには、焦りは絶対に禁物なのだ。

 王は殊更のんびりとした風を装い、隣に立つ左議政に声を掛けた。

「先日の初試で、随分と大胆な儒生がいたらしいが……そなたの息子だそうだな」

 山羊を思わせる白い髭の左議政は、静かに面を伏せる。

「恐縮にございます」
 
 王は笑って(このときばかりは、彼は本当に愉快だった)さざ波すらたたない池の水面を見つめた。

「気にするな。余は自分を恥じているのだ。小科初試だからとあまりに軽んじ過ぎていた。───そこでだ。
次の覆試では、もっと力を入れようと思う」

 いったい何をやらかす気だ、と片眉を上げる兵曹判書の顔が、王には見なくてもわかる。久々に面白いことになりそうだ、と王は鏡のように静まり返った池に、勢い良く釣り糸を投げた。


* * *

 翌日、街に勅旨が貼り出された。その内容に驚いたのは、なにも覆試を受験する儒生たちだけではなかった。登用試験の不正行為を副業とする貰冊房や、巨擘、写手たちが、商売上がったりだと一斉に頭を抱えた。
 なぜなら、明日の小科覆試の試験会場はあの、言わずと知れた王家本宮景福宮、しかも、王自ら鎮座ましますその御前で執り行われる親臨試だというのである。

 流石に、王の目前で不正を働ける程の命知らずはいないと見え、その日は街のあちこちで挟書の類を焼き捨てる儒生たちの姿があった。
 貰冊房の主人、ファンも、例にもれず渋い顔をして、挟書に使う道具類を片付けている。どれもこれも、あの勅旨さえなかったら今頃受験生たちに飛ぶように売れていたはずの、店主自慢の商品だった。
 そこへ、息せき切って飛び込んできたのは、ユニである。

「イ・ソンジュンという男が、金を持ってこなかったか?」
「何言ってんですか。禁書の本代なら、私にくれるのが筋ってもんでしょ?」

 ファンのいつもの軽口にも、心なしか力がない。だがユニは構わず、尋ねる。

「来てないのか?」
「誰も来てやしませんよ」

 やっぱり、とユニは唇を噛んだ。

「あいつ……っ!絶対許さない」

 店を出ようとしたユニを、ファンが慌てて引き止める。耳元に口を寄せ、小声で囁いた。

「───巨擘の依頼があるんです」
「冗談だろ?今度の覆試は親臨試だ。みんな控えてるってのに」

 親臨試での不正は、恐れ多くも王その人を欺くのと同じ行為だ。いくらなんでも今度ばかりは、不正が発覚したら、生きては帰れない。
 ファンは大きくひとつ、嘆息した。

「……ですよね。やっぱり無理か……。誰でも命は惜しいですもんね」

 ちらりとユニを見て、背を向ける。その腕をユニはつい、掴んでしまった。

「せっかちな奴だな。誰もやらないとは言ってない。───けど、高くつくよ」

 ムフッ、と笑み崩れるファンに向かい、ユニは真剣な目で念を押した。

「100両、必ず用意してくれ」


* * *

 その晩。母の隣で床につきながら、ユニはいつまでも寝付けずにいた。

『今回はあちらさんが若様を探しますから、動かずにただじっと待っててください。わかってるでしょうが、くれぐれも気をつけてくださいよ。バレたら服毒ですからね、服毒!』

『───必ずお前を手に入れてやる。3日後に輿を送るから、準備しておけ』

 貰冊房の主人の物騒な言葉と、兵曹判書のおぞましい目付きが、交互にユニの脳裏に現れては消える。
何の因果か、兵曹判書から迎えの輿が来るのは明日。巨擘の依頼を受けた覆試も明日だ。
ユニは今まさに、ギリギリの崖っぷちに立っていた。右を選んでも左を選んでも、谷底に落ちることには変りない。指先の震えが止まらず、ユニは何度も寝返りを打った。

 彼女の運命が決まるその瞬間が、すぐそこまで迫っていた。






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2011/08/08 Mon. 03:39 [edit]

category: 第二話

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第二話 3 親臨試 

翌朝。景福宮の勤政門前広場では、着々と覆試の準備が進められていた。
「庚戍年 小科覆試」と空を突くほど大きく墨書された垂幕や、受験生たちの座席に敷き詰められた茣蓙は初試の時とかわりないが、正面の殿内に設えられた玉座や、そこから張り出している双竜の絵が描かれた日除けの天幕が、これが間違いなく王の目前で行われる親臨試であることを物語っている。

 一方、ユニの家では。

「お迎えに上がりました」

 兵曹判書宅の下男、あの丸顔の借金取りが輿とともに到着し、ユニの母に慇懃に挨拶をしていた。
 庭先に出てきたユニを上目遣いに見上げた男の目が、彼女に告げている。
『お前はもう逃れられない。いいかげん降参して、おとなしく輿に乗れ』と。
 
 ユニはその目を真っ直ぐに見返した。その瞬間に、彼女の心は決まった。


 赤い絹の長衣(チャンオ)を頭からすっぽりと被り、輿に乗り込む娘を、母は胸が締め付けられる思いで見送った。両班の娘というのは名前だけ。あんな豪奢な絹の衣装を着せたことも、立派な輿に乗って外出させたことも、一度としてなかった。

 これでいいのだ。食べるものにも事欠くような暮らしでは、心までもが荒んでしまう。たとえ愛妾でも、あんな身分の高い男の家に嫁げるだけ、娘は幸せなのだ。世の中には、もっともっと、悲惨な暮らしにじっと歯を食いしばって耐えている女たちが掃いて捨てるほどいる───というより、女とは、そういう生き方しかできない者がほとんどじゃないか……。

 母は必死に、自分にそう言い聞かせた。
 ただ、これでもう暫くは逢えなくなるというのに、家を出るとき、娘が一度も自分に顔を見せてくれなかったのが、気になった。



  兵曹判書宅の中庭に、主人の新しい妾を乗せた輿が今、ゆっくりと下ろされた。そこに、丸顔の男が近づく。

 さて、あの生意気な小娘の観念した顔でも、拝ませてもらうか。

 にんまりと口元に笑みを浮かべつつ、輿の扉を開けた男はその途端、幽霊でも見たかのように飛び退き、腰を抜かした。
 赤い長衣の下から覗いたのは、確かにあの娘には似ているものの、痩せて青白い顔をした、全く違う”男”、だったからである。
 地べたにへたりこんだまま、男は叫んだ。

「む、娘は?!娘は、どこに行ったあぁ?!」


 ユニは、景福宮の試験会場にいた。
 宮殿の通用門が閉まる寸前にどうにか滑り込んだ彼女は、他の受験生たちに混じり、畏まって座っていた。
 ユニに巨擘を依頼した男がすぐに話しかけてくるのかと思ったが、周りを見渡しても、それらしき人物は一向に現れなかった。試験開始の時刻は迫る。ただぼーっとしているのも怪しまれるかと思い、試巻を広げ、墨を摺り、筆を含ませて、と受験生らしいことをしているうちに、準備万端整ってしまった。
 
 やがて、王のお出ましを告げる官吏の声が響き、座していた者たち全員が一斉に立ち上がる。勤政門から役人や内侍たちを従えた王の一団が入ってくると、皆一様に面を伏せた。
 試験会場は広い。門のある入り口から、正面の玉座まではかなりの距離がある。竜顔を赦しもなく直接見るのは不敬にあたるため、その間はじっとこの姿勢のまま耐えなければならない。
 ユニは腰が痛くなるのを覚悟したが、意外にも王の足運びは若者のそれのように颯爽としていた。すぐ後ろから巨大な日除けの傘を掲げている内侍など、ついていくのがやっとといった感じで、むしろこちらの足元の方がおぼつかない。

 ユニはつい興味をひかれて、目の前を通り過ぎた竜袍の背中を、笠のつば越しにちらりと見た。
 思っていたよりも背が高く、肩幅もがっちりとしている。姿勢の良さはその高貴な生まれからくるというよりも、王その人の押し出しの強さの表れに見えた。
 
 ユニの腰が痛くなる間もなく、王はさっさと玉座に就いた。官吏が、居並ぶ儒生たちに着席を命じる。
 試験開始の太鼓が鳴り、問題が貼り出された。

 ───どうしよう……。

 試験が始まってしまったというのに、依頼人は現れない。見晴らしの良いこの会場では、ちょっと上体を起こしてキョロキョロするだけでも目立ってしまう。
 筆を持ったまま逡巡していると。

「誰かを待ってるのか?」

 低い、静かな声がユニのすぐ後ろから聞こえてきた。

「───はい」

 前を向いたまま、恐る恐る答える。

「君を……巨擘に雇った人?」

 はっとした。まさか、この声の主は。

「ワ…ワン殿?」

 ユニが振り返るとそこには、初試のときと全く変わらず、端然と座すイ・ソンジュンがいた。

「陛下の御前で巨擘とは、大した度胸だな」

 ユニは驚いて言葉も出ない。口をぱくぱくさせていると、彼はさらりと言った。

「君を雇ったのは、僕だ」
「はい?」

すっ、とソンジュンが右手を挙げた。まさかまさか、この展開は。
以前見た光景がユニの脳裏に蘇る間もなく。

「試験官に申し上げます!」

ええぇぇぇぇ?!

 ユニの声にならない叫びが、聞こえたのだろうか。
宮中の木々で羽を休めていた鳥が、パタパタパタ、と一斉に飛び立っていった。






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2011/08/08 Mon. 18:19 [edit]

category: 第二話

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第二話 4 嘘の始まり 

「ここに、試験場を汚す者がいます!」

 会場の視線が、一点に集中した。その中心に、高々と右手を挙げているイ・ソンジュンがいる。
初試に引き続き試験監督官として臨席していた成均館博士、ユ・チャンイクがまたか、と顔を顰める。
ユ博士が即座に月台を駆け下り、ソンジュンの席へと向かうのを確認してから、チョン・ヤギョンは静かに王に歩み寄り、一礼した。

「左議政の息子、イ・ソンジュンです」

 王は黙って頷くと、口元に穏やかな微笑を浮かべ、成り行きを見守った。


「試験場を汚す不届き者は誰か!」

 ユ博士の高らかな声が試験場に響き渡る。ソンジュンが立ち上がり、短く答えた。

「私です」

え?とユニは俯いていた顔を上げた。

「彼の試巻を汚してしまいました。新しいものをご用意いただきたい」

 ユニは自分の目の前に広げてあった試巻を見た。さっきソンジュンに声を掛けられたとき、筆を落としてしまっていたらしい。汚した、と言えば確かにそうかもしれないが、これはほとんどこじつけだ。
 訳がわからなくなって、呆然としていたユニだったが。

「では確認が必要だ。号牌を見せよ」

 監督官の言葉に、腑に落ちた。巨擘のつもりで試験場に入ったユニは、受付こそ済ませているものの、自分自身が試験を受ける気などさらさらない。依頼人の名前で答案を書いたら、それをこっそりすり替え、他の受験生たちに紛れて会場を抜け出す算段だった。だが依頼人は他ならぬイ・ソンジュン。まともに巨擘(というのも変だが)の仕事なんてさせてもらえるはずがないし、ここまで注目を集めてしまっては、ごまかすことも無理だ。

 わざわざ新しいものに取り替えさせた答案用紙が提出されていないとなれば、当然、不信に思われるだろう。しかも今回は親臨試。不正は絶対に見逃してもらえない。
 ソンジュンは、ユニに試験を受けさせるつもりなのだ。キム・ユンシクの名で。

ユニは抗議の目でソンジュンを見上げたが、彼の涼しい顔はそのままだ。ユニはそこに、思い切り爪を立てて引っ掻いてやりたい衝動にかられた。彼は知らないのだ。ユニが実は女であり、ユンシクの名で科挙を受けることは、巨擘と同等、いや、もしかしたらそれ以上の重罪になることを。
 
 ユニが躊躇っていると、監督官が声を張り上げた。

「早く号牌を出さぬか。身分を確認できなくば、試験を受ける気がないものとみなし、入門蹂躙として棒叩き100回となるが、よいのか?!」

 警邏隊の三叉槍が、ユニの喉元に突きつけられる。なんてことだろう。結局、何をしてもしなくても、罪を犯すことになるとは。
 ユニは震える手で、袂からユンシクの号牌を出した。

「南山村の……キム・ユンシクです」

 崖っぷちに立っていたユニが、谷底に向かい、自ら飛び降りた瞬間だった。



 その日は少し雲が出ていて、日差しは穏やかだった。風も、初試のときほど強くなく、木々はざわめくこともなく静かに佇んでいる。まさに科挙日和、といってよかった。
 筆先を整え、真新しい試巻に向かったユニは、だが、まだ一文字もそこに書けないでいた。
 問題は、さほど難しいものではない。だがこのまま、普通に試巻を文字で埋めて、万が一にも受かってしまったら?ユニの犯す罪は、留まることを知らず深くなってゆくばかりだ。
 
迷っている間にも、周りの儒生たちは次々と答案を書き終え、席を立つ。気がつくと、試験会場は座って答案を書いている者より、空席の方が目立つようになっていた。

そうだ、あまり時間もないし、いっそこのまま───

「白紙提出は、棒叩き100回だったな」

ユニの心を読んだかのように、背後から声がした。振り向くと、ソンジュンが腕を組み、じっと両目を閉じてそこに座っている。答案はあらかた書き終わっているようで、見ようによっては、墨が乾くのを悠然と待っているように見えなくもない───が。

 あれは監視だ、とユニは歯噛みした。ちゃんと答案を書いて提出するまで、見張るつもりなのだ。
 ユニは筆をとった。
 
 見てなさい、イ・ソンジュン。そうそう、あんたの思い通りにはさせないから。

 ユニのそれは、意地、というより、ほぼヤケクソに近いものだった。
 
 試巻に向かい、猛然と筆を走らせ始めたユニの背中を、ゆっくりと目を開けたソンジュンが見つめる。
 彼はかすかに口角を上げて微笑むと、自分の答案の見直しを始めた。





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2011/08/09 Tue. 11:40 [edit]

category: 第二話

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第二話 5 二人の受験生 

妙なこともあるものだ、とチョン・ヤギョンは人気も疎らになった試験会場を見て思った。
科挙は答案の内容はもちろんだが、早く書き上げればそれだけ有利になる。現に、初試で次席と圧倒的な差をつけて首席となったのは、あの不正行為一斉検挙という騒動の中で真っ先に答案を書き上げたイ・ソンジュンだった。この覆試でも、彼は当然それを狙ってくるだろうと思っていたのだ。
 
 秀才と呼ばれる人間は、得てしてそういうものだ。とにかく徹底して一番に拘る。彼らにとって、それ以下はなべて等しく価値がない。自分の先に誰かがいるということを、彼らの自尊心が決して許さないのだ。
 学堂にいる間、ただの一度も首席の座を譲らなかったという左議政の息子の噂は、ヤギョンの耳にも届いていたから、彼などは、その典型だろうと思っていた。
 
 ところが今日の彼は、そろそろ終了時刻も近いというのに、まだ 答案を提出しに来ない。試巻を汚したという儒生のことが気になるのか、時折そちらを気遣うように様子を伺っているのが、遠目にもわかった。
 天才故の余裕か、それとも別の理由があるのか。どちらにしても面白い奴だ。
 ヤギョンは小さく笑って、手元の答案に目を落とした。 


 ユニは、最後の一文字を書き終えると、ふうっと息をつき、硯に筆を戻した。
 手早く試巻を折りたたみ、立ち上がる。背後で、ソンジュンが同様に席を立つ気配がした。

「どうしてぼくに構うんだ?」

 なんとなく並んで歩く形になってしまったソンジュンに向かい、ユニが尋ねる。

「言っただろう。巨擘にしておくには惜しいと思った。それだけだ」
「そう思い通りにいくかな。今日こそ本の代金を貰うから、逃げようなんて思うなよ」
 
 ユニの言葉にも、ソンジュンは全く表情を変えず「君の方こそ」と言った。

「逃げるって、ぼくが?なんで?」
「さあ。自分の胸に訊いてみるといい」

 礼儀正しく教官席に一礼し、試巻を提出するソンジュンに習って、ユニも頭を下げる。そのまますたすたと会場を出てゆくソンジュンを慌てて追いかけた。

「待てったら!まだ話は───ぶっ!」

 ソンジュンが急に立ち止まったせいで、ユニはその背中に思い切り鼻をぶつけてしまった。見ると、王宮の東通用門、建春門の前に、大きな人だかりができている。
 試験を終え、とっくに帰ったとばかり思っていた受験生たちが、どうやら固く閉じられた門から外に出られず、わいわいと溜まって騒いでいるらしい。
 口々に何事かと問う儒生たちに向かい、書吏が進み出て声を張り上げる。

「本日の覆試は、陛下が即日放榜をなさいます!」
 
 放榜?聞いたことのない言葉だ。ざわめきが収まらないのを見てとって、書吏が続けた。

「陛下がその場で学士様方の答案をご覧になり、合格者を発表されるのです」

 陛下が、直接?しかも、今?
 ユニの全身から血の気が引いた。陛下がご覧になるというのか、自分の書いた“あれ”を。
 一度思い切って飛び降りてしまったら、それで終わりだと思っていたのに、いったいこの深い谷はどこまで続くのだろう。
 移動を始めた儒生たちの集団に背中を押されるまま、ユニは暗澹たる気持ちで、来た道をとぼとぼと引き返すのだった。

* * *

「大監、あのまま陛下を放っておかれるおつもりか?!」

 同じ頃。王宮の一角では、兵曹判書ハ・ウギュが左議政イ・ジョンムに詰め寄っていた。

「科挙に親臨試を断行するばかりか、自ら合格者まで選ぶとは……。陛下は我ら老論の子弟たちを根こそぎ排除し、成均館、いや、いずれは朝廷にも近寄らせない腹づもりですぞ!」

口角泡を飛ばさんという勢いでまくしたてる兵曹判書に、左議政はただ笑みを返すばかりである。

「そんな、呑気にしておられる場合ですか!ご子息とて例外ではありませんぞ!いくら優秀でも、今回ばかりは合格するかどうか」
「ならば、仕方ないだろう」

 左議政はおもむろに口を開いた。

「その程度で挫折するようなら、出仕できたとしても我々の役には立つまい」
「しかし…」
「まあ、見せていただくとしようじゃないか。陛下が、どこまでなさるのか。慌てるのはそれからで充分だ」

 王が何をどうしようが、結局は、我々の手の内で足掻いているに過ぎないのだから。
 左議政の、一見穏やかな微笑にそんな含みがあることを、兵曹判書も感じ取ったのだろう。それ以上は何も言わなかった。

* * *


 太鼓が鳴り響き、再び、王正祖が勤政殿に姿を現した。
 その前に、書かれたばかりの答案の束がうやうやしく置かれる。今この瞬間、時間を止めてやると言われたら、ユニは相手が鬼神だろうが妖怪だろうが、喜んで魂を売り渡しただろう。王の目の前にある、あの試巻の束から自分のだけを抜き取って、ここから逃げ出すことができたら。

「名を呼ばれた者は前に出よ」

 ユニの願いも虚しく、時は進んでいく。少しの遅れもなく。
 一人、また一人と名を呼ばれ、自分の番が近づく毎に、ユニは生きた心地もしなくなってきた。
 緊張のあまり、視界がぐらぐらと揺れ、気分が悪くなってくる。もう限界だ、と思ったとき。

「キム・ユンシク!」

試験官の声が、その名を呼んだ。



*******************

今日来た社内メールの冒頭。

「お疲れさまです。ユノです。」

これだけでイッキに血圧上昇したワタシはそう、トンペン。←バカ
ありがとう、湯野くん。巷はお盆だかなんだか知らんがバカンスの真っ最中に、お陰で仕事する元気が出たよ。
キミの顔も知らんけどな~ヽ( ´ー)ノ フッ

今からリプリ見ます…




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2011/08/14 Sun. 01:00 [edit]

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2017-08
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